第13話 友達を家に呼ぼう①
「肉まんごちそうさまでした。それでは」
戌井が帰ろうとすると赤熊隊長が言った。
「待ちなさい。後日表彰するから、連絡先を教えてくれないかい? 人狼退治の貢献者には賞金も出るんだよ」
「大したことはしていません」
「いやいや、何を言っているんだ? 早期発見と早期対応による最小限の被害。無駄な損壊や死傷者もなし。さらに白鳥マリアの生け捕りを成功に導き、『黒き月』壊滅への突破口を開いた。君は全ての観点において最高得点を叩き出している。賞金300万は下らないだろうね。もっと出るかもしれない」
「俺だけの力じゃありません。預言者サニーはもちろん、早期発見については雉真ってやつのおかげですから」
「じゃあその雉真ってお友達も式に呼びなよ。一緒に表彰してあげよう」
「いえ、遠慮しておきます。賞金だけもらえればありがたいんですけど」
「すまないが匿名にはできないんだ。メディアを巻き込んで大盛り上がりしてほしいからね。それが次の賞金を出すための資金調達に繋がる。それに君に憧れた若者がうちに志願してくれるからね。くっくっく。人事部と広報部に借りを作れるぞ」
本当に300万円がもらえるとしたら、一般枠の人狼討伐報酬としては過去最高額になるだろう。しかも高校生に出すなんて初めてだ。作戦にがっつり関わって、獣化した人狼をジャングルジムに閉じ込めたとは話題性があリ過ぎる。お祭りみたいな騒ぎになるかもしれない。金はいくらあっても困らない。だが、たとえ一時でも静かな暮らしが失われるのは困る。
「では協力者はいなかったということに。俺の名は一切どこにも出さないでください」
「ええっ!? 300万だよ? 雉真君と相談しなくていいのかい?」
「あいつが何をしたって言うんですか?」
「かわいそうな雉真君……」
「協力者はいなかった。いいですね?」
「報告書を書く時に困るんだがねえ」
「全て預言者サニーの功績にしてください。多少不自然な点があっても問題ないはずです」
預言者について調べることは法律で禁じられている。彼らがどこで何をしてどうやって事件を解決したのか、ということも公に知らせる必要はない。預言者の安全を守ることが第一だからだ。内部で適当に処理してくれるだろう。
「お金も名声もいらないというわけか。まさにヒーローだ。もっともいきなりナイフを投げた時にはびっくりしたよ。あれはヒーローというより悪役だった」
トサカ隊員が言った。「あ、そうだぞ! お守り用に渡したのにこの嘘吐き! いや渡すなって話なんだけどよ……」
「人狼だと確信していましたから」
「ああ、私も話を聞いてほとんど確信していた。本当はああいう残忍なことはやめなさいと言うべきなんだろうけど、人狼相手には多少の強引さも致し方ない」
「いいんですかね、それで……」
「君は何者だ?」
赤熊隊長がいきなりぐいっと顔を近付けてきたので、戌井は後ずさった。
「ナイフの投げ方も、銃の扱いも、敏捷な身のこなしも、その落ち着いた話しぶりも。普通の高校生とは思えない。君の過去にはとても興味があるねえ」
そろそろ頭がぼーっとしてきた。白鳥マリアと対峙する時に集中力を使い切ってしまったのだ。何か妙なことを口走る前に退散した方がよいだろう。
「はい、そうですね」
「驚くほど適当な返事だね」
「すみませんが疲れたので帰ります」
戌井はすでに背を向けて歩き始めていた。
「しょうがないな……また会えるのを楽しみにしているよー! 戌井くん」
☂
家に帰った。そこでようやくスマホを見ると、日和からメッセージが来ている。
日和:【戌井くん、大丈夫ですか? 終わったら連絡ください】
戌井:【終わった。全部片付いた】
すぐに既読が付いた。さっそく返事が来る。
日和:【良かった……すみません、通話してもよいでしょうか?】
戌井:【どうぞ】
戌井はベッドに寝転がった。電話がかかってきたので、スピーカーモードにして枕の傍らに置く。
「もしもし? 戌井くん?」
「ああ」
「赤熊隊長から話は聞きました。白鳥先生が人狼だったのは残念です……受験の時はフォローしてくれて良い先生だと思ったのに」日和は悲しそうな声で言った。「どうして私が好意を持った人はみんな人狼なんですか?」
「それは知らないが。まだ俺を占いたいのか? 命を賭けて人狼を捕まえたわけだが」
「はい、むしろもっと占いたくなりました」
「ええ?」
白鳥マリアを捕まえることで日和が占いをやめてくれるのでは、という一縷の望みも捨ててはいなかった。しかしもっと占いたくなるようなことをしただろうか。
「戌井くんのことはほとんど白ではないかと思っています。でももっと仲良くなりたいから、白確になってほしいんです」
白確というのは、預言者から人間だと証明された者のことを言う。逆に黒確は人狼という意味だ。
「ず、図々しくてごめんなさい! 人狼を捕まえてもらってなお占おうとするなんて、自分勝手にも程があります。でも……」
もともと白鳥マリアを捕まえたのは自分のためだ。日和の考えが変わらないことは想定内だった。日和を始末することもできないし、裏社会に戻ることもできない以上、戌井にできるのは残りの高校生活を大切に過ごすことだけだ。そのために友人を作りたい。そして日和も彼の友人候補に入っている。
「俺も預言の力を持っていたら」と、戌井は言った。「雉真を占っていたと思う。自分の安全を確保したいと考えるのは自然なことだ。君のやり方は間違ってないと思う。預言者は貴重な役職だし、慎重に行動しすぎて悪いということはない」
「戌井くん……」
日和は少し間を置いた後、息を呑んで身を乗り出すように言った。
「そう言えば怪我をしたと聞きました。どれくらいの怪我ですか? 生活に支障が出るなら私、お世話します! 今から戌井くんの家に行きますので」
「俺の家を知っているのか?」
「えっと……戌井くんのことを調べたと言いましたよね? 癖なんです。気になった人を調べるのが」
「そう言えばそうだったな」
「ごめんなさい。気味が悪いですよね……」
「俺も預言者なら君と同じことをする。クラスメイトの身上調査書を作るのが趣味になるかもな」
日和は何かで胸がいっぱいになったのか長い溜息を吐いた。
「また私の立場になってものを考えてくれてる……どうしてそんなに優しいんでしょうか?」
「自分がやりたいようにやっているだけだ」
「戌井くんのやりたいことって?」
「静かに暮らすこと。自分の周りにあるものも、穏やかでいてほしい」
「それならどうして私を助けたりなんかしたんですか? 私に関わらなければ、こんな面倒事にも巻き込まれなかったのに」
「自分の周りで悲しいことが起きても、それはそれで心を乱される。それならさっさと解決した方がいい」
「やっぱり……戌井くんは優しすぎます。あの、さっきの家に行くというお話ですが明日はお休みですよね? 何か予定はありますか?」
「いや、明日は特にない」
「そしたらその……戌井くんの家に遊びに行っても良いでしょうか?」
「かまわないが家には何もないぞ。雉真の家の方が楽しそうだ」
「どうしてですか?」
戌井はスマホのメモ帳に書いてある雉真の情報を眺めた。
「ゲームとか漫画とか持ってそうだから」
「なるほど……でも私、戌井くんのお世話もしたいんです。お掃除とか、お料理とか。お怪我が治るまで、できるだけ動かない方がいいと思います」
「そこまで酷い怪我じゃない」
「助けてもらってばかりなのでお返しがしたいんです。そうでないと私の気がおさまりません。だめ、でしょうか?」
戌井は考える間をあけた。誰かを家に招くのは初めてだ。招かざる客が来たことは何度もあるが。他人を自分の家に入れるなんて何だか落ち着かない感じがする。タイムリミットがなければ絶対にそんなことはしなかっただろう。だが残り日数はわずかしかないのだから、家の間取りを知られようが不都合なことは何もない。
ふむ……家でやるならゲームだろうか? ゲームと言えばやったことがあるのはポーカーくらいだ。あれもルールが覚えられなくてほとんどやらなかったが。雉真はどんなゲームをやるのだろう?
「じゃあ雉真も誘おう。何かみんなでできるゲームをするんだ」
「いいですね! ではグループ通話で雉真君も含めてお話しませんか?」
「そうだな。今グループを作る」
日和と通話をしたまま、アプリで戌井・日和・雉真のグループを作った。
日和:【戌井くんが白鳥マリアを捕まえましたよ】
雉真:【お前ならやると思ってたぜ】
戌井:【日和さんと通話中なんだ。お前も入れ】
雉真も通話に入ってきた。
戌井が言った。「明日、俺の家に来い。みんなでゲームしよう」
「いやまず白鳥マリアの話しろや。あの後どうなったんだ? どうやって追い詰めてどんなふうに捕まえたんだ?」
「家に来たら教えてやる」
「オッケー! てかお前、家には来るなって言ってなかった?」
「お前達ならいいと思ったんだ」
「お、おう……なんか照れるんですけど」
「うちにゲーム機はないが、スマホでもゲームはできるんだろ? 明日までにやっておくからおすすめを教えてくれ」
「じゃあ複数人でできるのいくつか教えるから、明日はその中で気に入ったものをやろう」
雉真がゲーム名をいくつか教えてくれたので戌井は片っ端からダウンロードを開始しておいた。
日和が言った。「明日の11時頃はいかがでしょう?」
「問題ない」「俺も」
「もしよければオムライスをお作りしますが、苦手なものとかありますか?」
雉真が言った。「グリンピースだけは入れないで」
「俺は何でもいい」
「承知しました。ふふっ、明日が楽しみです」




