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【連載版】悪食鑑定リィナの平和な食事  作者: こふる/すずきこふる
五章 バクシン王女、ヒルデガルド
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第26話 優しいおじさん

 

 書庫への入室はあっさりと許可が下りた。リィナが休暇を得た翌日にユリウスが手続きをしてくれたらしい。ただ、リィナの場合、文官ではないので外への持ち出しや一部閲覧ができない場所があることを説明される。そして、ここには巷で有名なロマンス小説というものは蔵書に含まれていない。あるのは専門的な文献や郷土史、歴史書である。


 堅苦しい本のタイトルが並ぶ中、リィナが目に入ったのはこの国の神話だった。女神からの祝福についての研究書と同じ棚に置かれたそれは、意外にも分厚い。手に取って目次を眺めてみれば、知らない話がいくつも収録されている。


(昔、おとぎ話の一つとしていくつか聞かされてきたけど、こんなにあるなんて知らなかったな……)


 リィナは神話集を手に取った後、別の棚で食べ物に関する書物も見つけ嬉々としてテーブルに座った。


 まず開いたのは神話である。


 この国、クレイドールは女神アイアが作った『大きな揺りかご』と言われている。そのため、この揺りかごで生まれた子どもは七つまで女神の子とされた。


 自分の子でなくなることを惜しんで、女神は子どもに祝福を与える。その祝福を得られなかった子を忌み子として扱われる所以がこれだ。


 他国では祝福のような力を持った人間は生まれず、またこの国の血が薄まれば薄まるほど、祝福の力は弱くなっていくらしい。この国の王女が他国に嫁いだ時、孫の代では祝福が得られなかったと聞いている。どうやら女神にとって、玄孫(やしゃご)は対象外らしい。


(女神の祝福って分からないことばかりなのよね……)


 幼い頃、両親から祝福の話を聞いて、自分はどんな祝福をもらえるのかワクワクしていたものだ。

 神話集のページをめくりながら、遠い日の母の言葉を思い出す。


『いい、リィナ? 女神さまはいつもあなたを見ているわ。そのことを決して忘れちゃだめよ?』


 あの頃は母の言葉の意味を分かっていなかったが、自身の祝福を自覚した日、母の言葉を思い出して悶絶したものだった。


(女神アイア……祝福がない今の私も、まだあなたの子でしょうか……)


 リィナはあるページで手を止める。


(女神が祝福を剥奪する?)


 それは女神の祝福を悪用した人間が、女神の手によって祝福を剥奪されてしまう話。

 祝福をなくした自分にも符合する話かもしれないと、リィナは手汗を握った。

 内容はこうだ。


 若い人間の女に姿を変えた女神は、罪人の男の前に現れるとこう言った。


『あなたに最後の贈り物を届けに参りました』


 彼女は男に愛と誠実さを説くが、男は反省するどころか女神の荷物を奪って逃げた。荷物に入っていたのは、一本の葡萄酒とパン。男はそれを貪り食べた翌日。女神の祝福が消え、その喪失感に悶え苦しんだ。男は女神の揺りかご──大地に還ることを許されず、海に身投げし、生を終えた。


 リィナはそれを読んで小さく声を上げる。


(葡萄酒とパンを食べて女神の祝福が消えた……? 葡萄酒ってワインのことよね?)


 一体、それが祝福と何に関係しているのだろう。


(やっぱり神話ね……ワインとパンで祝福が消えるなんて)


 リィナは悪事を働いていないし、パンはともかくワインなんて飲んだことがない。見知らぬ女性が目の前に現れたこともない。


「さぁ~、ご飯の本でも読もう~」


 神話集をテーブルの端に寄せ、料理本を手に取った時だった。


「あれ? リィナちゃん?」

「ん?」


 顔を上げると、驚いた顔をした男が立っていた。三十半ばの男は、すらっと背が高く、灰色の髪を一つにまとめている。青い瞳は丸く、目じりに刻まれた深いしわが、さらに愛嬌をよくさせた。

 男はリィナをまじまじと見た後、喜色満面の笑みを浮かべた。


「ああ、やっぱりリィナちゃんじゃないか! 久しぶりだね!」


 リィナもまさか見知った相手がいるとは思わず、驚きのまま口にする。


「や、優しいおじさん!」

「しーーーーーーーーーーーーーーっ! ここでその呼び方はだめぇええええええっ!」


 その男はリィナが小さい頃から孤児院に出入りする貴族だった。


 十年前の反女神信仰、ディスラプターの暴動が起きた後、王家は慈善活動に努めるよう貴族達にお触れを出した。暴動のせいで慈善活動に取り組む余裕はありませんと首を横に振っていた貴族ばかりだったのに対し、律儀に行っていたのが、この男だった。


『そこのかわいいお嬢さん。困ったことない? 何か欲しいものはある?』


 そう初めて声を掛けられたリィナは、牽制と威嚇を込めて獣のような唸り声を上げた。そこにチャーリーの泣き声も加わり、職員がすっ飛んできたのはいい思い出だ。


(この人、頑なに名前を教えてくれないんだよなー)


 リィナはこの男のことを優しくて金があって可能な限りなんでも用意してくれる貴族であることを知っているが、それ以外は何も知らない。院長に男の事柄について尋ねたことがあったが、返ってくるのは苦笑いだけだった。


 あまりにも得体が知れなさ過ぎて『うちの子にならない?』と誘われた時も『知らない人にはついて行っちゃだめって言われているの』と断ったことすらある。

 まさか、こんなところで会うとは思っていなかった。


「おじさん、貴族だってことは知ってましたけど、王宮勤めだったんですか?」

「そうそう。いやー、チャーリー君から王宮にいるとは聞いていたけど、まさか本当に会えるとは思ってなかったよ」

「チャーリー? チャーリーと会ったんですか?」


 王宮勤めであるなら、チャーリーと会ってもおかしくはない。孤児院時代のチャーリーはこの男を警戒していた様子だったが、彼の口ぶりからすると親し気に聞こえる。


「うん。彼の養父とは仲良しで……あ」


 口を滑らせたと言わんばかりに男は自分の口を塞ぎ、リィナは口をあんぐりと開けた。


(え、なにそれ? そんなの聞いてない。チャーリーだけおじさんの身元を知ってるの?ずるい!)


 ぎりぎりと歯ぎしりするリィナを見て、男はたじろいた。


「り、リィナちゃん。女の子がそんな顔しちゃだめだよ!」

「じゃあ、なんで私にだけ名前を教えてくれないんですか?」

「そ、それはー……」

「あ、いたいた」


 奥からそう声が聞こえ、一人の青年がやってくる。


「室長、そろそろお時間ですよ~」

「え? 時間?」


 男は青年の言葉にぽかんとして懐中時計を取り出す。青年は腰に手を当てて、ぷりぷりと怒った様子で言った。


「そーですよ~。もう、こんな若い子とおしゃべりに夢中になっちゃって! ほら、行きますよ~?」

「え、あ? うん。じゃあ、またね、リィナちゃん!」


 青年に腕を引っ張られながら男は手を振って去っていく。


「逃げられた……」


 忙しいなら仕方がない。それに王宮勤めならたびたび顔を合わせる機会があるのだろう正体を知れなかったことに悔しい気持ちはあれど、見知った相手と会話ができて、リィナはほっとした。


(おじさんのことは、今度チャーリーに聞こう)


 そう心に決めて料理本を開いた。


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