第25話 初めての寂しさ
お休み五日目。リィナは自室の机で毛布に顔をうずめていた。
「もうムリ……つらい、さびしい……」
二日目は商店街に行き、日用品や孤児院へのお土産を購入した。久々の城外に気分が上がったのと、普段は絶対に手に取らない服や嗜好品にたくさん触れて楽しかった。レース編みの教本を買い、夜には新しい編み方にも挑戦してみた。
三日目は孤児院へ行き、子ども達や職員さんと一日を過ごした。正直、ユリウスに引き抜かれたことについて質問攻めに遭うことを覚悟していたが、そんなことはなかった。すでにユリウスが根回しをしており、いち早く危険を知らせてくれた恩で採用したということになっていたらしい。おかげで一日ゆったりと過ごすことができ、お土産も喜んでくれた。
しかし、四日目にして異変は起きた。
この三日間、リィナは商店街の活気に触れ、久々の里帰りを満喫した。
寮に戻り、疲れてぐっすり寝た。目覚めも最高だったが、朝の静かな雰囲気にぽかんとしてしまったのだ。
里帰りをした影響もあるのだろう。殺風景な個室に自分しかいないということが、リィナの胸を締め付けた。
(これはもしかしてホームシックかしら? そういえば、王宮に来てからなんだかんだ忙しくて、ずっと気にしてなかったけど……私、ぼっちってやつでは?)
朝食を口にした時も相変わらず祝福が発動せず、シャルマ達以外に知人がいないリィナは、圧倒的に人との交流が足りていない。寂しさに押しつぶされそうになったリィナは、自分を奮い立たせて身支度を整えた。身綺麗にしているというだけで、気分は変わるものである。部屋の掃除を済ませた後は、レース編みの教本を黙々とレースを編んだ。
初めこそは新しい編み方に苦戦しつつも楽しんでいた。一枚、二枚と完成していくごとにレースの模様は洗練され、綺麗な幾何学模様を見て満足したものだった。が、十枚を超えたあたりで、リィナは心を殺してレースを編んでいた。孤児院時代、定期的に開催していたチャリティーバザーでは、子ども達の手編みのレースは定番中の定番。その時を思い出してひたすらに編み続けていた。
その数、二十枚。
達成感よりも疲労感が増してしまい、使い道のないレースをぼんやりと眺めてしまった。
今度こそやることがなくなったリィナは、次第に暗くなっていく空を眺めていくうちに途方もない焦燥感に襲われてしまった。
──自分は何をやっているんだろう。意味もなくレースを編み続けて。
──こんなに作ってどうするの?
──ただ時間を無駄にしただけでは?
──ほかにやることがない。仕事もない。
──こんな怠惰な日を過ごしていいの?
真っ暗な部屋の中で独り考え続け、とうとう自分の生きている価値まで考えるようになってしまった。
孤児院時代も王宮に来てからも何かと忙しくしていたリィナは、時間を持て余すという経験が不足していた。個室でこもって独り何かに没頭するということが、そもそもリィナに向いていなかったのだ。
その夜、リィナは月明かりの下でチャーリーからもらった手紙をすべて読み返した。
(チャーリーは、もっと寂しかったんだろうな……)
頭で分かっていても、心でちゃんと理解できていなかったことに気付かされる。涙を零しながら繰り返し手紙を読み続け、気絶するように寝入った。
こうして迎えた五日目の朝、リィナは寂しさを埋めるように毛布を抱きしめていた。
(せめて誰かと会話が欲しい……そうしたら余計なことを考えないで済むのに)
また商店街に行くことも考えたが、ただ散財することになる。将来のことも考えて貯金をするべきだ。
しかし、意味もなくレースを編み続けるわけにもいかない。こっそり離宮に行くわけにもいかなかった。
(手紙……片付けないと……)
手紙で散らかった机を眺め、リィナはのろのろと手を動かす。
チャーリーの手紙はもちろん、シャルマとアイリーンからもらった手紙を大切に保管する。
(今日は何しよう……ん?)
小さなメモ書きが目に入った。それはガジェットからもらった王宮の見取り図だ。
(たしか、王宮の書庫の……書庫⁉)
リィナは食い入るようにそのメモを見つめる。書庫といえば、前世でいう図書館のようなものだ。個室でひきこもるより、広い空間で本を読んでいた方が断然いい。仕事の勉強もできるし、人の出入りがあるので寂しくない。それに、今日はガジェットが出入りを禁じた日ではない。
(ガジェット様! ありがとうございます!)
ツンと澄ました顔で『こんなことでお礼を必要なんてないですよ』というガジェットの姿が脳裏に浮び、リィナは少しだけほっこりする。
「行くぞ、王宮書庫ーっ!」
リィナは身支度を整えて、足早に書庫へ向かった。




