第21話 再鑑定
カツラ。前世のリィナにとって、カツラとはハゲを隠すものだと思っていた。
しかし、オシャレを楽しむための道具だと認識したのは高校生の頃だった。
縮れ毛がコンプレックスだった同級生はカツラ(当時はウィッグと呼んでいた)を使ってオシャレを楽しんでいた。ガラッと印象が変わるし、何より色んな髪型を楽しめる。ほかの子はヘアーエクステンションといった部分的なつけ毛を使っていた子もいた。
シャルマが言うには、この国のカツラは主に絹糸や人毛で作られているらしい。毛髪は長期保管が可能だ。土葬した遺骨に髪の毛が着いたままの時もあると聞いた。
「で、なんで私はカツラについて勉強しているのでしょうか……?」
ユリウスが兄殿下達と打ち合わせをしている間、リィナとシャルマはお留守番だった。アイリーンは偵察や護衛に使える祝福を持っていることから、第二妃ベアトリスに頼まれてヒルデガルドの下へ行っている。
「リィナさんに、基本知識を叩き込んでおけと殿下に言われたもので……」
(カツラの基本知識とは……?)
そして、それを教えられるシャルマも大概だ。
「カツラは宮廷で一時大流行したんです。その流行の発端となったのが、ユリウス殿下の祖父、先王ですね」
「先王がカツラを被ってたってことですか?」
「はい。当時毛虱のせいで髪の毛を剃る必要があったそうです。でも、一国の王が毛虱で髪を剃ったというのは格好がつかないとかなんとかで、カツラを被ってそれをファッションとして流行らせたそうです」
「へぇー、発想の転換ですね」
シャルマが言うには、肖像画もあるらしい。それは機会がある時に見させてもらおう。
「現在もファッションとして使う方もいれば、薄毛を気にして被る方もいますね。あと、男性に限らず女性もいるんですよ? 毛量は個人差がありますし」
「シャルマさん、すごい詳しいですね」
「叩き込まれたんです。殿下に」
遠い目でシャルマは語ると、リィナの前にあるものを出した。
それは、髪の束だ。
「え、これ…………」
「白百合の塔からいただいてきました。もしかしたら、別のものも混じっているかもしれませんが……」
申し訳なさそうに言うが、むしろよく集めてきたとリィナは感心する。
「ほかにも昨日見張りをしていた兵士や侍女達からもこっそり拝借してきました」
「ど、どうやって……?」
昨日の今日だ。一体どうやって集めてきたのだろうか。彼は自分でなんでもできると言っていたが、いくらなんでもおかしいということぐらいリィナにも分かる。
彼は口元で指を立てると、にっこり笑う。
「それは秘密です」
そして彼は、白百合の塔でもらってきた密偵らしき者の髪を一つ一つ並べていき、水桶で髪を洗おうとした。
「あ、今回は洗わないでください!」
「え? でも、そのまま口に入れるのは気持ち悪いって……」
「そ、それはそうなんですけど……」
リィナは絶対に口にしないものを決めている。それは他人の血液だ。血液を介して移る病もあるので前世では他人の血液を直接触らないように教えられた。あと人肉。どんなに胃が頑丈でも絶対に口にしたくない。そもそも人間は血液も人肉を経口摂取できるよう作られていない。それらを口にしないことは、すでにユリウスには話している。
毛髪だってできる限り口にしたくないものだし、なんなら洗わずに口に入れるなんてとんでもなかった。油で艶づけしている人もいれば、毎日石鹸で髪を洗う習慣もない。そう、汚いのだ。汚いのだが…………
「洗わなければ別の情報源があるかもしれないんです」
個人を特定できるものは、何も髪の毛だけではない。難しいが付着する汗も大事な情報源だ。
(汗でも個人情報が得られるけど望みは薄い……やれるだけのことはやろう)
リィナは意を決して、口に運んだ。
ちーんっ!
分析結果『絹糸』
(あ、これも絹糸か……人毛より絹糸の比率が高いのかな?)
よく髪を観察すると、ほつれや繊維が見える。おそらく、こちらは絹糸だ。
(絹糸なら全部入れてもまあいいかな?)
リィナは全部口に含むと結果はすぐ出た。
ちーんっ!
分析結果『絹糸』
(むー……やっぱりだめか……)
別のものを口に入れても、絹糸も毛髪もそれ以上の情報が入ってこない。
(というか、いつもより情報が少なくない?)
何度も口にしてれば、それなりに情報が読み取れるはずが、今回ばかりは性別を判別するのにも時間がかかっている。
(おっかしーな……経験値は足りてるはずだけど?)
最後の一本を口にした時、事件は起きた。
「え………………?」
リィナは驚きのあまりに口に入れた髪の毛を出した。
「どうされましたか、リィナさん?」
「あ、ごめんなさい。ボーっとしてたみたいです」
リィナはもう一度、髪の毛を口にする。今度は一本まるまるだ。
「………………うそ」
「リィナさん……? リィナさん⁉」
立ち上がったリィナは、思い切って休憩室にあるクッキーを口に入れた。
(………………鳴らない)
そう、脳内で卓上ベルが鳴らない。自分の祝福である摂食分析が発動しないのだ。
咀嚼してもクッキーが美味しいことを自分で感じることしかできない。
「リィナさん、どうしたんですか?」
「しゃ、シャルマさん……私…………」
信じられないこと事実に直面し、声が震える。
「祝福が……消えちゃいました……!」
「え…………えぇええええええええええええええええええええええええええええっ⁉」




