第18話 大好きな人からの手紙
『親愛なる友人チャーリーへ
お元気ですか。まずは最初に貴方へ報告が遅れたことを謝らないといけません。
年に一度、王族が王都内の施設に視察に来ることがあるのは覚えてる? 今年はうちの孤児院に白羽の矢が立ったの。それで色々あって今は侍女見習いをしています。美味しいご飯も毎日食べてるし、今のところ、雑草と石ころを口にした日はないよ! というか、もうしたくないかな⁉ あの青臭い味と砂の感触を味わう日が再び来ないことを祈ります。
侍女としての生活は初めてのことばかりで、初めてお化粧や三つ編み以外に髪の結わい方を教えてもらったの。楽しいことも大変なこともいっぱいあるけど、心配してくれたチャーリーには申し訳ないくらい充実した日々を過ごしています。チャーリーには孤児院を出たあとのことを心配させちゃってたから、もう安心してね!
今日、王宮にチャーリーが来るって聞いたんだけど、お仕事の邪魔になっちゃうといけないからぐっと我慢しました。
今度会えたら、お話したいことがたくさんあります。私はチャーリーが孤児院に遊びに来てくれた時に、お土産話をしてくれるのを楽しみにしてたから、今度は私ができると思うと嬉しいです。でも、王宮専属の音楽家で王宮に出入りするチャーリーには新鮮味がないかな? それでも聞いてくれると嬉しいな。
正直、王宮に来たばかりの時は貴族ばかりだし心細かったんだけど、周りの人にたくさん支えられました。チャーリーが八歳でこの世界に飛び込んだことを誇りに思います。
それから王宮でチャーリーの活躍が見られる機会があると思うとワクワクしてます。今度は前よりも近い場所で貴方の活躍を見守っているからね。
例え血の繋がりはなくても、誰よりも貴方の幸せと健やかな成長を願っています。
愛を込めて、リィナより。
追伸、熱烈なファンの女の子から手作りお菓子をもらった時は絶対に食べちゃダメだよ』
◇
屋敷に向かう馬車の中でセイレン侯爵は、何度も手紙を読み返す養子を微笑ましく見つめていた。
「良かったね、チャーリー」
「はい」
穏やかな声で返事をしたチャーリーは赤銅色の瞳を静かに揺らす。
同じ施設で育った少女からの手紙をチャーリーは何よりも大切にしていた。それこそ、自分たちが贈ったプレゼントや他の貴族がご機嫌取りで贈られてきたものにほとんど興味は示さなかった。唯一、自分達が贈ったプレゼントの中で喜んでくれたものといえば、彼女の手紙を保管する宝箱くらいだっただろう。
(やはり、一緒に引き取るべきだったかな……)
はじめこそは、チャーリーと共に彼女も引き取ろうと考えていたが、他の一族の者が猛反対したのだ。彼は絶対音感だけでなく才能も備えている。一族にはチャーリーと年近い女児もいた事から、政略的結婚の妨げになると言われたのだ。
しかし、長年彼の様子を見ているとどうしても応援したくなってしまう。今までの境遇から慈善活動のみならず、とうとう公共事業にまで関心を向け始めた。
養子縁組をするために、彼と顔を会わせた時、幼いチャーリーはセイレン侯爵にこういった。
『ボクの祝福は音楽の為に与えられたんじゃない。ボクがやりたいことをするために与えられたんです。だから、侯爵様。ボクのやりたいことをさせてください。その上でボクに音楽を教えてください』
そして彼は本当に自分が好きなことをやった。慈善活動のおかげで多くの孤児院や病院から感謝の手紙をもらい、陛下から一目置かれる存在となった。十一歳で王宮専属の音楽家に抜擢された時は不本意な顔をしていたが、わりと楽しくやっているようだった。
問題があるとすれば、女性への対応が塩対応であることくらい。
お見合い代わりに同門のご令嬢と顔を会わせた時は、ご令嬢をほったらかしにした。そのうえ、根気よくチャーリーに話しかける令嬢に対して、彼は木の棒を拾ってきたかと思うと「これが今の君の音」と言って棒を曲げてみせ、ミシミシとしなる音を聞かせた。
最後、木の棒がボキッと折れると同時にご令嬢が激怒したのは言うまでもない。
なぜそんなことをしたのか理由を聞けば『仕方ないからかまってあげる』『そんな私、優しい』という感情が音として伝わってきたらしい。件の令嬢とは、なんだかんだ言いながらも交流を続けているが、やはり一番は手紙の彼女のようだ。
リィナという少女の武勇伝は何度もチャーリーから聞かされている。
小さなチャーリーを連れて孤児院に駆け込み、孤児院の職員と共に乞食同然に食べ物を分けてもらうために駆け回った。チャーリーが非常食の干し肉を年上の男の子に取られた時は、その相手に飛び掛かって奪い返した上に『私の肉をあげるわ! その代わり大量のタンポポと交換よ! お花も葉っぱも根っこも全部持ってきなさい!』と怒鳴り散らしたという。おまけにチャーリーが風邪を引いた時は泣きながら森で薬草を探し回ってくれていたらしい。
そんな少女を愛さない理由はないだろう。
「お義父様」
ずっと手紙を見つめていたチャーリーが呟くように呼び、セイレン侯爵は彼に向って微笑んだ。
「なんだい?」
「リィナちゃんは初めてお化粧をしたり髪型を変えてみたりしたそうです」
ここ数年、チャーリーは彼女の名前を呼び捨てにするようになったが、自分に彼女のことを語り聞かせる時は小さな頃と同じように「リィナちゃん」と呼ぶ。それが微笑ましいセイレン侯爵はただ頷き返した。
「そうか」
「毎日美味しいもの食べて、同僚にも優しくされているみたいです」
「そうか」
「次に会ったらいっぱいお話してくれるそうです。とても楽しみです」
「ああ、そうだな。私も彼女から聞いた話をチャーリーが聞かせてくれるのを楽しみにしているよ」
「はい。でも、心配だなぁ~~~~~~~~~~~~~~~~」
彼はその場で頭を抱えて項垂れる。
「リィナちゃん、お化粧するんでしょ? 髪型も三つ編みじゃないんでしょ? 絶対に可愛い! 絶対に余計な虫がつく! 彼女に群がる羽虫をボクの手で焼き払いたい! 山に埋めたい! 水底に沈めたい!」
「やめておくれ、チャーリー。君がどんな思いであの肩書きを手に入れたと思っているんだい?」
チャーリーは『音楽界の異端児』と呼ばれている。その肩書きは彼の地位を確固たるものにし、名誉であり足枷でもあった。問題児でありながらその優秀さを知らしめ、今では陛下にも年行事以外では慈善活動を優先することを認められている。貴族は慈善活動に努める義務があるが、チャーリーのように大々的に行う者はない。一人が大きく動けば、そのうち周囲も動くように、いや動かざるをえないだろうと陛下の考えだった。おかげで孤児院の視察では以前よりも生活の質が変わったと報告が上がっている。
「君が『音楽界の異端児』から『音楽界の死神』なんて呼ばれた日には陛下が卒倒するよ」
「大丈夫です。陛下の代わりにベアトリス第二妃が大笑いしてくれますから」
「チャーリー?」
「はーい……」
拗ねた子どものような生返事をし、再び彼は手紙に目を落とした。そして、しばらくして首を傾げる。
「ところでお義父様…………」
「なんだい」
「なんでご令嬢の手作りお菓子は食べちゃだめなんですか?」
「………………さあ?」
セイレン侯爵夫人の手作りお菓子を心から愛する親子はその謎を解くことはできなかった。