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第15話 毒見と過去話1


 ユリウスとガジェット、そして第三王女の家庭教師に行ったアイリーンを見送り、残されたシャルマとリィナは専属の休憩室で毒に関する勉強を始める。


「まずは、復習です。食器にはよく銀が使われていますね。それはなぜでしょうか?」

「銀が毒物に反応して変色するからです」


 全ての毒が銀に反応するわけではない。毒殺で用いられる毒の多くはヒ素らしい。無味無臭で食事に仕込みやすいらしい。それについて前世でリィナも調べたことがある。正確にはヒ素に反応しているのではなく、ヒ素に含まれる他の鉱物に反応しているらしい。


「その通りです。毒見の時には食器が変色していないかとチェックしてください。リィナさんは口に入れてしまえば、詳しく分かってしまいますが、口に入れる前に分かることには越したことはないです」


 シャルマはそう言うと、棚から小さなトランクを持ってくる。


「これがヒ素です。実物を見るのは初めてですよね?」


 中から取り出したのは粉が入った試験管。


「致死量に満たない量を毎日摂取することで病死に見せかける方法もあります。これが少しでも含まれていたらすぐに教えてください」

「はい」


 さて、実食。受け取った試験管を思い切って開けようとすると、その手をシャルマに止められた。


「シャルマさん?」

「やっぱりオレ……リィナさんに毒を食べさせることにちょっと抵抗がありまして……」

「大丈夫ですよ。毒には強いんですから。こう見えて毒キノコを何度も口にしたことがあるんですよ」


 シャルマを安心させる為に出た言葉だったが、かえって心配させてしまったようでシャルマは悲し気な表情を浮かべる。そして、おもむろに試験管をリィナから取り上げた。


「シャルマさん?」

「粉ではなく、石にしません? あと、他の毒は草を……いや、まずは知識から……」

「シャールーマーさん? 私は毒見のために自分の能力を磨かないといけないんですよ?」

「お仕事だといえばそれまでですが……でも、リィナさんは女の子です」


 シャルマの優しさは痛いほど伝わってくる。年下のリィナに毒を盛るなんて心が痛むのだろう。


「シャルマさんは、殿下の護衛も兼ねているんですよね?」

「ええ」

「殿下が殺されそうになった時、相手を斬りますか?」


 リィナがそう口にした時、シャルマは大きく目を見開いた。そして、困ったような顔で小さく頷く。


「はい、仕方のないことですが……」

「それと同じです。私は身体を張って殿下をお守りするんです。といっても、私に毒も薬も効かないので、身体を張ってるとは言えませんけど」

「リィナさん……」


 シャルマは苦し気な顔をして低く唸ると「仕方がありません」と呟いた。


「オレも心を鬼にします……リィナさんにはこちらを……」


 シャルマは番号が振られた試験管を取り出し、それを一つ一つ丁寧に並べていく。しかも行と列で置かれている。


「上から植物、鉱物、動物の毒です。いきなり食事に混ぜたら、情報過多で頭がパンクすると思うので一つ一つ順にやりましょう」

「はい。では一番から行きます!」


 リィナは一つずつ順に口に含んでいき、丁寧に情報を得る。そして一度口に含み、吐き出すというサイクルを繰り返し、脳内の卓上ベルは忙しなく叩かれ続けた。鉱物毒を口に入れる頃には、卓上ベルの音が耳に焼き付いてしまい、何も口に含んでいないのに幻聴が聞こえてきた。


(すごい、毒ってこんなに種類があるのか……知らなかった)


 得た情報から身体に及ぼす悪影響や中毒性、鉱物に関しては純度が低いものがあり、余計な情報まで得てしまった。次から次へと入り込んでくる情報に頭が疲れてきたのがわかる。もっと探求心があれば、どんどん口に運んでいるところだが、残念なことにリィナは嬉々として毒を食べる趣味はない。


(これまでも毒見の勉強してきたけど、経験が増えたのもあって得る情報が変わってきたな……何、神経毒って。あー、ちーんって音が鳴りやまない)


 ぼーっと幻聴が聞こえなくなるのを待っていると、シャルマは後ろの番号を片付け始めた。


「リィナさん、もうやめましょう……」

「わ、わたし、まだいけます……そろそろ卓上ベルの音が止むと思うんで」


 この後は毒入りの食事を食べて、何が入っているのか当てるクイズが待っている。美味しいシャルマの食事に毒を入れるのは申し訳ないがこれも仕事だ。卓上ベルの幻聴がなかなか鳴りやまないリィナを見て、シャルマは首を横に振る。


「やめましょう。いくら毒に侵されないにしても、オレの心臓がもちません! オレの為だと思って! ね!」

「は、はい……」


 せっせと毒をしまい、シャルマはいつものバスケット取り出した。


「甘い物を食べましょう。飴です! はい、あーん!」


 彼に言われるがまま疲れた頭でリィナは口を開ける。ぽいっと口へ放り込まれると、今度こそ脳内の卓上ベルの音が聞こえた。


 ちーんっ!

 分析結果『おいしい』


「おいしー……」


 砂糖を溶かして丸めただけの何の変哲もない飴だ。口の中でころころと飴を転がしているだけで幸せになれる。


「頭を酷使したので、ゆっくり休んでくださいね。それから食事にしましょう。今日はミートパイにしました」

「わーい……」


 覇気のない声で喜ぶリィナを見て、シャルマは浮かない表情をしていた。


「どーしたんですか?」

「…………リィナさんは、自分の身を削ってこの仕事をすることに不満はないですか?」

「不満?」


 リィナは飴を転がすのを止めて考える。


 孤児院暮らしだった自分と今の自分の待遇を比較する。そして、自分の祝福を隠したまま孤児院を出た後の暮らしを想像してみた。


「すごい単純なことを言っていいですか?」

「はい」

「私、今の生活が幸せなんです」


 リィナの答えが意外に感じたのか、シャルマは大きく目を見開いた。


「し、幸せ……?」


「はい。だってお部屋は個室だし、雨漏りもしないし、隙間風もないですし、衛生的ですし。そのうえ、お仕着せだって配給されるし、日用品も滞りなく配給される。それって普通じゃないことです」


 前世の自分が恵まれ過ぎていた。前世のバイト先は制服を支給されるところもあるし、衛生面も市街の治安もこの国よりずっといい。

 前世の世界を知っているからこそ、この世界の生活水準の低さも、識字率の低さも異様に感じるし、今の生活が普通でないことが分かる。

 口の中にある飴玉も前世を知るリィナからすれば、一般的だったのに今では贅沢な嗜好品だ。


「今は違いますが、私が小さい頃の孤児院は劣悪な環境でした。というのも、孤児院に子どもがいっぱい溢れかえっていたんですよ。シャルマさんもご存じですよね、反女神信仰組織、ディスラプターの暴動」

「祝福の能力がはっきりとしない民が、待遇改善を訴えた暴動でしたよね」


 痛ましい顔で答えたシャルマに、リィナは大きく頷いた。

 十年前に起きたその事件は国だけでなく、リィナの人生も大きく変えた。


「そうです。適材適所のこの国では、能力がはっきりしなければ待遇が変わってしまいます。身分もお給金も就職も出世も全部です。時には女神からの祝福を受けられなかった異端、忌み子として迫害までされます」


 ガジェットと歴史の勉強をした時に、彼は渋い顔でこの出来事を話していた。

 前世の記憶のあるリィナは、歴史的な分岐点だと思っている。実際に、この件で国は良い方向へ向かったのだ。孤児院の子どもは自身の祝福を発見するために数多くの経験ができるように職業体験や読み書き計算をする機会が増えた。また祝福の能力が分からない者は、能力に関係ない仕事を割り振り、職を得て生活を保障することが出来た。給金に差が出ても、今までは門前払いが当然で正当な評価もされていなかったので、これでも良くなった方なのだ。


「私は人権や自由の尊重を訴えることは悪いことではないと思いますが、はっきり言うと超迷惑でした。私もチャーリーもあれのせいでお父さんとお母さんと離れ離れになりましたし」


 この一件で暴徒が市街に火を付けたり貴族の家を襲ったり、制圧するために派遣された騎士達を支援することを名目に税額を吊り上げられたりと平民は甚大な被害を受けた。職を失った人もいて、騎士崩れの盗賊だって出た。

 苦い思い出にリィナは、口の中で小さくなった飴玉を衝動的に噛み砕きたくなった。


「いっぱいになった孤児を養うために職員さんは懸命に駆けずり回ってくれました。お金があっても何も買えないご時世だったので、ただでさえ生活が苦しいのに食べ物を譲って欲しいと頭を下げたり、水場を陣取る怖い人達に目を付けられて脅されたり……」


 リィナが五歳の頃、その暴動が起きた。その頃には前世の記憶を思い出していたリィナは、親と離れ離れになり、焼き払われた市街を見てもう二度と親とは会えないと直感した。同じ境遇のチャーリーと出会い、幼い彼の手を引いて孤児院に駆け込んだ。そのまま居場所を得られたのは運が良かったと言えよう。


 一時物流が止まってお金はあっても店が開いておらず食べ物は買えない。水は汚れて、使える水場はゴロツキが陣取っていた。毎日雑草が主食だったし、花の蜜は最高のおやつだった。


 親切な貴族のおじ様が植物図鑑を寄付してくれた時は、食べられる実をつける植物やその効能を頭に叩き込んだ。祝福を得てからは、食べられるものを死ぬ気で仕分けた。誰かが病にかかったものなら、泣きながら森の中を駆け回って薬草を探す日々だった。


 今では王族が孤児院を視察するようになって、寄付や支援を多くしてもらえるようになったおかげで前よりずっといい生活ができるようになった。ここ数年は雑草を口にしていないし、冬には温かいものを食べられている。


 シャルマが作ってくれた食事に雑巾の絞り汁を入れた彼女達は、きっとあの暴動を知らない幸せな生活をしてきたのだろう。


「だから……だから今はシャルマさんの美味しいご飯を食べられるのが最高に幸せなんです……世界一幸せなんですよ、今の私!」


 あっという間に溶けてなくなった飴玉もリィナを幸せにしてくれる魔法の食べ物である。これだけでリィナは毒見を頑張れる。


「シャルマさんは私に美味しい食事を作ってくださる神様です! すごい感謝してます! チャーリーにも言っているのですが、もしシャルマさんが赤ん坊を抱えた見知らぬ女性が現れて「これは貴方の子よ」と言い寄られたり、知らない子どもに「パパ! 会いたかった!」って飛びつかれたりしたら、私は喜んで親子鑑定するので呼んでください!」


 リィナが胸を叩いてそういうと、シャルマは困った風に笑った。


「そうですね、そうなった時はお願いします」


 シャルマはリィナの向かい側に腰を下ろした。


「オレの話、聞いてくれます?」

「はい!」

「実はオレ、殿下のことが嫌いなんです」


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