いただきます。
へい、いらっしゃい。そこの空いてる席にどうぞ。何にしますか?
チャーハンですね、少々お待ち下さい。
ところでお客さん初めての店でチャーハン頼むなんて通だね、チャーハンてのは作るのは簡単なんだけど奥が深くてね、店によって味が全然違うんだよ。チャーハン一杯でその店のレベルってのが分かるってもんでね。うちのチャーハンはどうかって? こんな蘊蓄語るんだから美味いに決まってますよ。
へい、お待ち。冷めないうちに食って下さい。食いもんは鮮度が命ってね。
どうです? 美味いでしょ。ちなみにお客さん、あんた観光でこの街に来たのかい? いや、この辺りじゃ見かけない顔だと思ってね。
そうかやっぱり旅行者か、そりゃ良いや。旅行は良いよね、心の洗濯ってやつでしょ? 俺はこんな店やってるから中々、旅行なんて行けないんで羨ましいよ。
ん? なんで深夜に店開けてるのかって? この街は観光地だから、こんな時間に店やってんのうちぐらいだし、確かに珍しいよね、よく聞かれるよ。
いやね、理由はすごく単純なんですよ。昔、自分が旅行へ行った時に夜中に腹減っちゃってね、俺こう見えても大食漢なんですよ。
見えないって? まあ人は見かけによらないってね。で、観光地って都会みたいに深夜営業の店ってないじゃない。それで思ったんだよね、こういう土地で夜中に店やったらどうかなって。人がやらない事をやるってのは商売の鉄則だからね。
まあ、見てのとおり全然流行ってないんだけど。でも、お客さんみたいに来てくれる人がいるから、辞められないよね。
なんかお客さんが美味そうにチャーハンを口にほうばってるから、俺も腹減ってきちゃったよ。飯にしようかな?
え? エアコンを付けてくれって。ああ、すいません暑いよね。今エアコン壊れてるんですよ、申し訳ない。
そうだ、代わりといっちゃ何ですが、俺の怪談を聞いてもらえませんかね? 少しは涼しくなれるかもしれませんよ。
いや実はね、今度、町内の寄合で納涼会やろうって話になっててさ、そこで怪談をそれぞれ持ち寄ろうって事になってるんですよ。でも、俺はその類の話ってが、どうも苦手でね。よかったらお客さん練習に付き合ってくれないかな? なんて思って。
聞いてくれる、そうですか、ありがとうございます。
じゃ早速、始めますね。まず最初にこれから話す事は、全て実話ですからね。リアリティがあった方が怪談って怖いでしょ? でも、そこに俺が一つだけ嘘を混ぜます。ほら、話が詰まらなくても、何が嘘なんだろって考えながら聞けば、最後まで聞いてもらえそうじゃない、隠し味ってやつですよ。で最後に嘘は何かな? って考えてもらう寸法ですよ。
それじゃお客さん、心の準備はいいですかい? 始めますよ。
お客さん、神隠しって信じます? そう、ある日突然人が居なくなっちゃうってあれですよ、まあ昔なんかは山や森で事故や事件に遭ったり、夜逃げとかしても、天狗や鬼に会って神隠しにあっちゃった、なんて言われたみたいですけどね。
でもね、神隠しって本当にあるんですよ。
俺が昔住んでた村でね、子供が山へ遊びに行ったまま帰ってこないって事がありましてね。小さな村だから大騒ぎになっちゃってさ、村の男達が総出で夜中の山を探したんですよ、ありゃ凄い人数でしたね。
しかも、みんな殺気立ってるっていうか、ありゃまるで山狩りでしたよ。まあそんな感じになっちゃう理由は分かるんですがね。
その山の名前はね、『いらとう山』って言うんですよ、聞いた事ない? そりゃそうでしょうね、田舎の小さな山ですから。
でね、その『いらとう』って字なんでがね、こう書くんですよ。
入裸頭。
もう解っちゃったかな? 解らないって? お客さんは勘が悪いなー、これみて変な名前だと思いませんか? 思ったでしょ。この山、大昔は『入らず山』って呼ばれてたんですよ。
『入らず』が『入裸頭』になって『いらとう』って呼ばれるようになったんですよ。
お客さん、笑ってるけど地名なんて結構こんなもんが多いんですよ、人間なんていい加減な生き物ですからね。
でね、問題は、なんで入らず山なんて名前が付いたかなんですよ。
それはね、大昔にそこには鬼が住んでて、山を通る人間を食べちまうなんて噂があったんですよ。しかもその鬼の性格が悪くてさ、人間の恐怖で引きずった顔が大好物なもんだから、生きたまま体を少しずつ裂いてって、骨まで食べちゃうような、とんでもない奴だったんです。
だから、その山に入った人間は神隠しに遭ってしまう。『入らず山』ようは、人間は入っちゃいけねえ山って訳です。
で、話を戻しますけど、そんな山で子供が居なくなったとなりゃ、いくら昔話とはいえ、地元の人間は気が気じゃねえって訳ですよ。
まあ結局、いくら村のやつらが血眼になって探しても、子供がその晩に見つかる事はなかったんですけどね。
お客さん、顔が蒼いけど大丈夫かい? 飯食ってる人に聞かせる話じゃなかったかな、悪い事したね。
俺、ちょっと悪乗りしちゃったよ、話はこれからって感じだけど、俺は鬼じゃないから話止めてもいいんだよ。
せっかくだから続けてくれって? そう言ってもらえるなら続けますけど……。
でね、次の日になって捜索が再開されたんですが、村の奴らが口々に変な事言うんですよ。子供の声が聞こえたって。
いや、それだけ聞いたら見つかったんだろ、早く助けろよって話なんですが、そうじゃないんです。
声を聞いた場所がバラバラでね、山頂付近で聞いたって奴もいれば、いや、麓の方で聞いたぞって奴もいてさ。もちろん、その付近はかなり探したみたいなんですが、人っ子一人見当たらなかったんですよね。
それと、これが一番気味悪いんですが、その子供の声の内容がね「イタイ、イタイ。ボクの足はどこ?」とか「イタイ、イタイ。ボクの腕はどこ?」とかだったらしいんですよ。
俺はね、生まれてこのかた、お化けだ、霊だってのは一回も見た事が無かったから空耳だろ、ぐらいにしか思わなかったんですが、山ん中で遂に聞いちゃったですよ。
「イタイ、イタイ。ボクの頭を返せ」
って子供の声をね。
さすがの俺も一目散に山降りましたよ。
結局、子供は見つからない、村では神隠しだって事になっちゃったって話です。
どうもご静聴ありがとうございました。どうです、少しは涼しくなりましたか?
えっ? 落ちは無いのかって? いや、素人の話に落ちを求められてもねー。まあ、本番までにはもっと練習しときますよ、すいませんね。
これ実話かって? 当時の新聞にも載った事件ですから本当ですよ。
じゃ子供の声が嘘だろって? いやいや、本当ですよ。俺は間違いなく聞いたんですよ、幽霊の声を……。
それじゃ何が嘘だったんだって? 解らないってかなー。やっぱりお客さんは勘が悪いや。
いや、馬鹿になんかしてませんって、そんなに怒らないで下さいよ。
やべえ、やべえ、なんか昔話してたら、ヨダレが垂れてきましたよ、そろそろ飯にしますね。
――それじゃ、いただきます。