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第36話 クリストフ・ミュラー


 ――クリストフ・ミュラー視点――



 私が両親とそして二人の兄たちと、血の繋がりがないことを知ったのは十歳のときだった。


 それでも私は物心付いたころからずっと両親や兄たちに愛されていた。


 そして父は言ってくれた。


「知っているか? 父さんと母さんだって血は繋がっていないんだ。それでも家族なんだ。大切なのは血の繋がりなんかじゃない。本当に大切なことは共に過ごし、同じものを一緒に食べることだ。私たち家族は同じ食べものからできている。それが大事なんだ。血の繋がりなんて、些細なことじゃないか。そもそも血だって食べたものから作られるんだしな」


 父は畜産家だった。


 だから私は幼い頃から食の大切さを父から教えられた。


 生きるということは食べること、食べるということは命をいただくということ。そして食べたものが自分の血肉となって、自分を形作ることになる。


 良い牛を育てるのに一番大切なのはその牛の食べ物で、それは人間だってかわらない。


 そういうことを学んで、私は成長していった。


 そして私は料理人になった。兄たちと共に家業の畜産業を手伝うという選択肢もあった。


 しかし私は兄たちとはまた違ったやり方で家業を盛り立てていくことにした。


 私は家族の協力を得て、とにかく食材にこだわった高級レストランを始めた。


 可能限り食材は家族が作ったものを使い、それ以外のものも厳選した食材のみを使用した。


 店はすぐに評判になり繁盛した。


 店が軌道に乗ると、私は新しいサービスを始めた。お客様の仕事や体型、その日の気分に合わせた料理を提供した。


 このサービスも好評で、さらに店は繁盛した。


 ただ店では家族で来店したお客様には、家族全員に同じ料理しか提供しなかった。これは決して好評とは言えなかったが、私のこだわりだったのでそう徹底した。


 家族にはどうしても同じものを食べて欲しかったのだ。


 そして四十歳を過ぎた頃、知り合いの紹介で私は結婚した。その女性は戦争で夫を亡くした若い未亡人。連れ子もいたが私は気にしなかった。


 すぐに私との間にも子が生まれて、私は家を建てた。


 店の成功で金はあったので広い土地を買った。家は普通の家だ。少し裕福な家族が住むような家。ただ地下室は少しこだわった。ワインセラーや食材を保管できる部屋に、新しい料理開発をする仕事部屋も地下に作った。そして子供たちの様子を地下からでも見守れるようにと、各部屋を見ることの出来る反射鏡利用した装置を取り付けた。この装置は近年鏡職人が開発したばかりの新技術だという。


 そして広い庭に、畑と家畜小屋も作った。


 妻と二人の娘の四人家族、私は幸せに暮らしていた。


 子供たちには自分が教えられたことと同じ教育を施した。食を大切にして、自分たちで食べるものは自分たちで育てて、自分たちで料理した。


 そうやって私たちは本物の家族になっていった。それはとても幸福な時間だった。


 しかしあるとき、思ってしまった。それは家族で大切に育てた牛を食べているときだった。その牛は両親が育てた牛よりおいしかった。自分たちで愛情を持って育てたのだからそれも当然だろう。


 だがもしそうであるのなら……


 何よりも愛情を注いでいる家族を食べてみたら、どんなにおいしいのだろう。そう考えてしまった。


 でもそんなことできるわけがない。私は家族を何よりも愛していたのだから当然だ。


 私はそんなありえない考えを振り払うため、より一層に家族を愛し、食を探求していった。


 そしてある日、長女が泣いて駄々をこねた。


 長女は泣きながら言った。もっといろいろなものが食べたいと。私が作ったものばかりではなく、友達と一緒に屋台で売っているものや、専門店で量産された焼き菓子も食べてみたいと。


 あろうことか妻までも長女の意見に賛同した。


 妻は私の教育は極端でやりすぎだというのだ。


 しかしそんなことを許すわけにはいかなかった。


 何でできているか、どんなものを食べて育ったのかもわからない食べ物を口に入れて、それが自分を構成する体の一部になるなんておぞましいことだ。


 妻と言い合いになった。それは初めての夫婦での衝突だった。そして妻は二人の子を連れて実家に戻ると言い出した。


 そんなことさせるわけにはいかなかった。


 愛する家族が私の目の届かない場所で、私の知らない何かを食べてしまえば、それはもう私が知っている家族ではなくなってしまう。別の何かになってしまう。


 駄目だ。駄目だ。そんなことは絶対に許されない。


 だから私は子供たちの手を引いて家を出て行こうとする妻へと、持っていた包丁を突き立てた。


 血を流して倒れる妻。その傍らで泣き叫ぶ子供たち。


 私は愛する子供たちを優しく抱きしめて、呪文を唱えた。もう泣き声は聞こえない。凍りついた子供たちからは鼓動の音さえ聞こえはしなかった。


 私は家族を地下へと運んだ。妻の血の一滴までも無駄にしないようにと丁寧に。この血はブラッドソーセージにしようと、そんなことを考えていた。


 そして私は家族を料理して食べた。


 本当の意味で私は家族と一つになったのだ。私の愛する家族は私の一部となった。


 味もとてもおいしかった。今まで食べた他の何よりも絶品だった。


 一口、口にするたびに味だけでなく、家族と共に過ごした幸福な日々が思い出された。


 この料理には栄養だけでなく、愛や思い出まで含まれていた。


 私は遂に完璧な至高の料理を作り上げたのだ。


 それから私はずっとこの地下の中で暮らし、家族を料理して大切に食べた。


 家族のすべてを食べ尽くすまでに三ヶ月もかかった。


 そしてそのまま私は終わるつもりでいた。自分が過ちを犯してしまったことはわかっていたし、自分が狂っていることも理解していた。だから私はもうこの地下から外に出るつもりはなかった。食料が尽きてしまえばそのまま餓死してしまうだろうと考えていた。


 しかし腹はすけど、なぜか死には至らなかった。


 そしてこの家に新しい住人が現れた。


 私は地下の反射鏡利用した装置から、その家族をただ眺めていた。


 その家族は夫と妻、姉と弟の四人家族だった。仲の良い、愛に溢れた家庭だった。


 私はとてもお腹が減っていたし、その家族も食べたいと思った。


 しかしただ食べてしまってはもったいない。我慢の限界まで充分に観察して、その家族を知ってから食べることにした。


 そして一月ほどたったある夜、寝静まってから家族を襲った。


 四人とも屠殺することこそできたが、完璧にはいかなかった。


 両親を屠殺した後、白い服を着て寝ていた少女も痛みを感じさせないようにと屠殺を試みた。しかし少女は突然目を覚ました。


 私は焦って少女の背に肉きり包丁を突き立てたが、それでも少女は必死で声を上げて弟を逃がそうとした。


 弟も逃がすことなく屠殺することができたが、少女の血を多く無駄にしてしまった。少女の白かった服はこぼれた血で真っ赤に染まっていた。


 そして私はその家族も料理して食べた。


 愛に満たされていた家族はやはり絶品だった。


 まずは屠殺の上手くいかなかった少女から。一日目は左腕を料理した。二日目は右足。三日目は昨日の残りの右足と左目と舌。四日目は左足。


 そうやってゆっくりと大切に食べていった。


 そしてまた新しい家族がこの家にやってきた。今度は三人家族だった。


 まだ若い夫婦に小さな男の子。


 しかしその家族はたった一週間でこの家からいなくなってしまった。


 だからといって私にはどうすることもできない。私は腹を空かせながら、新たな家族を待った。


 次の家族は夫と妻、男の子二人の四人家族だった。この家族は今までの家族に比べて愛を感じなかった。とても厳しい父親とそれに従う妻と子供たちという印象だった。


 それでも私は腹を空かせていたし、しっかりと観察してから食べた。


 予想通り今まで食べた家族に比べて味は落ちたが、それでも充分おいしかった。


 そして私はまた腹を空かせながら、次の獲物がこの家に訪れるのを待った。



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