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第31話 二日目・午後


 適当な店で昼食を済ませた後、俺たちはロイテラー家を訪れた。


 家はミュラー邸と同じ高級住宅街の中にあって、距離もそれほどない。ミュラー邸から歩いて十五分程度。建築家の自宅らしい前衛的なたたずまいの豪邸だ。


 まわりの家はみんな三角屋根なのにロイテラー邸は家から屋根まで含めて家全体が正方形だった。


 家のベルを鳴らすと、ロイテラー家の夫人ラモーナさんがドアを開けて向かい入れてくれた。


 ラモーナさんは三十代後半くらいだろうか背が高く、とても品の良さそうな女性だった。


 応接間に通されて、促されるままにソファに腰掛けると、もう待ちきれないといった様子でエルウィンさんが話を始めた。


「早速ですが、ミュラー邸での体験をお話してもらえないでしょうか?」


「それはかまわないのですが、どうしてそれを知りたいのかだけ教えていただけませんか?」


「はい。私はミュラー邸を購入して、現在住んでいます。それであの家での体験を教えていただきたいのです」


「なんてことを! 噂などではなく、あの家は本当に呪われています。何か恐ろしいことが起きる前に少しでも早くあの家から出るべきです」


「ご心配ありがとうございます。しかし私はそれを承知の上で、あの家に住んでいるのです。私はあの家で何が起きているのかを調べたいと思っています。そして可能であればその原因を絶ち、解決に導きたいと考えています」


「そうですか……御覚悟の上なのですね。それでも解決に至らなかった場合は、一週間、長くても二週間程度であの家から出て行くことをおすすめします」


「わかりました。そうしましょう。私もこの件に命まで懸けるつもりはありません」


「それでしたらお話しましょう。それで何が知りたいのでしょうか?」


「あの家で体験した不思議な現象や、何か違和感のようなものを感じたりしたのであれば、どんな些細なことでも教えていただきたいと思います」


「そうですね……実のところそういう体験をしたのは息子であって、私や夫はほとんど何も体験していません。確かに何か視線のようなものを感じることがありましたが、それも息子が霊を見たと言い出して、近所で私たちがあの家に来る以前に起きた出来事を聞いてからです。ただ恐怖心からそう感じただけなのかもしれません」


「本当に些細なことでも、何か不思議な出来事などはなかったのでしょうか?」


「そういえば……ただ寝ぼけていただけかもしれないのですが、初めてあの家で夜を過ごした日、私は夜中に目を覚ましました。そのときほんの少しの間でしたが、天井付近に光が見えたような気がしました」


「それはどのような光でしたか?」


「そうですね……それほど強い光ではありませんでした。なんと言えばいいのでしょうか、その場所で輝いていたとか、そこを照らそうとしていた光ではなく、隙間から漏れ出てしまったような淡いものだったように思います」


「なるほど。わかりました。それでは息子さんからもお話をうかがうことはできますか?」


「お約束なのでそれは構いませんが、あまり怖がらせるようなことは控えてください」


「気を付けます」


「では息子を呼んでまいります」


 そう言って立ち上がると、ラモーナさんは部屋を出てレモ君を連れてきてくれた。


 レモ君は六歳くらい。知らない大人たちの前に呼び出されて少し緊張しているようだが、その顔立ちはあどけなく、人懐っこそうな少年だ。


「レモ、この人たちにあの家でのことを話してあげて」


 母親に促されて、レモ君は真っ直ぐに背筋を伸ばして話し出す。


「女の人のおばけを見ました。いつも赤い服を着ていて、手がなかったり、足がなかったり、目もなかったりしました」


 そう話すレモ君の様子に違和感があった。


 レモ君は霊のことを話しているのにもかかわらず、少しも怖そうに話してはいない。むしろ楽しい思い出でも語るように話しているのだ。


「おばけを見て怖くはなかったんですか?」


 俺と同じことを思ったのだろう。エルウィンさんが聞く。


「怖くなかったです。いい人でした」


「手や足がなくても怖いと思わなかったのですか?」


「はい。おばけじゃない普通の人でも手や足がなかったり、怪我をしている人はいます。その人を怖いとは思いません」


「確かにそうですね。それでそのおばけはいい人だったんですか?」


「そう、思います。あの家が怖い場所だって知らなかった僕たちに、危ないって教えてくれたんです。あのお姉ちゃんが助けてくれたんです」


 俺も前世ではホラー映画をよく見たが、子供が霊的な存在と仲良くなってしまう話はよくあった。そんな話でも結局は霊に騙されていたり、霊を怒らせて怖い目にあったりはすることになるのだが。


 そもそも恐怖心とは経験によって学ぶものだ。だから子供はまだ経験による蓄積が乏しいから、何を恐れるべきなのかもわからないだろう。


「それでは息子はこのへんでいいでしょうか?」


「大丈夫です。大変参考になりました。レモ君ありがとうございました。それとこれはお話を聞かせてくれたお礼です」


 そう言って、エルウィンさんはレモ君のために用意していた専門店の焼き菓子手渡す。


「ありがとうございます」


 レモ君はお菓子を受け取ると、一礼して部屋を出て行った。


「よくできた息子さんですね」


「ありがとうございます。あのとおり息子は、目撃した少女の霊を怖がってはいません。それに息子の言うように、息子が霊を見たから、私たちもあの家を出て助かったのかもしれません」


 確かにそうだ。アリアさんの話でも、赤い服の少女の霊は家から出て行くように言っていたという。


 それが俺たちを助けるための言葉である可能性がないとはいえない。しかし逆に、言うとおりに出て行かない家族を少女の霊が排除している可能性も考えられる。


 だから結局そういう可能性もあるというだけで、本当のところは何もわからないままだった。


 俺たちは丁寧にお礼を言って、ロイテラー家を後にした。


 そして道を歩きながら議論を交わす。


「ロイテラー家で霊を見たのはレモ君だけなんですよね?」


「はい。ラモーナさんもヨナスさんも見ていないそうです」


「次の家族でも長男だけが見ているって話で、俺たちも見たのはアリアさんだけです。ということは、霊のほうが姿を見せる対象を一人に絞っていると考えることはできないですか?」


「おお……それは考えてもみませんでした。確かに毎回一人だけが見えているというのは不思議な共通点ですね。何かしら理由や意味があるのかもしれません。それでアリアさん、レモ君はああ言っていましたが、アリアさんからみた少女の霊の印象はどんなものだったでしょうか?」


「確かに私が見た霊には必死さのようなものは感じましたが、私に対する悪意のようなものは感じなかった気もします。でも……どうしても恐怖心を感じてしまって、しっかりと直視したわけでもないので、確かなことはわからないです。すいません」


「いえいえ。それは仕方のないことです。私ももし目撃したならば、一目散に逃げ出してしまうかもしれません」


 笑顔でそう言って、エルウィンさんは言葉を続ける。


「後、気になるとすれば、夫人の言っていた、光りの話でしょうか。もしかすると屋根裏部屋のようなものがあの家の中に存在するのかもしれません。戻ったら探してみましょう。では私とアゼルさんはこのままミュラー邸に戻るので、アリアさんはご実家で引き続き情報収集をお願いします」


「わかりました」


 その後、ミュラー邸に戻った俺とエルウィンさんは屋根裏部屋を探したが、屋根裏に部屋はなかった。


 寝室の天井を一部無理矢理剥がして確認もしたのだが、屋根と天井の間にわずかなスペースこそありはしたが、そこに誰かがいたような形跡はなかった。



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