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第3話 旅立ち



 家の中に戻ると、旅の準備を始めた。


 とは言っても、旅なんて初めてのことで何が必要なのかわからない。アゼルよりいくらか人生経験のある優羽の記憶の中にも旅に関する情報はあまりない。そもそも優羽の世界とこの世界での旅では定義がまったく違う。


 それでも一生懸命に考えながら必要そうなものを選別していく。


 まず重要なのは水と食料。


 この世界には魔法が存在しいて、俺は水属性の魔法も使えるので水は持ち歩く必要がない。水は重いし、これは素晴らしいことだ。


 食料はどうだろう。この森の中であれば俺にとっては庭のようなもので、獣の肉に食べられる野草、木の実など取り放題だ。


 ただ、料理はいつも母さん任せだったので、あまり経験がない。まぁ、それでも食べられるものと食べられないものの区別はつくし、火さえ通せばなんとかなるはずだ。


 だから持っていくべきものは調味料と鍋と食器、念のために少し保存食。


 次は衣服。今着ているものとは別に下着は多めに、服は夏用から冬用まで二着ずつくらい持って行きたいのだが、結構な量になってしまうのでできるだけ厳選する。タオルは有用なので綺麗なものを三枚。靴の予備も一つくらいあったほうがいい。


 武器は父さんにもらってからずっと使ってきた剣と、父さんが冒険者時代から集めていた短剣のコレクションを形見ということで持っていこう。


 そうなると母さんの形見も何か欲しい。母さんが大切にしていたものといえばなんだろう。錬金術の本とかだろうか。でも本を持っていくのは面倒くさい。母さんが作ったいろいろな薬もあるが、母さんでないと効果がわからない。


 そういえば、思い出す。母さんが大切にしていたネックレスがあった。魔法のネックレスで、これが近くにあると魔法が扱いやすくなるらしい。


 うん。これにしよう。


 他には何か必要なものはあるだろうか? 考えているとネコが自分の寝床に敷いてあった大きなタオルを咥えてきた。持って行きたいみたいだ。ちょっと汚れているけど、愛着があるのだろう。


「わかった。それも持っていこう」


 ネコからタオルを受け取る。


 後はこの村ではほとんど使い道のなかったお金と、高く売れそうでかさばらないもの見繕う。他にも旅に必要そうなこまごまとしたもの。縄やランタンやコンパスなどなど。


 持って行くと決めたものを頑丈で大きな皮袋二つに詰め込むと、それを持って家を出た。


 そして、家の隣にある馬屋に行く。馬屋の中には馬鳥(ばちょう)のズズがいる。ズズは大きな口を開けてじゃれついてきた。


 馬鳥は前世の記憶で言えば、オウムっぽい顔をした頭の大きなダチョウ。羽根の色は固体によって違うが、ズズの羽根は真っ黒だ。


 馬力こそ馬にはかなわないが、スピード、持久力は同程度で小回りは馬鳥のほうがきく。そして何より馬鳥は頑丈だ。病気にもならないし、怪我もしにくく、もし怪我をしてもすぐに治る。


 そんなズズの黒い羽根に覆われた背に鞍を乗っけて、腹帯を足の前のお腹のとこでしっかりと締める。そして鞍の横にある金具に皮袋をくくりつける。きつめにくくりつけて揺れてズズの動きを邪魔しないようにする。立派な冠羽のある頭には頭絡をつけて、これで旅の準備は終わった。ズズにまたがればいつでも旅立つことができる。


 しかし俺はズズをそのままにして、一度馬屋を出た。


 俺はたぶん、もうここには戻ってこない。それなのにこの家をそのままにしておきたくはなかった。


 ここは俺たち家族の家だ。俺の、アゼル・イグナスの人生の全ての思い出が、この家の中にあった。


 そんな大切な家を俺が旅立った後、俺たち家族を切り捨てた村の者たちに触れてほしくはなかった。


 彼らに荒らされることになるくらいなら、この手で消し去ってしまおう。そう思って、右の手のひらに魔力を込めると、ふと気付いた。


 俺が怒りに囚われて、優羽としての記憶を取戻したとき、その力の暴走で大地は抉れてクレーターのようなものができた。こんな現象は魔力の暴走では起きない。この現象が起きるのは念動力の暴走によるものだ。


 その力は俺が知る限り、この世界に存在はしない。その力は前世で優羽が持っていたものだ。


 目の前にある家を見る。そして力を込める。まずはサイコキネシス。家に左右両側から圧力をかけるとわずかな抵抗もなく家はぐしゃりと潰れた。


 次はテレキネシスだ。崩れた家の破片が四つふわふわと浮き上がり、俺の周りをくるくると舞う。そしてその破片は俺の上で停止する。


「行け」


 俺がそう言葉にすると、弾丸のような勢いでその破片たちは崩れた家に向かって突撃した。


 俺の前世の世界の異能力者たちは、本来基本的なこの二つの念動力の他にもう一つオリジナルの能力を持っていた。人の心を操る力や、わずか五秒であるが時を戻す力を持つ者もいた。しかし何故か俺は念動力だけしか持っていなかった。でもそのかわりに俺の念動力は他の誰よりも強かった。


 俺はテレキネシスを自分に向ける。そして浮かび上がろうとした。しかし反応がない。


 前世ではこの方法で空を自由に飛ぶことができた。しかし何故かうんともすんとも反応しない。ほんのちょっとも浮かない。


 それならばと思い、家のガレキの中からちょうどいい感じの木の柱をテレキネシスで操って、自分の前へと置く。そして俺はその柱に乗ると、その柱をもう一度テレキネシスで操って浮かそうとする。


 確かに一瞬だけ反応があった。それでも俺自身の体重を感じた瞬間にその力が霧散した。


 俺はこの反応を知っていた。この反応は前世でナノボットが散布された後の状況に似ている。


 ナノボットの散布によって、異能力者たちの対人戦闘能力は奪われた。


 とりあえず理由こそわからないが、この世界でも念動力は人に向けて使えないであろうことがわかった。


 それではと、手のひらに魔力を集めて小さな火の玉を生み出す。この魔法で生み出した火の玉をテレキネシスで動かしてみることにした。


 これも動かせない。しかしほんの少しだけ反応は合った。テレキネシスを炎の玉に向けたとき、少しだけ炎が揺らいだのだ。それならばと、サイコキネシスで炎の玉に思い切り圧をかける。すると炎の玉は動くことなく、掻き消えた。消滅したのだ。


 もしかしたら魔力と念動力はぶつかり合うと消滅するのかもしれない。


 だから飛べなかったのだ。この世界の生物は皆、魔力を宿して生まれてくる。ということは、念動力は人間にではなく、生物に効かない。念のためにネコにもテレキネシスを試してみるが、やっぱり駄目だった。


 それでは次の実験だ。魔力を込めて可能な限りでかい炎を生み出す。直径2メートルの巨大な炎の玉。そこにサイコキネシスで力を加える。低出力から少しずつ出力を上げていくと、最大出力の十分の一程度のところで炎は消えた。


 充分だ。これは大きな力になる。武器や石は操れるし、敵の魔法は消し去れる。それに俺には父さん直伝の剣技に、母さんから受け継いだ魔力もある。


 だから大丈夫だ。自分らしく、思うように生きていこうと思う。


 崩れた家に魔法で火をつける。小さな炎が触れたものを飲み込んで大きくなっていく。


 それは望んだことではあったが、炎に包まれていく家を見ているとやっぱり悲しくなった。心を穿つ深い喪失感があった。


 ネコも燃える家を見ながら、唸るような声で鳴いていた。


「じゃあ、行くか」


 言いながら、ネコの頭を両手でぐしゃぐしゃと撫でる。


「ズズ。行こう」


 名を呼ぶと、ズズは馬屋から出て、俺の隣にやってくる。


 ズズに跨り、母さんの墓を見た。


「じゃあね。母さん。俺はもう、ここには戻らない。でも、お別れじゃない。母さんも父さんも俺の中に在る。これからもずっと一緒だ」


 手綱を操って、ズズを西に向ける。


 目指す場所は決めていない。しかし方向は決めている。ここは二つの国の境界の地。東のアンダールと西のルヴェリア。父さんはきっとアンダールに殺された。アンダールがルヴェリアに侵攻したから戦争が起きて、父さんは死んだ。


 俺の旅の目的は復讐じゃない。求めているのは幸せだ。


 だから西に向かおう。村がルヴェリア統治下にあった頃のほうが幸せだったから。


 しかし村に入って、村から出る道を行く気にはなれない。だから森の中を行こう。


 地図はいらない。いや……本当はあったらあったにこしたことはなんだけど、持っていないのでどうしようもない。探したら家のどこかにあったのかもしれないが、その家もすでに絶賛炎上中だ。


 まぁ、いい。森を抜けて道を探すことにしょう。


「ズズ。出発だ」


 言って、ズズの横腹を足でかるく叩く。


 ズズはグエーと鳴いて、ゆっくりと歩み出す。その横をネコもついてくる。


 さぁ、旅の始まりだ。



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