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16.フライング・ホヌ

「うおっ!スゲエ!」とバージル。

目の前のスポーツカーを見て感嘆の声を上げている。

俺とバージルは空港内にあるアラモ・レンタカーで、予約してあった車を受け取った。

受け取った車はジャガーFタイプのコンバーチブルで、新車価格は何と1千万越えの代物である。

俺のような小市民が何でこのような高級車を借りられたのかというと、簡単に言えばアメリカ大統領が奢ってくれたからである。

日本からハワイまでの飛行機にヒッチハイクさせてくれたお礼だという。

早速バージルと車に乗り込み、以前から気になっていた場所へと向かう。

気になっていた場所とはダイヤモンドヘッドの近くにある、KCCファーマーズマーケットである。

ここは地元の農家の人たちが直接野菜や果物を持ち寄って販売する市場で、オアフ島では最大級との事。

常時100店舗以上の屋台が並び、スーパーの青果担当者の俺としては、一度は押さえておきたかったスポットである。

屋根を開け放ったコンバーチブルは爽快でハワイの貿易風が心地良い。

車の運転席は左側なので、運転は当然の如くバージルである。

空港からフリーウェイに乗り、20分足らずでKCCファーマーズマーケットへと到着。

ここには果物や野菜などの農産物の他に、花や海産物や料理を出す屋台などもあり、ハワイの食材などが全て楽しめるといった感じである。

色とりどりの果物が並ぶ屋台で、ひときわ目を引くのがパイナップルである。

かつて1900年代にはハワイのパイナップルは世界シェアの80%を占める程であり、現在でもオアフ島にはパイナップルのテーマパークであるドール・プランテーションがある。

そんなパイナップルはすでにカットしてある物もあり、早速俺は満腹にも関わらずひと皿購入してバージルとシェアする事にする。

「ウマッ!」とパイナップルをひと切れ食べてバージル。

バージルの言葉を聞いて、俺も急いでパイナップルを口にする。

以前ハワイの州知事と会食した時にも食したが、濃厚な甘味とジューシーな味わいは、日本で食べるパイナップルとは全くの別物である。

やはり青いまま収穫したものを追熟するよりも、畑で完熟させた方が断然美味さが違う。

ハワイのパイナップルはハワイで発行された検査証明書を添付して、日本入国時に空港の植物検疫カウンターで検査を受けて合格すれば持ち込みは可能であるので、帰りに土産で買っていこうと思う。

そんなパイナップルをバージルと共に、あっという間に平らげて、その後はパパイヤやらトロピカルフルーツ満載のパフェやらを次々と食べあさっていく。

デザートは別腹とはよく言ったもので、おかげで喉元まで食べ物でいっぱいになってしまった。

1ヶ月間のダイエットがこれでチャラになったのは言うまでもない。

そんな満腹感と時差ボケのせいか、急に眠気が襲ってきたので急いでホテルへ向かう事にする。

車の運転はもちろんバージルだが、バージルも俺と同様に眠気が襲ってきているようである。

しかし左ハンドルに不慣れな俺が運転するよりはマシなので、バージルに命を預ける事にした。

命懸けで何とかホテルへと到着し、車寄せにジャガーのコンバーチブルが止まった瞬間に俺は昇天してしまった。


風でヤシの葉が揺れる音で眼が覚める。

俺はコンバーチブルの助手席に座ったまま寝入っていたようだ。

隣にはバージルが爆睡している。

コンバーチブルが停まっている場所は恐らくホテルの駐車場であろう。

周りがヤシの木と高層ビルで取り囲まれている。

時刻は既に午後4時を回り、南国の太陽も西に傾き始めた。

俺が起きてから10分ほどでバージルも目を覚まし、コンバーチブルの運転席で大きく伸びをした。

「おはようございます!」と、悪戯っぽく笑いながらバージル。

バージルによると、俺が寝入ってしまったので起こすのも悪いと思い、駐車場に車を回してから自分もついでに寝てしまったらしい。

急いで車から降りてバージルと共にホテルのフロントへと向かう。

フロントでチェックインをしてベルボーイの案内で部屋へと向かい、エレベーターを25階で降りて着いた先はワイキキビーチが一望できるツインルームである。

俺はレンタカーに続いて大統領の奢りでデラックススウィートかもと期待したが、さすがにホテルまでとはいかなかったようである。

それでもベッドルームとリビングルームが別々の部屋となっており、これでも十分な感じだ。

「それではトンプソン様は、こちらへどうぞ」とベルボーイ。

トンプソンとはバージルの苗字で、フルネームはバージル・トンプソンという。

カリフォルニア州の名家トンプソン家の御曹司で、ビバリーヒルズにある時価5千万ドルの豪邸が実家だという。

そんなバージルを部屋の外へと促しているベルボーイに向かって「えっ?ここを俺ひとりで?」と聞き返すも、ベルボーイは黙ったまま軽く会釈をしてバージルと共に部屋から出ていった。

ひとりポツンとデラックスツインに取り残された俺が部屋を見渡すと、俺ひとり分の荷物がしっかりと部屋に届いていた。

そしてその傍には見覚えのない包みが置かれていたので、恐る恐る包みを開けると、何とそれは俺が事前に頼んでおいた【余計なお世話セット】であった。

早速中身を見ると、滞在日数分の服装が日にち毎に仕分けされていて、初日の今日は青系のアロハシャツに白いTシャツと、薄いグレーのハーフパンツである。

ハワイについてからずっとパイロットの制服のままだったので、早速初日の服装に着替えてみる。

ちなみにダイジュエアラインのパイロットの制服は赤系のアロハシャツにカーキ色のハーフパンツなので、基本的に大して変わらないのであるが・・・。

軽くシャワーを浴びて着替えた後、冷蔵庫にあったプリモビール片手にバルコニーへと出る。

デッキチェアーに腰掛けてハワイの景色とプリモビールを楽しんでいると、部屋のチャイムがバルコニーにまで鳴り響いてきた。

おもむろに立ち上がりリビングを通り過ぎてドアを開けると、そこにはこざっぱりとしたバージルの姿が・・・。

バージルも【余計なお世話セット】を頼んでいたらしく、【SURF】とプリントされた白いTシャツにブルーのハーフパンツというシンプルないでたちだが、イケメンのバージルが着ると非常にカッコいい。

バージルがファッションモデルとするならば、俺はまるで七五三である。

「黄昏時のホノルルを少し流しませんか?」とバージル。

コンバーチブルのスマートキーを指でグルグル回している。

「おっ!いいねえ」と俺。

バージルの胸を軽くパンチする。

早速出かける準備をしてホテルから出ると外は見事な夕焼けで、明日も天気が良さそうである。

ホテルの駐車場からバージルの運転で、夕暮れのホノルルへと繰り出した。

普段、中野市の素朴な夕景しか見ていない俺にとって、都会の喧騒や目に映るネオンなどがやたら新鮮で心地良い。

ホノルルの街をひと通り流した後に、海沿いを走るアラ・モアナ・ブールバードでホテルへと戻っていく。

途中、カラカウア・アベニューに乗り換えて、もうすぐホテルかという所で、バージルは急にハンドルを右に切った。

「おい!おい!ホテルはそっちじゃないだろ?」と慌てて俺。

バージルはニヤニヤ笑いながら「少し寄り道しましょうよ」と、イタズラっぽい言い方。

程なく走った先のホテルの車寄せにバージルはコンバーチブルを停車させた。

「さあ行きましょう!」とホテルのドアマンに車のキーを預けてバージル。

そんなバージルに促されてコンバーチブルを降りてホテルのロビーへと入っていくと、何とそこにはチャーリーとロバートと共に、久しぶりのダニエル君が笑顔で俺たちを出迎えた。

「お待ちしておりましたよ」とダニエル君。

俺とバージルを2階へと案内する。

案内された先は何とも高級そうなレストランで、小市民の俺にとっては近寄り難い雰囲気である。

渋々中へ入ると店内のお客は全てエレガントな装いで食事を楽しんでいる。

アロハシャツにハーフパンツ姿の俺は「この店ってドレスコードが必要じゃね?」と、オドオドしながらダニエル君に聞いてみる。

ダニエル君は、はっきりとした口調で「もちろんここはハワイで最上級のフレンチレストランですので、ドレスコードが厳格なのはお察しのとおりです」と当然のような言い方。

「しかし今回は特別な事情なので、お二人はカジュアルな装いでも構いません」とダニエル君は続ける。

チャーリー&ロバートに続いてダニエル君とくれば、出てくる人間は大方予想できる。

店の奥の個室に案内されると案の定、アメリカ大統領が出迎えた。

そして大統領がいきなり「テツヤ君!誕生日おめでとう!」と言いながら、俺に向かって「ポン!」とクラッカーを放った。

「えっ?何?」と俺は一瞬混乱するが、よく考えたら今日は俺の誕生日であった。

そして「ハッピ・バースデイ・トゥーユ〜♪」と一同からの大合唱が始まり、部屋の奥からケーキを持った見慣れた女性が笑いながら出てきた。

その女性を見て「おっ!お前、ここで何やってるの?!」と慌てて俺。

ケーキを持って現れたのは何とミユキである。

「おめでとう!ポンコツ王子さん!」と笑いながらミユキ。

ケーキをテーブルの上に置き、俺にこちらへ来いと手招きをする。

手招きされた俺はソロリソロリとケーキの前に進み出て、言われるがままにケーキに立てたローソクの火を吹き消した。

するとそこへハワイアンダンサーの集団が突如現れて、俺を取り囲んでポリネシアンダンスを踊り始めた。

周りのダンサーが「レッツ!ダンス!」と、俺にも踊るよう催促するので仕方なく踊り始めるが、シズコの言う通り俺は感電したタコのような動きしかできず、周りは大爆笑に包まれる。

「ウヒャヒャ!キャハハ!」と大統領やミユキらに笑われながら何とかダンスは終了し、俺は意気消沈してぐったりとなった。

そこへ「ありがた迷惑セットはどうだった?」と満面の笑顔でミユキ。

俺は「えっ?」と思いながら聞き返すと、どうやらミユキはツアーオプションの【ありがた迷惑セット】を頼んでいて、俺に内緒でサプライズ企画を計画していたという。

俺は本当に、ありがた迷惑だなと思いながらもそんな事はミユキには言えず、「ビックリしたけど嬉しかったよ」と、とりあえず礼をした。

「あんたまた誕生日忘れてたでしょ?」と上目遣いで俺を睨みながらミユキ。

「去年はせっかくご馳走作って待ってたのに、ヨシミツ君と牛丼なんか食べてくるし・・・」とため息まじりに続ける。

俺は頭をかきながら苦笑いするしかなかった。

その後はフレンチのフルコースが次々と出され、唐揚げ&肉じゃが系のシマタニ家の誕生会とは大いに違和感があったが、大統領らの気遣いも嬉しく思い、楽しい夜を過ごさせてもらった。

ただし俺は高級フレンチ料理よりも、唐揚げや肉じゃが系料理の方が、個人的には断然美味しいと感じる。


翌日朝、デラックスツインで目覚めると、隣のベットに女性が寝ていたので一瞬ギョッとする。

その後、瞬時に我に返り、ミユキがハワイに来ていたことを思い出して女性の顔を覗きこむも当然ミユキの顔である。

気持ちよさそうに爆睡しているミユキを起こさぬようにベッドルームからそろりと抜け出て、シャワールームで熱めのお湯をたっぷりと浴びて目を覚ましていく。

そして朝シャワーでさっぱりとした後に、冷蔵庫に入っていたグァバジュースを飲みながらリビングルームでテレビを観ていると、寝癖頭のミユキがボーとした表情でベッドルームから出てきた。

「おっ!おい!大丈夫かよ!」とミユキを見て俺。

ミユキは低血圧のせいで朝が非常に苦手であるが、今朝はいつもにも増してどんよりとしている。

「おはよ・・・」と寝ぼけ眼でミユキ。

目をこすりながら足元フラフラで、シャワールームがある洗面所へと消えていった。

その後30分ほど経って、こざっぱりとして濡れた髪をタオルで拭きながら洗面所から出てきて「ねえ、今日はどこへ行く?」と俺に向かってミユキ。

俺はトップガンツアーの際にもハワイに立ち寄って観光したので、これといって行きたい場所が思い当たらず、「お前はどこへ行きたいんだ?」と、ミユキに聞いてみる。

ミユキは少し考えて、「とりあえず朝ご飯にパンケーキが食べたいなあ」とポツリ。

俺は「ホテルの朝食にパンケーキってあるんじゃね?」と返すと、「どうせなら、ちゃんとしたお店で食べたいなあ」とミユキ。

「自分のお店の参考にもしたいし・・・」と続ける。

俺は早速スマホを取り出し検索してみると、ホテル近くのパンケーキ屋が1軒ヒットした。

日本にも出店している有名店のようで、クチコミなどの評価も良いようである。

料理などの写真を見ていて「ゲッ!何これ?」と思わず俺。

その声を聞いてミユキがすっ飛んできて俺のスマホを覗き込む。

「わあ〜!美味しそう!」と写真を見てミユキ。

俺からスマホを取り上げて、パンケーキの写真を見まくっている。

俺は先ほどの写真を見てパンケーキを食べる気が完全に失せたが、ミユキは逆に猛烈に乗り気のようである。

俺はミユキが、先ほどのパンケーキを食べたいと言いませんように・・・と祈りながらミユキの様子を見ていると、「よし決めた!」と嬉々としてミユキ。

結局、俺の願いは通じず、先ほどのパンケーキ屋へ行くことが決まってしまった。

早速「早く行くよ!」とミユキ。

俺の【余計なお世話セット】の包みから、今日俺の着る服を俺に向かって投げつける。

ミユキはすでにグレーのタンクトップとデニムのショートパンツに着替えている。

俺はミユキに投げつけられたネイビーのTシャツにグレーのハーフパンツに着替えて、ミユキに急かされながら部屋を出た。

そしてホテルから徒歩で10分とかからずにパンケーキ屋へと到着。

さすが人気店だけあって、朝早くから店の前に行列ができている。

俺は行列にうんざりしてホテルへ引き返そうとしたら、ミユキに腕を掴まれて強引に列に並ばされた。

「この店は日本にも支店があるから東京に行った時にでも寄ればいいじゃん!」と言う俺に向かって、「ハワイで食べるから美味しいんでしょ!」とミユキ。

ミユキの言う事にも一理ある。

俺は以前、青森県の三沢基地へ出張で行った際に、三陸海岸の名物であるホヤをご馳走になって美味しさに感激して土産として持ち帰ったが、自宅で食べたらあまり美味しくなかった記憶がある。

やはり地元の物は地元で食べるのがいちばん美味しいと感じる。

そんな事を思い出していたら待つこと10分程度で店内へと案内され、カウンター席に横並びで俺とミユキは座った。

早速メニューを手に取り品定めを始める。

ここにはパンケーキ以外にもロコモコやオムレツなどもあり、俺は胸を撫で下ろしてひと安心した。

そこへ「パンケーキでいいでしょ?」と俺に向かって唐突にミユキ。

店員さんを呼んで2人分のパンケーキを勝手に注文している。

俺は慌てて「おっ!おいって!」とミユキを呼び止めるも、俺のドリンクまで勝手にミユキは注文して店員さんは去っていった。

俺はロコモコが食べたかったとミユキに文句をつけるもミユキはそんな事など全く気にも留めず、「ここって雑貨なんかも売ってるんだ〜」と、目を丸くしている。

ミユキの目線の先を見るとカラフルなバッグやら、色とりどりの小物らが棚に整然と並べられている。

「私も何かお店で売ろうかな〜?」とミユキがつぶやいていると、注文したパンケーキが俺たちの目の前に運ばれてきた。

「わあ〜!」とパンケーキを見てミユキは感嘆の声。

それに対して俺は「マジかよ!」と驚愕の声。

何故ならばここのパンケーキは皿に並べられたパンケーキの上に山盛りのホイップクリームが「ドン!」と鎮座しているのである。

半端ないホイップクリームの量に朝から胸焼けを起こしそうな感じだ。

そんな事など物ともせずにミユキは口の周りをホイップクリームだらけにして「う〜ん!」と咽びながらパンケーキを食べ漁っている。

俺も仕方なくホイップクリームを少しだけ付けてパンケーキを食べてみる。

すると思わず「えっ?」と、声が出た。

大量に盛り付けられたホイップクリームの甘さが絶妙なのである。

胸焼けどころか、これならどれだけでもいけそうな感じである。

目から鱗のパンケーキとホイップクリームの絶妙なハーモニーを堪能していると、隣からミユキのフォークが伸びてきて、俺のホイップクリームをすくって持っていってしまった。

「おっ!おいって!」と再び慌てる俺。

ミユキの皿を見るとパンケーキはまだ残っているが、ホイップクリームは既に完食してしまっている。

その後は俺のホイップクリームをめぐってミユキとの熾烈な争いが続いた。


「美味しかったよね!」と満足げにミユキ。

パンケーキ屋から外に出て、俺の前を歩きながら振り向きざまに話しかける。

俺はホイップクリームをミユキに大量に取られたので少々気分が悪い。

そんな俺を察してか「今度、欲しがっていたゲームソフトを買ってあげるから気分直しなよ!」とミユキ。

俺は「本当か?!」と一瞬で気分が良くなりミユキの元へと走り寄る。

時刻はまだ朝の9時過ぎである。

俺はホテルに戻って二度寝を決め込もうとしていたら「これから買い物に行くよ!」と急にミユキ。

突き当たりの三叉路をホテルとは逆の方向へと歩いていく。

「おっ!おいって!」と三たび慌てる俺。

今日は朝からミユキに振り回されっぱなしである。

ミユキはスマホの地図アプリを見ながら、どんどん先へと歩いていく。

俺は「どこへ行く気なんだよ?」とうんざりしながら歩いていると「アラモアナセンターだよ!」とミユキ。

「着く頃にちょうど開店みたいだから・・・」と笑いながら続ける。

ミユキも御多分に洩れず、世間の女子と同様にショッピングが大好きである。

俺は先回のトップガンツアーでもアラモアナセンターには立ち寄ったので、更にうんざりである。

おまけにこれまた世間の女子と同様に、ミユキのショッピングもかなりの時間がかかるので超面倒くさい。

延々と30分近く歩かされて、やっとアラモアナセンターに到着。

ちょうど開店時間の10時で、俺とミユキは大勢の観光客と思しき人々と共に店内へと入った。

ミユキはシズコと違ってブランド物には全く興味がなく、いきなり1階にあるフードコートへとスタスタと入っていく。

ミユキは職業柄このようなショッピングモールへ来た際には必ずフードコートなどに立ち寄るが、パンケーキを食べたばかりの俺にとっては今現在、フードコートなどには全く興味がない。

ステーキの店やパスタの店が軒を並べるが、見ている俺はうんざりである。

そこへ「あっ!」とミユキ。

フードコートの一角にある小さな店の方へと吸い込まれていく。

俺もミユキに釣られて吸い込まれていくと、その店はジュースやスムージーの専門店らしく、小さなカウンターの前には数人の人だかりができている。

ミユキは自分の店で、ほうれん草や人参などの野菜に加えてリンゴやキウイなどのフルーツをブレンドした特製ジュースも出しているので興味津々のようである。

しばらくすると緑色をしたスムージーと紫色をしたスムージーをそれぞれ両手に持って俺の方へと歩いてきた。

緑色の方は緑黄色野菜がたっぷりのアップルスムージーで、紫色の方はアーモンドミルクにアサイーとイチゴがブレンドされた、甘酸っぱさが魅力のスムージーとの事。

早速ミユキとシェアして飲み比べてみる。

どちらもさっぱりとしつつも濃厚で旨い。

ミユキと二人であっという間に平らげてしまった。

まさしくこれは別腹である。

その後はABCストアやクロックス、ターゲットなど、シズコの好みとは全く別ジャンルの店で長々とショッピングを楽しむミユキに延々と付き合わされてアラモアナセンターでのミッションは終了。

結局ミユキはABCストアで日焼け止めと、ターゲットでクッキーとグミを買っただけであった。


ホテルへ戻って少し休憩した後に早々と昼食時間となり、バージルを誘って1階にあるレストランへと降りていく。

こちらのレストランもディナーの際はドレスコードが必要との事であるが、朝食やランチやアフタヌーンティーの際は、カジュアルな服装でも良いとの事。

俺とミユキは朝からの服装のままで、バージルは白のTシャツに黒のハーフパンツを合わせて、その上にオレンジ系のアロハシャツを羽織っている。

そんなバージルを見て「バージルさんってホント、イケメンよね〜!」とミユキ。

俺とバージルを首を横に振りながら交互に見ている。

そんなミユキを見て「一体何が言いたいんだよ!」とムッとして俺。

ミユキは「別に・・・」と、そっぽを向いてレストランへと入っていった。

芝生の向こうに海が見えるオープンなテラスで3人で昼食を摂る。

メニューは地中海スタイルを中心とした料理で、初めて味わう物ばかりである。

小市民の俺にとっては、あまり美味しい物ではなかったが、上流階級のバージルはフォークとナイフを器用に使って優雅に食事を楽しんでいる。

「仔牛のソースを添えた地中海風ブランジーノって超美味しいですよね!」と、その料理を食べながらバージル。

俺はバージルの言っている意味が全くわからない。

ミユキもフォークとナイフを両手に持ったまま、目をパチクリしている。

結局俺は最後に出てきた海老と帆立とアボカドを使ったラザニアくらいしか理解できなかった。

そして食後はレストランの傍らにあるプールサイドでのんびりしようと言う事になり、ミユキを挟んで3人でプールサイドのデッキチェアの一角を陣取る。

気を利かせたバージルが、俺とミユキのオーダーを聞いてドリンクを運んでくれた。

俺はフローズンダイキリでミユキはジンジャエール、バージルはプリモビアをそれぞれチョイスした。

プリモビアを飲みながら「今夜は州知事主催の歓迎会でしたよね?」とバージル。

俺は思わず「あっ!」と言って、今夜は別の予定を立てていた事を思い出した。

別の予定とは、以前トップガンツアーでも行った事のあるサンセット・ディナークルーズである。

昨夜のお礼にミユキとバージルを連れて行こうと考えていた。

そんな俺の思いなど全く気にも留めないミユキとバージルは「州知事主催って言うからには豪華な料理が出るんだろうな〜」とか「歓迎会は夕方の6時からなので、遅れないで下さいよ!」などと俺の気持ちなど1ミリもわかっていない。

しかも昨夜のアメリカ大統領に続いて連日の要人接待は、ほとほと疲れる。

俺は頭がキーンと痛くなるのを我慢しながらフローズンダイキリを一気に飲み干し、ため息をついた。


夜の帷が降り始めた午後6時前、バージルが俺とミユキを呼びに部屋へとやってきた。

今夜は事前にドレスコードが必要ない事を聞いていたので俺とミユキは昼間の服装のままである。

一応二人とも軽くシャワーを浴びているが、【余計なお世話セット】は滞在日数分の服装しかなく、この件は今後の検討事項になりそうである。

バージルもシャワーを浴びてこざっぱりとしているが、俺たちと同じ【余計なお世話セット】なので昼間の服装のままである。

部屋を出てエレベーターに乗り最上階へと上がった。

降りた廊下の先には昨夜の高級フレンチレストランとは打って変わり、カジュアルな雰囲気のレストランの入り口が見て取れる。

バージルの案内で入り口から奥へと進んで昨夜と同様に個室へと通されると、久しぶりの州知事が笑顔で俺たちを出迎えてくれた。

相変わらずダンディーである。

お供とおぼしき男二人も先回と同じである。

州知事はミユキを見て「奥様、ようこそおいで下さいました!」と丁寧な挨拶。

ミユキは少し、はにかんだ笑顔で州知事と握手を交わした。

初めましてのバージルも笑顔で州知事と握手を交わしている。

真っ白なテーブルクロスで覆われた長テーブルに、州知事ら3人と向かい合って俺たち3人は座った。

俺が真ん中で、左側にミユキで右側がバージルである。

早速、州知事らとスパークリングワインで乾杯する。

その後は州知事からのハワイ便の就航に対してのお礼の言葉や、ハワイの魅力などの説明を聞きながら食事を続けていく。

今回のメニューは日本風の料理が中心で、日本の寿司を模したようなわっぱ飯や、日本の焼き魚を模したような魚料理など、どれもあまり美味しくない。

州知事らは俺たちに気遣ってくれていると思うので悪い気もするが、俺は【松茸風お吸い物】とか【洋風居酒屋】などの〜風というものが、どうも好きになれない。

単に【松茸のお吸い物】とか【西洋の居酒屋】などと潔くしてもらいたいものである。

だがしかし、焼き魚はさすがにフォークとナイフで捌いて食べるのは難しいので、

俺とミユキはウェイターに頼んで箸を用意してもらった。

つくづく箸は優秀なカトラリーだと思う。

その後はなんとか接待を終えて部屋へと戻り、中野基地のタカシと定期連絡をとる。

現在ホノルルは午後8時過ぎで、日本との時差は5時間なので中野基地は現在、午後3時過ぎのはずである。

電話の向こうのタカシはスーパーは午後4時からのタイムバーゲンの準備中で、基地は午前中に1案件スクランブルが入ったので、ヨシミツとシズコが対応に当たったとの事。

その間ジャックがスーパーをフォローしてくれたので大助かりだったとタカシ。

俺は苦笑しながら引き続き頼むと言い残して電話を切った。


翌日もハワイは快晴で、南国らしい気持ちの良い青空が、ヤシの葉の向こうに広がっている。

その後は帰国日まで天候に恵まれたが、俺はハワイツアーの主導権を完全にミユキに握られてしまい、あちこちのカフェや、訳のわからない物が売っている店などに散々付き合わされて、今回の旅が終了した。

かたやバージルは客室乗務員の若い女性たちを両手に携えてオアフ島のあちこちを廻っていたようで、全く羨ましい限りである。

でも今回はミユキに対して普段の労をねぎらえたので、これでよかったとしよう。


そしてハワイツアー最終日。

今日はいよいよ帰国の日である。

今日のスケジュールは昼の12時にダニエル・K・イノウエ国際空港を離陸して、中野国際空港に到着するのは夕方の4時頃となり、所要時間は9時間程である。

帰路も日付変更線を通過するので、中野市到着は翌日となって一日損をしてしまう計算になる。

往路は一日分徳をしているので、これで帳尻が合うのである。

午前7時にホテルのレストランでバージルと朝食を摂り、部屋に戻って身支度を整える。

ミユキは未だベッドルームで爆睡している。

飛行機に乗り遅れないように目覚ましを8時ちょうどにセットして、そっとベッドルームから忍び足で出て手荷物を手に部屋を出る。

ホテルをチェックアウトして駐車場に停めてあるジャガーのコンバーチブルで空港へと向かう。

ホノルルの空は今日も快晴で風も穏やかである。

そんな空を仰ぎ見ながら「今回は天気に恵まれてよかったですよね!」とバージル。

俺はサングラス越しに空を仰ぎ見ながら「全くそうだな」と返答。

ハワイは季節にもよるが、雨季になると時折シャワーと呼ばれるにわか雨が降るが、今回は全く雨に降られることがなかった。

空港に到着してジャガーを返却して航空会社の事務所へと向かう。

俺たちのダイジュエアラインはダニエル・K・イノウエ国際空港に事務所がないのでヨシカワ機長の航空会社の事務所の一角を間借りしている。

なぜ空港に事務所が必要かというと、当日の気象条件や運航時の注意事項などの情報を入手する必要があるからである。

それとここではコーヒーなどのドリンクが無料で飲めるのも嬉しい。

事務所の一角のテーブルにはすでにダイジュエアラインの客室乗務員が集結して、ドリンクなどを飲みながら談笑している。

「おはようございます!」と張り切って俺。

俺の声で俺に気づいたCAたちは一斉に椅子から立ち上がり、「おはようございます!」と声を揃えて返してきた。

それに引き換えバージルに対しては「ハ〜イ!」などとハイタッチしながら笑顔を交わしている。

さすがにハワイでの時間を一緒に過ごしただけあって、バージルとCAは、とてもフレンドリーな関係になっている。

だが俺が同じような事をしたとしても、イケメンのバージルのようにはいかないと思う。

俺とバージルもテーブルに付き、運航前のブリーフィングを始める。

まずは俺が本日の離陸時刻や到着時刻などの大まかなスケジュールの連絡をした後に、続いてバージルがルート上の天候などの細かい注意事項を伝達していく。

最後に客室乗務員のチーフパーサーが、本日の乗客の情報や各クルーの役割などを再確認してブリーフィングは終了した。

機体に向かうために事務所を出て、空港ターミナルへと入っていく。

俺とバージルとCAを含めた揃いのアロハシャツを着た20数名の集団が、キャリーバッグ片手にぞろぞろとターミナルビル内を歩いていくのは異様に見えるのか、周囲が何だかざわついている。

俺たちはどう見てもパイロットと客室乗務員に見えないいでたちなので、仕方ないのかもしれない。

搭乗ゲートに到着し、ボーディングブリッジを渡って俺たちはアナザースカイに乗り込んでいく。

客室乗務員は、とりあえず1階の客室に集まり、俺とバージルは2階のコクピットへと上がっていく。

早速コクピットのドアを開けて中へと入る。

アナザースカイはまだ起動していないので機体の電源は入っていない。

客室の照明もまだ点いておらず、暗いままであろう。

早速、電源をONにして離陸準備へと入る。

各種モニターが表示されて、スイッチ類のテキスト表示も明るくなった。

客室の照明も明るくなっているはずである。

俺とバージルはチェックリストを見ながら手分けして、離陸準備を進めていく。

慣れたパイロットなら数十分で終わる作業が、俺とバージルは40分くらいかかってしまう。

これでもまだ早くなった方で、最初は1時間近くかかってしまっていた。

客室の空調が効いてきたところで、乗客の搭乗が開始される。

ボーディングブリッジを通って、乗客がアナザースカイに次々と乗り込んでくるのがコクピットからも見える。

ミユキがちゃんと起きたか気がかりだが、乗り遅れても死ぬことはないのであまり気にせず作業を続ける。

そして離陸準備が終わってドアが閉鎖され、ボーディングブリッジが機体から離れていくのを確認していたら「ガチャ!」とコクピットのドアが開く音に驚いて振り向いた。

そこには何と怒った顔のミユキの姿が・・・。

「なんで起こしてくれないかなぁ〜!」と俺を睨んでミユキ。

対してバージルにはニコニコと愛想を振りまいている。

「危うく乗り遅れたところでしょ!」と怒り口調で言いながら、コクピットの後の座席に勝手に座り始める。

その後、遅れて中野市助役の義父もコクピットに入ってきて、「今回はここにするか・・・」と勝手に自分の座る席を決めている。

そんな父親なら娘も勝手で、「お父さんはここに座って!」とミユキはコクピットを完全に仕切り始めた。

プッシュバックの許可が降りてトーイングカーがアナザースカイを後へと押し始める。

俺は車のバックの要領で、座席横にあるティラーと呼ばれるステアリング装置を操作して機首を滑走路の方向に向けていく。

それと同時に4基あるエンジンを、ひとつずつ始動していく。

プッシュバックが終わりトーイングカーが離れていく頃には、4基のエンジンも正常に始動し回転も安定し始めた。

その後タキシングの許可が降りてスラストレバーを少し開けながらブレーキを解除すると、アナザースカイはゆっくりと誘導路に向かって動き始めた。

今回は26R滑走路からの離陸を指示されたので、ターミナルビルを左に見ながら誘導路を進んでいく。

5分程で26R滑走路前に到着し、着陸機を1機やり過ごしてから離陸の許可が降りて滑走路へと侵入する。

そしてスラストレバーを徐々に倒してエンジン出力を上げていく。

キュイーンという音がゴーとなったところでブレーキを解除すると、アナザースカイは滑走路をゆっくりと走り出した。

「ヴィワン!」「ヴィアール!」とバージルからのコール。

離陸速度の時速300Kmに達したところで軽く操縦桿を引くと、およそ400トンの機体がフワリと宙に浮き始めた。

バージルが必要の無くなったランディングギアを収納し、俺は右手にカウアイ島を見ながら上昇角度15度で、巡航高度1万2000メートルに向かって上昇していく。

その後、高度が3000mに達したところでオートパイロットに切り替えて、客室のシートベルトのサインをオフにした。

そして後ろを振り返り「シートベルトは外してもいいぞ」とミユキに向かって俺。

ミユキと義父は、おもむろにシートベルトを外し始めた。

しばらくすると客室乗務員が、コーヒーポットを片手にコクピットへと入ってきた。

俺とミユキはブラックでカップにもらい、バージルと義父は砂糖とミルク入りを、それぞれカップにもらった。

「到着は何時頃になるの?」とコーヒーを飲みながらミユキ。

俺はカップ片手に「到着は日本時間の夕方4時頃だけど、フライト時間は9時間もあるから少し寝てた方がいいぞ」とミユキに伝える。

だがしかし、現地時間の正午を回ったばかりなので当然ながら、機内食の提供が始まってしまった。

客室乗務員がコクピットに再び現れて、ミユキは洋食ランチで義父は和食ランチをそれぞれチョイスした。

俺とバージルはというと、事前にジャンケンで決めていた通り、俺が洋食弁当でバージルが和食弁当をそれぞれ受け取った。

弁当の中身はミユキや義父と同じだが、相変わらず箱に入っているので弁当なのである。

ご飯党の俺は、またしてもバージルにジャンケンで負けて、中身がパンの洋食弁当に甘んじている。

バージルは日本に来てからご飯が随分と気に入ったらしく、おかげで箸の使い方も幾分上手くなってきた。


ホノルルを離陸してから5時間程となり、何故か義父がトイレに行ったり来たりで随分と慌ただしい。

「お父さん、どうかしたの?」と心配そうにミユキ。

義父は「どうなのか、お腹の調子が悪くなってきてな」と腹をさすっている。

幾分、顔色も悪いように見える。

しばらくするとバージルも立ち上がり、「ちょっとトイレに行ってきます」とコクピットから出ていった。

だが10分経ってもバージルは戻って来ず、20分を過ぎた頃にやっと戻ってきた。

「大丈夫か?」とバージルに聞くと、機内に11ヶ所あるトイレが全ていっぱいで、長蛇の列ができているとの事。

バージル自身も義父と同様に腹の調子が良くないらしい。

俺は悪い予感がしてきたので客室乗務員のチーフパーサーに連絡をとる。

チーフパーサーによると、恐らく食あたりとの事。

和食ランチを食べた乗客のみに症状が現れているという。

俺はバージルを心配するが、とりあえず今は操縦業務に支障がないと本人は言っている。


それから1時間後、客室が更に慌ただしくなり客室乗務員もてんてこまいで対応に苦慮しているとの連絡が入る。

CAの中にも具合が悪くなって業務を遂行できない者が出始めたとの事で、人数が減って更に忙しいとの事。

バージルも顔色がすぐれず、時折意識が遠のいているようにも見える。

そして更に1時間後、バージルは完全に意識を失ってしまった。

乗客の中には重症化している人もいて、俺は東京コントロールに対して緊急事態宣言を発令した。

意識を失ったバージルをミユキと2人で操縦席から後部座席へと移す。

義父も既に意識が飛んでいる。

後部座席で義父とバージルを介抱しているミユキに向かって、「手が空いたらここへ座ってくれ」とバージルが座っていたコパイシートを指し示す。

ミユキはキョトンとして「えっ?」と固まってしまった。


「これがフラップと呼ばれる揚力を調整する装置で、これが着陸の際に車輪を出すためのレバーだ」と俺はミユキに向かって簡単な操縦レクチャーをする。

最悪な場合はひとりでもアナザースカイを着陸させる事はできるが、ひとりでは操作が多義に渡って忙しいため、ミユキにも手伝いを頼む事にした。

東京コントロールへは既にその事を伝えて許可を取ってある。

そして急を要する事態なのでリスクも距離もある中野空港への着陸は断念して、急遽、成田空港への着陸に変更してもらった。

成田空港までは、およそ1400Kmで、時間にして約1時間30分の距離である。

後部座席では意識を失ったままのバージルと義父が、リクライニングを倒して毛布をかけられたままぐったりとしている。

そこへ客室乗務員のチーフパーサーがコクピットへとやってきて、今現在、106名の乗客が意識がない状態だという。

俺は慌てて成田空港へと連絡し、受け入れ可能な医療機関をすべて抑えてもらうよう要請した。

それから約1時間後、事態は更に悪化し、意識消失者は120名へと膨れ上がり、いよいよヤバい状況になってきた。

成田空港まではあと残り30分ほどである。

中野空港には既に成田空港への緊急着陸は報告してあるので、ゴキから到着待ちの迎えの方には状況の説明は済んだとの報告が入る。

程なくして遠くに陸地が見えてきた。

日本列島である。

俺は成田空港の管制に連絡をとり着陸許可を申請する。

当然ながら緊急事態を宣言しているので即座に着陸許可が降り、34L滑走路に降りるよう指示が入った。

34L滑走路は成田空港の2本ある滑走路のうちの長い方の滑走路で、長さは何と

4000mもある。

200mしかない中野空港のおよそ20倍の長さである。

ミユキにあれこれ指示を出しながら俺は着陸準備に入った。

成田空港まで残り15分程となり最後のウェイポイントを過ぎて俺は成田空港へ向けて降下に入る。

そして客室にシートベルト着用のサインを出し、後ろにいる2人にもCAに頼んで無理やりシートベルトをしてもらった。

成田空港まで残り50Kmとなり、ミユキにギアダウンとフラップを25度に設定するよう指示を出しながら、速度を時速250Kmまで落としていく。

ミユキは初めてながら何とかテキパキと操作をこなし、我が妻ながら頼もしく思う。

いよいよ成田空港までの距離が残り20Kmとなる。

高度は1000mを下回り、九十九里浜が前方正面に見てとれる。

そして海上から陸地の上空にさしかかり、成田空港の長い滑走路もはっきりと見えてきた。

最終アプローチに入る。

高度は300mを下回り、前方左側に成田市の市街地がどんどん迫ってくる。

「残り1Kmよ!」とミユキのコール。

高度は50mを下回った。

「40m・・・30m・・・20m・・・10m・・・」とミユキ。

機内には重症患者もいるので慎重にランディングギアを滑走路へと落とす。

そして大した衝撃もなく無事にランディングギアは滑走路に接地した。

接地した事が滑走路からのゴトゴト音により肌で感じる。

その後、自動ブレーキが効き始めてノーズギアが接地したと同時にスラストレバーをリバースの位置にして逆噴射を開始する。

患者に負担を与えぬよう、4000mの滑走路をフルに使ってゆっくりと速度を落として時速60Kmまで減速したところで逆噴射を停止。

その後、フットブレーキを使って時速40Kmまで速度を落として、滑走路の端から誘導路へと機体の舵を切った。

「ふぇ〜」と肩を落としてミユキ。

俺はティラーと呼ばれるステアリング装置を操作しながら機体の方向を変え、ミユキにむかって「さすがだな!お疲れさん!」と労をねぎらった。

ミユキは下をペロッと出しながら肩をすくめて、はにかんだ笑顔を俺に返した。

その後、貨物ターミナルを左手に見ながら救急車が多数待機している16番スポットへと誘導され、マーシャラーの指示に従い無事に機体は停止。

即座にボーディングブリッジとタラップが接続されて、タラップからは重症患者が次々と運び出されていく。

しばらくすると救急隊がコクピットにも入ってきて、意識のないバージルと義父を慎重に外へと運び出した。

ミユキに義父に付き添うようにと促すと、ミユキは心配そうな表情で義父の後を追ってコクピットから出て行った。

その後はバージルと義父の事を気にかけながら、バージルのいなくなったコクピットでひとりぼっちで運行後作業を続ける。

結局作業は1時間以上にものぼり、1階の客室に降りた頃は客室乗務員の作業もひと段落したところであった。

そのまま客室で客室乗務員と共にデブリーフィング行い、こちらも今回の食中毒などの報告などで1時間以上も時間を要してしまった。

機体から降りてボーディングブリッジを通り空港ターミナルへと入って行く。

俺は案の定、騒ぎを聞きつけたマスコミらに取り囲まれて行く手を遮られてしまった。

そこへ何とジャックが登場。

マスコミに取り囲まれた俺の手を引いて、何も言わずに駆け出した。

ジャックに手を引かれた俺も当然の如く駆け出して、事前に下調べしておいたのかジャックは巧みに狭い通路やテナントなどの間を掻い潜り、ついにはマスコミらを煙に巻いてしまった。

まるでジャパニーズニンジャである。

荒い息づかいのまま「何でここにいるんだよ?」とジャックに向かって俺。

ジャックもハアハアと息を切らしながら「助けてやったのに随分な言い草だな」と俺を睨み「お前が緊急事態を宣言したから心配になって駆けつけたんだよ」と続ける。

ターミナルビルから外を見ると大型旅客機の間にジャックのF-18がちょこんと居座っているのが確認できる。

俺はジャックに「助かったよ、ありがとう」と礼を言い、持っていたペットボトルのお茶を少し飲んでジャックに手渡した。

ジャックは手渡されたお茶を全て飲みきり、「これからの予定はどうなんだよ?」と俺に聞いてくる。

俺は「国交省や警察やら消防やら保健所やらの検証が終わるまではアナザースカイは動かせないな」とジャックに返す。

ジャックはため息をつきながら「初回の運行からこんな事では先が思いやられるな」と言いながら、その場に座り込んだ。


結局、保健所などの立ち入りで、翌々日からのホノルル便は欠航となってしまった。

結果、我々には全く非がなくて、旅行会社が手配したホノルルの弁当業者の和食弁当から、黄色ブドウ球菌が検出されたとの事。

和食弁当の白米が菌に侵されていたというわけである。

翌日の昼過ぎにはバージルや義父の症状も改善し、重症化していた乗客らも次々と医療機関を退院して帰路へと着いた。

俺はバージルを成田市内の病院までタクシーで迎えに行き、アナザースカイを中野空港まで回送するため、その準備に入った。

「すいません、とんだ事になってしまって・・・」とバージル。

俺は恐縮しているバージルに向かって「別にお前が悪いわけじゃないから気にするな」と言いながら、バージルの頭を拳で軽くコツンと叩いて「それより無事で良かったよ・・・」と離陸準備をしながら笑いかけた。

結局、ミユキと義父は新幹線などの公共交通機関を使って帰る事となり、ジャックはバージルの到着を待って、一足早くF-18で成田空港を離陸した。

俺とバージルの乗ったアナザースカイも着陸した時と同様の34L滑走路から離陸し、一路、中野空港へと進路を向けた。

時刻はすでに午後3時を回っている。

結局、中野空港に到着したのは黄昏時に近い午後4時過ぎで、中野空港を離陸してから実に7日間の長旅であった。

空港周辺には乗客はゼロだが、それでも定期便初のアレスティング着陸を一目見ようと群衆が大挙して押し寄せていた。


翌日、午前11時。

時差ボケがまだ抜けきれない俺とミユキは、自宅のリビングでボケっとしながらテレビを見ている。

俺は昨日までの7連勤のための公休日であり、ミユキは毎週月曜日の店の定休日である。

俺は中途半端な時間に起きて、中途半端な時間に食事をしたため、この時間になって少し小腹が減ってきた。

ミユキも同じように小腹が空いてきたらしく「ちょっと戸棚からポテチ持ってきて!」やら「冷蔵庫からポカリ出してきて!」などと、俺をまるで召使いの如く使い倒して結構うっとうしい。

そこへ午前のワイドショーを流しているテレビに、耳障りなチャイムと共に画面上部に速報のテロップが急に映し出された。

俺はポテチ片手に食い入るように、テレビに向かって身を乗り出す。

そしてテレビ画面には何と、ホノルル〜成田便のエアバスA380が、太平洋上空で操縦不能に陥ってしまったとの文字が浮かび上がっていた。

俺は慌ててポテチを投げ出して、中野基地に電話をかける。

電話の向こうの航空管制官のナカタニさんが、まだ詳しい事はわからないが、国籍不明機に襲われた可能性も否定できないとの事。

俺は電話を切って手早く着替えて「ちょっと基地へ行ってくる!」とミユキに告げてリビングを飛び出した。

愛車のスズキアルトで基地の駐車場に滑り込み、急いで基地の司令室に飛び込むと、そこには重苦しい雰囲気のゴキとタナカさんが何やら協議をしていた。

「おおっ!テツヤ!」と、俺の姿を見てゴキ。

タナカさんはいつも以上に怖い顔をして俺を睨んでいる。

そんなふたりに近づいて詳しく話を聞くと、どうやら国籍不明機が戦闘機と間違えてエアバスA380へ向けてレーダー誘導ミサイルを誤って発射したらしく、その後、国籍不明機は姿を消したという。

エアバスA380の機長は、いつもお世話になっているヨシカワ機長のようで、フライ・バイ・ワイヤが制御できなくなったらしく、現在はエンジン出力の調節だけで何とか飛んでいるようである。

ちなみにフライ・バイ・ワイヤとは、パイロットが操作する操縦桿などの動きを電気信号に変えて、これを飛行制御用計算機に入力し、ここからの電気信号出力によりフラップや昇降舵などの操縦舵面を動かすアクチュエータに指令を出すシステムの事である。

簡単に言えば車のハンドルとブレーキが壊れて、アクセルだけで走っているという状態である。

当然だが、このままでは安全に着陸する事は不可能だ。

管制室に上がりエアバスA380の現在位置を確認すると、まもなくホノルルと成田の中間地点に差しかかるところで、フライ・バイ・ワイヤが消失したせいかコースが少し左方向にずれ始めている。

急いでメンバーを緊急招集する。

緊急招集する際はスーパーの店内放送で「佐藤さん、バックヤードまでお越し下さい」と告げると、メンバー全員が基地の司令室に集まる手筈となっている。

ちなみに店の会議室に招集する際はそのままの「会議室までお越し下さい」となる。

5分とかからず俺を含めてメンバー6人とジャックが基地の司令室に集結した。

タカシとヨシミツは白衣にエプロン姿で、シズコはレジ係の制服である白のブラウスに淡いベージュのベストとタイトスカートを着用している。

そしてバージルは何かの試食販売中だったのか、アメリカの国旗柄のエプロン姿にハンチング帽を被っていて、ナタリーも同様に試食販売の仕事をしていたのか、フリフリのメイド姿をしている。

俺には二人とも、何の試食販売していたのかさっぱり見当がつかない。

ちなみにジャックは俺が本日休みなので、代わりに青果の仕事をしていたのかジャンバーに作業ズボン姿である。

そこへすかさずゴキが、現在のエアバスA380の状況を皆に説明し、「何とか助ける方法は何かないか?」と俺たちに聞いてくる。

俺はタナカさんに向かって何か適切な装備はないかと聞くと、「とりあえず、あれを試してみるか」とタナカさんは腕組みしながら返答。

タナカさんによると、あれとはアナザースカイの貨物室に装着できる四つ又アームの事で、アナザースカイの下部からケーブルで繋いだ4本の足を出して、エアバスA380を上から掴んで安定させるという方法である。

わかりやすく言えばアナザースカイから下に腕を伸ばして、下に飛行しているエアバスA380を手でつかみ取るという事である。

それを聞いて「そんな事ができるのかよ!」とタカシが驚愕。

ヨシミツは「仮につかみ取っても揚力が補助できるだけで方向は安定しませんよね?」と、当然の質問をする。

そんな質問を受けて「エアバスA380の方向を安定させるのはFー15の仕事だ」と言いながらタナカさんはギロリと俺たちを睨んだ。

「Fー15で、あんな大きい物を動かせるわけがないでしょ!」と速攻でシズコ。

タナカさんに向かって凄い形相で睨み返している。

タナカさんはシズコに睨まれたので少し後退りしながら「4機のF-15があれば、何とか動かせるはずだ」と俺たちに向かって説明する。

タナカさんの説明ではアナザースカイで揚力を安定させて、4機のF-15で方向を決めるという事らしい。

そしてスピンネーカーの時に使用したミサイルアンカーを改良したミサイルパッドで対応するという。

ミサイルパッドとは対象物に打ち込むミサイルアンカーとは違い、対象物に張り付いて吸着する吸盤のような物らしい。

ミサイルアンカーは対象物から離脱する際は、機体下部のランチャーからユニットごと切り離す必要があるが、ミサイルパッドは対象物からパッドを取り外して回収できるとの事で、再利用が可能で経済的との事。

時間も限られているので皆で速攻で打ち合わせをして各自担当の準備を始める。

今回の作戦はアナザースカイの機体下部の貨物室の下側から開いたドアから、カーボンナノチューブに繋がれた四つ又アームを下に下ろして、エアバスA380の胴体を掴み取ってまずは高度を安定させる。

そしてその後、4機のFー15がそれぞれミサイルパッドをエアバスA380の機体に吸着させて、方向を安定させるという手筈である。

ミサイルパッドを吸着させる場所はエアバスA380の前部と後部の2箇所に加えて、左右の主翼の先端にそれぞれ吸着させる。

メンバーの構成はアナザースカイの機長はタカシで副操縦士はジャック。

そしてヨシミツとシズコ&バージルとナタリーがミサイルパッドを担当し、俺は各担当への指示役と、トラブルがあった際の予備機として同行する。

そして今回は何と、四つ又アームのオペレーターとして整備長のタナカさんも同行する事となった。

タナカさんは整備隊のメンバーに指示を出しながら、既にカタパルトに装着されたアナザースカイの機体下部のドアから貨物室へ四つ又アームを搬入している。

通常、貨物室へは機体サイドのドアからアクセスするが、タナカさんは、こんな事もあろうかと思って、機体下部にもドアを取り付けたと言う。

スピンネーカーの際のロケットエンジンやスクラムジェットエンジンなどと同様に、タナカさんはすこぶる準備周到である。

逆に言えば、こんな準備をするので、俺たちが騒ぎに巻き込まれるとも考えられる。

そんな感じで今回も騒ぎに巻き込まれた俺たちは、次々とカタパルトで離陸していく。

先手を切って離陸した俺は、一目散にエアバスA380へ向けて突進していく。

ヨシミツとシズコ及びバージル&ナタリーも無事に離陸して、俺の後を追いかけている。

タカシとジャックもタナカさんを乗せて、たった今離陸したと連絡が入った。

10分程で東京に到達し、マッハ2で東京上空を爆走する。

後に4機のF-15もマッハ2で爆走していくので、これでまた明日の紙面を賑わす事になるのかもしれない。

そんな事などお構いなしに俺は太平洋に出て、基地を離陸してから約40分後にエアバスA380をレーダーに捉えた。

速度を落としながらUターンをしてエアバスA380に近づいていく。

徐々に近づいてくるエアバスA380を見て、俺は思わず「うわっ!」と声を上げた。

何とエアバスA380の垂直尾翼が欠損しているのである。

欠損どころかほとんど垂直尾翼が残っていない。

急いで周波数をエアバスA380に合わせて、ヨシカワ機長にコンタクトを試みる。

ヨシカワ機長は「シマタニさん、お久しぶりです」と意外にも落ち着いた雰囲気。

経験豊富な機長だけあって、さすがという感じである。

しかしヨシカワ機長に機体の状況を報告すると「何ですと!」と少し慌てた様子。

経験豊富な機長でも、垂直尾翼が欠損するのは初めての経験なので、動揺するのは当然の事であろう。

ヨシカワ機長に操縦の影響を確認すると、やはりフライ・バイ・ワイヤが消失しているようで、エンジン出力の調節だけで現在は飛んでいるらしい。

このような状況では、いつ迷走してもおかしくはない状況だが、さすがヨシカワ機長だけあって、とりあえずは真っ直ぐに飛んでいる。

だが、エンジン出力調整だけでは高度を一定に保てる事ができなくて、徐々に下降しているとの事。

自分の高度計を確認すると現在の高度は8000mを下回ろうとしている。

国際線の巡航高度は一般的に1万2000m〜1万3000m程度なので、かなり高度が落ちてしまっている。

ヨシカワ機長に今回の救出プランを説明していると、ヨシミツとシズコ&バージルとナタリーの4機が俺の元に到着した。

「うぉ!マジかよ!」とエアバスA380の機体を見てヨシミツ。

シズコは「ヒェ〜!これでよく飛んでいられるなぁ〜」と感心しているし、バージルとナタリーも「うわっ!何これ?」やら「えっ?うそでしょ!」などと動揺を隠せない。

俺はエアバスA380の左側から近づき機内の様子を確認すると、客室には酸素マスクが降りていて乗客は全て酸素マスクを着用している。

そしてどこかで気密が漏れているのか窓が若干白く曇っている。

ドアの近くの客室乗務員の座席で、乗客と向かい合って座っている窓際のCAと思わず目が合う。

CAは職務上気丈に振る舞っているようだが、目は完全に怯えている様子である。

俺は左手の親指を高く掲げて大きく頷き、必ず助けるから心配するなとCAにエールを送った。

俺たちがエアバスA380に到着してから約1時間後にアナザースカイが現場に到着し、いよいよ救出活動の準備に入る。

成田までの距離はおよそ700Kmとなり、遠くに絶海の孤島が確認できる。

恐らく青ヶ島であろう。

ハワイと成田間のコースから考えると、大きく左に経路を逸脱しているのがよくわかる。

タカシたちには事前にエアバスA380の状況を報告してあるので、まずはエアバスA380の上からアナザースカイが近づき、四つ又アームのオペレーターのタナカさんが貨物室下のドアを開け始めた。

不幸中の幸いかエアバスA380は垂直尾翼を失っているのでアナザースカイが上から近づきやすくなっている。

このエアバスA380は成田とホノルルを結ぶ専用の機体で、外観にはウミガメのイラストが描かれて、通称フライングホヌと呼ばれている。

更にこの機体には笑った表情のウミガメが描かれているので、おそらくフライングホヌ2号機であろう。

垂直尾翼を失って負傷しているにもかかわらず、笑いながら飛んでいる光景は非常にシュールである。

そしてアナザースカイの貨物室から徐々に四つ又アームが姿を現した。

この四つ又アームの正式名称はタナカさん曰く『エアクラフト・エマージェンシーレスキューキャッチャー』と言うらしいが、長ったらしい名前なので、見たままの『四つ又アーム』と呼ばせてもらう事にする。

四つ又アームの各先端にはミサイルパッド同様に、対象物に張り付いて吸着する吸盤のような物が装着されている。

それをエアバスA380の機体側面に貼り付けて機体を掴む手筈である。

閉じていた四つ又アームの足が徐々に開いていく。

そしてエアバスA380の機体側面に向けて降ろそうとした途端、アナザースカイが近づいて気流が変わったのか、エアバスA380が右に大きく旋回を始めた。

「ああっ!なんちゃらレスキューキャッチャーが、エアバスA380に当たりそうですよ!」と大慌てでヨシミツ。

おバカなヨシミツは俺のように四つ又アームと呼べば良いものを、覚えもできないくせにタナカさんがつけた正式名称を無理やり言おうとしている。

シズコもシズコで「エアクラフト・レスキューなんちゃらを早くフライングホヌから離さないと!」と大声で叫んでいる。

俺は迷走をし始めたエアバスA380のヨシカワ機長に「どうしましたか?」と聞いてみる。

ヨシカワ機長によると、やはりアナザースカイの影響なのか、急に気流が乱れて旋回を始めたとの事。

今、左右4基のエンジン出力を再度調節して対応しているらしい。

しかしなかなか迷走は収まらない。

「おい!今度は左に旋回し始めたぞ!」とアナザースカイのタカシ。

「おい!おい!」「ひえ〜!」とバージルとナタリーもただ静観しているだけである。

俺はヨシミツに「エアバスA380の機首にミサイルパッドを撃ち込め!」と指示を出す。

ヨシミツは左へ旋回していくエアバスA380の下から徐々に近づき、ミサイルパッドを機首に向けて発射した。

そして見事命中。

エアバスA380の機首とヨシミツが、カーボンナノチューブで繋がった。

しかしヨシミツ1機では巨大なエアバスA380の動きなど制御できるはずもなく、俺は2発目を機体の尾部に撃ち込むようシズコに指示を出す。

指示を受けたシズコがエアバスA380の後部から近づき、慎重にミサイルパッドを発射した。

そしてこれも見事に命中。

シズコもカーボンナノチューブでエアバスA380と繋がった。

ヨシミツとシズコの2機で何とかエアバスA380の迷走を止めるよう試してみるが、2機とも巨大な機体に振り回されるだけで全く効果はない。

迷走を繰り返すエアバスA380に対して、なかなか四つ又アームで掴めないタナカさんが、だんだん苛立ってきたのが無線を通じて伝わってくる。

「おい!何とかならんか!」と大声でタナカさん。

それを聞いたヨシミツは「こんな巨体に2機では無理ですよ〜」と気弱になってきているし、シズコは「それなら代わりにやってみてよ!大変なんだから!」とタナカさんに逆ギレしている。

そんなふたりを宥めながらヨシカワ機長に現在の状況を確認するが、やはりエンジン出力の制御だけでは機体の迷走を止めるのは難しいとの事。

海上から陸地に近づき、気流が複雑になってきたのも影響しているらしい。

そして最悪な事にエアバスA380が徐々に下降を始めた。

「うわっ!ヤバいぞ!」とタカシの叫び声。

ヨシミツとシズコが共に引っ張り上げようとするも当然ながら効果はなく、2機共エアバスA380もろとも下降に転じてしまった。

迷走を始めたエアバスA380をアナザースカイの四つ又アームで掴むのは難しく、まずは迷走を止めなければならない。

俺はバージルとナタリーにエアバスA380の左右の主翼の先端に、ミサイルパッドを撃ち込むよう指示を出す。

まずはバージルがミサイルパッドを右の主翼の先端に向けて発射。

そして惜しくも外れた。

さすがに主翼の先端は面積も狭く、ミサイルパッドを撃ち込むのは至難の技かもしれない。

バージルは後ろにたなびいたミサイルパッドとカーボンナノチューブを、機体下部のランチャーに取り付けたユニットに大急ぎで巻き込んでいる。

そして1分程で巻き込みが完了し、今度は少し距離を詰めて2発目を発射し見事命中。

バージルもカーボンナノチューブでエアバスA380と繋がった。

しかし最後のナタリーが左翼を狙うも、2回撃ったが一向に当たらない。

いらついたタナカさんが「早くせんか!」と怒鳴るので、ナタリーは更に動揺して3発目も外してしまった。

タナカさんはいつもこんな感じなので、女性からの評判はすこぶる悪い。

なのでタナカさんが基地やスーパーの女性を呑みに誘っても誰も行きたがらないので、いつも俺やヨシミツなどが格好の餌食となる。

そんなタナカさんを叱り飛ばしながら「ナタリー、私が変わるわ!」と優しいシズコ。

シズコはエアバスA380の尾部からミサイルパッドを外してユニットに巻き込みながら、ナタリーがいる左翼へ移動を始める。

そしてギリギリまで左翼に近づきミサイルパッド発射。

危うい事なく見事命中。

シズコと交代でエアバスA380の後部へと移動したナタリーもリベンジでミサイルパッドを発射し、こちらも見事に命中した。

これで4機のF-15がエアバスA380と繋がった。

早速4機でエアバスA380を引っ張って迷走を止めようとするも何故か上手くいかない。

「やっぱりこんなじゃ無理なんだ〜」と半分あきらめモードのヨシミツに「なんで動かないのよ〜」とイラつきモードのシズコ。

バージルとナタリーも「これって物理的に無理なのでは?」やら「やっぱりこんな大きな機体は難しいわよね」などと、作戦に対して疑問を抱き始めている。

俺はそれを聞いて少し危機感を募らせて「スピンネーカーの時と同様に、乗員と乗客を誰ひとり死なせる事なく、無事に家族の元へ帰してやらないか?」と皆に対して一層の協力を求めた。

そしてその声に反応して現場の空気は一変し、「よし!全員助けるぞ!」と大声でタカシ。

それにつられて「うっしゃ〜!」とヨシミツが叫び、シズコは「かっこよく決めるわよ!」と妙に意気込み始めた。

バージルとナタリーも「ここまできたら助けるしかないでしょ!」とやら「無事に助けるからみんな待っててね〜」などと、気持ちが180度切り替わったようである。

だが気持ちが切り替わっただけでは当然うまくいくはずもなく、てんでバラバラの動きをしている4機のF-15に対して、俺は一斉に同じ動きをするよう指示を出す。

まずはエアバスA380の動きを見極め、徐々に左へ旋回している事を確認する。

そして10秒後に右へ引っ張る事を皆に伝え、カウントダウンに入る。

「5・・・4・・・3・・・2・・・1・・・Go!」の合図で4機のF-15が一斉にエアバスA380を右方向へ引っ張り始めた。

「よし!動きが止まったぞ!」とアナザースカイのジャック。

だが引っ張りすぎたせいか、今度は右方向へと旋回し始めた。

「おい!おい!引っ張り過ぎだ!」と慌ててタナカさん。

四つ又アームでエアバスA380を未だ掴めないままである。

そして今度は逆の左方向へと少し引っ張るとエアバスA380は再度動きを止め、その後無情にも徐々に左方向へと旋回を始めた。

そうこうしている間に何となくコツというものがわかってきて、俺たちはエアバスA380の迷走を、何とか食い止めることができるようになってきた。

次は四つ又アームの出番である。

高度は既に4000mを下回り、一刻の猶予もない。

遠くに半島らしき物も見えてきた。

「ああっ!成田空港がある房総半島が見えてきましたよ!」と慌ててヨシミツ。

ただでさえ大忙しなのに、ヨシミツは更に拍車をかけている。

しかしそれを聞いて「あれは伊豆半島だぜ」とアナザースカイのタカシ。

ヨシミツのせいで焦り始めた皆に、思い切りタカシが追い打ちをかけた。

「えっ!ええ〜!」と声を揃えてF-15の4人。

やっとエアバスA380の迷走を食い止める事ができるようなった途端、今度は成田空港に向けて、大きく右旋回させるという難題にぶつかった。

だがそれより先に、四つ又アームでエアバスA380を掴み取る事が先決である。

タナカさんの一挙手一投足に皆の注目が集まる。

「よし!ゆっくりと近づけてくれ!」とタカシに向かってタナカさん。

四つ又アームをぶら下げたアナザースカイが、再度エアバスA380に近づいていく。

そしてゆっくりと降下していくアナザースカイを、俺はエアバスA380の左翼と繋がっているシズコの上から固唾を飲んで見守る。

客室乗務員の座席に座っている先程のCAが相変わらず不安な目つきで、窓越しに俺とシズコの機体を見つめている。

アナザースカイはエアバスA380の上空50mで一旦停止し、そこからタナカさんの細かい指示で、更にゆっくりと近づいていく。

「35・・・34・・・33・・・32・・・31・・・停止しろ!」とタナカさん。

アナザースカイはエアバスA380の真上30mで、ぴたりと停止した。

そしてそこからゆっくりと四つ又アームをタナカさんが降下させ始めた。

「頼むぜ!タナカさん!」とコクピットからタカシ。

タナカさんは「おう!任せとけ!」と自信満々の様子。

足を開いた四つ又アームが徐々にエアバスA380に近づいていく。

その後、四つ又アームはエアバスA380に覆い被さるような形となり、タナカさんはゆっくりと四つ又アームの足を閉じ始めた。

俺は「ヨシミツ!少しカーボンナノチューブがたるんでいるぞ!もう少しテンションをかけろ!」やら「シズコ!少し引っ張りすぎだ!もう少し緩めろ!」などと各機に細かい指示を出す。

ここで気を緩めてエアバスA380が再度動こうものならかなりヤバい状況となる。

何故ならエアバスA380は既に高度3500mにまで落ちてしまい、成田までの距離も考えるとこれが最後のチャンスとなるかもしれない。

ゆっくりと閉じていく四つ又アームとエアバスA380の動きを交互に見ながら最大限の緊張が走る。

そして四つ又アームの足がエアバスA380の機体中央部あたりの側面に当たって、しっかりと止まった。

しかしタナカさんからの報告はまだない。

アナザースカイとエアバスA380を繋いでいるカーボンナノチューブも少し緩んだ状態である。

俺を含めた5機のF-15とアナザースカイのコクピットにいるタカシとジャックは皆無言でタナカさんからの報告を待つ。

そしてその3秒後。

「よし!成功だ!ガッチリと掴んだぞ!」と大声でタナカさん。

「ウェ〜イ!」「ヒュー!ヒュー!やるじゃん!」「お見事です!」「意外とやるじゃない!」などと、ヨシミツとシズコ、そしてバージル&ナタリーからタナカさんに対して感嘆の声が上がる。

その声に気を良くしたのか「次はエアバスA380の降下を止めるぞ!」と、張り切った声でタナカさん。

「タカシ!用意はいいか?」とまるで現場監督気分である。

ここまできたら後はタナカ監督に任せるとして、俺はエアバスA380の着陸プランを考え始めた。

現在位置は既に三宅島上空である。

ここから成田空港へ向かうにはエアバスA380を大きく右に旋回させなければならない。

代替の羽田空港プランも考えたが、こちらもかなり右に旋回させる必要がある。

「もっとエンジン出力を上げろ!」とか「フラップをもう1段落とせ!」などの、タナカ監督からの激の効果もあり、エアバスA380の降下は収まり、機体がやっと安定した。

しかしここで大きく旋回させるのは、エアバスA380の機体が再度不安定になる可能性もあり、あまり得策とは言えない。

俺はふと思い立ち、アナザースカイのジャックに厚木基地が使用できないか聞いてみる。

厚木基地とは神奈川県綾瀬市と大和市にまたがる軍用飛行場で、アメリカ海軍と海上自衛隊が共同で使用している軍事基地である。

厚木基地へは現在位置からほぼ直進で向かう事ができる。

俺からの提案を聞いたジャックが「厚木基地は滑走路の長さが2500mに満たないが大丈夫か?」と俺に聞き返してくる。

それを聞いた俺は大きくため息。

何故ならばエアバスA380などの大型旅客機を着陸させるには、最低でも滑走路の長さは2500m以上が必要で、安全に余裕を持たせるには3000m以上が望ましいからである。

2500mにも満たない厚木基地への着陸は、どう考えても無理な相談である。

俺が途方に暮れ始めたら「厚木基地がダメなら横田基地があるだろ?」と話に割り込んでタナカさん。

横田基地とは東京の多摩地域にある軍用飛行場で、アメリカ空軍の横田基地が設置されていて、日本の航空自衛隊も所在している。

タナカさんによると、横田基地の滑走路の長さは3000m以上あるらしく、場所も厚木基地から北へ30Kmほどの距離にあるとの事。

俺は「それだ!」と、大きくひらめき、早速、東京コントロールへ横田基地への緊急着陸を申請する。

当然の如く着陸許可は瞬時に降りて、俺はヨシカワ機長やタカシたちと着陸プランに際しての相談に入った。

今回は四つ又アームと相まって、タナカさんのファインプレーである。

そして今回はエアバスA380の自力着陸は無理なので、横田基地までアナザースカイとF-15を繋げたままランデブーする事となる。

その後、横田基地の滑走路にエアバスA380がタッチダウンした瞬間に全機がエアバスA380から離脱し、そしてその後、エアバスA380が自力でエンジンを逆噴射させて停止するというプランに、俺とヨシカワ機長とタカシの3人が合意した。

他のメンバーにも意見を聞いてみるが、皆そのプランしかないとの意見。

全員の合意を得たところでいよいよエアバスA380の着陸を試みる。

高度を2500mに保ったまま茅ヶ崎市上空へと差し掛かる。

そしてここから降下角度3度で横田基地を目指す事となる。

右側下方には厚木基地が見え、そして遥か遠くのかすんだ先には、いよいよ横田基地の滑走路が見えてきた。

海上から陸上に入っても大きな気流の乱れはなく、飛行はいたって順調である。

しかしそこへ、エンジンの逆噴射装置の不具合を示すメッセージが表示されたと、ヨシカワ機長から連絡が入った。

ヨシカワ機長によると1番エンジンと4番エンジンに不具合が出た可能性があるとの事。

エアバスA380はジャンボジェット機のアナザースカイと同様に4基のエンジンを主翼の下にぶら下げている。

エンジンナンバーは左翼の外側が1番エンジンで、その右側から順に2番、3番、4番となる。

すなわちエアバスA380は、左右外側のエンジン2基の逆噴射ができない可能性が出てきた。

「マジで!」「うそでしょ!」とヨシミツとシズコ。

バージルとナタリーも「やっとここまできたのに〜」やら「なんとかならないの?」などと動揺を隠せない。

タカシやジャック、そしてタナカさんも、無線の向こうで困ったという感じでため息をついたり「う〜む・・・」と唸り声を上げている。

俺はふと思い立ち、F-15のジェット後流を利用して、エアバスA380の逆噴射の補助ができないかタカシに相談してみる。

このプランは、エアバスA380より先に俺のF-15を横田基地に着陸させて、遅れて着陸したエアバスA380の前方めがけてアフターバーナーのジェット後流を浴びせかけるというものである。

ブレーキを思い切りかければある程度、F-15をその場にとどめておく事ができるので、一定の効果があるかもしれない。

それを聞いたタカシが「マジかよ!」と驚愕。

「そんな事を仕掛けて、エアバスA380に追突されようものなら一大事だぞ!」と俺に向かって続ける。

そんなタカシに「このまま黙って手をくわえて見ているわけにはいかないだろ?」と俺。

「乗員と乗客を誰ひとり死なせる事なく、無事に家族の元へ帰すという事を忘れたのか?」とタカシを説得してみる。

タカシはしばらく無言のままで、他のメンバーは俺の身を案じているのか、他に代替案がないのか皆、押し黙っている。

しかし、そんな沈黙を破って「でっ・・・でも、そんな事をしたら、たっ・・・たいちょーが死んじゃうかもしれないでしょ!」とうろたえてシズコ。

そんなシズコの後に間髪入れずに「わかった・・・やってみよう」と、落ち着いた口調でタカシ。

これで新たなプランBが始まった。

まずは横田基地の管制へプランBの説明をしようとしたが、当然の如く却下されるかと思うので、まずは俺が先に着陸する旨を伝える。

横田基地の管制官は「???」という感じで、疑問に思いながらの口調で俺に着陸を許可した。

俺は速度を上げてエアバスA380の前に出る。

そしてそのまま横田基地へ向けてアプローチに入った。

ビルが立ち並ぶ相模原市の上空に差し掛かり、俺は最終アプローチへと入る。

3000m級の長い滑走路が徐々に近づいてくる。

滑走路の向こう端に赤や青の点滅するライトが見え始めてきた。

恐らく消防やレスキューの車両であろう。

不測の事態に備えて待機してくれている。

住宅街の上をかすめ飛んで、難なく俺のF-15は横田基地の滑走路にタッチダウンして、エアブレーキをかけながら程なく滑走路の手前から3分の1あたりに機体を停止させた。

F-15は1000m程の距離があれば余裕で着陸できるのである。

ここでエアバスA380の着陸を待つ事にする。

だが当然の如く「滑走路上のF-15は誘導路へ移動して下さい」と航空管制より無線が入る。

だが俺はここを今動く事はできない。

後ろを振り向くと、大小入り混じった複雑な編隊を組んだ機影が遠くに見てとれる。

度重なる退避指示に従わない俺に業を煮やした航空管制が、今度はエアバスA380に対して、着陸をしないよう指示を出し始めた。

だが、こちらも指示に従うはずがない。

大小複雑に絡み合った機影がどんどん俺に近づいてくる。

絶叫する航空管制の声がうるさくて作戦に支障が出そうなので、俺は全員に航空管制との無線を切るよう指示を出す。

「横田基地まであと5Kmだ」とタカシ。

俺は全機にエアバスA380からの離脱準備をするよう指示を出す。

微動だにせず、エアバスA380は適切な進入角度で滑走路へと近づいてくる。

操縦不能になった巨大な機体を物ともせずに、ここまで運んできたメンバー達全員に対して、俺は熱いものが込み上げてきた。

それと同時に想像を絶する恐怖に向き合っているエアバスA380の乗員と乗客に対しても、その心中を察すると、どうしても誰ひとり死なせるわけにはいかない。

俺の命と引き換えても絶対助けるといった気持ち以外、今の俺には考える余地はない。

この時ばかりは妻のミユキの事さえ完全に忘れていた。

タカシが「残り1Kmだ」とコール。

高度50m・・・40m・・・30m・・・20mとジャック。

振り返って目を凝らしていた俺は、エアバスA380のメインギアが滑走路に接地して白煙が上がった瞬間、「全機離脱!」と指示を出した。

それと同時にスラストレバーを全開にしてアフターバーナーに点火してエアバスA380に向けてジェット後流を浴びせかける。

ものすごい勢いで迫ってくるエアバスA380。

俺はフットブレーキを徐々に緩めながらゆっくりと前進していく。

ヨシカワ機長からは案の定、1番エンジンと4番エンジンの逆噴射ができないとの報告が入った。

いよいよ作戦も佳境に入ってきた。

あとは俺とヨシカワ機長の腕の見せ所である。

エアバスA380と着かず離れず微妙な距離を保ちながら前進し、俺はジェット後流をエアバスA380に浴びせかけ続ける。

キャノピーに取り付けてあるバックミラーでは距離感が掴みにくいので、体を捻りながら微妙な操作を続けていく。

そしてふと前を見ると3000m級の滑走路の端が目前に迫ってきた。

「ゲッ!」と思わず俺。

上空からは「たいちょー!危ない!」とシズコの声。

ヨシミツも「早く脱出して下さい!」と絶叫している。

しかしここで作戦を投げ出して脱出して、乗員や乗客を死なせようものなら死んだほうがマシである。

カッコ悪く生き残って後々生きるより、不謹慎だが乗員と乗客もろともと一緒に死んだ方がカッコ良いと思う。

俺は究極の選択を迫られた場合には、その選択がカッコ良いかカッコ悪いかで決めている。

なので今回もここで脱出するという選択肢はない。

足を思い切り踏ん張って前に進む速度を落としながら、アフターバーナーをエアバスA380に浴びせかけ続ける。

ちなみにF-15のフットブレーキは、ラダーペダルを左右同時に踏むと機能するようになっている。

先ほどから両足で踏ん張っているので疲労困憊しているが、それでも死に物狂いでラダーペダルを踏み続ける。

そしていよいよ滑走路の端に到達して後を振り向くと、エアバスA380が至近距離に迫ってきた。

機体を停止させて前に向き直り、首をすくめて衝撃に備える。

2秒・・・3秒・・・衝撃がない。

恐る恐る振り向くと、俺のF-15の真後ろ紙一重でエアバスA380が停止していた。

「やったー!成功したぞ!」と思わず俺。

無線の向こうからは「シマタニさん!ありがとうございました!」とヨシカワ機長の声。

極度の緊張から解放されたのか、少し涙ぐんでいるような声色である。

上空からは「テツヤ!大丈だったか?」とタカシ。

他のメンバーも奇声などを上げながら作戦の成功に喜び勇んでいる。

その後、エアバスA380からは脱出シューターが展開されて、乗客が次々と機外へと脱出している。

脱出シューターとは機体の非常口に設置された滑り台の事で、非常着陸時などの緊急事態に備えて展開される脱出装置の事である。

俺はエンジンを停止させてキャノピーを開け、用意されたハシゴを使って地上に降り立った。

上空にはジャンボジェット機のアナザースカイと4機のF-15が旋回待機している。

俺は緊急車両の無線を借りて航空管制に指示に従わなかった事を詫び、緊急事態で他に手立てがなかった事を報告する。

合わせて他のメンバーの着陸も要請したが、エアバスA380が滑走路の端に鎮座しているおかげで着陸距離の短いF-15の着陸しか許可されず、ジャンボジェット機の着陸は却下されてしまった。

だが、そんな事などにタカシは従わないだろうなという俺の悪い予感は的中し、F-15の着陸の後に航空管制の警告を無視してタカシは強引にアナザースカイを着陸させてしまった。

滑走路上のエアバスA380の真後ろに、4機のF-15とアナザースカイが続々と集まってくる。

瞬く間にそこは一大航空祭と化してしまった。

脱出した乗客達はそんな戦闘機や旅客機などを驚いた目つきで見ている。

中には飛行機をバックに記念写真を撮っている人までもいる。

笑っているウミガメが描かれたエアバスA380と、ドラえもんやキティーちゃんなどをあしらったアナザースカイの共演は、よく考えれば今回が初である。

次々と機体から降りてくるメンバーたちも格好の餌食となり、写真撮影やサイン攻めにあっている。

俺たちはスピンネーカー作戦で一躍脚光を浴びて有名人になった為、このような有様になってしまった。

タカシやジャック、そしてタナカさんらは、ジャンボジェット機のドアからレスキュー隊の如く、ロープを使って降下している。

そんなタカシらも瞬く間に群衆に取り囲まれた。

俺も御多分に洩れず群衆に取り囲まれているので、ふと航空自衛隊のアクロバット集団であるブルーインパルスなった気分である。

しかしこの時ばかりは、のちにブルーインパルスと共演する事など、誰も考える余地はなかった。

極度の緊張や恐怖などから解放された乗客達から、俺たちは次々とお礼を言われたり握手を求められる。

中には俺に向かって手を合わせているお年寄りまでもいる。

そんな人たちを間近に見て、全員を無事に助けられた事につくづく俺は安堵した。


辺りが薄暗くなってきた2時間後、エアバスA380は滑走路から撤去されて横田基地の滑走路は再び使用可能となった。

ヨシカワ機長らと挨拶を交わし、俺たちは帰投準備に入る。

上空で俺と目が合ったCAも、涙ながらに俺たちとの別れを惜しんでいる。

シズコもヨシカワ機長に抱きついて、うわ〜ん うわ〜んと大泣きだ。

各自機体に乗り込み滑走路へと向かう。

エアバスA380の乗員や横田基地のスタッフらが大きく手を振り俺たちを見送ってくれている。

日没寸前の夕日に輝くアナザースカイは、この時ばかりは非常に凛々しく俺の目に映った。


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