14.アロハ・オエ!
「ちょっと、そこのソース取ってくれる?」と妻のミユキ。
俺は傍らに置いてあるソースの容器をミユキに手渡す。
休日の昼下がり、俺とミユキは中野市内に新しくオープンしたトンカツ屋に出向いて来た。
このトンカツ屋は割と有名なチェーン店なのだが、中野市に初出店したので以前から気にはなっていた。
俺とミユキはカウンター席に隣り合って座り、俺は おろしカツ定食でミユキはロースカツ定食をそれぞれ食べている。
俺たちは自宅に限らず二人で食事をする際には向かい合っては座らず、いつも横並びに座っている。
それがシマタニ家の掟なのである。
何故かと言うと、その方がお互いの料理をシェアしやすいからである。
「トップガンへ行ったら、あんたちょっと太ったよね?」と俺の皿から おろしカツをひと切れつまんでミユキ。
俺は「そう言う割にはトンカツ屋へ連れて行けってどうよ?」とミユキの皿からロースカツをひと切れもらう。
ミユキの言うとおり、俺はトップガンの旅で3Kgも太ってしまった。
国賓待遇で調子に乗り、美味いものを際限なく食べたのが原因なのは明らかである。
おかげでここ数日は質素倹約な食事と筋トレなどの運動で、体重を落とすのに没頭している。
しかしこのトンカツで数日分の努力が水の泡となりそうな感じではあるが・・・
翌日、午前11時。
スーパー開店後の品出し作業をしていると、「シマタニチーフ、会議室までお越し下さい」とシズコの声で店内放送。
一旦バックヤードに戻り、品出ししたジャガイモの箱を畳んで捨てた後に、急いで会議室へと向かう。
会議室は何故か食堂の奥にあるので、一旦食堂へ入る。
そして食堂を通り抜けて会議室のドアをノックする。
すると「どうぞ!」とゴキの声。
ドアを開けると会議用のテーブルには社長にゴキとタナカさん、そして4人の背広集団が座っていた。
ゴキが自らの隣の席を俺に勧めるので、そちらへそろりと座った。
四角いテーブルでは奥から社長、ゴキ、俺、タナカさんの順で座り、その真向かいに4人の背広集団が座っている。
「それでは始めましょうか?」と社長。
俺は何が始まるのかと固唾を飲んで見守っていると「今回の旅客用とする空港申請の件ですが・・・」と背広集団のひとり。
俺はその瞬間、呼ばれた意味が判明した。
背広集団は国土交通省の役人たちで、中野基地にジャンボジェット機が離発着できるかどうか視察に来たらしい。
俺は断然ジャンボジェット機の離発着には反対なので、何とか空港申請が却下されないか、それとなくやってみようと思う。
「ジャンボジェット機の離着陸には、最低でも3000mの滑走路が必要ですが、現在ここの滑走路は200mしかありませんよね。」と国交相の役人。
続けて「新たに滑走路を建設する予定なんですか?」と、うちの社長に質問する。
すると社長は「200mの滑走路を利用してジャンボジェット機の離発着をさせる予定ですが・・・」と自信満々に答えた。
それを聞いて背広集団は唖然とし、4人で何やらゴソゴソと相談している。
そこへ割って入るように「では、うちのタナカより詳しい説明をさせていただきます」と社長。
社長に紹介されたタナカさんは偉そうに咳払いなどをして「お手持ちの資料をご覧下さい」とか言っている。
俺の前にも資料が置かれているので手に取って資料を開く。
資料の内容はジャンボジェット機を離陸させるためのカタパルトの増設やら、着陸させる際のアレスティングワイヤーの強化などの項目が盛り込まれている。
「ジャンボジェット機で海外へ飛行する場合、当社所有の569席型機を満席で燃料を満タンにしますと総重量は約400トンになります」とタナカさん。
「それを離陸させるには、現在F-15を離陸させているカタパルトを15倍に増強すれば可能です」と、ドヤ顔で続ける。
詳しく話を聞くとF-15の機体重量は約27トンなので、単純計算で約15倍のジャンボジェット機なら、カタパルトを15倍にパワーアップすれば事足りるとの事らしい。
俺はそこへ割り込むように「でもF-15のようにノーズギアだけを引っ張る方式ではジャンボジェット機のノーズギアが強度的に破損するのでは?」と、それとなく聞いてみる。
するとタナカさんは「ジャンボジェット機の場合はノーズギアに加えてメインギアにもカタパルトを装着するので問題はないぞ」と俺に向かって薄ら笑い。
俺は負けじと「通常の旅客機の離陸では、およそ0.3Gから0.5G程度の重力加速度がかかりますが、カタパルトの射出では、およそ3Gになります」と説明。
加えて「その重力加速度に一般の旅行客が耐えられるのでしょうか?」と力説する。
そんな俺に対抗してタナカさんも「富士急ハイランドのジェットコースターには重力加速度が3Gを超える物もあります」と主張。
「そのジェットコースターのように年齢制限を設ければ、何ら問題はないかと思われます」と反論する。
そこへ「お前はジャンボジェット機の離発着には反対なのか?」と俺に向かって社長。
俺は正直、反対だと言いたいところだが、宮仕えの宿命か、そんな事は口が裂けても言えない。
そこで俺は「機体や乗客の安全性の確証が得られないまま見切り発進すれば、重大な事故に繋がりかねません」ときっぱり。
続けて「そのような事態が起きれば、会社の信用はガタ落ちですよ!」と社長を脅してみる。
それを聞いて社長は無言となり、タナカさんは鋭い眼光で俺を睨んでいる。
隣にいるゴキはそんな俺たちを見てオロオロするばかりである。
その後、役人たちはタナカさんの案内で、改修工事が始まった現場をしばらく視察してから帰っていった。
空港の申請結果は後日連絡するとの事である。
そして空港審査が却下されるのを祈りながらの一週間後、ついにその結果が届いた。
俺やタナカさん、そして社長やゴキが集まった店長室で、おもむろにゴキが国交省からの封筒を開け始める。
全員が息を飲んで見守る中、「申請が・・・」と声のトーンを落としてゴキ。
俺は「やったぜ!」と心の中でガッツポーズするが、俺以外は意気消沈した様子だ。
その後「通りました!!」と書類を高々と上げてゴキ。
俺以外は狂喜乱舞して盛り上がる。
タナカさんは俺を見て勝ち誇ったかのようなドヤ顔の笑み。
俺が歯ぎしりをしながらタナカさんを睨み返していると
「お前のおかげで何とか許可が降りたぞ!」と、俺に向かってゴキ。
書類に添付された許可理由には、俺がアメリカ大統領と太いパイプがあるので、許可を出さざるを得ないなどと記載されている。
まさしく絵に描いたような墓穴を掘った俺である。
それからと言うものの、基地の改修工事は順調に進んでいき、F-15のカタパルト脇にはジャンボジェット機用の大型カタパルトが新設され、着陸用のアレスティングワイヤーは太くて強化された物が追加された。
「この倉庫はどうするんですか?」とタナカさんに向かって俺。
航空機材などが保管されている倉庫が微妙にジャンボジェット機の左の主翼に干渉しそうな位置にある。
「これも移動させなきゃいかんな〜」と腕組みしてタナカさん。
俺とタナカさんはジャンボジェット機の離発着に際しての最終の現場検証を始めていた。
俺は異議があっても決まった事に関しては異を唱えないようにしている。
何故なら今さら反対したところで結果が覆るわけでもなく、好転するわけでもないからである。
今後は会社のためにハワイツアーを何とか成功させるよう、最大限努力するつもりだ。
一週間後、羽田空港のハンガー。
俺とタカシとタナカさんとでアナザースカイの改修の様子を確認しに来た。
俺たちの航空団が所有しているアナザースカイことジャンボジェット機は、乱暴な離着陸に耐えられるよう、ランディングギアなど各所がかなり強化されている。
それにより機体重量が5%ほど重くなってしまったが、安全性を考えると致し方ない。
「こいつはデカイな」と機体後部に取り付けられたアレスティングフックを見てタカシ。
タカシの言う通り、俺たちのF-15とは比べ物にならないくらいデカイ着艦フックが機体後部に鎮座している。
タナカさんはため息まじりに「こいつのおかげで燃費が2%も悪化だ」と俺たちに説明。
これだけは機体内部に格納できないため、思い切り空気抵抗が増してしまうようである。
そこへ「やあ、お久しぶり!」と言う声。
声のした方を見ると本当にお久しぶりのヨシカワ機長。
ニコニコしながら俺たちに近づいてくる。
ヨシカワ機長とは沖縄旅行へ行く前に、ジャンボジェット機の操縦を教わった以来である。
「ずいぶんゴツい脚ですなあ」とアナザースカイのランディングギアを見てヨシカワ機長。
それに応えてタナカさんが「こいつは6mの高さから垂直に落としても大丈夫なように強化してあります」とドヤ顔。
それに加えて「カタパルト射出では5Gまでの重力加速度に耐えられる設計です」と後ろにひっくり返るくらいにふんぞり返って自慢げである。
「近いうちに離発着テストをするので、ご一緒にいかがです?」とヨシカワ機長に向かってタナカさん。
俺はヨシカワ機長の顔が一瞬引きつったのを見逃さなかった。
「きっ!機会があれば是非・・・」と、絶対に嫌だと言わんばかりのヨシカワ機長。
俺の今の気持ち、そのままである。
その後は、細かな機体の修正点をお願いして俺たちはハンガーを後にした。
「来週には離発着テストができるな」と牛丼を箸でかき込みながらタナカさん。
俺とタカシとタナカさんは羽田空港ターミナル内にある吉野家で昼食を摂っている。
先日、ジョージ・ワシントンからの帰路の途中に立ち寄った店と同じ店である。
「今日は休日ですか?」と吉野家の店長。
フライトスーツや耐Gスーツを着けたままドヤドヤと6人で立ち寄って、周りのお客を驚愕させていたので覚えていてくれたようである。
「まあ、そんなところです」と俺は笑いながらお新香を箸で摘んで口へと運ぶ。
そこへ「中野基地への着陸に失敗したら、それこそ大惨事だよな」と、タカシはねぎ玉牛丼を食べながら縁起でもない事を言っている。
それを聞いて「失敗しても、リンゴ畑に突っ込むだけだろ」と、キムチ牛丼を頬張りながら俺。
ここまで来たらもう覚悟を決めるしかない。
俺と一緒に離発着テストをするタカシも「まあ、そうだな」と言いながら、ねぎ玉牛丼をコーラで流し込んでいる。
タカシも俺と同様、覚悟を決めたかのような怖い顔つきをしている。
この顔でヤンキースタイルの服装なので、強面のタナカさんと相まって、俺たちの周りには他のお客が近寄ってこない。
「いよいよ明日だな!」と買い物カートを片付けながらジャック。
ジャックの言う通りアナザースカイの離発着テストが、いよいよ明日に迫ってきた。
ジャックは基地の視察に来た割には視察そっちのけで、スーパーの仕事に勤しんでいる。
シズコと一緒にいられるのが嬉しいのか、それともスーパーの仕事が楽しいのか詳細はわからないが、毎日パートのおばさんたちに混じって張り切って働いている。
俺が奢ってやった缶コーヒーを飲みながら「しかし、タナカのオヤジは奇抜な事をよく考えるよな〜」と感心しながらジャック。
俺も缶コーヒーを飲みながら「そのおかげで俺たちは命がいくつあっても足りないぜ・・・」と苦笑いしながらジャックに愚痴をこぼす。
そんな俺とジャックを見つけてナタリーが近づいてきた。
今日のナタリーはデニムのオーバーオールに白のTシャツ、そして白い長靴を着用している。
どうやら今日から始まった北海道フェアの企画で牛乳を売り込むため、酪農家に扮しているようである。
ナタリーは絶世の美女なので、どんなスタイルでも様になってしまう。
今回も男衆を中心に、かなり売り上げを伸ばしているようだ。
そんなナタリーは1リットルの牛乳パックを手にゴクゴク飲みながら「私もアナザースカイに乗ってみたいな〜」と俺に絡んできた。
まるで一升瓶片手に絡んでくる酔っ払いの様相を呈している。
俺はナタリーが手にしている牛乳パックを指さして「これって牛乳だよね?」と確認してみる。
するとナタリーが「牛乳なんかでやってられるか!」と言って、よろけながら俺に抱きついてきた。
「おい!おい!」と慌てる俺とジャック。
足元がふらついているナタリーから牛乳パックを取り上げて中身を確認すると、なんとビールが入っていた。
「どうも、すみませんでした・・・」と酔いから覚めたナタリー。
1時間後、スーパーの店長室。
どうやらナタリーは試飲用の空いた牛乳パックにビールを移して飲んでいたとの事。
次から次へと襲いかかってくる男衆に嫌気がさして、やけになってしまったらしい。
ゴキはそんなナタリーを責める事なく、今までの労をねぎらっている。
俺もナタリーがそのようなストレスを抱えているとは思いもしなかった。
「サッポロビールはいかがですかぁ〜!」とナタリーの声。
北海道フェアの売り場でナタリーは、牛乳の売り込みからビールの売り込みへと商品を変更した。
そして衣装も酪農家の格好ではなく、球場などで生ビールを販売する売り子の格好に変身である。
赤い色のポロシャツにお揃いのショートパンツ。
そして背中には生ビールのタンクが入った黒のリュックを背負っている。
そんなナタリーは黒のキャップをキリッと被って、生ビールの実演販売を始めていた。
次から次へと群がってくる男衆らに容赦なく生ビールを売りつけていくナタリー。
販売方法は球場などと同じく、生ビールタンクから伸びたホースで直接カップに注ぎ込む方式である。
「もっと飲めるでしょ〜」などとお代わりを催促するやら「イッキ!イッキ!」と早く飲めと言わんばかりに急かすなど、ナタリーは今までの恨みを晴らすが如く、大張り切りである。
おかげで北海道フェアの売り場では、酔ってぶっ倒れる男衆らが続出して、俺やジャックが対応に追われて大忙しとなった。
翌日午前8時。
俺とタカシはアナザースカイを羽田空港から移送するため、中野基地の駐車場で待ち合わせた。
今日は公共交通機関を利用して羽田空港まで出向き、そして帰りはジャンボジェット機で戻るという、前代未聞の行程である。
早速、予約してあるタクシーが来ているであろう基地の正門へと向かうが、そこには何とヨシミツやシズコ、そしてバージル&ナタリーの姿が見て取れる。
そんな奴らは俺とタカシを見つけると「お〜い!」「早く!早く〜!」などと俺たちに向かって手招きをしている。
驚いた俺は「お前達、ここで何やってんの?」と小走りで向かいながら聞いてみる。
すると「僕たちも羽田空港に行きますよ!」と、ヨシミツ。
それを聞いて俺とタカシは一斉に「はぁ?」と唖然。
そんな事情など全く関係なしのシズコが「お菓子もいっぱい持ってきたし〜」と笑いながらパンパンになったコンビニ袋を振り回している。
バージルが「司令に頼んで同行させてもらえる事になったんですよ」と笑っていると「死ぬなら私達も一緒よ!」とナタリーが縁起でもないひと言。
俺はふと思い「お前達が全員出払ったらスクランブルはどうするんだよ!」と聞いてみると
「その間は俺が何とかするぜ!」と後ろからの声。
振り返るとジャックが缶コーヒー片手に近づいてくる。
「俺が厚木基地に頼んで救援を手配してあるから心配するな」とジャック。
厚木基地とは海上自衛隊とアメリカ海軍が共同で使用している軍事専用の航空基地である。
横須賀基地に空母打撃群が入港した際に、空母航空団の本拠地として使用されている。
「いざとなれば俺様もいるから大丈夫だ」とドヤ顔のジャック。
昨日のお返しにと、俺に缶コーヒーを手渡す。
ジャックの言葉に甘えて俺たち6人は、迎えにきたタクシー2台に分乗して信州中野駅へと向かった。
「新幹線って久しぶり〜」とお菓子を食べながらシズコ。
俺の座っている座席のすぐ後ろで「ガサガサ・・・ボリボリ・・・」と結構うるさい。
俺たちは3列シートの2列を陣取り、前列の窓際からバージル、ヨシミツ、俺の順に座り、その後ろの窓際からナタリー、シズコ、タカシの順に座っている。
この新幹線は北陸新幹線から上越新幹線、そして東北新幹線と名前を変えながら東京駅まで続いている。
その後は東京駅から京浜東北線に乗り換えて浜松町駅まで行った後、更にそこから東京モノレールに乗り換えて羽田空港に至るという、田舎者にとっては難解不可解なルートを突破しなければならない。
所要時間は3時間と少しである。
「F-15なら乗り換えなしで20分くらいで着くんだけどなぁ」とタカシ。
シズコからもらった煎餅をボリボリといい音を立てながら食べている。
俺はその音に釣られてシズコから煎餅を恵んでもらいムシャムシャと食べながら「たまにはのんびりした旅もいいもんだぜ」とタカシを諭す。
午後12時に羽田空港第1ターミナルへと到着。
早速ヨシミツが「昼飯は何にしますか?」などと言っている。
俺はシズコの菓子を結構食べたので、さほど腹は減っておらず、他の者も同じような感じである。
そこへナタリーが「この前の吉野家は美味しかったよね〜」と余計なひと言。
それに誘発されて「肉だく牛丼がまた食べてみたいなぁ」とバージル。
そのひと言で俺の中の牛丼スイッチがオンになり、思わずゴクリと唾を飲み込んだ。
「あっ!まいど〜!」と吉野家の店長。
このところ3回目の来店なので、俺とタカシはすっかり顔を覚えられている。
今日は全員私服で来店したのだが、「今日は皆さんお休みで?」と店長。
前回のパイロット姿で1度だけ来店したヨシミツとシズコ、そしてバージル&ナタリーの事もしっかり覚えているようだ。
前回の来店が、よほどインパクトがあったのかもしれない。
ちょうど昼時なので店内はかなり混み合っている。
俺たちは各自バラバラの席で好みのメニューを食べた後、店を後にした。
今回の飲食代は出張経費として計上できるので、まとめてシズコに会計をしてもらった。
ただで食べる牛丼は格別である。
その後、アナザースカイが格納されているハンガーへと向かう。
アナザースカイはハンガーから外へと出されて、機体に施された俺たちのキャラである、おばQやペーター、そしてドラえもん&キティちゃんが日光を受けて光り輝いている。
そしてバージルのポパイとナタリーのベティちゃんも、機体改修のついでに俺たちのキャラと共に新たに加わった。
早速タラップから機内へと入りコクピットへと向かう。
コクピットの中はキャプテンシートとコパイシートの他に補助席が4席あるので俺たちの人数分にピッタリである。
俺はまずキャプテンシートに座り、計器類やスイッチなどをチェックする。
久しぶりのジャンボジェット機に戸惑いながらも何とか勘を取り戻し、その後はコパイシートで通信機器をチェックしているタカシに後は任せて機外へと出る。
改めてジャンボジェット機を間近で眺めるとさすがにデカい。
これからこいつを中野基地に降ろす事を考えたら何だか胸が高鳴ってきた。
以前は不安に思っていた事も今は全く躊躇する余地はない。
目視などの外部点検を終えて再びコクピットへと戻る。
タカシに管制塔とコンタクトを取って離陸許可をもらうよう指示を出しながら、各種計器類やスイッチなどをチェックリストに基づいてチェックしていく。
程なく離陸許可が降り、離陸予定時間は今から20分後の午後1時30分に決まった。
ジャンボジェット機の送り主であるバージルにアナザースカイで沖縄へ行った時の事を話してみる。
この航空機の秘密武装に助けられた事で礼を言うと「このジャンボジェット機って凄いでしょ?」とコクピットを見回してバージル。
シズコからもらったベビースターラーメン片手に笑っている。
聞くとアメリカ大統領の指示でエアフォースワンと同等の装備に加えて、バルカン砲の設置や各種ミサイルも搭載可能にしたとの事。
バージルの言う通りこのアナザースカイには装弾数940発のM61バルカン砲に加えて、貨物室を改造したウェポンベイに赤外線誘導ミサイルのAIM-9サイドワインダーとレーダー誘導ミサイルのAIM-7スパローが各10発搭載されている。
それを聞いて「まさしくこれはヒツジの皮を被ったヤギですね!」とヨシミツ。
皆はそれを聞いてうなずくが、少し間をおいて「???」となる。
そして「ヒツジの皮を被ったヤギじゃなくてヒツジの皮を被ったオオカミだろ?」とタカシのツッコミ。
一斉にコクピットが大爆笑で包まれる。
「ヒツジとヤギってほとんど変わらんし〜」と大笑いのシズコ。
バージルとナタリーに至っては床に転げ落ちて腹を抱えながら大爆笑だ。
俺はヨシミツの心情を察して笑いをこらえるも、周りに誘発されてついに吹き出してしまった。
そんな俺たちを見て「僕、帰ります!」と怒ってヨシミツ。
コクピットから出て行こうとする。
俺はそんなヨシミツに向かって「三河屋の刺身定食を奢るから機嫌を直せ」と言いながら必死になってコクピットへと引き戻し、何とかその場は収まった。
タカシが4基あるエンジンを次々と始動していく。
心地良い音と共に4基のジェットエンジンが徐々に目を覚ましていく。
トーイングカーが接続され、アナザースカイのプッシュバックが始まった。
俺は座席横のハンドルを操作しながら機首を指定された34R滑走路の方向へと向けていく。
その後トーイングカーが外されて、いよいよタキシング開始となる。
地上ではアナザースカイの改修や整備でお世話になった人たちが、大勢で俺たちに向かって手を振っている。
盛大な見送りに手を上げて応えながら、アナザースカイはゆっくりと動き出した。
後ろの席では野次馬感覚の4人がお菓子パーティーをしながら寛いでいる。
「隊長も食べますか?」と手を離せない俺に向かってヨシミツ。
先ほどの膨れっ面とは打って変わってチョコバットを手にご機嫌である。
俺は刺身定食を奢る約束をした事を物凄く後悔した。
そんな俺の心情など察する事なく後ろの連中は大騒ぎだ。
そんな連中にしびれを切らして「これは慰安旅行じゃねえぞ!」と怒ってタカシ。
タカシの鶴の一声で一瞬にしてコクピットは静まり返った。
34R滑走路はハンガーからそう遠くない場所にある北西に向かって伸びる滑走路である。
羽田空港の東端に位置し、ターミナルビルを左に見ながら滑走していく。
ちなみに34R滑走路を反対側から侵入すると16L滑走路と名前が変わる。
これは航空機が正しい方向から離着陸できるよう、間違い防止のための措置である。
程なく34R滑走路へと到着し、いよいよ離陸開始となる。
が、その前に1機の着陸を待てと管制塔からの無線。
見ると遠くから徐々に近づいてくる着陸灯が見て取れる。
両側の翼にアナザースカイと同じく各2基のエンジンをぶら下げている。
「ジャンボジェット機か?」とタカシ。
だが少し形が違う。
よく見るとジャンボジェット機のような機体前部の盛り上がった部分がない。
しかも機体が総2階建てなのか物凄く太い。
「あっ!フライングホヌだ!」とデカい声でシズコ。
よく見ると機体にハワイで見たウミガメのイラストが見て取れる。
全日空のハワイ便専用の機体エアバスA380である。
しかも今回は笑っているバージョンだ。
「ハワイと日本の両方で見られるなんて超ラッキーだし〜!」と嬉々としてシズコ。
そこへヨシミツが「フライングホヌって成田発着じゃなかったっけ?」とポツリ。
そんなヨシミツに向かってタカシが「そんな事、今の俺たちには関係ないだろ?」と塩対応。
離陸前で忙しい俺たちを尻目に、両手にお菓子とジュースを持って笑っているヨシミツが気に入らないようである。
後で聞いたのだが、成田空港が天候不順でフライングホヌは羽田空港へ緊急着陸したとの事。
ホノルルの天候も悪かったので、ダイヤが大幅に乱れているらしい。
そんなフライングホヌは俺たちの機体の鼻先をかすめてドシンと滑走路へと降り立った。
そしていよいよ俺たちの離陸である。
管制塔から離陸の許可が降りアナザースカイを滑走路へと侵入させる。
そして一旦停止。
フライングホヌが誘導路へ入ったのを見届けてからスラストレバーを徐々に倒してエンジン出力を上げていく。
「キュイーン!」と心地良い音がコクピットに響き渡ったと同時にブレーキを解除する。
そしてブレーキから解き放たれたアナザースカイがみるみる速度を上げていく。
「ブイワン!」とタカシのコール。
V1とは離陸決心速度の事で、V1以降に離陸を中止しようとすると滑走路をオーバーランする可能性が高くなる。
そのため操縦を担当している俺は、V1がコールされたので操作の必要がなくなったスラストレバーから右手を離し両手で操縦桿を握り締める。
続けて「ブイアール!」とタカシ。
VRとは機首引き起こし速度の事で、この速度に達すると操縦桿を引き、機首を徐々に引き起こしていく。
そしてノーズギアに続きメインギアも宙に浮き、アナザースカイは久しぶりに空へと舞い上がった。
その後V2という安全に上昇できる速度に到達し、俺はギアアップをタカシに指示する。
それを受けてタカシは計器盤中央にあるレバーを操作して、飛行に必要のないランディングギアを胴体に格納した。
そしてウェイポイントと呼ばれる空中に設定された標識に向かって俺はアナザースカイを旋回させ始める。
「よし!ひと息入れるか?」とタカシに向かって俺。
操縦をオートパイロットに切り替えて、シズコからポテトチップスと缶コーヒーを受け取る。
「到着時刻は予定通り午後2時15分頃の予定だな」と、かっぱえびせんをつまみながらタカシ。
来る時は公共交通機関を乗り継いで3時間以上もかかったのに、帰りは何とたったの45分である。
しかも569席もある客室は全くのカラで、乗っているのはコクピットにいる俺たち6人だけである。
「着陸に失敗しても死ぬのは俺たち6人だけだから気が楽だよな」と皆を脅して俺。
それを聞いて「今夜、合コンの予定があるんだけどな〜」とシズコ。
その隣では「今日、テレビドラマの敏腕刑事カトウが楽しみだったのになぁ」と敏腕とは程遠いヨシミツ。
ふたりのささやかな楽しみである。
そんなふたりとは裏腹に海軍の昇進試験のテス勉しなきゃとバージルとナタリー。
シズコやヨシミツと違ってバージルとナタリーには高い人生目標があるようである。
そんなふたりの為に何とか無事に着陸せねばと俺は心を引き締めた。
「あと15分くらいで到着だぞ!」とタカシ。
俺はコーヒー片手に「えっ?もうそんな時間?」と少し慌てる。
時計を見ると午後2時ちょうどである。
羽田を離陸してからまだ30分しか経っていない。
アナザースカイはF-15には装備されていないオートパイロットがあるおかげで、時間を忘れるほどの快適すぎる空の旅である。
最後のウェイポイントを過ぎて俺は中野基地へ向けて降下に入る。
そして後ろにいる6人にシートベルトをするよう指示を出す。
ジャンボジェット機のコクピット内のシートベルトはパイロット席の場合、4点式に加えて股下からのベルトも加わるので全部で5点式となる。
そしてその他の座席は4点式となっているが、一般の客室は全て2点式である。
しかしアナザースカイはアレスティングフックで急制動するため2点式シートベルトではケガの恐れがあるとの事で、569席ある全ての座席を4点式シートベルトに改装してある。
中野基地まで残り20Kmとなりコクピット内は慌ただしくなる。
タカシにギアダウンとフラップを25度に設定するよう指示を出しながら、速度を時速250Kmまで落としていく。
ランディングギアとフラップが降りた事により、機体の空気抵抗が増したのを肌で感じる。
中野基地の管制とコンタクトをとって着陸の許可をもらい、いよいよ最終アプローチに入った。
管制官のナカタニさんも、いつもより緊張している様子が伺える。
いよいよ基地までの距離が残り10Kmとなる。
タカシにアレスティングフックダウンを指示する。
それを受けてタカシは新たに追加されたアレスティングレバーを下へと倒した。
これによりアレスティングフックが機体下部に展開され、前人未到の着陸準備が全て整った。
高度は550mを今下回ったところである。
見慣れた中野市の市街地がどんどん迫ってくる。
今まで散々見た景色だが、今回の景色はコクピットの環境が変わったせいか全く別物に見える。
そして市街地の上空にさしかかり基地の短い滑走路もはっきりと見えてきた。
今、中野市内では、今まで見たことのない程のバカデカい飛行機が上空を飛んでいくので大騒ぎになっているであろう。
そこへ「ギアが接地したと同時にスロットルを全開にすることを忘れるな」とタナカさんからの無線。
通常の着陸ならばランディングギアが接地する寸前にスロットルを絞るが、今回の着陸はアレスティングフックが4本あるワイヤーの、どれも捉える事ができなかったら再び上昇しなければならない。
そのため出力全開で着陸する必要がある。
F-15で行う通常の着陸と同じであるが、なぜか今回は緊張度が格段に違う。
タナカさんに了解の旨を伝え、更に降下を続けていく。
「残り1Kmだ」とタカシのコール。
高度は50mを下回った。
40m・・・30m・・・20m・・・10m・・・
覚悟を決めてアレスティングワイヤーの上にメインギアを落とす。
「ドシン!」と少し雑なランディングとなり、それと同時にスラストレバーを全開にしてエンジン出力を最大にする。
「どうだ・・・?」
「!!!」
「ワイヤーに引っかからない!ゴーアラウンドだ!」と俺。
操縦桿を引いて上昇に入る。
そこへ「タナカさーん!着陸できないってば!」と無線に向かってタカシ。
中野基地をジャンボジェット機仕様に変えたタナカさんに珍しく噛みついている。
そんなタナカさんは「フレア操作が甘かったみたいだ!もう少し機首を上げてみろ!」と無線。
俺は高度を上げながら、緩やかに旋回を始める。
フレア操作とは航空機が着陸の直前に行う機首を上げる操作である。
機首を上げる事によってメインギアから着地して、着陸の衝撃を和らげる効果がある。
タナカさんの話だと、その機首上げ操作が足りなかったのでアレスティングフックがワイヤーまで届かなかったとの事。
俺は着陸手順を再度確認しながら南側へと旋回していく。
そこへ「あ!長野市だ!」と突然シズコ。
見ると前方に長野市の市街地が見えてきた。
高層建造物が皆無の中野市に比べて長野駅周辺には高層ビルも多く、この近辺では都会感が際立っている。
ヨシミツが「長野市上空をかすめ飛んでみましょうよ!」と提案するも「そんな事したら国交省から大目玉を喰らうぞ!」とタカシ。
そこへ割って入るように「でも長野県にジャンボジェット機が初就航した良いトピックになるよね?」とナタリーは余計なひと言。
それを受けて「この件はアメリカ大統領に伝えて穏便に済ませてもらうよう、父に話しておきますよ」とバージル。
するとタカシが手の平を返して「海軍提督のバージル親父とアメリカ大統領が味方となれば、国交省も文句が言えないかもな」と笑っている。
そこへ「長野駅に向かってレッツゴー!」とデカい声でシズコ。
ヨシミツが「電車でGo!」じゃねえし!」と珍しく的確なツッコミをしている。
それを聞いて「それじゃあ行くか?」と俺。
操縦桿を切って長野駅方面へ機首を向ける。
高度は念のため500mに設定した。
スカイツリー級の建造物でもない限り、この高度でまず大丈夫だろう。
アナザースカイは徐々に長野市の市街地へと突入していく。
その時「アナザースカイ!高度が低すぎますよ!」と管制官のナカタニさん。
俺は「ちょっと試したい事があるんでご心配なく!」と適当にごまかす。
眼下に見える鉄道の線路に沿って飛んでいると「あっ!北陸新幹線だ!」とシズコ。
いつもF-15から嫌と言うほど新幹線を見下ろしているはずだが、今回は何故か興奮している。
気がついたら後ろの4人は全員座席から立ち上がって俺とタカシに前のめりに寄りかかり、コクピットからの展望を楽しんでいる。
タカシが「おい!邪魔だ!どけ!」とシズコに怒っているし、俺はナタリーに後ろから抱きつかれて気が気でなくなり、操縦に集中できなくなっている。
コクピットで大騒ぎしながら長野市の遊覧飛行を楽しんだ後、再び中野基地に着陸するため俺は左に向かって旋回に入った。
散々俺とタカシを邪魔していた4人は何事もなかったように座席に戻って、お菓子を食べながら再び雑談をしている。
その後、長野市南東部に位置する四阿山に向かって上昇し、その頂上付近で再度左旋回をして中野市へと戻っていく。
「焼額山で左旋回をして再びアプローチに入る」と俺は中野基地の航空管制に向かって無線。
長野オリンピックでさまざまなアルペン競技を開催したスキーの聖地である焼額山に向かってアナザースカイは飛んで行く。
志賀高原を過ぎたあたりで旋回操作を開始し、再び中野基地に機首を向けていく。
程なく「あと10Kmだ!」とタカシ。
焼額山から下りながら再びランディングギアとアレスティングフックを降ろす。
そして再度、中野基地の猛烈に短い滑走路が遠くに見えてきた。
そこへ「アレスティングワイヤーの高さを10cm上げたから、これで多分大丈夫だろう」とタナカさんからの無線。
「多分、大丈夫って、どう言う事?」と思わず俺。
タナカさんからの返答はない。
基地があと5Kmに迫ってきた。
高度は250mを下回ろうとしている。
ビルが立ち並んで都会的だった長野市に打って変わって、高い建物が皆無の中野市の市街地にアナザースカイは突入していく。
滑走路まで残り1Kmとなり高度は50mを下回った。
「高度40m・・・30m・・・20m・・・10m・・・」とタカシ。
先ほどより機首を心持ち上へと上げ、再度ランディングギアを滑走路へと落とす。
と同時にエンジン出力を全開にした。
「キュイーン!」とジェットエンジンの音が鳴り響くと同時に見事フックがワイヤーを捉え、強烈な逆Gがかかり機体は2秒ほどで急停止。
当たり前だがアレスティングフックでの着陸が想定されていない機体なので、着陸の衝撃が思ったより大きいと感じた。
滑走路脇で遠目に見ていたグランドクルーらが、てんやわんやの大騒ぎで俺たちに向かって手を振っている。
何とかアナザースカイは200mの滑走路へと無事に降り立った。
非常時を想定して退避していたグランドクルーらが、続々とグランドに出てきて慌ただしく動き始める。
俺はクルーの指示に従い、新たに設けられたアナザースカイのハンガー前に機体を停止させた。
「よくやった!」と裏返った声でゴキ。
よほど嬉しいのか無線の向こうでむせび泣いているようだ。
その後アナザースカイの運行後チェックをしながら「もう降りていいぞ」とヨシミツやシズコそしてバージル&ナタリーに声をかける。
4人はお菓子などの後片付けをしながら「超面白かったね〜」やら「このツアーって結構ウケるかも?」などと思い思いの感想を言いながらコクピットから出ていった。
タカシと運行後チェックを終えた後、機体のドアから外へ出る。
見慣れた基地の景色だがF-15とは機体の高さが違うので新鮮な感じで目に映る。
横付けされたタラップを駆け降りて、下で出迎えているゴキらに歩み寄っていく。
満面の笑みの社長&タナカさんと、少し涙ぐんでいるゴキ。
社長は手放しで喜んでいるが、タナカさんは少し複雑な表情である。
何故ならばこの後アナザースカイを再び空に送り出すという、タナカさんにとっては着陸以上の難易度の高い仕事が待っているからである。
「ついにジャンボジェット機が我が中野市にやってきたな」と中野市助役の義父。
アナザースカイを着陸させた日の夜8時、俺よりひと足先に食事を終えてリビングのソファで超ご機嫌である。
俺は風呂上がりの濡れた髪をタオルで拭きながら「それを再度飛ばすのが今後の課題ですがね」と苦笑い。
ミユキは俺が座ったダイニングテーブルにビールとコップを置きながら「次から次へと、あんたも色んな事に巻き込まれるわねぇ」と笑っている。
俺はそんなミユキを尻目に、出された瓶ビールからコップへと慎重にビールを注いでいく。
俺はビールを飲む際は、できるだけコップに注いで泡を楽しむようにしている。
ビールの泡は、ビールが外気に触れるのを防ぎ、酸化防止の役割を果たすやら、炭酸ガスが抜けるのを防ぐ効果があるなどいろいろ言われているが、俺は単純にビジュアルが良いとの単純な理由。
その上コップに注いだほうが旨いような気がする。
ビールと泡との比率も8:2にこだわっており、そんな感じで至福のビールを飲もうとしていると「これってテツヤさんが乗ってきた飛行機じゃない?」とテレビの前で義母。
見ると義父が見栄で買った50インチの大画面テレビに、長野市上空を低空飛行しているアナザースカイが映し出されている。
撮影された動画は視聴者提供となっており「スゲー!」やら「ヤバイ!ヤバイ!」などと、長野市内は大騒ぎになっていたようだ。
そんなテレビを見ながら「またひと波乱ありそうね」と呆れた表情でミユキ。
枝豆や肉じゃがをテーブルに置いたあと、俺の隣で食事をし始めた。
翌日、午前9時、スーパーダイジュの店内。
俺は開店前準備のため商品出しをしていると「おいテツヤ!外がえらい事になっているぞ!」と急にゴキ。
基地が見える窓越しから俺を手招きしている。
俺はバナナを箱から取り出す手を止め、急いでゴキに駆け寄る。
近くにいたタカシとシズコとナタリーも、俺と同様に駆け寄ってきた。
窓の外を見ると基地の周りを大勢の人が取り囲んでいる。
単なる野次馬に混じってテレビ朝日やらフジテレビなどの東京のキー局やCNN、BBCなどの海外メディアのロゴも散見される。
「何でこんなに人がいるの〜?」と呑気なシズコに「昨日のアナザースカイが夜のニュースを賑わしていたのを知らないのかよ!」とタカシ。
隣では憂鬱な表情をして「またお店が忙しくなるから嫌だわ〜」と言うナタリーに向かって「そこかい!」と俺とゴキが揃って突っ込んだ。
昼を過ぎてスーパーから基地に移動するため店外へと出る。
いつもは自転車か徒歩で移動するのだが、今日は野次馬などが多いので店の車で移動する事にする。
【楽しいお買い物はスーパーダイジュへ!】と書かれたワンボックスカーに俺たち6人が乗り込み、タカシの運転で基地へと走り出す。
案の定、野次馬や報道陣に取り囲まれて、それを押しのけるように車はゆっくりと進んでいく。
「まるで俺たち不祥事をやらかしたみたいですね!」と外を見ながらヨシミツ。
今回はそれに似たような事をしたので俺は返す言葉がない。
そこへ「店長忘れたしー!」とデカイ声でシズコ。
俺は「あっ!」と言いながら後を振り返ると、置いてきぼりを食ったゴキが自転車で追いかけて来るのが見てとれる。
そして当然の如くピラニアに襲われるように、野次馬や報道陣に取り囲まれてゴキは人混みの中に撃沈していった。
俺たちはゴキを救出するのをあきらめてそのまま基地へと押し進み、何とか無事にハンガーまで辿り着いた。
「よし!セッティングするぞ!」とタナカさん。
ジャンボジェット機にカタパルトを装着するテストをし始める。
ハンガーからはトーイングカーに牽引されたアナザースカイが姿を現した。
間近に見るジャンボジェット機はさすがにデカい。
これを自ら羽田から運んで来たとは自分でも信じられないくらいである。
アナザースカイ専用のカタパルトへジャンボジェット機は徐々に近づいていく。
マーシャラーが細かく誘導し、トーイングカーに牽引されたジャンボジェット機がピタリと定位置に停止した。
グランドクルーらが慌ただしくカタパルトをランディングギアにセットしていく。
ジャンボジェット機にはノーズギアに加えて胴体下部に展開するメインギア2本と左右の主翼の付け根付近にそれぞれ1本ずつのウィングギアがあり、合計5本の脚で巨大な機体を支えている。
通常F−15はノーズギアのみにカタパルトをセットするが、ジャンボジェット機の場合は強度的にノーズギアだけで機体を引っ張ることはできない。
そのためノーズギアに加えてメインギアにもカタパルトをセットする必要があり、車輪が大きい事も相まってグランドクルーが総出で大忙しである。
結局、初めてのテストという事もあり、装着まで30分近くもかかってしまった。
そんなカタパルトに装着されたランディングギアを間近で見ていると「おお!セットできたか?」とヘロヘロになったゴキ。
マスコミなどの対応に追われて、博士が実験で失敗したコントみたいにヨレヨレになった服装と髪型で俺たちに近づいてくる。
そんなゴキに俺は密かに用意しておいた麦茶を手渡す。
「おお!サンキュー!」とゴキ。
旨そうな音を立てながらゴキはゴキュゴキュと麦茶を飲んでいく。
ゴキは麦茶が大好物で、真冬でも飲むくらいの変わり者である。
俺はそんなゴキに粋な上司思いを演出した後、ハワイツアーの詳細をそれとなく聞いてみる。
「あーそれなー」と他人事のようにゴキ。
聞くと長野市内にある旅行会社と現在打ち合わせ中との事。
JTBやHISなどの大手旅行会社よりも、小回りや融通が効くやら地元企業を盛り上げたいやらでツアー内容を絶賛企画中らしい。
しかしゴキは企画には一切参加せず、旅行会社に全て丸投げしているようである。
それを聞いて「私が企画する!」と急にシズコ。
右手を上に掲げて満面の笑みでゴキに直談判している。
するとナタリーが「オプション企画は私たちで考えてみない?」と余計なひと言。
横から「広大な砂漠をトレッキングするツアーとかバックカントリースキーガイドなんか面白そうですね」とヨシミツはハワイで絶対できなさそうな提案をする。
そんなヨシミツに「お前はバカか!」と呆れてゴキ。
バカなヨシミツの事など放っておけばいいものを、ゴキは相変わらずひとりで突っ込んでいる。
結局シズコの猛烈な推しで、俺たちはツアーの企画まで参加する事になってしまった。
翌日、午前10時、カタパルトに装着されたアナザースカイの前。
今日はいよいよアナザースカイの離陸テストである。
一昨日の長野市での低空飛行騒動がニュースなどで大々的に報道されたせいで、今日も野次馬やらマスコミやらが大挙して基地に詰めかけている。
そんなマスコミらにハワイツアーなどを宣伝しようと基地の管制塔には【ジャンボジェット機カタパルト離陸チャレンジ!】と描かれた懸垂幕が掲げられている。
まるで昔流行ったアイスバケツチャレンジのような軽々しいイベント状態に唖然としていると「テツヤ!タカシ!失敗のないよう、よろしく頼むぞ!」と失敗したら命がない俺とタカシに向かって社長が笑っている。
そこへ「お前は相変わらずデリカシーがないな!」と社長の同級生でもある中野市助役の義父。
「失敗したら二人は命の保障がないんだぞ!」と俺の気持ちを代弁してくれている。
義父の隣には珍しく義母の姿も見て取れる。
そこへさらに若い女性がひとり走り込んできた。
「ゲッ!」と思わず俺。
走り込んで来たのは何とミユキである。
ミユキは俺のそばに歩み寄ると「ゲッ!って何よ?今のゲッって?」と怒った顔で絡んでくる。
俺がそれとなく言い訳をしていると「テツヤはビックリすると何でもゲッ!って言うんだよ」とタカシが助け舟を出してくれた。
そんなミユキは「これをあんたとタカシさんがここまで運んで来たんだー」とアナザースカイを見上げている。
久しぶりに見るアナザースカイにミユキが目を丸くしていると「ミユキさ〜ん!久しぶり〜」と後ろから声。
振り向くとシズコが手を振りながら駆け寄ってくる。
ミユキとシズコは両手で「イェ〜イ!」と言いながらハイタッチ。
シズコの後ろではシズコのお母さんが俺たちに向かって頭を下げている。
今日は俺たちの家族らが特別に基地内へと招待されたようだ。
タカシの傍らではタカシの娘たちが父親を誇らしい目で見ているし、遠くにはヨシミツとその両親の姿も垣間見える。
そんな中「そろそろ時間だぞ」と言う声。
声のした方を見ると何とタナカさんが今まで見た事のないような満面の笑み。
俺たちの家族へ思い切り好感度をアピールしている。
そこへ「この偽善者が・・・」と小声でタカシ。
俺もタカシの言葉には賛成である。
「気をつけてね!あんたの事だから大丈夫だとは思うけど・・・」と俺に向かってミユキ。
今回のテストはタナカさんが作ったカタパルト次第なので、いくら自分が気をつけてもカタパルトに不具合があればどうしようもない。
そんな事はミユキには言えず、フライトスーツにヘルメットを携えて、ミユキに笑いかけながらタカシとともにアナザースカイへと乗り込んでいく。
今回はさすがに耐Gスーツは身に付けていないが、一応フライトスーツの上にサバイバルベストを身に付けて、念の為ヘルメットも着用する。
俺たちの家族や関係者が見守る中、俺とタカシはタラップから機内へと入り、いよいよ離陸準備開始である。
コクピットに入ってチェックリストに基づき各種スイッチやレバーなどを操作していく。
ひと通りのチェックが終わった後にグランドから機体準備完了との連絡が入り、4基あるエンジンをひとつずつ始動していく。
「キュイ〜ン!」と心地の良いエンジン音が徐々に大きくなっていく。
タラップが機体から離れていき、周りの人々も安全な距離まで退避した。
俺たちはシートベルトを着用して準備万端となり、あとはタナカさんの指示を待つだけとなった。
「あと3分でカタパルトの準備は完了だ!」とタナカさんからの無線。
そこへ「無事に生還したら一番最初に何がしたい?」と俺に向かってタカシ。
がらにもなく弱気な事を言っている。
俺もタカシと同様に今回のテストは未知数なので、いつものF-15で出撃する時よりもかなり緊張している。
俺はそんなタカシに「とりあえず熱い風呂に入った後にビールでも飲みたいな」と応えると「俺も家族と一緒に美味いもんが食いたいぜ」とタカシ。
「結局、何気ない日常が一番大事なんだな」と俺が言うとタカシは無言で頷いた。
その後きっちり3分程でカタパルトの準備完了とのタナカさんからの無線が入り、ジャンボジェット機初の試みであるカタパルト離陸の準備が全て整った。
機体の左側からグランドクルーがエンジン出力を上げるよう手で合図する。
俺は右手で握ったスラストレバーをゆっくりと前方へ倒し、4基のエンジン出力を徐々に上げていく。
グランドクルーの奥ではミユキたちが心配そうな面持ちでこちらを見ている。
俺は大丈夫だと言うような仕草で少し頷いてみせるが、ミユキにそれが伝わったかは定かではない。
エンジン出力が最大となったところで左手の親指を立てて、離陸準備完了の合図をグランドクルーに伝える。
そして身構える事2秒ほどの後、アナザースカイは爆発的な勢いで滑走路を疾走し始めた。
瞬く間に時速300Kmに到達し軽い衝撃を伴ってアナザースカイはカタパルトから離脱。
その後、時速310Kmを超えたところで操縦桿を軽く引いて機首を上げ始める。
「上がれ!」と叫ぶタカシ。
そんなタカシの叫びと俺の祈りが通じたのか、アナザースカイは見事に滑走路から離れて再び空へと舞い上がった。
「やったぜ!」と言いながら、タカシはV2速度に達したところでランディングギアレバーを操作する。
そして必要のなくなったランディングギアが機体内部に収納されていく。
「とりあえず生き残ったな!」と嬉々としてタカシ。
俺も無事に離陸してひと安心ではあるが、カタパルトで負荷のかかったランディングギアが気になっている。
何故ならば負荷により損傷していれば、着陸の際に重大な事故に繋がる恐れがあるからだ。
何はともあれ無事に離陸したアナザースカイは順調に高度を上げていく。
そこへ「離陸は大成功だ!よくやった!」とゴキからの無線。
ゴキはグランドにいるのか周りの大歓声が無線の奥から聞こえてくる。
俺は「ランディングギアの様子はどうでした?」と当然の心配事を聞いてみると、確認した感じでは大丈夫のようだとタナカさんからのいい加減な返答。
俺は一抹の不安を抱えながら着陸に向けて旋回に入る。
高度1500mを維持したまま長野市上空で旋回を開始し、四阿山を経由して中野市へと戻って行く。
「無事に着陸したら、ミユキちゃんの手料理で祝勝会だな」とタカシ。
俺は「なんでミユキなんだよ?」と聞き返すと、今回俺たちの家族が基地に招待されたのは、みんなで祝勝会をやるためとの事。
料理の天才でもあるミユキの料理を、みんな楽しみにしているらしい。
俺とタカシには内緒で企画していたらしいが、タカシの下の娘が思わず口を滑らせたという。
「女房が久しぶりにお前と呑みたいって言ってたぞ!」と笑いながらタカシ。
ちなみにタカシは酒を一滴も呑めないが、対して奥さんは物凄い酒豪なのである。
以前、無理やり呑み比べをやらされて、ヘロヘロになって大変だった覚えがある。
俺は苦笑いしながら焼額山上空で左旋回をして、徐々に中野基地に機首を向けて行く。
タカシがランディングギアとアレスティングフックを降ろして、最終アプローチへと入った。
「あと5Kmだ!」とタカシ。
高度は250mを下回ろうとしている。
中野基地の見慣れた短い滑走路が徐々に迫ってくる。
着陸まで残り1Kmとなり高度は50mを下回った。
「高度40m・・・30m・・・20m・・・10m・・・」とタカシ。
機首上げ操作をしながら祈るような気持ちでランディングギアを滑走路へと落とし込んだ。
それと同時にエンジン出力を全開にする。
「キュイーン!」と響くエンジン音と同時に見事フックがワイヤーを捉えて逆Gがかかり機体は急停止。
エンジン出力を絞った後、俺たちはしばし固まり様子を伺う。
そしてタカシと顔を見合わせ「やったぜー!」「生きて帰ったー!」と大騒ぎ。
お互いの右手を上げてハイタッチをする。
ランディングギアは何とか無事だったみたいで窓の外ではグランドクルーや大勢の観衆らが大騒ぎである。
拍手したり手を振っている俺やタカシの家族も見て取れる。
クルーの誘導でハンガー前に機体を停止させて運行後チェックに入る。
しばらくすると機体へ勝手にタラップが着けられたみたいで、ドヤドヤと人が機内へと入ってくる気配がしてくる。
次の瞬間「ガチャ!」とコクピットのドアが開き、ヨシミツやシズコ、そしてバージル&ナタリーに加えて俺たちの家族までもが操縦席に乱入してきた。
「やりましたね!隊長!」と大きく目を見開いてヨシミツ。
シズコは「これでハワイツアーが確定だぁ〜」と喜んでいるし、バージルとナタリーも俺やタカシに向かって満面の笑みである。
そこへ「お疲れさま」と妻のミユキ。
俺とタカシにカップに入ったドリンクを手渡す。
「これってミユキちゃんの特製ジュースじゃねえか!」とそれを見てタカシ。
おもむろにカップに口を付け、その後一気に飲み干した。
ミユキの特製ジュースは、ほうれん草や人参などの野菜に加えてリンゴやキウイなどのフルーツをブレンドしたヘルシードリンクである。
色は緑色なので最初は少々引いてしまうが甘みと酸味が絶妙で、一度飲むと病みつきになる。
ミユキの店でも出しているが、評判はものすごく良い。
一日に100杯以上売れる日もあるという。
そんなジュースを俺も一気に飲み干し、ガヤガヤと騒ぎ立てている輩をよそに早々に運行後チェックを終える。
その後タカシと機体の外に出て外部チェックをしていると、タナカさんが超ご満悦な表情をして俺たちに近づいてきた。
「でかしたな!おい!」と俺たちにタナカさん。
相変わらずの威張りモードである。
機体の周りでは早速整備隊が、エンジンや足回りなどのチェックをしている。
俺はランディングギアの様子が気になりタナカさんに尋ねてみるが、見たところは大丈夫そうで、これから詳細な検査をするとの事。
そこへ「ウヒャヒャ!」「ワハハ!」と、こちらもご満悦な社長とゴキが現れて、俺とタカシに缶コーヒーを手渡した。
「これは?」と社長とゴキに向かって俺。
ゴキは今回の成功の労いにご馳走したとの事。
それを聞いたタカシが「こんなにすごい事を成し遂げた割には缶コーヒー1本とはな〜!」とふてくされた表情。
対して俺も「もっと高級な物がいいのになぁ〜!」と周りに聞こえるように叫んだら社長とゴキは急に慌てふためき出した。
結局俺はレミーマルタンのナポレオンをゲットし、タカシは本マグロの中トロ5Kgを手に入れた。
そしてその戦利品を携えて俺たちは祝勝会の会場へと向かった。
祝勝会の会場である基地の休憩室では、すでに準備が整ったようで、テーブルには大皿に盛られたミユキ特製の料理やら酒やビールなどのアルコール類、その他子供向けのジュースなどが所狭しと並べられている。
そして会場奥の壁には【アナザースカイ・ハワイ便就航おめでとう!】と描かれた横断幕まで掲げられている。
ハワイ便の正式な認可はまだ降りていないが、気が早いのがスーパーダイジュの特徴である。
以前、レジの接客コンテストで優勝間違いなしとの前評判で優勝前夜祭を行ったら、結局反則負けで最下位となり、思い切りずっこけた記憶がある。
今回もそんな事にならないか非常に気がかりだが、今日はそんな事は気にせず楽しもうと思う。
祝勝会冒頭の校長先生並みに長い挨拶の社長にうんざりして、ひとり乾杯前のビールを飲んでいたら「それではシマタニキャプテンからのご挨拶です」と、その社長。
俺は何の事だかわからずビールを飲み続けていると「おい!社長が呼んでるぞ!」と隣のタカシ。
ヨシミツに至っては「隊長は既にビールを飲んでます!」と会場全体にチクっている。
そこへシズコが「たいちょーがキャプテンって超ウケるし〜」と笑いだすと「頑張って!シマタニキャプテン!」と俺をからかってナタリー。
バージルはひとりでクスクスと笑っている。
会場から「いよっ!キャプテン!」やら「好きよ!キャプテン!」などと散々冷やかされながら、俺は皆に押しやられて社長が立っていた木箱の上に立たされた。
いきなりキャプテンと呼ばれて混乱しながら、取り止めのない挨拶をして木箱を降りると、代わりにゴキが木箱に乗って今後のスケジュールを発表し始める。
ゴキによると認可が降り次第、ツアーの募集を始めるとの事。
それまでにツアーのアイデアがあれば応募して欲しいと言う。
優秀なアイデアには賞金30万円が贈られるとの発表があり、会場は大いに湧き始めた。
その後はゴキの音頭で乾杯があり、俺たちはミユキの料理と豊富なアルコールなどで、しばしの宴を楽しんだ。
「サプライズイベントなんてどう?」とナタリー。
祝勝会翌日の夕方、俺たち6人はスーパーの食堂で30万円の賞金がかかったツアーのアイデアを考えていた。
「サプライズってどんな?」と俺。
ナタリーはしばし考えた後、「旅行先でバースデーやアニバーサリーなどのイベントをサプライズでするのよ」と身を乗り出す。
そこへ「でもサプライズって他でもやってるだろ」とタカシが横やり。
それを聞いて「ありがた迷惑みたいなサプライズってどうですか?」とバージルが思いもかけない事を言い出した。
「それって面白いかも!」とヨシミツ。
シズコは目を丸くして「本人には迷惑だけど、周りが面白いってウケるかも!」と笑っている。
そこへナタリーが「テツヤがハワイのサンセットクルーズ船で、無理やりステージに上げられた事があったじゃない?」とシズコに向かって話しかける。
それを聞いて「たいちょーのタコ感電ダンスの事ね!」とシズコ。
ナタリーと二人で大爆笑している。
そんなシズコとナタリーを見て、タカシとヨシミツとバージルはキョトンとしているが、シズコが事情を話したら全員大爆笑となった。
「どんなダンスか踊ってみろよ」とタカシ。
ヨシミツとバージルは膝や机を叩いて苦しそうである。
俺は思わずカッとなり、そんな奴らに今奢ったコーヒー代を請求したら、当たり前だが全員から大ブーイングが沸き起こった。
結局、俺がハワイでハメられたようなサプライズイベントの【ありがた迷惑セット】と、旅先でのワードローブを全てサポートする【余計なお世話セット】の2点をツアーのアイデアとして応募する事にした。
一週間後、「ハワイ便の認可が降りたぞー!」とゴキ。
スーパーの店内をお客の目もはばからず、俺に向かって走ってくる。
トマトの補充を行なっている俺は苦笑い。
お客の目を気にしながらゴキが持ってきた書類に目を通す。
ハワイ便は週に往復1便運行で、発着は中野国際空港とダニエル・K・イノウエ国際空港と記されている。
「中野国際空港って?」と笑いながら俺。
当たり前だが中野基地は国際路線が就航して税関なども設置されるので、国際空港は当然である。
鮮魚売場からはタカシが、精肉売場からはヨシミツが、レジからはシズコがそれぞれ飛んできて書類を食い入るように見入っている。
バージルとナタリーは、それぞれ女子と男衆に殺到されて持ち場を離れる事ができないでいた。
翌日、午後2時、店内が少し落ち着き食事を終えた俺とタカシが会議室へと呼ばれた。
ノックをして返事を待たずに会議室のドアを開ける。
会議室には社長とゴキ、そしてスーツを着た中年の男性と、同じくスーツを着た若い女性が向かい合わせに座っていた。
ゴキが自分の隣に座るよう俺とタカシに促す。
「こちらが航空機の運行を担当するシマタニとハギワラです」と社長。
向かい合っている二人に俺とタカシを紹介する。
二人は長野市内で旅行会社を営んでいる社長と、その社員との事。
かなり有名になってしまった俺たちに、二人は少し緊張しているようである。
と言っても俺は作業着姿でタカシは白衣にエプロン姿という、いでたちではあるが・・・
早速、皆でツアー企画の検討に入る。
旅行会社が持ち出してきた企画は4泊6日で3日間はハワイでの自由行動を確保したいとの事。
何故4泊6日なのかというと、日本とハワイの間には日付変更線があり、往路は出発日と同日に到着し、逆に帰国は出発日の翌日に到着するので、このような変則的な日程になってしまうのである。
旅行会社の社長によると4泊6日がハワイツアーではいちばんスタンダードな日程らしい。
対してこちらからは各部署から上がってきたツアーのアイデアを提示してみる。
旅行会社の社長と女性社員がそのアイデアが記載された書類に目を通していく。
俺とタカシはペットボトルのお茶を、何故か同時にゴクリと飲み、事の成り行きを見守る事にする。
すると「あっ!これ、面白いかも!」と女性社員。
俺たちに向かって笑顔を見せた。
女性社員が指を差した場所には【余計なお世話セット】の文字が見て取れる。
思わず「よっしゃー!」と俺とタカシ。
自然とガッツポーズをしていた。
それを見たゴキが「???」の顔をしているが、そんな事はお構いなしに喜ぶ俺とタカシ。
何せ30万円の賞金がかかっているのである。
そこへ「ありがた迷惑セットって、ネーミングにインパクトがありますよね」と旅行会社の社長。
それを聞いて俺とタカシは再度「イェ〜イ!」と思わずハイタッチ。
そんな俺たちに「先ほどから何だ!お前達は!」と社長が怒っているが、ここでこれらが俺たちのアイデアだとバレると、有利な立場を利用して不正を企てたと思われかねないので、タカシ共々大人しいふりをする。
結局、俺たちが考えた【余計なお世話セット】と【ありがた迷惑セット】に加えて【ワイキキビーチバレーイベント】や【ハワイ諸島、フルーツ食べくらべツアー】などがツアーのオプションとして採用される事になった。
「60万円ですよ!60万!」と嬉々としてヨシミツ。
俺たちが考えた【余計なお世話セット】と【ありがた迷惑セット】の2点のアイデアがツアーに採用された事により、俺たち6人は60万円という大金を棚ぼた的に手に入れた。
「6人だから、ひとりの取り分は10万円ですね」とバージル。
そこへ俺が「いや、これは全額日本赤十字に寄付をする」などと言ってみたら、「この偽善者が!」と怒り心頭のタカシに続いて「そんな事言いながら独り占めする気でしょ!」と疑り深いシズコ。
ヨシミツに至っては吉野家の牛丼なら200杯分ですよ!200杯分!!」と相変わらず小市民的な反対意見である。
結局、ひとりの取り分は3万円のみとし、残りの42万円はイベントがあった場合の資金としてスカイウォーカーダイジュ財団に預ける事にした。
ちなみにスカイウォーカーダイジュ財団とは俺とタカシとヨシミツとシズコが作った互助会の事である。
ひとり月々300円しか積み立てていないので、まだ2万円ほどしか財源がなかったが、この件で一気にリッチな互助会となってしまった。
近々バージルとナタリーを加えた6人で、デラックスなパーティーでも密かにやろうと思う。
それからというものの中野基地の国際空港化は着実に進んでいき、国際線ターミナルビルならぬターミナル小屋の中には出発ロビーや到着ゲート、そして当然ながら税関や手荷物検査場なども設置された。
その上、よせばいいのにシズコの発案で免税店が置かれたり、ナタリーのアイデアで空港ラウンジが併設されたりと、当初の改修予算を大幅に上回ってしまった。
その穴埋めはスーパーの利益で賄うとの事で、それを聞いたタカシは猛烈に激怒していた。
国際空港の設備があらかた完成したところで、関係者のみを対象にしたアナザースカイの試乗会が催される事になった。
対象は俺たち6人と社長とゴキやタナカさんに加えて、中野市や旅行会社の関係者や国交相の役人など総勢120名余りである。
今回の試乗会は普通の離発着より、かなり体に負担がかかるため、搭乗する者は事前にメディカルチェックを受けてもらった。
万が一の事故を防ぐために、血圧や心電図に異常がないかチェックするためである。
ハンガーから出されたアナザースカイはすでにカタパルトに装着されて準備は全て整っている。
なぜ事前にカタパルトを装着するかというと、やはり機体が大きいため、装着するのにかなりの時間を要するのである。
したがって乗客はターミナル小屋から徒歩で移動してタラップを登って搭乗する手筈となる。
中野基地は大して広くないので何の問題もないはずである。
俺とタカシはひと足早くコクピットに乗り込み出発準備を始める。
ヨシミツとシズコとバージル&ナタリーは、キャビンの様子を確認するため乗客と一緒の客席に座って、乗客のケアやレポートなどを担当する。
コクピットの後ろにある4つの座席には、うちの社長に加えて中野市長と国交相の役人らが座った。
ドアを閉鎖しタラップが外された事をヨシミツが報告しに来たので、いよいよ4基あるエンジンを始動していく。
客席には当たり前だが、いきなりシートベルト着用のサインを出した。
4基のエンジンが次々と唸り声を上げながら目を覚ましていく。
後ろを振り返ると社長らがただならぬ緊張の面持ちでこちらを見ている。
今回の飛行は中野基地と羽田空港を往復するルートである。
羽田空港では就航記念のパーティーが催されるとの事で、タカシは操縦よりも、そちらが楽しみのような感じである。
4基のエンジンが正常に作動しているのを確認した後、タカシと目を合わせて離陸準備完了の相槌をお互いに打つ。
「それではいきますよ!」と後の席に向かって俺。
うちの社長が「おっ!おう!」と声が震えている。
他の3人は無言で目を見開き息を潜めている。
グランドクルーの合図に合わせてスラストレバーを倒してエンジン出力を徐々に上げていく。
タカシが新たに設置したカウントダウンタイマーのボタンを押した。
それと同時にコクピットとキャビンに「離陸10秒前」と言うガイダンスが流れる。
「9・・・8・・・7・・・6・・・」
各種計器類が正常に動いているか、ざっと確認する。
「5・・・4・・・3・・・2・・・・1・・・」
「Go!」と同時にアナザースカイはカタパルトで瞬時に打ち出された。
「おおっ!」と思わず後ろから声。
瞬く間に時速300Kmに到達し軽い衝撃を伴ってアナザースカイはカタパルトから離脱した。
俺は操縦桿を軽く引いて上昇角度15度で巡航高度7000mに向かって上昇していく。
今回は羽田までの短距離フライトなので、国内線で一般的な1万mまでは上昇しない。
何故ならば1万mへ到達したらすぐに下降に入らなければならないからである。
今回のフライト時間も羽田から来た時と同様、たったの45分間である。
後ろの席では「こりゃ、たまげたもんですな!」と中野市長。
それを聞いてうちの社長が「どうですか?素晴らしいでしょう?」とドヤり声。
国交相の役人達は「これはスリル満点ですね!」などと会話を交わしている。
どうやら全員無事に生きているようである。
キャビンに繋がる電話でタカシがヨシミツに客席の様子を確認している。
ヨシミツによると特別に体調を崩した乗客はいないとの事。
それどころか離陸時は絶叫マシン並みに悲鳴が上がったみたいだが、その後は満場の拍手喝采で評判はすこぶる良いとの事。
それを聞いてうちの社長は超ご機嫌となり、普段以上に滑舌良くアナザースカイの魅力を市長や国交相の役人達にアピールしている。
高度3000mに到達し、機体が安定しているのを確認した後、シートベルト着用のサインをオフにする。
このタイミングで客席ではヨシミツやシズコ達により、ドリンクやお菓子などの提供が始まっているはずである。
しばらくするとコクピット後方のドアが開き、ナタリーがドリンクとお菓子を手に入ってきた。
「コーヒーにオレンジジュース、緑茶にアナザースカイ特製ジュースがございますが、どれにいたしましょう?」とナタリー。
ピンクのシャツにグレーのタイトスカートがよく似合っている。
まさしくキャビンアテンダントそのものだ。
俺とタカシが特製ジュースを頼んだら、他の4人も同じ物を注文した。
ナタリーは手際よく、俺たち6人にドリンクを提供していく。
スーパーでの仕事が思いもかけずにこんな所でも生かされているのかもしれない。
ナタリーから手渡された特製ジュースを飲んで「これってミユキちゃんの特製ジュースじゃねえか?」とタカシ。
俺は慌ててドリンクを飲んで「あっ!本当だ!」と目をパチクリ。
それを聞いたナタリーが「お察しの通りです」と笑いかける。
その後は特製ジュースの美味しさが話題となり、市長の後押しもあってハワイ便での提供が急遽決まってしまった。
これでミユキの店も相当潤うであろう。
そんな事を考えていたら早々と羽田空港が近づき、俺は徐々に高度を落としていく。
瞬く間に着陸体勢に入り、キャビンにシートベルト着用のサインを出した。
コクピット後ろの4人もシートベルトを着用したが、何故か思い切り緊張している。
俺は笑いながら「羽田へは通常着陸ですから、ご心配なく」と伝えると
「あ゛〜!そうだった〜」とか「ここは普通の空港なんだな」などと社長や市長が胸を撫で下ろしている。
羽田の航空管制に着陸の許可をもらい16R滑走路へと向かう。
タカシがランディングギアを降ろし最終アプローチに入った。
中野国際空港とは違い東京国際空港は滑走路が桁違いに長い。
そんな長い滑走路にアナザースカイを滑り込ませて無事に着陸。
誘導路に入り、指定された13番スポットへと到着した。
正面に見えるターミナルビルでは、今では珍しくなったジャンボジェット機が飛来したので観光客らが大勢でこちらを見ている。
しかもドラえもんやキティちゃんなどのキャラクターが機体に散りばめられているので注目度は満点である。
ボーディングブリッジが機体に接続されて乗客の降機が始まった。
コクピット後ろの4人も降りる準備を始めている。
そそくさと荷物をまとめながら「帰りもよろしく頼むぞ」と社長。
市長に至っては「いやぁ〜楽しかったなぁ〜」と俺たちに頭を下げている。
国交相の役人達も笑顔で俺たちと握手してコクピットから出ていった。
とりあえずカタパルト離陸は概ね好評のようであった。
運行後チェックを終えてタカシ共々コクピットから1階のキャビンへと降りる。
乗客は全て降りたようでヨシミツにシズコ、そしてバージル&ナタリーが客席の後片付けをしていた。
「乗客の様子はどうだった?」と4人に向かってタカシ。
後片付けしながら4人は「体調不良者はいなかったよね」やら「巨大な絶叫マシンに乗ってるみたいで面白かったてさ!」などと、こちらもあらかた好評のようであった。
その後4人の片付けを手伝って15分ほどで作業は終了し、機体からボーディングブリッジを通ってターミナルビルへと入っていく。
ターミナルビルへ入った先にはゴキとタナカさんが待ち構えていた。
二人を見て「後片付けを手伝ってくれないなんてズルいしー!」とシズコ。
ゴキとタナカさんを睨みつけている。
睨まれた二人はタジタジになり、「ちょっと打ち合わせがあってだな・・・」ともっともらしい言い訳。
俺はシズコをなだめながら今回の評価を二人に尋ねるが、何の問題もなく評価は良好との事。
そしてゴキの案内で就航記念パーティーの会場へと向かう。
向かった先はターミナルビル内のホテルにあるラウンジである。
少々手狭な部屋だが120名程が立食パーティーをするにはちょうど良い広さだ。
会場に入るや否や早速飲み物はどれにするかバーテンダーに聞かれたので、思わずビールと応えたら、タカシに思い切り叱られた。
仕方なくタカシ共々ジンジャエールを手に取り、偉い方々の挨拶の後に皆で乾杯し、そのジンジャエールを一気に飲み干した。
その後は皆思い思いに皿を手に取り、ビッフェ方式のカウンターから好みの料理を皿に盛り付けていく。
俺はここぞとばかりに肉料理で皿を山盛りにしていると「ちょっと食べ過ぎじゃない?」と後ろから聞き覚えのある声。
振り向くと、眉毛を吊り上げたミユキが仁王立ちしていた。
「ゲッ!何でお前がここに!?」と思わず俺。
持っていた皿をあわや落としそうになる。
「ゲッ!とは何よ!」と怒ってミユキ。
俺の手から皿を取り上げようとした。
「うわっ!」と慌てながら俺はミユキから何とか逃げ出しゴキの方へと走り寄っていく。
ゴキの話によると、今回の招待客はクルーの家族も含まれるとの事。
事前に連絡してるはずだと言われたが、俺には全く聞き覚えがない。
よく見るとタカシとヨシミツ、そしてシズコの家族も姿を見せている。
「どうせあんたの事だから、上の空で聞いてたんでしょ!」と俺を追いかけてきたミユキ。
肘打ちされながらチクリと言われた。
結局、ミユキに皿を取り上げられて俺の皿の料理は、野菜メインの理想的なバランス栄養食となってしまった。
パーティーがお開きとなり会場を後にする。
俺とタカシは休む間もなく中野基地への帰路のための運行準備に入る。
グランドに出てアナザースカイの外部点検をしているとタナカさんの姿が目に止まる。
どうやらタナカさんはメインギアの様子を気にしているようだ。
俺とタカシはタナカさんの所へ歩み寄り、ランディングギアの様子を尋ねてみる。
タナカさんによると油圧部分から若干のオイル漏れがあるらしい。
直近の離発着には影響がないが、今後の耐久性が課題との事。
やはりジャンボジェット機のカタパルト離発着は一筋縄とはいかないようだ。
その後、乗客を再び乗せたアナザースカイは予定より若干遅れて羽田空港を飛び立った。
いよいよ乗客を乗せて初の中野基地への着陸である。
離発着の過酷さからすると、中野国際空港より中野基地と呼んだ方が、俺としてはしっくりくる。
高度3000mに達した所でシートベルト着用のサインをオフにする。
それと同時にキャビンではヨシミツやシズコ、そしてバージルとナタリーが着陸の際の注意点を乗客に説明しているはずである。
このアナザースカイは通常のジャンボジェット機と違い、客席全てが4点式シートベルトとなっている。
通常のジャンボジェット機は2点式シートベルトなので、緊急時は前傾姿勢で頭を下げて衝撃に備えるが、4点式のアナザースカイはその必要がない。
シートベルトを正しく装着さえしていれば、アレスティングフックによる急停止でもそのままの姿勢で着陸できる。
「着陸が楽しみだね〜」と後ろからタカシの上の娘。
それを聞いて下の娘が「お姉ちゃん大丈夫なの?」と少々怖がっている。
そんな娘たちをタカシの奥さんがなだめていると「はい、どうぞ!」とミユキ。
タカシにコーヒーを手渡している。
帰りのコクピット後部の座席は俺とタカシの家族に占領されている。
これにガバチョが加われば、まさしく沖縄旅行の再来である。
往路の時にいた社長や市長や国交相の役人達は乗客の反応が見たいとの事で、客室へと降りていった。
そして代わりが何故か俺たちの家族である。
後ろでは子供達がキャッキャと騒ぎ、奥様方は優雅な世間話といった感じで、雰囲気はまるでミニバンでのドライブみたいだ。
そこへ「ミユキさんの特製ジュースがハワイ便で提供される事が決まったみたいね」とタカシの奥さん。
それを聞いて「あんなので喜んでもらえるのか心配なんだけど・・・」と謙遜するミユキ。
コーヒーを飲みながらタカシが「ミユキちゃんの店のアジフライ定食も絶品だから、機内食に推薦してみるよ」と言うと「私、生姜焼き定食が好き!」と上の娘。
それに対抗して「私は唐揚げ定食!」と下の娘。
コクピット内はミユキの店の定食論争に発展して、一大姉妹げんかと化してしまった。
結果、上の娘が妹を一方的に言いまかして泣かせてしまい、当然ながら親が怒って事態は収束へと向かっていった。
これからヤバい着陸をする事を忘れるくらいの、日常的な微笑ましい光景である。
俺はミユキの店ではプリンアラモードがお気に入りである。
何故ならばプリン自体が自家製であり、季節のフルーツと相まって非常に食べ応えがあるからである。
そして生クリームも甘すぎず、少し苦めのカラメルソースとの相性が絶妙で、いつもペロリと一気に平らげてしまう。
そんな話をしていたら、険悪な雰囲気であった姉妹が共感し、仲直りをしたと思ったら、いきなり流行りの歌を大合唱である。
そんな子供達の歌をBGMに、アナザースカイは中野基地を目指して徐々に降下を始めた。
中野基地まで残り20Kmとなり中野基地の管制とコンタクトをとる。
管制官のナカタニさんに滑走路がクリアな事を確認し速度を時速250Kmまで落としていく。
ランディングギアと共にアレスティングフックも忘れず下ろして、アナザースカイは中野基地着陸モードとなった。
基地までの距離が残り10Kmとなり、客室に着陸まで残り3分のアナウンスをする。
高度は550mを下回り中野市の市街地がどんどん迫ってくる。
そして市街地の上空に入り基地の短い滑走路も見えてきた。
そこへ「怖いよ〜」とタカシの下の娘。
そんな娘にお母さんが「お父さんがいるから大丈夫よ」となだめている。
タカシが「残り1Kmだ」とコール。
高度は50mを下回った。
40m・・・30m・・・20m・・・10m・・・
アレスティングワイヤーの上にメインギアを慎重に落とす。
それと同時にフックがワイヤーにかからなかった事に備えてスラストレバーを全開にしてエンジン出力を最大にする。
「キュイーン!」とエンジンの噴き上がる音と同時に機体に急ブレーキがかかる。
「キャア〜!」と後ろから悲鳴が聞こえてアナザースカイは時速250Kmから急減速し、2秒後には一気に0Kmとなり急停止した。
「オェ〜!」と後ろから声。
俺はエンジン出力を絞りながら慌てて振り向くと、上の娘が今にもリバースしそうな形相である。
「大丈夫か?おい!」とタカシ。
娘は母親に背中をさすられて、何とかリバースは免れたようである。
「お姉ちゃん、ヤバかったね〜」と笑いながら下の娘。
姉に勝ち誇ったような顔をして「じゃあね!お父さん!」と言いながらコクピットから出ていった。
ミユキも想像以上の出来事だったようで少し顔色が悪いようである。
「大丈夫かよ?」と言う俺に向かって小さく頷きながら、荷物をまとめて出ていった。
運行後チェックを終えてタカシと共に客室へと降りる。
乗客は大方降りたようで、ヨシミツやシズコたちが座席のあちこちを掃除している。
どうやら数人の乗客が着陸の衝撃でリバースしてしまったようだ。
4人はゲロに誘発されて「オェ〜!」と言いながら、今にも自身がリバースしそうな青白い顔をして、後片付けに追われている。
そこへ客室に残っていた旅行会社の社長と若い女性の社員がやってきて「ツアーのネーミングが決まりました!」と、その社長。
聞くとネーミングは【アロハ・オエ!ツアー】との事。
ハワイの別れの歌である【アロハ・オエ】とリバースの【オェ!】を掛け合わせた造語だという。
ハワイからお別れした後に帰国時に急減速で「オェ!」となるから絶妙なネーミングだと若い女性社員。
着陸の際の客室を見て思いついたらしい。
俺はゲロを思い浮かべるネーミングかもと不安に思ったが、タカシの「面白いじゃねえか!」のひと言で、とりあえず賛成した。
結局、難色を示した者が数名いたもののインパクトがあるという理由で、アナザースカイでのハワイツアーのネーミングは【アロハ・オエ!ツアー】に決まった。




