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01 クーポンの使える美容院に行く

 その美容院は、人気店だ。

 たったひとりのダークエルフが営むその店は、この世界のそこかしこでいつも話題だった。

 どんなクセ毛も思いのまま、希望通り以上の、むしろ可能性を最大限に引き出したヘアスタイリング、その上、興が乗ると隠されたその人の願望や才能までも引き出してくれるという。

 スマホでU18割引クーポンが取れると知った時、俺は迷わず予約画面を開いていた。

 以外にも、空きがあった。しかも、俺が出張する3日前にたったひと枠。

 すぐにタップして、小さくガッツポーズ。


 今度こそ、父の無念を晴らせるかもしれない。

 

 いや、そこまで真剣に考えていたわけではない。しょせん、俺だってイマドキの『若いヤツ』だ。


―― へい、らっしゃーい。

 ごついダークエルフのオヤジが奥から姿を現した。エルフより、ゴブリンに似ている。


「……案外、軽いな」

「ん? 何か」

「いやいやいやいや」あわてて両手をブンブンさせながら、早口で付け足した。

「13時予約の、えーと」

 偽名で予約していたせいで、名前がとっさに出て来ない。しかしエルフのオヤジは

「ああ、」俺を見上げて

「ペスさまですね、ではまずシャンプー台へどうぞ」


 ペスというのは、昔飼っていたドラゴンの名だ。

 紫色の小さなドラゴンで、オレンジ色のとてもきれいな炎を吐いて、そのまま大きくなるまでじっくりと育て上げ、ゆくゆくは俺の付添獣(アテンダント)として、常に行動を共にする……はずだった。

 夏休みに家族で旅行した、その時に、大丈夫だと思って(いえ)に置いていった。

 自宅周辺に、猛烈な寒波が押し寄せたと知ったのは、帰り際、ホテルのロビーにあった念波機(テレビ)のニュースだった。

 大急ぎで帰った時には、ペスは既にプレイランドで冷たくなっていた。

 父に蘇生を頼みはした、身内にはかなり甘かったから。

 しかし父はこう告げたのみだった。

「寿命には、逆らえないのだ……例えドラゴンでも、我々魔族でも」


 泣いて泣いて、涙も涸れるまで父も母も俺をひとりきりにしてくれた。それが魔族としても精一杯の心配りだと、その時でも解っていたから。


「お客様」

 タオル二枚分の白濁した光の向こうから、オヤジが言う。太い指が頭皮に心地よい。

「良い髪質ですな、しかも、かなり大切に伸ばしていたようで」

「うん」切る暇がなかっただけだ、勇者討伐で忙しかったから。まだ俺は『若造』の部類だから、古参兵士たちの邪魔にならない程度に援護に回ったり、物資補給を手伝ったり、だったが。

 それでも次回からは、指揮をとらねばならない。そのための心づもりもあって、今回髪を切る決意を固めたのだった。


「で、今日はどのように?」

「ばっさり切ってほしい」

「どのあたりで」

「ほぼ坊主でいい、前髪だけ少し庇に残して」

「まるで兵士のようですな」

「うん」気持ちよさの温湯の下から、俺は少し声を張り上げた。

「すぐに出張があるんだ、今回はちょっと、張り切って働かないとね」

「ほお、なるほど」

 いったん止まった指が、ふたたび軽やかに動く。

「お若いのに、立派な心掛けですな」

「そうかな」

 軽やかに、しかしやや強めに頭皮をかき回す指は眠気すら誘う。うとうとしそうな中、声が続けた。

「しかし、せっかくの髪が勿体ない気もしますな」

「ねえ」急に思いついて、オヤジに告げる。

「ヘア・ドネーションに使えるかな?」

 オヤジの指に少し力が入る。

「いや実は、ワシもそれをお勧めしようかと」


 カット用の椅子に腰かけると、オヤジは「薬草から作った」薬液を、髪を分けるように頭皮に振りかけた。少しばかり涼しく、良い香りだ。

「白魔法から作られたもので……」

「良い香りだね、大丈夫、ナイショにするから」

「ありがとうございます」

 白魔法はこの界隈では禁忌になっている。しかし、このように実益重視の店ではやはり、人気を保つためにはわずかにでも使う必要があるのだろう。


 立ち台に乗ったオヤジの太い指が更に頭皮を刺激する、香りと気持ちよさとで、俺は本当に眠くなってきた。

「髪型の細かいところは、どうします?」

「うん……」俺の声が答えるのが、遠くに聴こえた。

「お任せでいいよ」


 風邪をひいた時、父と同じく今は亡き母がこっそり木の匙で飲ませてくれたシロップをふと、思い出した。

 あの時もこんな香りで、ちょっぴり甘くて苦くて、涼しかった……


「うん?」

 気づいた時には、オヤジが立ち台に乗ったまま、手鏡で後ろを見せているところだった。

「地肌は見えない程度で、刈り上げで」

「うん、良い感じだよ」

 急に、失くした髪の分、責任感が俺にのしかかってきた。

 まあ、できるところまで戦うしかないか、俺はいったんうつむいてから、前髪の長く伸びた三つ編みを……ん? 三つ編み?


「ナニコレ」

「元の長さを前だけ残しました」

 オヤジの口調はどこか自慢げだ。

「散らすと、お仕事の邪魔になるかと、なので三つ編みに」


 目の前の大鏡に映るのは、

「逆辮髪……?」

 太古のそのまた昔、大陸で流行ったと、絵巻で見たことのあるアレに、最も近かった。


「ご武運、お祈りいたします、若」

 身分もバレていた。

「クーポンで2割引きですので、5000ビスクのところを4000です」

 うん、ありがとう、と棒読みで俺は銀貨を出した。

 


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