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天帝と天妃、地上に降臨す2

「斎王様、失礼してもいいですか?」


 鶯が『斎王』と呼んで声をかけてきた。

 今や鶯は天妃のくらいで、斎王といえど地上の人間には手の届かない存在になった。それなのに斎宮で暮らしていた時と変わらないもの。


「……あれ、返事がないですね。斎王様? …………萌黄もえぎ?」


『萌黄』

 聞き慣れた声で呼ばれて平伏ひれふす萌黄の瞳から涙があふれた。幼い頃から何度も呼んでくれた声なのだ。

 ぽたぽたと床に涙が水たまりをつくる。

 すぐに返事をしたいのに口を開けば嗚咽が漏れてしまう。

 返事をできないでいると、御簾みすの向こうで鶯が焦りだす。


「萌黄、いるんですよね? そっちへ行きますよ? いいですよね、いるんですよね、そっちに行きますからねっ」


 鶯が御簾をそおっと捲りあげた。

 でも平伏ひれふして泣いている萌黄を見た途端、「萌黄!?」と慌てて駆け込んだ。


「どうしたんですか? なにか辛いことでもあったのですか? それとも誰かにいじめられてるんですか? ああ萌黄、どうして泣いているんです……!」


 そう聞きながら鶯が平伏ひれふしている萌黄を起こそうとする。

 しかし萌黄は平伏したまま首を横に振ると、鶯の手をやんわりと離させた。

 そして袖で涙を拭うと、天帝と天妃と二人の御子に向かって改めて平伏す。


「天帝と天妃におかれましては、このような場所にようこそおいでくださいました。本来なら地上のすべての民が平伏してお迎えしなければならないところを」

「萌黄、そのような挨拶などいりません。そんなことより顔を見せてください。あなたは私の妹ではないですか!」


 そう言って鶯が平伏す萌黄の顔を覗きこもうとする。

 だが寸前で萌黄が袖で顔を隠してしまう。人間が天妃の尊顔を直接拝謁(はいえつ)することは不敬ふけいだった。


「いいえ、天妃様の妹などとおそれ多いことでございます」

「萌黄、どうしてそんなことを……っ。もう怒りました。えいっ!」

「え? わああっ!」


 鶯が萌黄の手を握ったかと思うと強引に下げさせたのだ。

 萌黄が驚きに目を丸めて、近い距離で二人の目が合う。

 その途端、萌黄は「うっ」と唇を噛みしめた。でも瞳にじわじわと涙が滲んで。


「うぅっ、鶯……!! 鶯、うわああああああああん!!」


 萌黄が飛びつくように鶯にしがみついた。

 ぎゅうっとしがみついて子どものように泣きじゃくる。

 鶯は驚きながら萌黄を抱きしめて背中を撫でる。


「萌黄、萌黄、泣かないでください」

「うわああああんっ、わあああああん!」


 鶯が慰めたが萌黄は首を横に振って泣き続けた。

 もう会えないと思っていた人が目の前にいるのだ。そして萌黄を抱きしめてくれている。

 このぬくもりにすがるようにしがみつき、子どものように泣きじゃくった。


「萌黄、顔を上げてください。私にあなたの顔を見せてください」


 鶯にお願いされて、萌黄がおずおずと顔を上げた。

 すると鶯に見つめられて萌黄の瞳に新たな涙が浮かぶ。

 でも泣いてしまう前に鶯が袖で萌黄の涙を拭った。


「ああそんなに泣いて。目が赤くなってしまいますよ?」

「うぅ、鶯の、せいだよ。鶯にもう会えないんだと思ってたからっ……。ぐすっ」

「萌黄……」


 萌黄が嗚咽交じりにそう言うと鶯が目を丸めた。

 でも目を伏せて、その両腕に萌黄をきつく抱きしめる。


「そうですよね、不安にさせましたよね。ごめんなさい。私、そんなことも気づきませんでした」

「鶯……?」

「私、天上に行ってからもいつもあなたを思っていました。毎日あなたを見守っていました。だから離れていてもあなたを身近に感じていたんです。あなたはそうではなかったというのに……。ごめんなさい、不安にさせました」

「なにそれ……、もう、鶯……っ。ぐすっ」


 萌黄が甘えるように鶯の肩に顔をうずめた。

 鶯は頬を寄せて萌黄の長い黒髪を撫でる。


「もう泣かないでくださいね。よしよししてあげますから」

「うん」


 小さく頷いた萌黄を鶯はよしよしした。

 二人は伊勢の片隅で生まれてからずっと助け合って生きてきたのである。双子の姉の鶯は妹の萌黄をたいそう可愛がり、幼い頃からよしよししてあげていた。

 それは微笑ましい姉妹の光景であるが。


「……そろそろ俺たちのことも思い出してほしいんだが」


 黒緋が少し呆れた顔で口を開いた。

 黒緋は右腕に紫紺を抱っこし、左腕に青藍を抱っこしている。二人の幼い息子が鶯と萌黄の再会を邪魔しに行かないように抱っこで阻止してくれていたのだ。

 二人の息子は母上が大好きなのですきあらば側に行こうとするのである。


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