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後宮の雀4

「俺が言いたいのはだな……」


 黒緋はなにかを言いかけて……黙る。

 言葉に迷っていた。あまりうるさいことは言いたくない。

 なぜなら鶯にうるさい男だと思われたくないからだ。あまりうるさいことを言ってうとまれでもしたらどうすればいい。はっきり言って立ち直れる気がしない。

 だが言いたいことがあるのも事実。黒緋は覚悟を決めた。


「……お前は地上に大切な相手がいるだろう」

「はい、とても大切です」


 鶯が素直に頷いた。

 機嫌よく頷いた鶯に黒緋も穏やかな笑みを浮かべる。今しかない。


「大切にしすぎじゃないか?」

「え?」

「いやそういうことじゃなくてだな。どうだったかなと少し思っただけで、それほど深い意味はない」


 黒緋は即座ににごした。

 心底愛した鶯にうるさい男だと思われるのはどうしても嫌だ。

 しかし鶯は黒緋が言いたいことを察したようで、申し訳なさそうにしながらも主張する。


「……そうは言いますが、あの子は鈍臭どんくさいんです。私が守ってあげないと」

「あいつはお前が言うほど鈍臭どんくさいとは思えないんだが」

「ダメです。私はあの子のことを小さな頃から知っているんです。その私が言うんですよ? 間違いないです」

「そうかもしれないが、あれには天妃であるお前のあつ加護かごがある。そうそう変なことに巻き込まれることは」

「いいえ、あの子は優しくてお人好しで情に流されやすいところもあります。いくら私の加護があるとはいえ、その優しさにつけこむ不届き者がいるかもしれません」

「あれはそういう女じゃ」

「いいえ、私には分かります。ずっと一緒に暮らしていたんですから」


 鶯がきっぱり言い切った。

 譲らない鶯。

 そうなのである。普段の鶯なら黒緋の言葉によく耳を傾けてくれるが、こと萌黄のことになると頑固になるのだ。

 天上と地上で別々に暮らすようになったが、それでも双子の姉妹の絆は健在である。むしろ住む世界が別たれてから強固になった気さえする。

 この前など鶯は池の水面をバシャバシャ叩きながら「ちょっと、そこの都の使者! 萌黄を口説こうとするんじゃありません!」と怒っていたくらいだ。放っておくと一人で地上へ降りてしまいそうなほどで、それだけは勘弁してほしい。

 ……ようするに今、萌黄をハラハラしながら見守る鶯を黒緋がハラハラしながら見守っている状態なのである。

 黒緋は仕方ないとため息をつく。

 鶯に言いたいことは山のようにあったが、鶯が萌黄を大切に思う気持ちは理解できる。なにより黒緋にとっても萌黄は義妹になるのだ。


「……分かった。それなら鶯、少しだけ萌黄に会いに行ってみるか?」

「ええっ、いいんですか!?」


 鶯は大きく目を丸めた。

 神気が強ければ天上と地上を自由に行き来できるが、それでも天上のおきてとして天帝の許可が必要なのである。


「気になるんだろ?」

「気になります! ああっ、地上に行けるなんて……!」

「お前のためだ。俺にできることをしてやりたい」

「黒緋さまっ」


 鶯の瞳に涙が浮かんだ。

 喜びにきらめく瞳に黒緋は目を細める。

 提案は正解だった。今まで泣かせたぶん、こうしてたくさん喜ばせてやりたいのだ。


「オレもいく!」

「ばぶぶっ! あー!」


 紫紺が立候補し、青藍もはしゃぎだした。

 しっかり話を聞いていた紫紺は自分も地上へ行く気満々だ。

 赤ちゃんの青藍はもちろん意味を分かっていないが、みんなが楽しそうなのではしゃいでいる。


「もちろんです。二人も一緒に行きましょう。黒緋様、いいですよね?」

「ああ、そのつもりだ」

「やった! ちじょうだ〜!」

「あうあ〜!」


 こうして黒緋と鶯と紫紺と青藍は地上へ行くことになった。

 黒緋は鶯のうれいを払うために。

 鶯は萌黄に会うために。

 紫紺と青藍は遊びに行くために。

 それぞれの思いを胸に、家族四人はさっそく神域の森へと向かったのだった。




 そしてそれを見送った士官や女官はというと。


(ど、どういうこと!? 天妃様の浮気相手のところに今から天帝と御子様たちが行くってこと? それ大丈夫なの?)

(天帝は今から地上へ天罰を下しに行くということか……?)

(天妃様が地上に残してきた愛する相手とはいったい何者なんだ!?)

(天帝公認の浮気相手ということなのか?)


 混乱していた。

 意味がさっぱり分からないのだ。

 しかしこのような内容を天帝や天妃に直接聞くことなどできるはずがない。

 そのため、今日も後宮のすずめたちの妄想と憶測がはかどるのだった。





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