後宮の雀はおしゃべりがお上手で4
「慣れているな。本当にしていたのか」
「はい、斎宮にあがったばかりの頃は下女をしていたので毎日お掃除です。渡殿や稽古場の床を雑巾で拭いていました」
「……。……天妃がか」
「あの時は天妃ではありませんでした」
「そうかもしれないが、俺の天妃なことに変わりないだろ」
黒緋が少し強い口調で言い返した。
ムキになっているようにも見える黒緋に鶯は目を瞬く。
「……もしかして怒ってますか?」
「自分に腹を立てているんだ。もっと早くお前を見つけたかった」
「ふふふ、ありがとうございます」
鶯が可笑しそうに小さく笑った。
しかし黒緋は不機嫌に目を据わらせる。
「なにが可笑しい。本気だぞ」
「ごめんなさい、そんなつもりで笑ったんじゃないんです。でもそんなこと言わないでください。私にとって地上での暮らしは大切な思い出になりました。苦しいこともあったけれど楽しいこともあったんです」
「……お前にそう言われると、俺は弱い。……ならばせめて聞かせてくれよ。その話しも」
黒緋は弱ったような口調で言った。まさに惚れた弱みというものである。
そんな黒緋に鶯はまた可笑しそうに微笑む。
「はい、約束しましたからね」
鶯の微笑に黒緋も優しく目を細める。
それは黒緋がずっと欲しいと思っていたものなのだ。
そこにあるのは今まで想像もしていなかった家族の穏やかな日常。
こうして黒緋と鶯と紫紺と青藍の四人は幸福な時間をすごすのだった。
そして今日も後宮の庭先では雀たちが楽しそうにおしゃべりしている。
庭帚で掃除をしながら四人の女官が楽しそうだ。
「昨夜も天帝は天妃様のところにお渡りになったそうよ」
「今の後宮は天妃様だけだから、天妃様もお気持ちを楽にしているでしょうね。以前は後宮に行った後、天帝がどの妻室のところに行くかが問題だったから」
「ほんとよね。あの時は大変だったけど、今の静かな後宮は少し退屈だったり……」
「駄目よ、そんなこと言ったら。もし聞かれでもしたら大変よ?」
「そうそう。とてもお幸せそうにしてらっしゃるんだから」
「そうよ。昨夜だって天帝は天妃様の舞をご鑑賞になって、そのまま一緒に閨に入っていかれたそうよ。朝も一緒に出ていらして、とっても仲がよろしいようで……」
「キャーッ、なんだかステキ! 天妃様、愛されすぎでしょ!」
四人の女官がはしゃいだ声をあげる。
足元では六羽の雀がチュンチュン鳴いていた。
そのうちの一羽が小さな羽で飛び立っていく。
飛びながらチュンチュン鳴いて、神域の森の方角へ。
そこにある池にポチャン。雀が飛び込んだ。
するとみるみるうちに雀は形を変えていく。口ばしと爪が鋭く尖り、その眼光は赤く輝く。
そこにいたのは雀ではなく怪鳥。
怪鳥は鋭い口ばしで狭間の結界を突破し、人間がいる地上の空へ飛び出した。
そして山奥にある小さな屋敷の庭へと降り立った。
「おやお帰り。ご苦労だったね」
白髪の老婆が姿を見せた。
老婆は「そうかいそうかい」と怪鳥の話しを聞くと、御簾の向こうにいる女人に話しかける。
「三の妻様、天上に放っていた雀が帰ってきました。天上には天帝と天妃が帰り、二人は仲睦まじくすごして」
「黙れ!!」
御簾の向こうから鋭い声が遮った。
バサバサと衣擦れの音がしたかと思うとバサリッと勢いよく御簾が捲られる。
そこにいたのは上等な唐衣を召した美しい顔立ちの姫だった。ひと目でやんごとない身分の女人だと分かる。
三の妻。そう呼ばれたこの女人は、天帝・黒緋の三番目の妻だった。今は離縁されて後宮を出されたのだ。
「許さない……! 許さない許さない許さない! 天妃さえ戻らなければ黒緋様の寵愛は私のものだったのに……! おのれ、天妃めぇ……!!」
三の妻はわなわなと体を震わせた。
瞳は赤く爛々として、人ならざるものの輝きを帯びている。
三の妻は憎々しげに怪鳥を睨む。怪鳥に手をかざし、空をグッと握りしめた。
瞬間、――――ボトボトボト……ッ。
怪鳥の肉片が地面に零れ落ちた。神気で握り潰されたのだ。
「お前の話など聞きたくないわ」
三の妻は冷たく吐き捨て、空を睨みつける。
嫉妬に狂い、憎悪に落ちた三の妻。ひそかに天妃への恨みを募らせていくのだった……。
本編後番外編・終わり
次回から第二部開始です。
天妃を恨む三の妻が鶯に復讐しようとしますが、もちろん溺愛ハピエンです。
新しく連載を開始する予定ですのでどうぞ応援よろしくお願いします。
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