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後宮の雀はおしゃべりがお上手で1


 天上界。

 夜空の月が輝きを増す刻。

 天上の月は地上の月と似ているが、地上で見るよりもずっと大きなものである。満月ともなると眩しいほどに輝いて、天上界の夜空が瑠璃色に染まるほどだ。

 しかし今夜は三日月の夜。細長い月が天上を淡く照らしていた。

 鶯はぐっすり眠っている紫紺と青藍に目を細めると、起こさないようにゆっくり寝間を出た。


「あとは頼みます」

「承知いたしました」


 鶯は御簾みすの外に控えていた女官たちに御子達の見守りを命じ、足元を照らされながら後宮の渡殿を静かに歩く。

 天帝の宮殿には荘厳な造りの本殿を囲むようにして離れの棟が五重六重にも建っている。そしてその奥には東西南北に離宮があり、その北側にあるのが天帝の妻たちが暮らす後宮だった。

 かつてここには正妻である天妃以外にもたくさんの妻室たちがいた。

 一人目の妻、一の妻は大輪の花のような姫だった。

 二人目の妻、二の妻は才女と名高い姫だった。

 三人目の妻、三の妻はおっとりした姫だった。

 四人目の妻、四の妻は楚々とした可愛らしい姫だった。

 五人目の妻、五の妻は床上手な姫だった。

 他にも御手付おてつきとなった女官や侍女がいたほどである。そう、後宮は天帝に愛されることを許された女人が暮らす場所だった。

 しかしそれは子作りのためではない。天帝の子作りは夜空の月の満ち欠けを読んで行なう天妃との儀式である。それは理性で行なうものであり、人間のように本能と愛欲によって行なうものではないのだ。

 そのため天帝にとっての天妃とは子を成すための存在でしかなく、多くの妻室さいしつめとって愛欲を満たすことは当たり前のことだった。

 でも今は。


「鶯、待っていたぞ」

「お待たせしました」


 鶯の居室の前の渡殿に黒緋がいた。

 黒緋は月を見ながら鶯が戻ってくるのを待っていたのだ。

 今、後宮に暮らすのは鶯一人である。

 今の後宮で働く女官や侍女は天帝の御手付きになるためではなく、天妃に仕えるためだけにいた。


「鶯、こっちへ」

「はい」


 鶯が唐衣からぎぬの長い裾を捌いて隣に腰を降ろす。

 乱れた裾を女官が手早く直して下がった位置で控える。

 鶯は黒緋の背後に控えている女官たちを見た。手には銚子ちょうしを持っている。ただはいを満たしていただけだと分かるが、それでも……。


「もう下がっていいですよ。あとは私がします」


 鶯がそう言うと、女官たちは「かしこまりました」と両手をついて一礼して下がっていった。

 すると側近女官が銚子の乗った台盤だいばんを鶯の前においた。

 こうしてここにいる女官はすべて離れた位置で控える。

 黒緋も彼女たちを気にする様子はなく、鶯とともに月と酒を楽しもうとしている。そんな様子に鶯は内心安堵するも、そんなことに安堵している自分が少しだけ情けなくなった。

 でもそんなことは億尾にもださずに鶯は黒緋に微笑む。今、黒緋に愛されているのは鶯一人。それだけは間違いないのだ。


「二人はどうだった」

「すぐに眠っていきましたよ。久しぶりの地上ではしゃいでいましたから疲れたのでしょう」

「そうだな」


 黒緋も頷いて苦笑した。

 紫紺と青藍のはしゃぎっぷりを思い出したのだ。

 黒緋の穏やかな様子に鶯は目を細める。

 自分が二人の息子を愛しているように、黒緋も愛してくれていることが嬉しかった。

 歴代の天帝の中には天妃だけでなく実子すら遠ざけた者がいたくらいなのだから。天妃との子作りは天帝にとって義務。だからこそ義務だけでなく愛してくれていることが嬉しいのだ。


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