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さようならはしない2

「ごめんなさい、萌黄。紙を手形てがただらけにしてしまいました」

「気にしないで、なにも書いてない紙だし」


 白紙の紙一面に青藍の小さな手形跡。しかも途中で指吸いもしたのか小さな口の周りにも墨がついている。


「青藍、こちらを向いてください。拭いてあげます」

「ばぶぅっ」

「なに怒った声だしてるんですか。あなた墨まみれなんですよ? あ、動かないで。だめですっ」


 青藍が墨だらけの手を振り回す。

 鶯がなかなか上手く拭けずにいると、黒緋が青藍をひょいっと抱いた。そして鶯の前にずいっと差し出される。


「押さえておく。今のうちだ」

「ありがとうございます!」


 鶯は素早く青藍の顔や手を拭いていく。

 黒緋の大きな両手が青藍の両腕ごとがっしり捕まえているのだ。

 しかし身動きをとれなくされた青藍は大激怒である。プンプンで黒緋になにやら訴えている。


「あう〜! あーあー! ばぶぶっ、あー!」

「……めちゃくちゃ怒ってるな」

「あともう少しそのままお願いします。あと少しで綺麗になりますから」

「あうー! ばぶっ。…………うっ、ううっ、う……」

「今度は泣きだしたぞ」

「これはもう自分でどうにもできなくて、泣くしかないと思ったようです」

「うっ、うっ」


 青藍は一人泣き崩れていたが、鶯と黒緋にとっては絶好の機会である。拭くなら今のうち。

 こうして鶯と黒緋は手早く青藍を拭いていたが、ここに子どもはもう一人いるのである。


「あ、このかみなんかかいてある。えっと、うぐいすへ。きょうはあさからうぐいすのことばかりかんがえていました。あさつゆにぬれるはながうぐいすにみえて」

「わっ、わああああ! 紫紺様、紫紺様それだけはお許しください!」


 朗読を始めた紫紺を萌黄が慌てて止めた。

 しかし紫紺は誇らしげである。


「オレ、てならいしてるから、ちゃんとよめるんだ。えらい?」

「えらいですっ。えらいですから、それだけはっ……!」

「これなに? うぐいすって、ははうえのこと?」

「あああ、ご勘弁をっ。どうか!」

「ええ〜、オレもっとよみたい!」

「ああお許しをっ……!」


 萌黄は衣装の長い裾を引きずって紫紺を追いかける。

 そう、それは萌黄がせっせと書いていたふみだ。

 鶯宛に書きながら、決して鶯に読んでもらえることはないと諦めていた時のふみである。今生の別れをしたと思っていたため、黄昏たそがれの気分で本人には直接言えないような恥ずかしいことも書いてあった。まるで夜にしたためた陶酔気味の詩歌しいかなのである。

 しかし鶯はあっさり天上から会いに来てくれたので、これはもうただの恥ずかしいふみだ。

 萌黄はなんとか紫紺から文を奪取しようと焦るが、その前に。


「紫紺、そのふみは私宛のようです。私のところへ」

「うん、ははうえ!」


 素直である。

 紫紺は母上の鶯が大好きなのだ。


「あああっ、鶯、読まないで~!」

「読みます」


 鶯はきっぱり答えた。

 そして広げてじっとふみを読み始める。

 萌黄はあまりの恥ずかしさに「ああ……」と両手で顔を覆った。

 でも鶯のほうは読み進めるにつれて、うるっ……と瞳をうるませていく。うるうる瞳を潤ませて「はあっ」と満足のため息をつくと、いそいそと文を懐にしまった。


「これは私宛なので私が持っていてもいいですよね。そちらにある文箱も見せてください」

「鶯、だめっ。それだけはっ……!」

「ははうえ、これのこと?」


 紫紺はどんな時も鶯の味方である。

 鶯は紫紺から文箱を受け取り、自分宛のふみの束をとりだすといそいそ懐にしまった。

 萌黄は天上を仰いで諦めていた。相手は天妃と天の御子、止めることは不可能だ。でもせめてとお願いする。


「……笑わないでね?」

「ふふふ、誰が笑うものですか。ひとつひとつ大切に読ませてもらいます。お返事も書きますね」

「えっ、お返事をくれるの?」

「言ったじゃないですか、いつも見守っていますよと。だから寂しがる必要はありませんからね」


 天上と地上に分かたれたとしても、心はすぐ側にいると鶯は伝えた。

 萌黄はパァッと顔を明るくして大きく頷く。


「うん、楽しみにしてる」

「はい、楽しみにしていなさい」


 鶯も優しく目を細めて頷いた。

 こうして楽しいひと時がすぎていく。でもお別れの時間もやってきていた。


「では、そろそろ帰りましょう。萌黄、今日はありがとうございました」

「私こそ会いに来てくれてありがとう。またね」

「はい、また」


 また会いましょう。それは確かな約束。

 天上と地上に分かたれたけれど永遠の別れではない。また二人は会えるのだ。だからさようならはしない。

 こうして鶯たちは天上へと帰るのだった。





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