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怨恨の影5

「萌黄、どうしました?」


 振り向こうとする鶯を萌黄は首を振って制止する。


「……お願い、そのまま」

「あなた、泣いているんですか?」

「泣いてないよ」


 嘘だ。萌黄は涙があふれて止まらない。

 でも鶯の背中から肩に顔をうずめた。


「でもそのまま。お願い、こっち見ないで……」


 萌黄は理解させられた。

 ……鶯がすでに人間ではないということを。自分と同じではないということを。

 頭では分かっていたのに実感はなかった。それは今までずっと一緒にいた双子の姉妹だから。

 でも天妃の鶯を目の当たりにして理解してしまう。いつか、いつか自分だけが鶯を置いていなくなることを。

 人間に訪れる寿命は自然の摂理である。人間は輪廻りんねあらがえない。寿命という輪廻に従い、いつか萌黄はいなくなる。鶯はそれを看取みとるのだ。

 そして看取った後も鶯は永遠に近い時間を生きるだろう。

 こうして萌黄が鶯の妹でいられるのは、鶯のなかではほんのひとときのこと。

 それが天上と地上に分かたれたという意味。


「……鶯、また遊びにきて。許される限り」

「萌黄……」


 鶯が息を飲む。

 鶯の体が強張るも、少しして体から力が抜けていく。

 鶯はゆっくり萌黄を振り返り、薄っすらと涙を浮かべて微笑んだ。


「仕方ないですね。あなたは鈍臭どんくさいから心配です」

「うん、お世話したくなっちゃうでしょ? だから、また会いに来て」

「当たり前です。あなたは私の妹なんですから」


 頷いた鶯に萌黄も笑みを返す。

 二人とも泣き笑いだが笑顔は笑顔である。

 ようやく笑顔を見せた萌黄に鶯は安心したように目を細めた。

 近い距離で目が合って二人がくすぐったそうに笑っていると、茂みをかき分けて黒緋が姿を見せた。もちろん紫紺と青藍と離寛の姿もある。


「鶯、ここにいたのか!」

「黒緋様、どうしてここに」

「どうしてじゃないだろ。お前を心配したんだ」


 黒緋の言葉に鶯は目を丸めた。

 でも次には嬉しそうに目を伏せる。


「それは申し訳ないことをしました」


 謝りながらもはにかんでしまう鶯。その目元は照れたように赤くなっている。

 そんな鶯に黒緋は苦笑した。


「無事でいてくれてよかった」

「おかげさまで」


 そう言って鶯がにこりと笑う。

 山犬の群れに襲われはしたが、鶯にとっては窮地でもなんでもないのだ。

 それは黒緋も分かっている。そもそも鶯が天妃に選ばれた理由はその神気が天妃として相応しいものだったからという理由だった。

 だが今は……。


「お前なら大丈夫だと頭では分かっていても姿を見るまでは安心できなかった。お前は突然いなくなるだろ」


 黒緋はそう言うと鶯の存在をたしかめるようにそっと抱き寄せる。

 優しいながらも力強いそれ。鶯はそっと腕の中に収まる。


「私はもういなくなりませんよ」

「その言葉、忘れるなよ」

「はい」


 鶯は静かに、でもはっきりと返事をした。

 黒緋は安心したように目を細めると、ようやく鶯を解放する。

 少し離れたところで離寛が紫紺と青藍を食い止めていた。紫紺を肩車して構い、腕では鶯に抱っこしてもらいたくて身を乗りだす青藍と格闘していたのだ。


「ははうえ、おーい! おーい!」


 紫紺が肩車から手を振った。

 ぴょんっと飛び降りると鶯のところに駆け寄ってくる。


「ははうえ、みてた!? たかいとこたのしかった!」

「ふふふ、良かったですね。離寛、紫紺と青藍をありがとうございます」

「とんでもございません。天妃の身に何かあれば天上と地上が荒れて、……ぐえっ、せ、青藍様……」


 青藍の小さな手が離寛の顔面をぐいっと押した。


「あうあー! あー、あー!」

「せ、青藍さま、落ちるっ。落ちますから……!」

「あぶーっ。あーあー!」


 ぐいぐい、ぐいぐい。離寛の顔面を押しまくる青藍。

 脱出して今すぐ鶯に抱っこしてほしい青藍と、落とさないように苦慮する離寛の格闘である。

 しかし赤ちゃんと大人では勝敗は決まっていた。

 思い通りにならないと察知した青藍はもう泣くしかない。泣き虫発動だ。


「うっ、うっ」


 大きな瞳がうるうるうるみだした。

 泣きだした青藍に離寛が慌てだす。天帝と天妃の第二子なのだ。


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