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怨恨の影1


 一行は山道を散策しながら歩く。

 いつになく鶯と萌黄がはしゃいでいた。

 鶯と萌黄にとって伊勢の御山は子どもだった頃の遊び場で、森の空気を胸いっぱい吸うたびに思い出が甦るのだ。

 懐かしさに胸が高鳴って、鶯と萌黄の足が前へ前へと軽やかに進んでいく。

 山道の傾斜に足をとられそうになっても手を取りあって助けあう。二人は幼い頃のように支えあって山道を歩いていた。


「懐かしい風だね。森の匂いがする」


 山の木々を吹き抜ける風に萌黄が目を細めた。

 懐かしい森の匂いに包まれていると斎宮で凝り固まった疲れが癒されていく。


「あ、千年杉が見えてきましたよ」


 鶯が渓谷の先に巨木を見つけた。

 樹齢千年を超える千年杉は遠くからでもそれと分かるほど巨大なものである。

 鶯と萌黄は渓谷をくだって千年杉へ向かう。もちろん二人の後ろに青藍を抱っこした黒緋もいた。


「鶯、気をつけろ。足場が悪いぞ」

「ありがとうございます。でも子どもの頃もここに来たことがあるんですから平気ですよ」


 鶯は楽しそうに言って渓谷をおりていく。

 そして行きついた渓谷の底には清らかな湧き水が流れる小さな渓流があった。

 鶯は渓流の畔に膝をつき、サラサラと流れる透明な水に手を浸す。


「冷たくて気持ちいいです」

「ほんとだ。あ、小さな魚もいるよ。ほらあそこ」

「可愛らしい魚ですね。紫紺、青藍、見てください。そちらにも、こちらにも、小さなお魚がたくさん泳いでいます」


 鶯が呼ぶと紫紺が嬉しそうに渓流を覗きこんだ。

 黒緋も抱っこしている青藍に渓流を見せてやる。


「ほんとだ! こっちにきた!」

「あぶぶっ。あーあー!」


 興味津々に魚を指差す二人に鶯は笑顔を浮かべる。


「ふふふ、可愛いですね」


 鶯は渓流のせせらぎと子どもたちのはしゃぐ声に耳を傾け、キラキラ輝く流れに目を細めた。


「あと少しですよ。行きましょうか」


 鶯が立ち上がると萌黄が少し心配そうな顔になる。

 今からこの渓流を水面から出ている岩を足場にして渡るのだ。水深も浅く、渓流の幅もそれほど広くないので子どもでも渡り切れるだろう。しかし足場の岩から滑ってしまったら全身びしょ濡れは免れない。


「鶯、滑らないように気を付けてね」

「分かっていますよ。でも私よりあなたです。あなたは鈍臭どんくさいところがあるんですから、充分気を付けてくださいね。一歩一歩慎重に進むのです。いいですね?」


 天妃になっても鶯の生真面目な口煩くちうるささは健在である。

 萌黄は思わず小さく笑った。


「分かってる。ちゃんと気を付けるから」


 萌黄がそう返事をすると鶯と二人で渡ろうとする。

 だがその前に。


「待て、俺が先に行こう。お前は後からついてくるといい」

「いいんですか?」

「ああ、気を付けてくれ」


 黒緋は少し心配そうに言った。

 鶯は萌黄を鈍臭どんくさいと言うが、黒緋からすれば鶯も心配だ。

 黒緋は青藍を片腕で抱っこしたまま危うげなく岩場を飛んで進んでいく。そして真ん中まで来たあたりで鶯を振り返って手を差しだす。


「こっちだ。手を」


 貸せ、と続くはずの言葉が続かなかった。

 振り返るとそこにいたのはきょとんとした顔の紫紺。

 見れば鶯は萌黄と手を取りあって別の岩場から渡っている。キャッキャッとはしゃぎながら足場を選んでいる二人はとても楽しそうだ。……できれば仲間に入れてほしいものだが。


「ちちうえ、オレとてをつなぎたいのか?」


 紫紺が不思議そうな顔で見上げ、「しかたないな……」と黒緋の手を握る。

 ぎゅっ、ぎゅっ。


「うれしいか?」

「……嬉しいよ。ありがとう」

「どういたしまして」


 紫紺も生真面目に返した。こういうところは鶯に似ているのだ。

 そんな二人のやり取りに、鶯が離れた足場から手を振る。


「大丈夫ですか? 紫紺、上手に渡れてますか?」

「だいじょうぶー! ちちうえが、オレとてをつなぎたいんだって!」

「ふふふ、仲良しですね」


 そう言って鶯は楽しそうに笑った。

 黒緋としては想定外のことが起こっているのだが、鶯が笑うとなにも言えなくなる。惚れた弱みだな……、と内心苦笑した。

 こうして全員無事に渓流を渡りきった。

 一行はまた山道を登り、少し歩いてようやく巨大な千年杉に辿りついた。


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