表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/24

天妃の憂いで地上に雨が降る4

「ふふふ、二人とも楽しそうですね。あんなに嬉しそうに」


 紫紺が萌黄の手を引っ張って連れていこうとしているが、青藍は逆方向を指差してあっちへ連れていけとねだっていた。


「もえぎ、こっちだ! こっちにウサギがいたぞ!」

「あぶっ、ばぶぶ〜!」

「まって、まってください。順番でお願いします〜っ」


 萌黄を困らせている二人の子ども達を見て鶯はおかしそうに笑う。

 それは一切の憂いを感じさせない心からの笑顔だった。

 とても幸せなのだと伝わってくる笑顔は黒緋を温かな気持ちにする。鶯が黒緋の笑顔を望んでくれるように、黒緋も鶯のそれを望んでいるのだから。

 しかし今の笑顔は紫紺と青藍の存在が与えたもので、黒緋が与えたものではない。


「黒緋様、そろそろ行きましょうか」

「そうだな。そうしよう……」


 黒緋は優しく笑いかけた。

 すると鶯は頬を赤らめて瞳を甘く輝かせる。それは恋を伝えるものだ。鶯はたしかに黒緋を愛してくれている。

 黒緋もまた鶯を深く愛しているが、でもそれは同じように伝わっているだろうか。

 黒緋は内心考えるが、鶯は行きましょうと三人に向かって歩いていく。


「紫紺、青藍、あまり萌黄を困らせてはいけませんよ?」

「ははうえ!」

「あうあ〜」

「鶯、たすけて……」


 鶯の姿に紫紺が嬉しそうに駆け寄って、青藍がこんどは鶯を指差して連れていけとねだる。

 ようやく二人の希望が一致してくれて萌黄はほっとひと安心だ。


「萌黄、ありがとうございました。おかげでゆっくり休めましたよ」

「よかった。鶯はなんでも一人でしようとするから」

「そんなことありませんよ」

「ほんとかなあ?」


 萌黄が疑いの目で鶯を覗きこむ。

 鶯は「ほんとですよ」と顔を寄せてきた萌黄の額をちょんっと指で押した。


「紫紺、青藍、萌黄に遊んでもらってよかったですね」

「うん、もえぎっておもしろいんだ。ウサギがぴょんってしたらワアッておどろいてた」

「そ、それは青藍様がいきなり泣きだしそうになるから驚いただけです」

「あう〜」

「ふふふ、青藍は泣き虫ですからね。ウサギが急にねてびっくりしたのでしょう」

「あいっ、あいっ」


 抱っこしろと青藍が手を伸ばす。

 鶯は小さく笑って青藍を抱っこした。


「たくさん遊んでもらってよかったですね」

「あいあ〜」


 鶯は青藍をよしよしする。

 青藍は腕の中で丸くなって「ちゅっちゅっちゅっ」と指吸ゆびすいをした。山に入ってから鶯になかなか抱っこしてもらえなかったので甘えたいのだ。

 しかしまた山歩きは再開するのである。


「休憩はここまでにしてそろそろ行きましょうか。遅くなってしまいます」

「鶯、青藍を」


 黒緋が申し出る。鶯に赤ん坊を抱かせたまま山歩きをさせたくない。


「はい、ありがとうございます」

「あぶーっ。あーあー!」

「文句を言うな。少しくらい我慢しろ」

「あいあ〜、うぅ~~……」


 青藍は抵抗したが問答無用で黒緋に抱っこされた。

 以前のように黒緋に抱っこされても泣かなくなったが、それでも青藍の抱っこしてほしい大本命は鶯なのである。


「さあ行きましょう。この先に千年杉があるんです。とても見事な杉なんですよ」

「あの千年杉か。私も久しぶりかも」

「前回の神事は三年前でしたからね」


 鶯はそう萌黄に答えると黒緋にも説明する。


「斎宮の神事でおまつりしている杉があるんです。黒緋様や紫紺もきっとびっくりしますよ。青藍は驚いてまた泣いてしまうでしょうか?」

「あう〜」

「ふふふ、からかってごめんなさい。いい子にしていてくださいね」

「あいっ」


 青藍はお利口な返事をした。

 鶯の抱っこは諦めたが構ってもらえて嬉しいのだ。

 次に鶯は紫紺を振り返って手を差しだす。


「手を繋ぎますか?」

「うん!」


 紫紺が嬉しそうに鶯と手を繋ぐ。

 こうして小休憩が終わり、一行はまた山道を歩きだしたのだった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ