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天妃の憂いで地上に雨が降る2


 斎宮がある伊勢の山々全域は地上の神域で、斎宮に従事する者たちしか立ち入れない禁足地である。この御山にあるのは樹齢何百年とも思われる神木ばかりで、山は厳かで静謐せいひつな雰囲気に満ちていた。

 しばらく山道を歩くと伊勢の山々を見渡せる丘に出た。

 目の前に広がった深い山々と大渓谷。遠目に飛沫を上げる高い滝と急流が見えて、この原生林が広がった見事な絶景に紫紺と青藍は大興奮だ。


「おお〜っ、すごい! おっきい!」

「あぶぶっ、あーあー!」

「ヤッホー!!」


 紫紺が大きな声でヤッホーした。

 すると山々に反響してヤッホーヤッホーヤッホーと響く。

 それを見ていた青藍は目をぱちくりさせて真似をする。


「あうあ〜!」


 あうあ〜……。……赤ちゃんの声は小さかった。

 紫紺のように反響せず、抱っこしてくれている黒緋に訴える。


「あうーっ。あいっ、あーあー!」

「……自分が悪いんだろ」

「あうー……」


 青藍がねてしまった。

 気づいた鶯が小さく笑って慰める。


「ふふふ、青藍ももうちょっと大きくなったら上手にできますよ」

「あうあ〜」


 抱っこしろと手を伸ばした青藍を鶯が抱っこしてよしよしした。


「黒緋様、ここでしばらく休憩しましょうか」

「そうだな。この絶景はゆっくり眺めたい」


 しばらく絶景を眺めながら小休憩することになった。

 斎宮を出てからのんびり歩いていたが、それでも山道は疲れるものなのだ。


「紫紺、疲れたでしょう。水を飲みなさい」

「はい!」


 紫紺が持っていた竹筒の水を飲んだ。

 その姿に目を細め、鶯は青藍にも水を飲ませてやる。


「どうぞ、青藍も水を飲んでください。べーってしてはいけませんよ?」

「あいっ」


 青藍も鶯に手を添えられながら上手に水を飲む。

 最初は勢いよく飲んでいたが、……べー。


「あ、こら。もういらなくなったからといってべーをしてはいけません」

「あいあ〜」

「まったく、これは遊んでますね……」


 鶯は持っていた手ぬぐいで青藍の口回りを拭いた。

 萌黄が心配そうに鶯と青藍を覗きこむ。


「鶯、大丈夫?」

「大丈夫ですよ、ちょっと濡れただけです。この子、お腹いっぱいになるとべーってするんですよ」


 鶯が少し困った顔で言った。

 でも困っているのに鶯は幸せそうな笑顔だ。鶯は紫紺と青藍がなにをしていても可愛く見えるのである。


「あははっ、かわいい。赤ちゃんだもんね。鶯、少し替わるよ。私は休んだから鶯もちゃんと休んで」

「ありがとうございます。ではお願いします」


 鶯は抱っこしていた青藍を萌黄にお願いした。

 萌黄は青藍を抱っこし、紫紺にも声をかける。


「紫紺様、こちらに蝶のさなぎがいますよ」

「え、さなぎ!? どこにいるんだ!?」


 紫紺が萌黄のところに駆けだした。

 萌黄は紫紺と青藍の相手をして鶯がゆっくり休めるようにする。

 そんな萌黄の気遣いに鶯も素直に甘えることにした。紫紺も青藍も萌黄に懐いているので安心なのだ。紫紺などは萌黄が鶯の妹であることをちゃんと知っているのである。

 こうして鶯に一人の時間が訪れた。

 それは黒緋にとって絶好の機会である。動くなら今しかない。鶯がなにかをうれいているなら、それを放っておくつもりはないのだ。


「萌黄、しばらく二人を頼む」


 黒緋は萌黄に子どもたちを頼むと少し離れた場所にいる鶯に足を向けた。

 黒緋は自分が緊張していることに気づく。

 自分が誰かに対してこんなに緊張できる男だとは知らなかった。


「鶯」

「黒緋様……」


 鶯が振り返った。

 でも自分たちが二人きりであることに気づくと少し困惑した顔になる。

 黒緋はそれに気づきながらも隣に並ぶ。

 動揺した様子の鶯に黒緋は内心(あせ)った。いつもなら隣に並ぶと嬉しそうにしてくれるのに、鶯は視線を落としてしまったのだ。

 さっきまでは怒っていたように思うが、今は悲しそうに視線を落としている。拗ねているようにも見えるが、鶯の切なげな瞳に黒緋はどうしても焦りを覚えた。


「お前の機嫌をとりたい。どうすればいい」

「え……」


 鶯が驚いた顔で黒緋を見た。

 その反応に黒緋も自分がらしくない焦りを見せてしまったことに気づく。

 妻の機嫌を取る方法などいくつも知っていたはずなのに、そのどれも役に立たない気がしたのだ。


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