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後宮の雀1

 後宮こうきゅうすずめが噂話を好むのは天上も地上も同じである。

 天上にある後宮の一室で女官たちが見聞みききした出来事をおもしろおかしく囁きあっていた。

 最近の後宮で一番の話題といえば天上に帰ってきた天妃てんひうぐいすについてである。


「天帝はすっかり天妃様に夢中ね」

「それはそうよ。他にいらした妻をすべて離縁して、天妃様をわざわざ地上に探しに行ったのよ?」

「はあ〜、うっとりしちゃうわ。しかも可愛い御子みこ様が二人もいらっしゃるのよ」

「でもさ、天帝がそんなふうに天妃様を愛されるようになるなんて想像もしなかったわよね」

「わかる。天妃様が後宮に入ったばかりの頃なんて悲惨だったわよね〜。天帝は一度も天妃様のところに渡らないばかりか、すぐに新しい四人目の妻をめとられたのよ。さすがにあれはお可哀想だったわ」

「そうそう。天妃様は奥から出てこなくなるし」

「そのおかげ妻室さいしつ様方の寵愛合戦になっちゃって、後宮は雰囲気最悪だったものね」

「そういえば知ってる? 離縁された三人目の元妻室様が、自分が離縁されたのは天妃様のせいだって恨んでるそうよ」

「まあ怖い。そんなことが?」

「なんだか意外。三人目の妻室様はおっとりした方だったのに、人は見かけによらないのね」

「あ、それを言うなら天妃様も地上に忘れられない御方おかたがいるそうよ」

「え、なにそれっ。天帝がいらっしゃるのに?」

「それがね、どうも天帝もご存知らしいわ。天妃様の御心おこころが地上の御方おかたに向いてるんじゃないかって、天帝が嫉妬しているとかなんとか」

「ええ〜、意外。天妃様は天帝に夢中なんだと思ってたわ。それなのに地上にお慕いする御方おかたがいらっしゃるなんて」

「でもそんなこと天帝がお許しになるのかしら。もしそれが本当なら地上には天罰が下ってるはずよ?」

「嫉妬で天罰を下すなんて、はげしい〜〜っ!」


 きゃ〜! と雀たちが歓声をあげた。

 にぎやかな雀たちのおしゃべり。

 人の口に戸は立てられない。それが後宮の下級女官たちならなおさらだ。

 離寛りかんは苦笑する。

 たまたま近くを通りかかって、たまたま聞こえてきた噂話。

 人の噂話を止めることなど不可能なので躍起やっきになって止めるつもりもない。この噂話というのはなかなか侮れないものでもあるし、なにより頭を使って利用すればなかなか便利なものなのである。

 だが天帝と天妃の噂は軽率にするものではない。このことが知られればここにいる下級女官たちは後宮を追放されるだろう。

 どうしたものかと離寛が頭を悩ませると、たまたま上級女官が通りかかった。


「そこの女官、ちょっと」

「いかがいたしましたか?」


 上級女官に後宮の雀がにぎやかだとだけ伝える。誰とは言わない、ただ全体に注意喚起してくれればいいだけだ。


かしこまりました。後宮で噂話など不敬なことです。下級女官や下女に申し渡しておきましょう」


 上級女官はうやうやしくお辞儀じぎして立ち去った。

 離寛はそれを見送ってなんとも複雑な顔で頭をかいた。

 雀が騒ぐ理由も分からないでもないのだ。黒緋と付き合いの長い離寛だって驚いているのだから。

 そう、天妃が天上に帰ってきてからというもの、天上の人々は今まで見たことがない天帝の姿を見ているのだから……。





「紫紺、踏み込みが甘いぞ!」

「えいっ!」

「よし、いい踏み込みだ。だが足元が甘い!」

「わあっ! っ、ちちうえ、もういっかい!」


 紫紺しこんは反撃に引っくり返るもすぐに起き上がって黒緋くろあけに向かっていった。

 宮中にある広い庭園で黒緋と紫紺が手合わせをしているのだ。

 二人の木刀が激しく打ち合って、周囲に控えている士官や女官が歓声をあげている。

 そしてそんな二人の手合わせを穏やかに見守っている女性がいた。天妃・鶯である。

 そして鶯の膝には青藍せいらんがちょこんと座っていた。

 黒緋と鶯の第一子である紫紺は三歳ほどに育ち、青藍はまだハイハイの赤ちゃんである。


「あぶぅ、あー」

「そうですよ。父上と兄上が頑張っていますね」

「あいあ〜」

「ふふふ、応援しているんですね」


 鶯は青藍に話しかけながら黒緋と紫紺を見つめている。

 でも膝抱っこされていた青藍が自分も父上と兄上のところへ行こうともぞもぞ動きだした。遊んでいると思っているのだ。


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