表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/33

五幕 人同士の戦い



 (はん)(こく)(約一時間)が過ぎた。

 「っはぁ、はぁ、はぁ」

 (かん)()は額から流れ落ちる汗を袖で拭った。

 対する(ちょう)()は槍を構えながら嬉しそうに笑っている。

 「どしたどした関さん! まだ休憩には――――――」

 喋りながら張飛は身体を沈める。

 「―――早いんじゃね?」

 その言葉と共に、沈めていた身体を弾けさせ、全身のバネでもって関羽に肉薄する。

 「ちぃぃぃっ」

 その攻撃を関羽は何とか受け流す。

 先ほどからその繰り返しだった。

 「ははっ、いーねいーね関さん。こんなにオレの攻撃を受けて立ってられる奴なんていつ以来だろうなっと」

 軽口を叩きながらも張飛は攻撃の手を休めない。

 「くっ」

 関羽はそれを受けながら唇を噛んだ。

 防戦一方だった。

 始まって最初の張飛の一撃で関羽は戦意を失っていた。

 いや、戦意はある。

 しかし、身体が化け物を前にして竦んでしまっていた。

 化け物。

 まさに張飛はソレだった。

 関羽との身長差はおよそ二尺半(約五十センチ)。

 その身長差からくりだされた斬撃を、張飛は受け止め、あまつさえ関羽を押し返したのだ。

 一体どのように鍛えれば、こんな小さな身体にこれ程までの力が宿るのか。

 関羽が化生の物と考えたくなるのも仕方のないことだった。

 またも張飛の槍が踊る。

 「く………そっ」

 関羽も何とか受け流す。

 ――――――と。

 「うーん、なんかもうやめね? オレ飽きちゃった」

 張飛は槍の構えを解いて突然そう言った。

 (止め………る?)

 関羽の身体はその言葉を聞いて力を失ったように崩れた。

 (よかった………。もう限界だった)

 関羽は思わず安堵のため息を漏らす。



 ――――――――――――。

 ――――――。

 ―――。

 (否!)

 関羽は己を叱咤した。

 (もう―――)

 『かんう―』

 (もう二度と―――)

 『かんうー』

 (――――――)

 「………と決めたんだ」

 「うん? なに?」

 関羽の呟きに張飛が反応する。

 しかし関羽の意識に張飛はいない。

 関羽の心を占めるのは幼いころに失くしてしまった、失ってしまったかけがえのないもの。

 『かんうー、あのね』

 その声が聞こえてきた時に関羽の迷いは消えていた。

 (もう二度と負けないと決めたんだ!)



 (―――――――――!)

 張飛は関羽の変化を敏感に感じ取った。

 (何かが変わった?)

 張飛には関羽がなぜ変わったかわからない。

 が、

 (これでちったぁ楽しめんだろ)

 戦闘続行が両者の暗黙のうちに決まった。



 勝負は一瞬だった。

 青龍刀と鉄槍のぶつかり合う音が鳴り響く。

 その音の後、片方の武器が空高く弾き飛ばされた。

 「………………………え?」

 唖然とした声が遠く弾かれた武器が地面に落ちる音と重なった。

 張飛はまだしびれてる自分の手を呆然と見つめながら呟いた。

 「オレが………………………負けた?」

 空高く弾き飛ばされた武器は張飛の持っていた鉄槍だった。



 (か………勝った?)

 関羽は呆然と自分がもたらした結果を見た。

 賭けだった。

 張飛の力はとんでもなく強かった。しかしそこには技がなかった。おそらく、我流で鍛えたものだからだろう。我流であそこまでの武を持つことができること自体が奇跡のようなものなのだが、それゆえに力の入れ方が滅茶苦茶だった。関羽はそこを狙ったのだ。

 張飛の鉄槍が振るわれたとき、関羽はその力を上手く反発させた。結果、張飛の手は反動によってしびれ、鉄槍が手から離れていったのだ。

 力で劣るからこその技。

 関羽とて並みの豪力の持ち主ではない。

 おそるべくは、きちんとした武術を学ばずにあれだけの力を持つ張飛のほうなのだ。

 放浪をし、立ち寄った村で学問を教えながら色々な武人と見えた。

 その経験がなかったら張飛には勝てなかっただろう。

 息を切らしながら思う。

 (戦えて―――良かった)

 張飛を見るとまだ呆然と自分の手を見つめている。

 よっぽどショックだったのだろう。

 思って気付いた。

 試合の礼をまだしていない。武人として立ち合ったのだ。礼は最後まで通さねばならない。

 「おい、ちょ――――――」

 続く言葉を関羽は発することが出来なかった。

 「う、うああぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 張飛が涙をぼろぼろ流しながら泣き出したからだった。



 (負けた)

 そう心のなかで呟くと胸に鉛がずしりと入り込んでくるようだった。

 (負)

 その一文字が、たったの一文字が無数の文字軍となって頭の仲を駆け回った。

 (負負負負負負)

 目頭が熱くなるのも気付かずに張飛は虚ろになった目で自分の手を見ていた。


 『張、大分上達したな』


 懐かしい声が聞こえる。


 『ヒ、さすがはワシの子だ』


 もう二度と聞こえない人たちの声が聞こえる。

 負けたくない。それでも勝てない。でも勝ちたい。勝てない。鍛錬をする。勝てない。教えて欲しくとも師はいない。勝てない。勝ちたい勝ちたい勝ちたい勝ちたい―――。

 何回目かわからないほどの挑戦の後。


 『ヒ、すまん。強く生きよ』


 そう言い残して彼らは馬に乗って行ってしまった。

 強くなければいけなかった。

 最後まで勝てなかった。

 しかし、自分が張の姓を名乗っているうちはもう二度と負けてはいけない。そう思っていたのだ。

 ――――――それを一体いつの間に忘れていたのか。

 悔しかった。

 一度は勝ちかけていた。

 しかし相手の男は砕けた心をもう一度拾い集めて再び自分の前に立った。

 それは自分と同じように何かを背負った者の目だった。

 相手は何を背負っているのかを覚えていて、自分は忘れてしまっていた。

 弱い賊を追い払っているだけで満足してしまっていた。

 「う………」

 そんな自分が惨めだった。

 「うあ………」

 ただただ許せなかった。

 「うあああああぁぁぁぁぁぁぁ!」

技対力。

初回は技に軍配。


関羽:「かんう」と呼ばれているのは、幼いころの記憶だから。子供の頃は幼名だったり姓名で呼んだりする。普通は「張坊」みたいな感じで「関坊」と呼ばれる。

三点リーダー、表記ゆれの修正、ルビの追加を行いました(2024年8月8日)。

表記ゆれ修正(2024年8月9日)。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ