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三幕 さすらいの髭様



 その村に立ち寄ったのは偶然だった。

 世が乱れているのを感じていたので、職の合間をぬって周りの村を廻っていたのだ。

 その村に立ち寄ったのは運命だった。三年後の(かん)()ならばそう言うだろう。

 姓は(かん)、名は()(あざな)(うん)(ちょう)といった。

 理由としては、腹が減ったので何か食べ物を、と思っていた。

 悪党がいるならば懲らしめよう、とも思った。

 村と外を隔てる門に入ってみて、この村に悪党はいない、とわかった。

 (長閑(のどか)なよい村だ。この治世が悪い時代に何とまた、珍しい)

 思わず溜息が出てしまうほどだった。

 昨今は世が乱れ、子を外にやる大人も減ってしまっていたが、この村では子供が平気な顔をして走り回っていた。

 肉をたらふく食べ、勘定を済ました関羽は、何とはなしに村を巡ることにした。

 その時のことだった。



 「(こう)(きん)だー! 黄巾賊が村めがけて来ているぞ! 数は……六百程だ!」

 見張り台にいる男の声で、辺りは騒然としだした。

 (黄巾………か)

 関羽も何度となくぶつかった相手だった。数ばかりの素人軍、というより、素人群だということも承知していた。

 「我が武の出番………か」

 関羽は呟いて自分の自慢である髭を撫でた。

 関羽は今まで顎髭を剃ったことがない。 そのままで十八を迎えた。

 今では父の後を追い、教師をしながら武芸の鍛錬に励んでいた。

 腰に差してあった剣に手をかけつつ村の入り口まで行くと、何故か人だかりが出来ていた。

 「お主等、そこで何をしている? 家に入って鍵をかけておれ。ここにいれば戦火に巻き込まれるやもしれんぞ」

 関羽が声をかけると、村長らしき人物が進み出てきた。

 「あなた様は?」

 「私は旅の武芸者だ。主等は何をしているのだ?」

 関羽が重ねて問いかけると、村長は顔を蒼白にした。

 「(ちょう)()という豪の者がいたのですが―――」



 無謀だと思った。

 村長の話では、張飛という少年が、山に駐留しているという黄巾賊を討伐しに向かったというのだ。

 それだけならば良かった。

 いや、そもそも用心棒という立場にいながら村を空ける、という時点で矛盾が生じているのだがそれは置いておいてもよい問題だった。

 問題は、その場には罠が張ってある、ということだった。

 娘の話によると、山で山菜を採っていたところ、偶然黄巾の偵察隊に捕まってしまい、張飛を伏兵の場まで連れてこいと言われたらしい。

 そして、張飛とかいう少年はその言葉を疑わずに、馬鹿正直に出向いたというのだ。



 それが(はん)(こく)前(一時間前)のこと。

 (逃げ切れたのならば、一度戻ってこよう。それが戻って来ないというならば、愛想を尽かして余所に行ったか。あるいは―――)

 馬の蹄の音が関羽の思考を遮断した。

 敵は六百。

 顔を上げると、それはもう目前まで迫っていた。



 「頭!」

 先行する部下が戻ってきた。

 「何だ」

 慌てた様子なのが気にかかり、()(しん)は問いかけた。

 「じ、実は、村の入り口に敵が」

 その言葉に貴真は眉を顰めた。

 (官兵に援軍を要請したのか。いや、官軍にしては対応が早すぎる。義勇軍でも現れたか)

 面倒なことになった。

 そう貴真は感じた。

 (ろう)(めい)と示し合わせて、この村に攻め込んだというのに、用心棒がいなくなったと思ったら今度は義勇軍の出現である。

 (このままでは郎明が後から追いついてくるな)

 黄巾賊の評価とはもっぱら落とした村の数によって決まる。

 この村は何としても貴真一人で取りたかった。

 (郎明は最近力を付け始めている。追いつかれたらことだ)

 「敵の数は?」

 そう当然の質問をしただけだった。

 なのに部下の男はビクリと震え、俯いてしまった。

 「何だ、どうした」

 イライラした。

 郎明の軍は二百と数は少ないが、よく訓練が行き届いた軍だった。

 しかし貴真の軍は数は多いが雑魚ばかりだった。

 それがまた、同時期に配属された自分と郎明の差のようで、貴真をイラつかせるのだった。

 「ひ………一人、です」

 おずおずと、といった感じで男は答えた。

 「………何だと?」

 それで堪忍袋の緒が切れた。

 腰に差していた剣で男を斬り殺し、肩を怒らせながら高台まで馬を駆けさせた。

 (有り得ん。有り得ん有り得ん有り得ん有り得ん! 一人だと!? 馬鹿にするのもたいがいに―――)

 高台から見下ろした時、貴真の思考は止まった。

 一人の男が一つしかない村の入り口に佇んでいた。

 狭い入り口なので通れても二人ずつ。

 それをその男は手に持った剣で軽快に捌いていた。

 「何だ、あれは」

 貴真は呟くと、馬の腹を蹴り、駆け出した。



 ()(はん)(こく)(三十分)が過ぎていた。

 どれほど捌いたかもわからないほどに関羽は戦い続けていた。

 地の利を上手く利用しながら、突出し過ぎないようにだけ気を付けた。

 途中、弓兵が矢を射かけてきたが、関羽にとってはその弓攻撃すらも止まって見えていた。

 一度飛んできた弓矢を手でキャッチしたら、もう射かけては来なかった。

 圧倒的だった。

 (こんなものか)

 何ともいえない感情に、恐らくは物足りないといった感情にとらわれながらも敵を切り続けていると、敵軍の中から馬に乗った男が躍り出てきた。

 (大将……か)

 関羽はその男を視界に収めた。

 「名は何という」

 その大将らしき男は関羽に向かって問いかけた。

 「賊軍に名乗る名はない」

 関羽は応える気がないことを答えた。

 「見たところ物凄い腕を持っていると見た。どうだ、我が軍に入らんか」

 関羽は相手の顔をまじまじと見た。

 (この男は馬鹿だ)

 それが関羽が出した結論だった。

 (本気でこの私を勧誘できると思っているのだろうか)

 関羽の表情を見た男はフッと顔を歪ませた。

 「やはり無理か。ならば、その首を貰おう。もう一度言う。名を名乗れ」

 関羽はニヤリと笑った。

 (黄巾に一騎打ちを仕掛けてくる者がいるとはな。余程武勲をあげたいのか、それとも豪の持ち主なのか)

 関羽は駆け出した。

 この戦いで初めて門を離れた。

 敵大将を討てば、雑軍は三々五々に散るとわかっていたからだ。

 走りよる関羽を見て、敵大将は笑みを強くした。

 「よく聞け! 我が名は―――」

 「賊の名などいちいち覚えてられんわ」

 関羽は敵大将が名乗りをあげるまえに、頭から真っ二つにしてしまった。



 「か、頭!」

 その声とともに賊軍に震えが走った。

 自分たちの親分を討ち取った人間を逆に自分が討ち取る。

 それは出世の近道だ。

 ほとんどの兵がそう考えた。

 関羽の誤算は敵大将が部下たちから余りにも信用されていなかったこと。

 そして―――。
















 賊軍の間違い。















 自分たちが人間と相対していると思ってしまったことだった。

今回誤字ないと思う。

ルビと三点リーダー、表記ゆれを直しました(2024年8月7日)。

表記ゆれ修正(2024年8月9日)。


関羽:DEX特化タイプの英傑。

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