一幕 楼桑村の青年
一人の少年がいる。
通りに立てられた看板を見て難しい顔をしている。
高札には、賊軍を討伐するための義勇兵の募集が書かれていた。
「………ふぅ」
少年はため息をつきながら、少し長い前髪を手で払った。
「やれやれ、漢室も落ちに落ちたな」
呟いた少年の顔には特に感情がない。
姓は劉、名は備、字は玄徳。それが少年の名前だった。少し発達の遅れた身長がコンプレックスの、しかし思わず目を奪われるような好青年だった。
「………黄巾党か」
その顔も今は曇っている。
黄巾党―――。
その高札に書いてある賊の名は今や大陸全土に名を轟かしている賊だった。
数は十万とも百万ともいわれ、官軍ですら手を出せない状態だった。最も、今の政治状況を鑑みると、例え数の上で優勢だろうと漢室は手も足も出さないだろうが。
『蒼天既に死す。
黄夫立つべし』
漢室は腐敗しきり、賄賂が飛び交う世界となった。
黄巾党の創始者である、張角はこの事を憂いて兵を起こしたのだ。そこまでは良かったのだ。しかし、黄巾党は腐敗した漢室を下すために、自分達の行いは全て天より許されると考え始めてしまったのである。
「ったく、まぁ所詮は張角もその程度の奴ってことなんだよな。結構期待してたんだがな~」
劉備は頭を掻きながら毒づいた。
劉備とて今の漢室の現状をよく知っている。
『漢室は腐敗しきっている』
酒場に顔を出すと必ずと言っていいほど聞こえてくるのがそのセリフだ。
有能で皇帝に対して忠節をもった重鎮たちは、欲に目がくらんで忠節を放り投げてしまった者たちの手によってほぼ全員が追放、悪い場合は謀殺されてしまった。
残った重鎮たちはまだ年若い皇帝を軟禁状態にして、自分達だけ甘い汁を吸っている状態なのだ。
そのため最初に黄巾党が現れたときは、愚世を収める英雄と大陸全土の人間が喜んだものだった。
しかし、その熱烈な歓迎を受け、黄巾党は己が絶対の正義である、と思いだしてしまった。
そこからは早かった。
軍備のためだと言って、略奪は当たり前、妻を見れば強姦し、夫を見ればなぶって殺した。
そんな事を繰り返していたら次第に人心が離れるのも無理はない。
それどころか、黄巾党に入れば暴挙の限りを尽くせると思いだす者すら現れたのだ。
張角がどう思っているかは知らないが、黄巾『党』は黄巾『賊』と呼ばれるようにまでなってしまっていた。
「ま、オレにはカンケー無いけどなー」
ヘラヘラと笑って劉備は背負っている筵を担ぎ直した。
そして、「むしろー。むしろはいらんかねー」と大きな声で筵売りを再開した。
この時はまだ設定がふわついてるから、桜桑里のことを桜桑村って書いてるし、既に黄巾軍の決起文が出てるみたいになってるし。
決起文は、先出ししたけど、まだ、公表されてないと思ってほしい。
演義の始まりをオマージュ。
劉備:篤実な青年ではない劉備を描写。
ルビなどを調整しました(2024年8月6日)。
表記ゆれの修正を行いました(2024年8月22日)。