処刑されて巻き戻ったので今度は友情に生きようと思います
わたくしは過ちを犯したのですって。
だから殺されてしまうのですって。
罪状を聞けば、なるほど確かに全てわたくしのやったことだったので、みなが償って死ねというなら死んだ方がいいのでしょうと受け入れることにしました。
「フレサ様、これは茶番なのですよ」
あんなにもたくさんいた「おともだち」は今は誰一人わたくしの周りにはおらず。けれど何故かたった一人、わたくしの隣の牢には、お茶会でいつもわたくしから一番遠い席に座っていた令嬢が、わたくしと共謀したという罪で捕らえられていました。
これはですね、と彼女は歌うように告げる。
「いよいよ国民の不満と勢いを押さえ付けられなくなってきた王侯貴族が、元下民を王室に入れますよ、そして腐敗の象徴たる悪女を高位貴族であるにも関わらずちゃんと処刑しますよ。これから国は変わりますよ。だから革命を起こさないでね、っていうパフォーマンスです」
あなた、やっぱり綺麗な声だわ、と。それだけをわたくしが答えると、壁の向こうで彼女ははしたなく舌を打ったようだった。
気を悪くしてしまったかしらと素直に謝れば、「いいえ」と短く言葉が返される。
マンサナ。いちばん遠い席に座っていた、お友達のような人。
あれはあなた様におもねりたいだけの卑しい商人の娘ですわ、と。そうわたくしに囁いたのは誰だっただろうか。
『だからお友達などと呼んではいけません。けれど、まぁ、彼女の家に世話になっている者たちも多いことですし。あたくしたちの輪の、ほんの端っこにいるくらいは、許して差し上げましょう』
だからいつも、お茶会でわたくしからいちばん遠い席に彼女は座っていた。
わたくしはお茶会に参加する方々のことはみぃんな名前を覚えていたから、彼女のことも当然、顔を合わせたときからずっと記憶していた。マンサナはそれを知ったとき、とても驚いたようだったけれど。
覚えているわ。お茶会でひとりひとりが歌を披露したときに、あなたが一番上手だったことも。詩の朗読会のときに、あなたの解釈が一番美しかったことも。
そう伝えれば、壁の向こうでやっぱりマンサナは驚いているようだった。
二人並んで絞首台に立って罪を償うのを待つまでの三日間。わたくしたちは今までで最も言葉を交わしていた。
「馬鹿みたい。絶対王政を止める気もなければ一応はある議会に平民を招く気もない。平民を物のように扱うことを変える気はないし同じ人間とも思っていない。黙って働いてれば良いはずの家畜が、急に数にものを言わせて楯突いてきたから煩わしいと思いながら宥めてみているだけ。頭が悪いのよ。この国の人間が百人いたらたった三人が王侯貴族で、残り九十七人は平民なのに。勝てるわけがないのにまだ侮っている」
声が美しいことと教養豊かなことは知っていたけれど、むつかしい男の方のするようなお話にまで明るいらしかった彼女は、わたくしと会話をするようになると、段々こんな風に国を見下すような発言が増えていった。
「ねぇフレサ様。ここで生き残ったところで、どうせ革命は起きるし、あなたとあなたの家は平民の憎悪を一身に受けて殺されるでしょう。それなら先に天の国へ行って、滅亡していく王家だの貴族だのの連中を眺めながらお茶でもいただいていましょうよ」
そんなことを言う彼女に、わたくしは思わずぽろりと何も考えず言葉を返してしまった。
驚いたわ、マンサナ、あなた。
「あなた、わたくしたちが天国へ行けると思っているのね」
けれどこれは、天国へ行けると信じている彼女にあまりに残酷なことを言ってしまったかと、口にしてすぐに後悔した。
ごめんなさいね、と謝るわたくしに、彼女は掠れるような声でやはり「いいえ」と返すだけだった。
――素直な。素直なお嬢様だった。貴族たれと言われればそのようにして、お前は地獄へ落ちるのだと呪われればそうなのかと受け入れた。
私はしがない成金商家の娘で。ごますりのために彼女の近くにいたけれど。彼女の罪の実行犯として捕らえられはしたけれど、正直な話、逃げようと思えば逃げられた。それだけの金が、私の家にはあった。
だけど、傲慢で愚かで本当には誰にも愛されていない少女が哀れで滑稽で、彼女の取り巻きたちに良いように小間使いにされていたのは腹立たしくて、それでも、どうしても見限れなかった。
革命の火が燻るこの国の、腐敗と怠惰の象徴のような女の子。そのように育てられたからそのように在るだけの女の子。
私が選べなかったようにあなたも選べなかった。ただの一方的な共感。けれどこの憐憫は、一緒に死んであげるくらいには強かった。
私の不幸は、女にしては頭の出来が良かったこと。けれど、世界を変えるほどの才は与えられなかったこと。
兄より早く言葉を覚えても。法律を全て諳んじてみても。誰も褒めてなんてくれなかった。
好奇心に任せて、隠れるようにして学びを重ねて知ったのは、自分のこの知識は何ひとつ価値がないのだということだけ。
私が生きていくのに。私が必要とされる役割を果たすのに。私のこの学びも、賢しさも。なにひとつ、価値はなかった。
価値のない私に、価値を失ったあなた。
あなたが死ぬなら私も死んであげましょう。
とっくの昔に死んでやりたかったのよ。
「マンサナ! マンサナ! 今日は忙しいかしら。ねぇ、わたくしと一緒にオペラを観に行きましょうよ。それか、あなたが行きたがっていたツィトローネ夫人のサロンでもいいわ! わたくしがお願いすればきっとあなたも一緒に入れてくれるわ!」
ふっと床の感触が消えて、縄が強く首を引いたと感じた瞬間。
すべては一年前へと戻っていた。
それからわたくしは、わたくしと一緒にただひとり死んでくれた、大切な大切なお友達とずっとずっと時間を共にするようにしている。
他の貴族の方がお気に入りの子にするみたいに家に招いて一緒に暮らすことも考えたけれど、お父様にもお母様にも叱られてしまって叶わなかった。
自分たちは囲い込んでるくせに。わたくしだけ駄目だなんて、王太子の婚約者というのも面倒なこと! どうせ今年の終わりには、あの方は同じ平民でもマンサナよりずぅっとつまらない女に入れあげて婚約は破棄されてしまうのに。
ああ、早く破棄されないかしら、とそんなことを考える。
けれど破棄されるのは同時にわたくしが捕らえられるということでもあるから、マンサナと暮らせる時間はどちらにせよないのかしら。
わたくしに罪がないと婚約は破棄できないから、今回のわたくしはあの平民さんに何もしてなくてもきっと適当な罪を被せられてしまうでしょうし。
前のように、元・お友達の皆さんはあの平民さんに「教育」をしなければとわたくしに囁くけれど。わたくしはぜぇんぶ聞こえないフリをして、お茶会すらも出席せずに、学園の授業以外はずっとずっとマンサナと一緒にいる。
賢いマンサナの話はいつだって楽しくて、どうしてわたくしはこんなに素敵な女の子のことをずっと何にも知らないままでいたのかしらと前の自分を叱りつけたくなってしまった。
歌だけじゃない。詩だけでもない。頭のいいマンサナは、「なんにでも、コツがあるんですよ」と。そんな風に笑って、色々なことを人並み以上にこなしてみせた。
急に付きまとい始めたわたくしをマンサナは最初、とても警戒した顔で見て、けれど断ることもできずにただ流されていたけれど。
最近では、本心から笑ってくれるようになった。少しはわたくしのこと、好きになってくれたかしら。ああでも、前だって一緒に死んでくれるくらいには、わたくしに情けをかけてくれていたのだもの。好きになってもらうのを待つ必要はなかったわ。
「ねぇ、マンサナ。誰にも内緒よ。それでね、あなたの知恵を貸してほしいの」
そうして、そっとわたくしは気が狂ったと言われても不思議ではない、「無かったこと」になった一年の記憶の話をマンサナに包み隠さず全て伝えた。
マンサナはとても戸惑って、けれどわたくしがマンサナ自身の過去の……未来の? どちらかしら、不思議ね。けれど彼女が牢の中でわたくしに話してくれたたくさんのことを伝えれば、徐々に、訝しげに、けれど本心から、信じてくれるようになった。
「ねぇマンサナ。わたくし、あなた以外はどうでもいいの。お父様もお母様も、じいやもばあやも。お友達の皆様も、殿下も平民の彼女もみぃんな。どうでもいいの。だけど、このままだとわたくし、あなたと死んでしまうの」
一度目は、確かにわたくしは罪を犯したから、言われた通りに死んであげたわ。だけど今度はわたくし、何もしてないもの。だからあなたと生きたいの。
あなたと生きられるなら、色々なものを我慢するわ。おやつだって食べられない日があっても構わない。お腹が空くって、どういう感覚なのかも知らないけれど、きっと我慢できるわ。
だから、ねぇ、賢いマンサナ。あなたが生き残れる道を、あなたがあなたを諦めずに済む道を、一緒に探してはくれないかしら。
「……なるほど」
承知致しました、フレサ様。
あなたのお心のままに致しましょう。
くすりといたずらっ子のように笑ったマンサナは、「まずは、そうですね。また私をサロンへ連れていってください」と、活き活きと何か考えを巡らせ始めたようだった。
そうして、そして。
諦観と嫌悪と希死念慮に囚われていただけで元々有能なマンサナは、腹さえ決まれば割とどこででも生きていける能力があったので、王太子たちの罠や平民たちの暴動――革命を尻目に、まんまと国外へと脱出を成功させた。
そして二人はずぅっと。商才もあったマンサナは自分とフレサのために適宜小金を稼いだりしつつ。世間の荒波をひょいひょいと軽ーく渡ったりしつつ。
楽しく贅沢に、世の中を笑いながら。
風光明媚な館で美味しいものと楽しいものに囲まれて、散々遊び回って、満足して疲れ果てた後に。
幸せな二人は、幸せな終わりを迎えたのだった。