まともなやつがまともなままでいられる作品じゃないんだな、これが
「うわ、凄いなこれ」
テーブルに並べられた料理を見て、俺は驚かずにはいられなかった。
「カレーにローストビーフ。あとなんか高そうなステーキに大トロとマスクメロン……全部俺の好物じゃん」
「えっへん。頑張りました!」
笑顔で胸を張る雪菜。珍しく誇らしげな様子だが、実際これだけの量をひとりで作ったんだから誉めて然るべきだろう。
「よしよし、よくやった。褒めてしんぜよう」
「えへへへ。やったぁ、カズくんのなでなでだー」
バニーのウサミミに触れないよう、上手く頭を撫でてやると、雪菜は嬉しそうに目を細める。
うーん、こうしてみると、間違いなく可愛いんだけどなぁ。監禁さえ考えなければ理想的な幼馴染と言えるんだが……ん?
「どうしたアリサ。急に人の服引っ張って」
「あ、あのね和真。ゲームの人数合わせで参加したけど、アタシも下ごしらえはちゃんと手伝っていたっていうか……」
「そうなの? じゃあホラ、アリサも撫でてやるよ」
「う、うん」
顔を赤らめたアリサの頭も一緒になでなで。
こうしている間はこの幼馴染も借りてきた猫みたいになるのでとても楽だ。恰好はウサギだけど。
「え、なにあれ。頭を撫でるだけで雪菜ちゃんたちがあんな顔をするなんて……ていうか、アイドルってあんな簡単に触れていいものなの? 普通、プライベートだからってもうちょっと躊躇するものじゃない……?」
「はえー、カレー以外は露骨に高い料理ばかりですねー。如何にもな成金趣味って感じで流石おにーさんって感じです」
舞白の唖然とした声が聞こえたが、そこに関してはスルーだ。
雪菜たちが機嫌よくなっている最中に他の女の子に構うのはあまり良くないからな。
ルリの失礼さについては後で一言言っておくことは心の中に留めておくけどな。
「さて、もう少し撫でていてもいいんだが、あまり時間かけるとご飯が冷めちゃうからな。そろそろ食おうぜ」
「うん、そうだね」
「……そうね、早く食べちゃいましょ」
笑顔で頷く雪菜に対し、アリサは若干物足りなそうな様子だったが、それ以上は何も言わず席に着く。
まぁこれから構う時間はいくらでもあるので俺からは何も言わないでおこう。今は腹ごしらえをすることのほうが先決だ。
「「じゃ、いただきまーす」」
改めて席に着くと、俺たちは手を合わせて食事の挨拶をし、箸を取る。
「おっ、流石に美味いな!」
「うん、また腕を上げたんじゃない、雪菜」
雪菜の作った料理の味は絶品だった。
幼馴染たちから貢いでもらった金で有名店を食べ歩きしたことは何度かあったが、それらに勝るとも劣らない美味さだ。
単純に俺好みの味付けであるということもあるのだろうが、それを差し引いてもかなりの腕であると言っていいだろう。アイドルをやりながらこの料理の腕は結構凄いんじゃないか?
「しかし本当に美味しいですねー」
「うん、雪菜ちゃんって料理上手だったんだね。私なんて料理全然出来ないから、ちょっと羨ましいなぁ」
「まぁマシロセンパイはむしろ出来ないほうがいいと思いますよ。家事全然なのはイメージ通りですし」
「え、ひどくない……?」
俺だけじゃなく、ルリたちの方も満足しているようでなによりだ。
周りからの評価も良いっていうのは、俺としても単純に嬉しいからな。今後の仕事に活かせるかもしれないし、そうなったらもっと稼ぐことが出来るに違いない。
「だってカズくんに喜んでもらいたかったからね」
「おっ、嬉しいこと言ってくれるな」
「えへへ。カズくんを監禁したら毎日手料理を食べてもらうことになるもん。隠し味じゃなくたっぷり愛情を込めているから、たくさん食べていいからね」
「お、おう」
急に監禁なんてパワーワードブチ込まないでもらっていい?
心臓に悪いし料理の味が分かんなくなっちゃうんだけど?
「いやあしかし安心したよ。監禁なんて言うもんだからてっきりもっとアレなことになるもんだと思ってたけど、案外普通なんだな!」
動揺を誤魔化すために、俺は話を変えてみることにした。
「アレなことって、ふふっ、カズくんはどんなことを想像してたの?」
「え? えっと、手錠や首輪で繋がれたり、檻に入れられて管理されたり……とか?」
言った直後、しまったと思った。
わざわざやらなくていい情報をやってしまったからだ。
これを参考にして「じゃあ実行してみるね♪」くらいのことは、こいつらなら言い出しかねない。
「そうなんだ。カズくんはそういうイメージを持ってたんだね」
「ふーん、なるほど。首輪ね……」
「い、いやあくまで世間一般の監禁のイメージはそういうのかなーって。あははは……」
冷や汗が止まらない。特にアリサは俯いてなにやら考え始めてるし、いきなり危険度がMAXに突入した感が半端ない。
「そっか、でも安心して。私たちはそういうことはしないから。あくまで今回はカズくんに楽しんでもらうことが目的だからね」
「え、そうなの?」
「ええ。じゃないと、わざわざこんな衣装着たりしないでしょ?」
少し呆れたようにバニースーツを軽く引っ張るアリサを見て、俺は安堵する。
言われてみれば確かにそうだ。俺のことを洗脳するつもりだったなら、わざわざこんなサービス精神を発揮する必要なんてない。
「ああ、確かにそうだな」
「でもカズくんが望むならいつでもそういうことしてあげるから言ってね。私がちゃんとカズくんのことお世話して、一生飼ってあげるからね」
「か、考えておきます……」
いや、やっぱこえーわ。
俺の答えひとつであっさり飼われるルートにいってしまうとか、下手なバッドエンドゲーよりよほどひどいんだが。なんで現実でこんな緊張感味合わないといけないんだ。
「アタシなら別に飼われてもいいんだけど。く、首輪とかちょっと興味あるし……」
「お前はお前でなにを言ってるんだ」
なんか妙な趣味に目覚めそうになっているもうひとりの幼馴染に胡乱な目を向けながら、俺は小さくため息をつく。
(飯くらいはゆっくり食えると思ってたんだがなぁ。どこに地雷があるのか分かったもんじゃねーな……)
想定していた最悪のケースから程遠かったこと自体はいいものの、やたら心労が溜まるやり取りが多いのもまた確かだ。
まだ監禁一日目、それも午後に入ったばかりだっていうのに、こんなことで俺は本当に持つんだろうか?
「先が思いやられるぜ……」
別にやれやれ系主人公でもないのだが、思わず首を振ってしまうのは仕方ないことだと思う。
「あ、ちなみに午後からは衣装変えようと思うんだけど、カズくんは何かリクエストある? 何もないなら水着にしようかなって思うんだけど、どうかな?」
「お前、俺をなんだと思ってんの? 変態かなんかだと思ってない?」
俺はまだ高校生だし、そこまで性癖歪んでなんていないんだが。
「え、ちょ、ちょっと待って。水着ってなに? そんなの私持ってきてないよ? なんでそんなコスプレ紛いのことしないといけないの? ただでさえ今バニーガールになってて……って、なんで私バニーガールになんてなってるの!? しかもこの格好で平然とご飯まで食べてたし、なにこれ凄く怖いんだけど!? この空間なんなのぉっ!?」
あ、正気に戻ったか。どう考えてもバニーガールの恰好で飯食うとか普通じゃなかったもんな。
ゲームに夢中になってそこら辺の感覚が麻痺していたせいか馴染んだ様子を見せていたが、こうなってはちょっとしたパニック状態だろう。
以前夏純のやつも同じような状況に陥れたことがあるが、あの時は元に戻ること自体は早かったんだよな。そういう意味では舞白のほうがポンコツ度は上とも言える。
「大丈夫ですよマシロセンパイ」
「ルリちゃん……! 良かったルリちゃんもこの状況の違和感に気付いたんだね! なら、ふたりで雪菜とアリサちゃんのことも正気に戻して……」
「こんなこともあろうかと、ちゃーんとマシロセンパイの水着も準備していますから! 他にも衣装持ってきていますから、色々コスプレ出来ますよ! サイズもおそらくバッチリです!」
「なんで!? ルリちゃんなに言ってるの!?」
悪いな舞白。そいつは最初からまともじゃないんだ。




