理想と現実は違うからね、仕方ないね
「あの、舞白さん。ちょっといいですか」
近付いても相変わらず俯いたままの舞白に、俺は声をかけた。
無視される可能性も考慮していたが、流石にそれは出来なかったようで舞白は一度動きをピタリと止めると、こちらに向かって顔を上げた。
「……なに?」
「いや、えっと。なんでここにいるのかなーって」
話してくれたのはいいが、舞白の雰囲気がなんか怖い。
睨んでくるわけではないんだが、目が据わっているというか、気に食わないという空気をビンビン感じる。
「居ちゃ悪いの。ああ悪いよね。君、監禁されようとしてるんだもんね。私、どう考えてもお邪魔虫だし。でもね、私だって引き下がるわけにはいかないの。分かるかな? わかんないよね。だって君、クズだもんね。あんな可愛い子たちに監禁されて養ってもらえるなんて、ファンの人たちからすれば最高のご褒美だよね。こっちからすればたまったものじゃないけど、そんな事情お構いナシなあたり本当にひどい人だね。言っておくけど私負けないから。ふたりに正気に戻ってもらってアイドルとしてこれからも頑張って私たちは更に上の舞台へ……」
「ちょっと待て。いいや待ってください誤解がひどい!」
無表情かつ感情のこもってない声で長々と語り始めた舞白に、俺は思わず待ったをかけた。
「誤解? 五階も六階もないよ。雪菜ちゃんとアリサちゃんは、葛原くんを監禁するためにここに来たのはもう分かってるんだから」
「そうじゃないんですよ。俺は監禁されることなんて望んでいないんです。というか、自分で監禁されたいなんて普通のやつが言うと思いますか!?」
「普通の人だったらそもそも幼馴染に貢がせたりなんかしないと思うんだけど」
「ぐぐぐっ」
くっ、無駄に正論を言いやがって。
意外と辛辣な様子を見せる舞白に若干怯むも、ここで引き下がるわけにいかないのもまた事実。
「ええと、違うんですよ。俺が要求しなくても向こうが自主的にお金渡してくれるっていうか。幼馴染として断る理由もないしむしろ当然の権利としてお金の方はありがたく受け取ってるだけで……」
「受け取るのがおかしいんだよ!? 普通こんなの貰えないって突っぱねるものじゃない! 完全にクロだしアウトもいいとこだよ!」
取り繕うとしたのだが、舞白は俺の話に耳を傾けるつもりがないようだ。
被せるように言葉を遮り、俺を批難してくる姿勢を崩さない。
(うーん、参ったな……)
どうしたものかと頭を悩ませていると、話し終わったのか、雪菜とアリサが声をかけてくる。
「カズくん、どうしたの?」
「いや、舞白さんがへこんでるみたいだったから声かけてたんだよ。思ったより元気そうだから別に問題なかったっぽいだけど」
正直にそう答える。ルリと違って舞白とは先日知り合ったばかりなので、特別隠すこともない。
「ふーん……舞白さん、かぁ」
「名前で呼ぶとか、そんなにいつの間に親しくなってたの? もしかしてアンタ、舞白にまで養ってもらうつもりなんじゃ……」
だというのに、二人同時に目のハイライトが消えていく。
あまりにヤンデレ化への切り替えが早すぎて一瞬ビビるが、そこは俺も慣れたもの。
なるべく動揺を表に出さず、幼馴染たちに向き直る。
「ちょ、ちょっと待てって! 名前で呼んだのに特に深い意味はないぞ! 呼び捨てにしてるわけでもないし、それくらい分かるだろ!?」
「言い訳してるのが逆に怪しいんだよね」
「ええ、和真のことだし、そのへんは信用ならないわ。特に舞白はチョロいところがあるから、アンタからすればカモに見えてそうだし」
くっ、否定しづらいこと言いやがる。
お前らには俺が下心があって舞白に声をかけたように見えてるのか?
……いやまぁ、確かに割と事実ではあるんだが。
「わ、私チョロくないもん! こんなクズな人に心を許したりなんかしないんだから!」
「説得力がないな……」
「うん」
「確かに……」
「なんで!?」
いや、だってぷんぷんと怒ってるけど、それに合わせて胸もブルンブルン揺れてるし。
これを見てチョロいと思わないやつはそうはいないだろう。だってクズ呼ばわりしてる相手にサービスしてくれてるようにしか見えないもんよ。
「うぅー、なんで皆そんな目で私を見るのぉ。私、お姉さんなんだよ! もっと私のこと尊敬して信用してよぉ!」
「そう言われても……」
生憎と俺からすれば舞白を尊敬する理由が全くない。
高校生のうちからよく働くもんだなぁとは思うが、別に貢いでくれるわけではないからな。
「尊敬。尊敬かぁ。ちょっと難しいかなぁ。舞白さんってお姉さんって言うより、妹みたいな感じだしね」
「そうね。子供っぽいところがあるからルリより年下に感じる時あるし」
「うんうん、末っ子みたいなポジションだよね」
「それも要領がいいタイプじゃなく、手のかかるタイプ」
「あ、分かる。でもそういう子ほど可愛いよね」
「ええ。和真もそうだけど、目が離せないのよね。だからある意味リーダーで正解かも。フォローしやすいしね」
「うんうん」
ヤンデレモードをようやく解除し、顔を合わせて頷き合うふたりだったが、その後ろで舞白が「え……」とか呟きながら絶望した顔をしているんだがいいんだろうか。
メンバー内で実質最下位の扱い受けてたことを知って、明らかにショックを受けてるぞ。
「……一応聞くけど、舞白さんのことを嫌ってるわけじゃないよな?」
「そんなことないよ? 普通に好きだし、仲もいいもん」
「正直頼りないけど、いい子なのは間違いないしね。まぁ和真を狙うようならちょっと話は変わってくるけど、あの感じなら大丈夫でしょうし」
「そうか……」
幼馴染として、ふたりが本心からそう言っているのはなんとなく分かる。
ただ、嫌ってないのは良いにしても、いい子って言ってる時点で年上扱いしてないわけだが。
そこに関してフォローすべきか迷うが、当人たちがいる状態でしても意味はないだろうな。ふたりは俺が舞白に近付くことを警戒しているようだから、下手に慰めるとヤンデレスイッチが再び入る可能性がある。俺としてもそれは避けたいところだ。
(となると、やるなら舞白とふたりの時のほうがいいんだが……)
如何せん、これから二日間監禁されるわけだから、当然なんだが俺の活動はこの家の中に制限される。
雪菜たちは俺と一緒に居たがるだろうし、舞白とふたりきりになれるタイミングはそう多くないだろう。
休み明けの学校で、という手もあるが、この手のフォローは早いうちにしておいたほうが効果的であることはよく知っている。あまり時間を置きたくないというのが本音なところだ。
(とりあえず、後でルリに時間稼ぎでもしてもらうか。アイツならなんとでもなるだろ)
対価を要求してくるかもしれないが、その時はその時だ。
別に悪いことをしようってわけじゃないんだし、ユニットメンバーに関することなら流石のルリでも大したことは要求してこないだろう。
「じゃあ話は一旦ここまでにしておくとして。これからどうする? 俺は一体何をすればいいんだ?」
とりあえず問題を先送りしつつ、俺はバニーな幼馴染たちに問いかけてみるのだった。




