【5】~2/2
部屋の中は、鍵師が図面と照らし合わせながらゴリゴリと鍵の山を削る音が発せられるのみです。
鍵師の姿は最近の私の父そっくりでした。
家族には無関心というより、食事の時間をわざとずらすなど、意識的に避けているような態度に、母はいつもイライラしていたのです。
鍵師の邪魔をしないよう、誰も何も語らない時間がしばらく続きましたが、突然サムが緊張した面持ちでこちらに向かって駆け寄ってきました。
「まずい、兵士がこっちに向かってきたようだ」
その声を聞いた鍵師は作業の手を止め、おもむろに作業場の床板を持ち上げて開くと、その中に入るように私たちを手招きしました。
「ここへ隠れなさい」
どうやらそこは作業道具を入れておく倉庫のようです。広さは一畳ほどで中には道具類が詰まっています。
その中に私たちが体を縮めて入ると、鍵師はすぐに床の扉を閉めました。もちろん中は真っ暗です。
それからものの十秒ほど経ったところで、兵士たちがこの小屋に入ってくる音が聞こえました。
「失礼ですが、ここに人間の少女がやってきませんでしたか?」
「いや」
「そうですか。疑うわけではありませんが、部屋を調べさせて頂きます」
「構わんが、仕事の邪魔にならないようにしてくれ」
「はっ」
私たちは息を殺し、体が道具類に当たって音を立てないように注意を払っていました。
数人の足音とともにあちこちの扉を開く音や、鍵をゴリゴリ削る音が聞こえてきます。
時に足音は私たちの真上からも聞こえてきましたが、そのたびに血液が私の体中を猛烈な勢いで掛け巡るのが感じられました。
「どうも失礼致しました。もし少女を発見したら警備の方へお伝え願います」
「うむ」
兵士たちが完全に去ったのを確認してくれたのでしょう。しばらく後に鍵師は床板の扉を開けてくれました。
「もうあとわずかだ」
そう言うと、鍵師は何事も無かったかのように再び作業を始めました。
サムは窓際に戻り、私は椅子に腰掛けて鍵の完成を待っていました。
それからもゴリゴリという音が十数分続いたでしょうか。
鍵師は完成したばかりの鍵を手に、私の方へ振り返りました。
「ほら、できたぞ」
「ありがとうございます」
私はできあがったばかりの鍵を受取り、鍵師に向かって大きく頭を下げました。
「聞くまでもないと思うが、これからどうするつもりだ」
鍵師の問いにサムが答えます。
「心の扉に向かいます」
「そうか、兵士たちと、それに怪物には気をつけてな」
「はい」
「心の扉は宮殿の裏庭にある。宮殿へは、この小屋の裏手にある地下通路を使うがいい」
「わかりました。ありがとうございます」
礼を言って小屋を出ようとする私たちを、鍵師は何かを思い出したように引き留めました。
「おい、待て待て」
そう言うと鍵師は部屋の明かりを別のランタンに移して私たちに持たせてくれました。
「これを持って行け。これがなけりゃ地下通路を行くことはできん」
「ありがとうございます」
改めて礼を述べ、私たちが小屋の外へ踏み出すと、空はすでに明るくなり始めていました。
「さぁ、急ごう」
兵士たちの様子を伺いながら地下通路へと入り、私たちはそこから再び宮殿を目指したのでした。
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