【5】~1/2
私の目には月明かりに照らされるわずかな世界しか映りませんが、フクロウのサムにはしっかり暗闇の世界が見えているようです。体に感じる風の向きから、ゆっくりと弧を描くようにして空を滑っていくのが感じられました。
どうやらサムは宮殿からさほど遠くはないところにある、一点の光を目指しているようです。
光の正体は、深夜にもかかわらず明かりが漏れる小屋の窓でした。
小屋の正面に着いたところで、サムは速度を落として着地し、私を背中から下ろします。
「ここがあの鍵師の家だよ」
「!」
家の中からは、なにやら堅い物を削っているような音が聞こえてきます。
サムはその小屋の扉の前に立つと、中の音が止むのを見計らって扉をノックしました。
コン、コン
しばらく後、窓越しに外の様子を伺うような人影が見えましたが、それが消えるとすぐに扉が開き、私の父にそっくりな鍵師が出迎えてくれました。
「サム、それにさっきのお嬢さんだね。入りなさい」
「ありがとうございます」
「鍵はまだできていないよ」
「はい、でも夜が明けるまであとわずかしかありません。なるべく急いで頂けませんか」
「女王様には朝までにと申し上げてあるはずだが」
「ええ、わかっています。でも、それじゃ間に合わないんです。夜が明ける前に彼女を元の世界に帰さないと」
「………。いま仕上げに入ったところだ。そこに腰掛けて待っていなさい」
鍵師にそう言われ、私は作業場の隅の椅子に腰掛けて待つことにしました。
一方、サムは窓際に立ったまま、隠れるようにして外の様子を探っています。
「サム、座らないの?」
「うん、兵士たちに君が逃げ出したのは伝わっているはずだからね。真っ先にここにやってくるに違いない」
サムの目は窓の外に向けられたままで、答えてくれました。
「ねぇ、朝までに鍵ができなかったらどうなるの?」
「君を元の世界に返すことができなくなるかもしれない」
「そんな……」
「僕はフクロウ、夜の世界の住人。だから朝が来たら、僕はここにはいられなくなってしまうんだ」
「どういうこと?」
「誰かの心の中に入るためには、その心が安定していなければならないんだよ。例えば眠っている状態みたいに」
「ということは、兄さんが目を覚ましたらこの世界はどうなるの?」
「外からの刺激を受けて心の中の世界は大きく変化し始める。そうなると、僕はもうその心の中にはいられなくなってしまうんだ」
「私は?」
「わからない」
「サムがいなくなったら、今度こそ私はこの世界に取り残されちゃうの?」
「変化の度合いによっては、次の夜には、僕はもう君を捜すことすらできなくなってしまうかもしれない。だから何がなんでも、夜明け前までに僕らは心の扉を開かなくちゃならないんだ」
私の心の中には、幼い頃に縁日で迷子になった時の光景が甦ってきていました。
おそらくその時の不安に相当する記憶を、私はそれ以外に持ち合わせていないからでしょう。
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