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両脇を兵士に抱えられた状態で、私は延々と続く螺旋状の急な階段を引っ張り上げられていました。
サムと引き離されてしまった不安感で全身が震え、まともに足を前に出すこともできないのです。
そして次なる階段が無くなったところで、私は急に前に放り出されてしまいました。どうやらそこが終点、塔の最上階なのでしょう。
前に突っ伏した私の後ろで重そうな鉄の格子扉が閉じられ、さらに頑丈そうな鍵が掛けられる音が聞こえました。
ランプの光だけが頼りの部屋にあって、兵士たちはその唯一の明かりを手に、今度は元の階段を下りて行ったようです。
恐怖と不安が支配する闇の中、私はしばらくの間動けず、全神経を五感に集中させた状態で縮こまっているしかありませんでした。
幸いなことにガラスなど入っていない小さな窓から、三日月の明かりがわずかに差し込んでいます。
部屋の作りは牢獄とは少し違うように感じますが、机や椅子など、わずかな家具が残されただけの部屋でした。
目が慣れるに従って色々な物が見えてきます。窓の反対側にある色違いの壁面は木製の大きな扉でした。
扉に鍵は掛かっていませんでしたが、押し開けるには少々力が必要なようです。
震える身体で力を振り絞り、なんとか自分が出られだけの幅まで押し開くと、私は月の光が降り注ぐバルコニーに出ることができました。
外へ出ると、ヒューーーという風の音が、どこからともなく聞こえてくるのですが、顔に風が当たるような感覚はありません。
そもそも、サムはこの世界には風がないから、滑空はできるけれども、私を乗せて飛び続けることはできないと言っていたはずです。
ではこの音はいったい何なのでしょう?
バルコニーからは三日月のわずかな明かりに照らされたこの世界が一望できます。私は耳を澄まして音のする方向を探りました。
ヒューーー ………… ヒューーー …………
どうやら音はこのバルコニーの下辺りから聞こえてくるようです。私はバルコニーの手すりから体を乗り出して下をのぞき込んでみました。
すると、なんということでしょう。そこには人間よりも遙かに大きなけむくじゃらの怪物がいるではありませんか。
ゴリラ?クマ?しかも間が悪いことに、私はその怪物と目が合ってしまったのです。
見るからに凶悪な顔つきをしたその怪物は、私の存在に気がつくや、舌なめずりをしながら塔を登ってきました。
私は何か応戦できる物はないかと部屋に戻り、探してみましたがこれといって武器になりそうなものは見あたりません。
そうしいるうちに、怪物はみるみる塔の外壁を伝って登ってきます。
とりあえずバルコニーまで椅子を持ち出し、試しに振り上げてみましたが、とてもこれを何度も相手にぶつけるだけの体力はありません。
怪物はもうすぐそこまで上がって来ています。
どうしようかと、頭がフル回転で対応策を探していたその時、空から一羽の大きなフクロウが舞い降りてきたのでした。
「サム!」
「クレア!」
フクロウのサムはバルコニーに降り立つとすぐに人の姿へと変わり、私の手にあった椅子を取り怪物の上に落としました。
当たりどころが良かったのか悪かったのか、怪物は思わぬ反撃に少し怯んでいるようです。慌ててバルコニーの真下辺りに姿を隠したようでした。
「ここに閉じこめられた人たちは、みんなコイツに食べられてしまうんだ。ボヤボヤしている暇はない。急いでここを脱出しないと」
サムはバルコニーの手すりの上に立ち上がりました。とはいえ、その幅といえばレンガ一つ分ほどしかありません。
「さぁ、急いで君もこの上に乗って!」
「えっ!?」
「さぁ!」
恐怖心がないわけではありませんが、事態は一刻を争います。私はサムを信じ、こちらに向かって伸ばされたその手を取ると、一気に手すりの上に立ち上がりました。
「僕に掴まって『せーの』で力一杯蹴り出すんだ。いくよ!」
「せーの」
私たちはタイミングを合わせて、高さもよくわからない暗闇の世界へと飛び出します。次の瞬間、サムは再びフクロウの姿に戻り、私をその背中に乗せて滑空し始めたのでした。
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