【3】~1/2
街へ通ずる門の時と同様、宮殿の入り口でも通行証を見せただけで、私たちは簡単に入れてもらうことができました。
女王が住むというこの宮殿は、外観からして変わった建物でしたが、内部の装飾はそれ以上に風変わりなものばかりです。
テーマパークによくあるおとぎの城というよりは、現代美術の展示場のように感じられたのでした。
曲線だけで構成された生物学的デザインといえばよいでしょうか。金や銀こそが豪華な装飾だと考えていた私にとっては、あまり威厳を感じられません。
宮殿の中では深夜にも関わらず、多くの人たちが部屋と部屋の間を行き来しています。
聞けば、毎夜一晩中に渡って宴が催されるのだとか。
広間では奇妙な姿の芸人たちが、飛んだり回ったり、伸びたり縮んだり、光ったり燃えたり、不思議なパフォーマンスを繰り広げています。
留まることのない芸の最中にも関わらず、私たちは女王に謁見する許可を得ることができました。
謁見までの間に、私はサムから、女王の前に出る際には許可が下りるまでその顔を拝謁してはならない等、いくつかの段取りを教わっていました。
とはいえ、通り一辺倒のもので特に変わった決まり事はないようです。
「ただ、女王様はとても気難しい方だから、くれぐれも怒らせないように気をつけるんだよ」
謁見室の前にて、サムは私の方へ向き直り、ここからが本当に大切なのだと私に改めて注意を促します。
「うん、わかった」
部屋に入ると、ほんのわずか待っただけで、私たちは女王に会うことができました。
「お目通りの許しを頂き、まことにありがとうございます」
私をエスコートする形で女王の前に進み出たサムは、私より一歩前に出て、女王の計らいに対する礼を述べました。
「私に会いたいと言ってきたのは、お前だな」
「はい、女王様にお願いがあって参りました」
「フクロウには聞いてない。私はこの人間に聞いているのだ」
「失礼しました」
「人間、名前は何という」
「クレアと言います」
「とりあえず近くまで寄って顔を見せなさい」
言われるまま、私は前にいるサムと同列に並び、女王の方へ顔を向けました。
ですが、女王の顔を見るや、私は腰が抜けそうになるほど驚いてしまったのです。
「お母さんっ!!」
うっかりそう言ってしまったことを、私は直後に後悔することになりました。その言葉は女王の機嫌を完全に損ねてしまったのです。
「何だと!? たとえ似ておったとしても、私はお前の母親、ましてや人間などではない!無礼者」
「失礼しましたっ」
即座に私は低頭し、女王に謝罪しました。
「お許しください」
隣にいたサムは私よりさらに頭を深く下げると、自分の教えが不十分であったことを告げ、許しを乞うたのでした。
「まぁいい。とりあえず人間がここまでやってきた目的を聞こう。願いとはなんだ」
「はい、こちらにあります心の鍵を今の錠前に合った形に直して頂きたいのです」
「ふん、これ見よがしに腰にぶら下げていたからな、すぐにわかったわ」
私は鍵を女王によく見えるようにして、前方に差し出すと、再び頭を下げました。
「心の鍵か、久しぶりに見るな。おいっ、鍵師を呼べ」
「ありがとうございます。直して頂けるのですね」
「いずれにせよ、使えぬままではしょうがない。作り直すことになるかもしれないが、とりあえずは鍵師に見てもらうことにしよう」
すると、いくらも待つまでもなく鍵師が女王の前に現れました。
おそらく私たちの噂はとっくに宮殿に届いていて、その目的までも事前にわかっていたからでしょう。
「お待たせいたしました女王様。鍵師がやって参りました」
「おぉ、来たか。早速だが、あの者が差し出している鍵を見よ。あの鍵を直せるか」
「はい、それでは拝見致します」
そう言って鍵を手に取ろうと近づいてきた鍵師の顔を見て、私はまたもや驚いてしまいました。
「えっ!?」
(お父さん)とうっかり口に出しそうになった矢先、直前の失敗を思い出し、慌てて口を押さえました。
女王は一瞬「うん?」と訝しがりましたが、結局はそれほど気にもとめず、鍵師に直るかどうかを訊ねていました。
「はい、山形はずいぶん変わってしまったようですが、軸の太さや溝はこのまま利用できそうです。山形を継ぎ足し削り直して修正致しましょう」
「どれくらいの時間がかかる?」
「今から取りかかれば、明朝には」
「では早速に取りかかれ」
「はっ」
【3】~1/2