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夜の屋外は真っ暗かと思っていましたが、どうやらそれほどでもなさそうです。目が慣れていくうちに、月明かりに照らされた街がはっきり見えるようになってきました。
飛び立つ前から寒さを感じていたのですが、気がつけばどうやら雪も降っているようです。まだそんな季節ではないはずなのに。
「……寒い」
「今いるのは君の心の中。寒いのは君の白け切った感情のせいだよ」
自分の心の中をこのように具体的に覗いて見ることなど、おそらく誰も経験したことはないでしょう。
そんな風にサム言われ、私は少し傷ついたというより、他人に心の中を覗かれてしまった恥ずかしさを感じたのでした。
しかし、不思議な事はそれだけではありません。目を凝らせばなにやら見覚えのある物たちが、私たちを取り囲むようにして一緒についてくるではありませんか。
「あっ、あれっ!子供の頃大事にしていたクマさん!あっちは、幼稚園の時に履いてた長靴!えー、なんでー!?」
「思い出なら探せばまだまだ見つかるはずだけど、今はそんな感傷に浸っている場合じゃない。僕にしっかり掴まって」
サムは風に乗ってどんどん高度を上げていきます。
それに伴い街がみるみる小さくなると、今度は一転、ある場所をめがけて急降下していきました。
「あそこが兄さんの心へ通じる入り口なんだ!」
ものすごい風を全身に受けながら、サムは兄が通う高校の校舎めがけて突っ込んで行きます。
「きゃあぁぁぁぁ!」
ほわっという衝撃を体に受けた瞬間、それまで振り落とされそうなほど激しかった風がぴたりと収まりました。
そして今度は、それまでの世界とはまったく異なる不思議な景色が目に飛び込んで来たのです。
「ここからは、風がなくなってしまうんだ」
その光景を言葉で表すなら、人外魔境というのがもっとも的確な表現かもしれません。奇妙な建物群に、それを取り囲む多種多様な植物の森。
あちこちに張り巡らされた階段は、いったいどこからどこへ続いているのか全くわかりませんし、無数にあるトンネルもどこへつながっているのか見当もつきません。
「僕の力では、君を乗せたまま羽ばたいても長くは飛べないから、ここからは歩いて行くしかないんだ。とりあえずあそこに降りるよ」
サムは階段の踊り場のような場所に着地すると、私をその背中から下ろしたのでした。
「ここはどこ?いったいどっちに行ったらいいの?」
「言っただろう。ここは君の兄さんの心の中。そして向かうのは……」
そう言いながらサムは、一瞬にして人の姿へと変わってしまいました。
「あら、サム」
しかも私と同じ年頃の少年の姿へ。
「この地を支配する女王の宮殿さ。って、あれ、びっくりした?」
「サム……人間だったの?」
「ははは、僕はどんな姿にでもなれるよ。ここでは飛ぶよりこの姿でいる方が動きやすいからね」
「そうなの……」
私が何と言っていいかわからないまま戸惑っていると、サムは進むべき方向を指差しました。その先にあるのは、これまた不思議な形の建造物です。目測ではここから一キロメートルもありません。
「この鍵を君に預けるよ」と言ってサムが渡してくれたのは、さっきまで首に掛かっていた大きな鍵でした。
大きさ、頑丈さとは裏腹に、見かけほどは重くありません。
「これは?」
「君の兄さんの心の鍵だよ」
「えっ、これが?」
「大事なものだから決して手放しちゃいけないよ」
「そんな大事なもの……」
「でも、今のままじゃ使えないんだ。兄さんの成長とともに錠前の形も変わっちゃってね。これから女王のところへ行って形を変えてもらわなきゃならないんだ」
「だから、宮殿へ行くのね、女王様のいる」
「そう、そして新しい鍵を使って心の扉を開くんだ」
「私にできる?」
「君じゃなきゃ、その心の鍵は使えないんだよ」
「わかったわ、がんばる」
私たちは、早速宮殿を目指して歩き始めたのでした。
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