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彼らの言葉が戯言だったなら  作者: 工藤夏下
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新しい日常

 * 新しい日常


 月曜日。新しい一週間が始まる。

 日曜日を週の始まりとするカレンダーが多いことは知っていたが、この器、入間礼雄は月曜日を週はじめとする感覚の持ち主だった。

 私は金曜日に退院すると、土日を目一杯使ってこの世界の情報を蓄えた。いつの世もいつの時も、知っている、ということはアドバンテージになるからだ。

 とはいえ、たった二日では情報収集にも限界がある。だから私は、入間礼雄の器に刻まれた知識を優先的に調べていった。つまり、器と魂の結合である。器を知ることで入間礼雄という人間を知り、この世界を知るのだ。

 概ねうまくいき、私は入間礼雄の器と同化することができた。

 例えば、入間礼雄には母親しかいなく、彼女は入間礼雄になんの関心もない。このせいで、退院手続きがひどく面倒だった。

 さらに、入間礼雄の肉体にあった傷の多くは、母親の恋人である男から受けたものであることも"思い出し"た。前述の通り、母親は無関心であるから、入間礼雄への虐待はエスカレートして行った。彼が入院していた要因の一つだ。私は自分がされたわけではないのに、自分のことのように悲しみを感じた。きっと、これは入間礼雄の肉体の悲しみだろう。

 知識と平行して行っていたのは、肉体の鍛錬だ。入間礼雄の貧相な肉体は、どうも私向きではない。

 最初は思うように身体が言うことを聞いてくれなかった。が、器と魂の繋がりが強くなるにつれ、肉体は力をつけていった。たった二日で、入間礼雄の肉体は、レオ・アルマスの肉体へと大きく近づいた。

 肉体と魂は引かれ合う。肉体が魂を呼び、魂が肉体を呼ぶ。この変貌は当然の結果だ。顔や肌の色など、表面的な部分は変わることはなかったが。

 こうして、私は入間礼雄に近づき(否、入間礼雄がレオ・アルマスに近づいたとも言える)この世界を知っていった。

 相変わらず、私のいた王国のことは思い出せないが、この世界を知るで私の魂が呼び寄せられた理由がわかる。ついては、私の世界を知ることに繋がる。

 私はそういう予感があった。


 午前十時の少し前、私は学校に到着した。教室の場所はわかっていたし、十時という時刻が遅刻なのもわかっていた。

 好奇心に任せて行動していたら、時間を過ぎてしまった。お陰でいくつかの確認もできたわけだが。

 そして、今日は遅刻を咎められるはずはないという確信があった。私には退院したてというアドバンテージがある。同情から有耶無耶になるだろう。

 案の定、私が教室に入ると、クラスメイトは騒然とし、教師は同情の言葉をかけた。

 私は礼儀正しく接すると、自分の席についた。右の一番奥、後ろから二番目の席に。

 私が席に着くと、後ろの席の関根が耳元で囁いた。

 「イルマちゃん。来てくれてよかった。退屈で死にそうだったんだ」関根の粘っこい声が耳にこべりつく。

 私の隣、そして前の席に座る、浦山と山越が品のない顔で笑った。

 「昼休み、いつものところに来いよ」

 私は黙って頷くと、身体を震わせた。


 昼休み、私は素直に奴らの言う『いつもの場所』に行った。

 奴らとは入間礼雄を虐めているグループであり、いつもの場所とは体育館裏だ。

 「きゃー、ホントに来た!」甲高い声を出したのは……いや、この女の名前などどうでもいい。不良女Aということにしておこう。

 その他に不良女はBとCがいて、男の方は関根ら三人を含め五人。前述のクラスメイト以外の男は、阿保と馬鹿ということにしておこう。

 こんな奴らの名前を覚えてやるほど、私の脳はお人好しではない。

 「さあて、イルマちゃん。何して遊ぼうか?」関根はバスケットボールを弾ませた。

 私は身体が震えていた。武者震いというやつだ。

 「超びびってんじゃーん」不良女のどれかが笑った。

 関根は下品な大声で笑い、バスケットボールを私に向かって投げた。

 捕ってやるのは訳ないが、ここはあえて受けてやった。痛みの確認のためだ。

 「ふむ、思っていた通り」私は言った。

 「はあ?」

 不良たちの声が張りついた。

 「思っていた通り、おまえはバスケットボールが下手だ」

 関根は何やら暴言を吐き、私に詰め寄ってきた。

 汚らしい手が、私の首元へと伸びる。

 私は関根の手を掴み、捻りあげ、足を払う。関根は派手に尻餅をつき、右手を背後で私に捻られる体勢になる。

 「痛てえ!」

 「大きな声で教えてもらわなくとも結構。わかっている。痛がるように痛めつけているのだからな」

 「てめえ、イルマ! こんなことしてただで済むと思うなよ」

 「ふむ」

 どうしてこの種の人間は同じ言葉を言うのだろう。登校前に痛めつけた別の男たちも同じことを言っていた。

 遅刻した理由はそれだ。私はヤンキーや不良と呼ばれる種の人間に接触し、因縁をつけてきたところを返り討ちにしてやった。

 なんの恨みもない見ず知らずの人間だったが、確認のために必要な行為だった。器である入間礼雄の意思の確認だ。

 入間礼雄は自分以外の多くの人間から虐げられて生きてきた。そのせいで、威圧的な人間にとことん弱い。それが見せかけのものであったとしても、到底太刀打ちできない。闘う前から敗北しているのだ。

 この敗者の精神は、魂だけでなく肉体にも刻み込まれていた。だから私は、早急にこの器の精神を払拭する必要があった。

 そのために有効なのは、実戦だ。闘えば勝てるという勝利の美味を、肉体に与えてやるのだ。

 私の思惑は見事にはまり、今朝の時点で臆病な器の呪縛から解放されていた。

 直接的な被害を受けてきた関根らからの呪縛は相当なようで、目の前にすると器が萎縮してしまう懸念もあった。が、結果的には杞憂だった。

 私の宿るこの肉体は、器の呪縛を凌駕していた。

 「おまえなど取るに足らないちっぽけな存在だ」私は言った。「これから何度も向かって来られても面倒だからな、拭えぬ恐怖をすり込み、再起不能にしてやろう」

 関根が何か叫んだ。が、私の耳には届かない。

 私は関根の腕に力をこめた。腕はいくつもの完全ができたように折れ曲がり、ひとりでに円をつくった。それから膝を踏み、反対側に蹴り曲げる。

 関根がさらなる叫びを発する前に、あらかじめ用意しておいた雑巾をだし、口にねじ込んでやった。

 「これでしばらくはまともに生活することもできない」私は残りの有象無象を睨んだ。「次は?」

 もはや、不良たちに戦意はなかった。声を荒げる者はいたが、哀れな虚勢でしかない。私には勝てない。そう、心が敗北していた。

 「二度と私に関わるな。誓え。破れば貴様らもこうなる」私は最後に関根の背を踏みつけるとその場を後にした。

 何かが満たされた気分だった。


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