穏やかに風は肌を撫でる
BGMは ボサ・ノヴァ です。
1964年3月リリース【Garota de Ipanema】
作詞 ヴィニシウス・ヂ・モライス
作曲 アントニオ・カルロス・ジョビン
砂浜を波が揺らぐ。
人はそれを“落ち着き”と呼ぶだろうか。
単調な繰り返しに色を変え、形を整え、泡を弾かせる。
実に賑やかで心躍らせるその静かな往来は、何にもたらされるのか。始まりは?終わりは?いつともしれぬからこそ、人は変わらぬ波の音の変わりようを待ち、変わらぬやすらぎと、波につられた他の音を楽しむのだ。
桟橋をボートが小突くリズム、小鳥のコーラス、木々のメロディ。
ここに来るのは5年ぶり、来年も来るぞと息巻いてから5年。あの気持ちがあったから5年で済んだのか、あんな気持ちでいたから5年もかかったのか、そんな下らない事をボンヤリと考える今が実に贅沢で仕方無い。
ラフな格好で木陰でうたた寝、温暖な気候と風に包まれる。
雑踏と喧騒に溢れた世に浸かっていたのが嘘の様だ、誰も彼もが呼吸の仕方を忘れた様な顔をして、命を削りながら生を貪る。どいつもこいつも御馳走を振舞われた様な顔をして、良心を削りながら癒しを貪る。
一般的な社会生活を送っていたつもりだった。
いわゆる普通という種類の人間に分類される。人生を振り返っても特別なエピソードは無い。そんな私が就職し、多少のミスをしながらも半人前程度には成長したであろう頃、いっちょまえに酒を煽り、愚痴をこぼし、ひとり虚しさに包まれて寝ると、朝は時間と重圧に押され、日が暮れるまでは会社に浸かり、夜は気ままに残業と酒と時間の浪費に明け暮れる毎日。
同じ事をのたまっていた愚痴仲間が姿を見せなくなる度に、羨ましくもあり、軽蔑もした。
退職が頭を過ぎっても、体裁がそうさせない。
恨むのは、無駄に丈夫な体と心。
勝ち得た昇進と共に、私は壊れた。
持たされた仕事は見事なまでに汚れ仕事。何も知らず、半人前が一人前を目指し駆け上がった階段は腐っていた。
生まれて初めて、生きる意味を問うた。
そして私は旅に出た。
大学の卒業旅行、初めての海外、ビーチでの片想い。
馬鹿な私は、来年も来るぞと息巻いて、奇跡の再会を果たせたら、想いを告げようとしていた。
勿論、奇跡は起きない。
ただ、余りにも全てが美しく映るこの地を、私は奇跡だと感じている。
静かに流れる時間の中の絶え間ない退屈に奇跡の連鎖を感じ取る。
どこからか 穏やかな風が 私の肌を撫でて行く。