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第9回配信 ゲームの倫理

 ふ、と目を開けた。


 眩しい。


 太陽の光を遮るため、手をかざす。


 僕はゆっくりと身体を起こし、長座の姿勢になった。


 ぐるりと四方を見る。


 どこまでも緑が広がっていた。僕は大平原のど真ん中に、たった1人でいるのだとわかった。


 視界の右上で、エリウサが鼻をひくひくさせて言った。


〈突然場面が変わったわね。レポートをどうぞ〉


 さて、なにから説明しようかと悩んだが、変に間があくと良くないと思い、とにかく感じたことをそのまま話した。


「非常に不思議な気分です。眠っているあいだに、巨人にひょいと摘まれて、草原にそっと置かれたような感じです」


〈前回、ウルトラハードモードにしたら、闘技場に転生したけど、今回ビギナーモードにしたら、平和な場所に転生したようね。ところでユメオ、どうして死んだの?〉


「どうして……」


 これをわかりやすく人に説明するのが、難儀だった。


「異世界転生ゲームでは、プレイヤーが冒頭で死ぬのがルールです。しかしもちろんゲームですから、苦痛を招く感覚は再現されないようになっています。だから死ぬのは寝るのと一緒で、今の感覚は、長い昼寝から起きたような感じなのです。まあ実際には、一瞬のことですけど」


〈じゃあどうやって死んだか、憶えてない?〉


「……いや。憶えてます」


〈それをレポートして〉


 どうやらエリスは怒っている。声の冷たさに、それがありありと表れていた。


「僕はモザイク人間に抱きつきました。そしたら死にました」


〈モザイク人間じゃなくて、アイドルの顔になった私のママでしょ。女だったら、ユメオは誰でもキュン死するの?〉


「えーと、キュンキュンした憶えはないのですが、転ゲーにおいては、ああなるとキュン死するようにプログラムされているみたいです」


 嘘だった。僕はあのとき、紛れもなくキュンキュンしたのだ。


「視聴者の皆様にご説明申し上げます。ゲームの中で女性に触ると、まるで現実の女性に触ったように柔らかいです。体温も伝わります。身体の重みも感じます。匂いもあります。だから正直、ドキッとします。しかしこの点で、勘違いしてほしくないことがあります」


 僕は言葉にするのが難しいことを、なんとか表現しようとした。


「僕が抱きついたのは、ゲームの中の女性で、本物の女性ではありません。この2つは、見た目や感触や匂いまで同じでも、やはり同じではないのです。ゲームの女性には、心がありません。人生を生きてきた歴史がありません。それは、説明するのが難しいのですが、よくできてるなあと感心はしても、本物にはやっぱり敵わないと感じる点なのです。僕は、本物の女性を抱いたほうが、この何倍もキュンとすると思います。あ、そういう経験は、今のところないですけど」


 そう言ってから、僕は顔が熱くなるのを感じた。あ、アバターの顔だけど(ああ、ややこしい)。


「なので、もし転ゲーで異性と接触しても、それを本当の経験のように記憶してほしくないと思います。まあ中には、映画やテレビドラマの中の出来事でさえ、現実と混同する方がいらっしゃいますが、それはある意味危険だということは、高校生の僕なんかに言われなくてもわかりますよね? これは自戒を込めて言っております。いかにゲームが進化してここまでリアルになっても、決して現実と同じではない。その当たり前のことを自分に言い聞かせながら、ゲームを進めてまいりたいと思います」


 と、僕がキリッとした顔で(イケメンアバターの顔で)言ったとき、画面の左上に、文章が浮かびあがった。


♠︎名無し:胸の感触もありましたか?


 名無しさんのチャットだった。また観にきてくれたということは、前回の配信を面白いと感じてくれたのだろう。だとしたら、すごく嬉しいことだ。


 しかし……


〈ユメオ、名無し様のチャット読んだ? そこはどうなの?〉


 どうも話題が、変な方向に進んでしまった。それは僕の望むことではなかった。とは言え、名無しさんの質問は、視聴者の多くが抱いた興味ときっと一致しているだろう。やはりこれは、避けては通れない質問だった。


「はっきり言いましょう。胸の感触はありました。だからこそ僕はキュンとして、死んでしまったのです」


 僕はチラッとエリウサを見た。ウサギのアバターは、ひどく不機嫌そうに、腕組みをしてこっちをにらんでいる。


「前言を撤回します。僕はあのとき、確かにキュンキュンしました。そのくらい、胸の感触がリアルだったのです。そしてそれは危険なことだと、今の僕は感じています。というのは、プレイヤーがこのゲームに、性的な刺激を求めてしまう可能性があるからです」


 僕は大きく息を吸い、言いにくいことを一気に言った。


「ゲームの開発者は僕に、転ゲーの中では、殺人や暴力や性的な行為は、することもされることもないようにプログラムしてあると話してくれました。しかし実際にプレイしてみると、女性の身体に触れることができるのです。しかも顔は、プレイヤーの理想を反映して、実在のアイドルそっくりになったりします。正直に言います。僕はこれだけで、充分性的な行為になりうると思うのです」


 エリウサは黙っていた。明るく楽しく配信するのがユメエリちゃんねるのモットーなのに、固い話をしてしまい、エリスに対して申し訳なく思った。


 しかし、いったん言い出した以上、最後まで言わねばならなかった。


「僕はモニターです。実際にプレイして、気づいたことがあれば、開発者に正直に伝えると約束しています。なのであえて言います。このままでは、転ゲーは大人向けのゲームになります。というか、大人向けのゲームとして楽しまれる危険性があります。なのでその点で、改善の余地があると思うのです。シロウトのくせに生意気言ってすみません。あと固い話題をしてしまい、視聴者の皆様にもお詫び申し上げます」


 するとチャットが入った。


♠︎名無し:そこ、直さないほうが、絶対売れると思いますよ。


 僕は唸った。それはそうだろうと思う。五感すべてでバーチャル体験ができると謳ってあれば、ゲーム内で出会う女性の感触を楽しみたいと、ほとんどの男性(あるいは女性も)が期待してしまうだろう。中にはそのためだけに、高価なゲームを購入する人もいるかもしれない。


 となると、僕の考えは固いかもしれないが、転ゲーは18歳以下には決してプレイさせてはならない。ゲームというものの影響力を考えると、そういう倫理はあってしかるべきだと思う。


 とーー


♣︎開発者:ユメオくんの言うとおりです。改善に努めます。


 あっと僕は、声をあげてしまった。


 エリスのお父さんがチャットに参加するとは、全然考えていなかったのだ。


♣︎開発者:どこまでが性的か、という線引きは、非常に難しい問題だと思います。薄着の女性が出てくれば、それだけで性的と感じる人もいるでしょう。しかし女性に触ることができたら、これはもう、性的な刺激があると言わざるを得ません。ゲームを含めたあらゆるエンターテイメントには、倫理が絶対に必要です。たとえそのために売り上げが半分以下になるとしても、私はこの異世界転生ゲームを修正し、異性との身体的な接触はできないようにします。


 僕は無言のまま、ゲームの世界の外にいるエリスのお父さんに向かって、深々と頭を下げた。


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