第7回配信 配信の心得5箇条
つまらない。
と言われれば、心臓が冷えるほど落ち込む。
面白い。
と言われれば、躍りあがるほど喜ぶ。
では、その落ち込みと喜びのどっちが大きいかと言うと、これはもう断然、何倍も、喜びのほうだった。
しかしである。
100回余りの視聴があって、わざわざコメントしてくれたのは、1件だ。
もしかしたら、「ザクロ石」さんは、エリスのお父さんの同僚かもしれない。だとしたら、そのコメントの内容が好意的なのは当たり前だった。
僕らが意識する必要があるのは、むしろ、コメントしない人の気持ちだった。
ひょっとすると、リョータが言ったように、
「なにコレ。面白くない」
と思ったかもしれない。そうすると、
「こいつらのゲーム配信なんて、2度と観るか」
と怒ったかもしれない。いや事実、僕たちのことを知っている梅村リョータに、ハッキリつまらないと言われているのだ。
褒められたことは素直に喜ぶとして、やはりここは、冷静に現実を見るべきだった。
「タイトルとサムネの次は、中身を研究しよう」
僕たちの動画は「つまらない」ということを前提にして、他人の動画を観てみた。こういう視点を持つことができたのも、リョータが正直に思ったことを言ってくれたからだ。これは本当に、ありがたいことだった。
「そうねえ……しゃべりはみんな、私よりずっと上手いよね」
エリスが謙虚に言った。僕もいろいろ観てみて、やはり実況をやる人は、しゃべりに自信があるタイプだなと感じた。
「まあそれは、慣れていくしかないだろうね。だけど、女性のゲーム実況者って少ないね。ゲームファンは男のほうが多いからかな」
「たぶんそうでしょうね。ていうか、プレイヤーと実況者が別っていうのは私たちだけじゃない? これって、すごい特徴だと思うよ」
「しかもどっちもアバターでね。個性的なのはまちがいない。でも逆に言うと、観る人にとっては、馴染みがないスタイルだってことになる」
「その個性を強みにするには、私たちの掛け合いが面白くないとダメよね。あんまりグダグダだと、視聴者がイライラしちゃうかも」
「漫才みたいにするってこと?」
「いや、そこまでしなくていいよ。あくまでも主役は転ゲーだから。いかにこのゲームはすごいかってことを、できるだけ面白く伝えられるといいな」
「どんなふうに掛け合いする?」
「やっぱりさ、明るく元気なのがいいんじゃない? 高校生の男女コンビなんだから、そこを売りにしたいな。そのためにも、ユメオが楽しくプレイするのがいちばんだと思う」
「そうだね。実際、転ゲーは楽しいし。それを伝えるには、僕自身も実況したほうがいいかな」
「え、ダブル実況でやる?」
「転ゲーってさ、匂いとか触感も、現実そのままなんだよね。でも視聴者には、映像と音声しか伝わらないでしょ? だから僕はその部分を、なんとか言葉で表現したいと思うんだ」
「匂いとか、触った感じとかをね」
「うん。あと、まだ試してないけど、味覚についても」
「じゃあ、食べられる物が出てきたら、どんどん食べてみて。それでどんな味か教えて」
「なんだか、芸能人の食レポみたいだな」
「面白そうね。ユメオが突撃レポーターで、私がスタジオアナウンサー。そんなイメージでやったら、上手くいくんじゃない?」
「じゃあ、そういうスタイルだっていうことを、動画の説明欄に書いておくといいね」
ということで、動画の説明欄には、
*〈異世界転生ゲーム〉は、AI搭載のヘッドギアを被るだけで、五感すべてでバーチャル体験ができるようになる画期的なゲームである。
*ただし転ゲーは、現時点で発売するには高価になりすぎるため、まずは誰かに体験プレイをしてもらい、そのゲーム実況をライブ配信しようと開発者が決めた。
*その体験者に選ばれたのが、高校生Vチューバーの「ユメオ」であり、ユメオはプレイしながら転ゲーのバーチャル体験をレポートする。
*その相方の「エリス」は、ユメオの幼馴染みの女子であり、アナウンサー的立場でユメオと掛け合いしながらゲームを進行していく。
という主旨の文を載せることにした。
「エリスが女子高生だって書くと、おかしな書き込みをするやつが出てこないかな」
それが唯一で、最大の心配だった。
「大丈夫よ。私、気にしないから」
「僕は気にするなー」
「ユメオ、メンタル弱い?」
「いや、僕じゃないよ。もしエリスが変なことを言われたら、これをやったことを後悔するかも」
エリスが僕を見た。僕はすっと、その視線を外した。
「気にかけてくれてありがとう」
エリスが真面目な口調になって言った。
「でもそれを怖がってたら、なにもできないでしょ? 私たちのやってることは、誰にも迷惑かけないし、誰も傷つけない。転ゲーという素晴らしいゲームを、楽しく紹介するだけだもん。一部の心ない人の言動は、気にしないことにしようよ」
「そうだね」
僕はエリスの強さに、改めて尊敬の気持ちを抱いた。
「嫌なことを書かれたら、誰でも嫌だよね。でも動画を配信する人の多くは、そんなことに負けていない。今の時代を生きるには、その『気にしない』スキルが必要なのかもしれないな」
「よく聞く、スルースキルね」
「だって、マジで嫌だと思うよ。女であることをからかわれるコメントとか残されたら」
「別にいいよ。言われてるのはアバターのエリウサだって思うから。それに私たちはチームだからさ。1人じゃない分、支え合えるじゃん」
「そうだね。嫌なことは、2人で分散しよう」
「うん。その逆に、嬉しいことは2人で分け合おう。チームだから、ね?」
僕は俯いた。なんだか急に、照れくさくなったのだ。
「じゃあさ、明日からの配信に向けて、心構えみたいなものを箇条書きにしてみない?」
エリスの提案で、僕たちは、ユメエリちゃんねるの心得5箇条をつくった。
①まずは自分たちが楽しんで、明るく元気に配信する。
②初めて観る人にもわかりやすく実況する。タイトルとサムネも、なにをしている動画なのか、わかりやすいことを重視する。
③変な書き込みは気にしない。スルーする。あと視聴回数やチャンネル登録者数など、数字を気にしすぎないようにする。所詮は初心者のシロウトなのだから。
④しかし、欠点や弱点の指摘に関しては、感謝して受け入れる。それが配信の質の向上につながり、ひいては転ゲーの評価につながる。
⑤応援や褒め言葉があったら、素直に喜ぶ。その長所を伸ばすように努力する。チームなのだから、嫌なことは分散して半分に、嬉しいことは分かち合って2倍にする。
「いい5箇条ができたね。家に帰ったら、紙に書いて部屋に貼ることにするよ」
そう言って笑いながら、内心僕は、自分自身に1つのことをずっと言い聞かせていた。
(僕にとっては、3番目が大事だぞ。さっき他人の動画を研究したとき、つい視聴回数を較べてしまった。あれをやると、とたんに喜びが小さくなる。せっかくエリスとチームになれたのに、喜びを失ったらなんの意味もない。いいか、ユメオ、他人と較べるな。数字を気にするな。喜ぶべき理由はたくさんある。そっちに目を向けろ。数字を気にするな。気にするな。気にするな……)




