表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/43

第6回配信 コメント第1号

 エリスの家に入ると、


「いらっしゃい」


 エリスのお母さんが、明るい笑顔で迎えてくれた。


 榎田家の人は、みんな明るい。そこが僕は昔から好きだ。ひょっとすると、僕が最初に好きになった人は、エリスよりちょっとだけ先に、このお母さんだったかもしれない。


 なので、今でも顔を見ると妙に照れくさい。


「昨日はパートだったから、ライブでは観れなかったけど、あとで動画を観せてもらったわ。剣士になって蛇を退治したところ、とてもカッコ良かったわよ。私、ユメオ君のファンになりそう」


 コーヒーを淹れてもらって、エリスとよく似た瞳で見られてそんなことを言われると、


(もしこの人がお義母さんだったら、最高だな)


 と、ついくすぐったいことを考えてしまう。


「ケーキ食べる? 甘いの大丈夫よね」


「あ、はい!」


 エリスのお母さんが、僕のために、ケーキを買ってきてくれたらしい。


(Vチューバーになったらいいことしか起こらない。なんだか怖いくらいだ)


 僕がイチゴのショートケーキを選ぶと、エリスはチーズケーキにし、お母さんがモンブランにした。


 僕はケーキを食べながら、得意の妄想をした。


(お母さん。僕は絶対に、浮気はしません。それだけは神に誓って言えます。お酒もタバコもやらないし、ギャンブルもしません。仕事が終わればまっすぐ家に帰ります。飲み会の誘いはすべて断わります。出世できるかどうかは自信がありませんが、真面目に働くことはできます。見た目は平凡で、頼りになるタイプでもないし、100パーセント幸せにするとも言い切れないですけど、誠実に生きることは約束します。だからどうか、娘さんを、エリスさんを、どうか僕の、僕のお嫁……)


「……ユメオ?」


 不意にエリスが、僕の顔を覗き込んできた。


「ケーキ、そんなに美味しかった? 感動してむせび泣くくらいに」


「あ、うん」


 僕はティッシュをもらって、洟をかんだ。どうやら妄想のクライマックスで、感極まってしまったようだ。


「ユメオ君」


 使用済みのティッシュをポケットにしまい、ゴミ箱に捨ててよとエリスに注意されたとき、リビングにエリスのお父さんが入ってきた。今の時代、ゲームクリエイターは、基本在宅ワークなのだそうだ。


「あれから転ゲーを改良したよ。苦痛を誘発するような感覚は、なるべく再現されないようにした」


「えっ、もう直したんですか?」


 天才は、仕事が速い。これぞ神速だ。


「また試して、気づいたところがあったら教えてね。一緒に転ゲーをつくりあげていこう」


「はい!」


 僕とエリスは、エリスの部屋へ行った。


 エリスが机のほうを向いてパソコンを操作しているとき、その後ろ姿を見ながら、


(昨日、ゲームの中で抱き締められたな。セーブポイントからじゃなくて、またスタートから始めたら、あの場面になってもう一度僕を抱き締めてくれるかな?)


 そんなことを考えていると、エリスが不意に振り返った。


 ドキン、と心臓が搏った。


 ちがう。


 そう思った。


(やっぱり本物はちがう。どんなにリアルでも、ゲームの中のエリスはエリスじゃない。見た目も、声も、触った感触まで一緒でも、本物はなにかがちがうのだ。それがなにかを上手く説明することはできないけど、この決定的なちがいを認識していれば、ゲームと現実の記憶がごっちゃになることはないだろう)


「あのさ、ユメオ」


「なに?」


「梅村君、昨日の配信を観て、なにか感想を言ってた?」


 ちょうど僕が言おうと思ったタイミングで、エリスのほうからその話題を振ってきた。


「それなんだけどさ。リョータのやつ、ハッキリとつまんなかったって言ってた。視聴回数も、あれじゃ惨敗だろうって」


「惨敗? それ、トップクラスの人と較べてでしょ? うちのクラスでも、ダンスの動画とかを撮ってあげてる子がいるけど、数字はだいたいあんなもんだよ」


 やはり惨敗という言葉には、僕と似たような反応をした。


「僕も数字は気にしない、というか、26人も観てくれて、5人もユメエリちゃんねるに登録してくれたのは、むしろ嬉しいくらいだったよ」


「昨日の動画、今チェックしたら、視聴回数は105回になってたよ。それにチャンネル登録者数は、2人増えて7人になってた」


「え、マジで?」


 僕は自分のスマホを出して、急いで確認してみた。


「ホントだ! えー、100回も観てもらえたの? そんで7人も登録? なんで?」


「私も不思議。ゲームファンの人って、こんなマイナーな動画までチェックするのかしらね」


「ひょっとしたら、ライバル会社のゲームクリエイターかも」


「あー、なるほど。ありそう」


「それでさ、エリス。相談なんだけど」


「なに?」


「今日は配信をやめて、今後の方針について話し合わない?」


「方針って?」


「うん、リョータの意見に振りまわされるわけじゃないけど、つまらないと言われるのは、やっぱり問題だと思うんだ。転ゲー自体は面白いんだから」


「どこがつまらないって言ってた?」


「なにをやるかの説明もなく始まって、途中で急に終わっちゃって、なにコレって思ったって」


「む……確かに」


「そもそも、視聴者は転ゲーなんて知らないし、その誰も知らないゲームを、誰も知らないただの高校生がプレイして、いったい誰が観んのとも言ってた」


「痛いとこ突くなー。転ゲーを実際にプレイしたことがあるのは、お父さんの会社の人たちだけだからね。認知度が低いのはどうしようもないよ」


「僕が誰も知らない高校生なのも、どうしようもないしね。だからこそ、関心を持ってもらえるように、工夫しないとダメだと思うんだ」


「例えば?」


「昨日の動画の表紙って、ただの転ゲーのスタート画面だよね」


「ああ、サムネね」


「で、タイトルが、『次世代型全感覚バーチャルリアリティゲームをやってみた』。まあ、これはこれで悪くないけど、ちょっとおとなしい感じがするかな」


「じゃあどうする?」


「ほかの人のを参考にしよう」


 僕たちは、それぞれのスマホで、ゲーム実況の動画をチェックした。


「みんな、サムネにたくさん文字を入れてるね」


「うん。それで、逆にタイトルは意外と短い。パッと見て、すぐ読めるくらいの長さがいいのかも」


 2人でアイデアを出し合った結果、タイトルは、


『【絶叫】迫真のバーチャゲームで鬼畜モードはヤバかった』


 にした。そしてサムネのほうは、


『異世界に転生?』『キュン死?』『大量メテオ?』


 という文字と、僕とエリスのアバターが、驚きと恐怖で目を大きくしている画像を組み合わせたものにした。


「うん。このほうが、『引き』があるよね」


「でもなんだか、ホラーゲームみたいね。全然ホラーじゃないのに」


「あ、待って。動画にコメントが入ったよ!」


 僕はちょっと興奮した。配信中には名無しさんのチャットがあったが、コメントがこれが第1号だった。


 僕とエリスは、一緒にその文を読んだ。


♣︎ザクロ石:面白いですね。続きが観たいです。


「やった! スクショ、スクショ!」


 僕たちは踊りあがって喜び、2人して、そのコメント画面をスクリーンショットで撮った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ