第6回配信 コメント第1号
エリスの家に入ると、
「いらっしゃい」
エリスのお母さんが、明るい笑顔で迎えてくれた。
榎田家の人は、みんな明るい。そこが僕は昔から好きだ。ひょっとすると、僕が最初に好きになった人は、エリスよりちょっとだけ先に、このお母さんだったかもしれない。
なので、今でも顔を見ると妙に照れくさい。
「昨日はパートだったから、ライブでは観れなかったけど、あとで動画を観せてもらったわ。剣士になって蛇を退治したところ、とてもカッコ良かったわよ。私、ユメオ君のファンになりそう」
コーヒーを淹れてもらって、エリスとよく似た瞳で見られてそんなことを言われると、
(もしこの人がお義母さんだったら、最高だな)
と、ついくすぐったいことを考えてしまう。
「ケーキ食べる? 甘いの大丈夫よね」
「あ、はい!」
エリスのお母さんが、僕のために、ケーキを買ってきてくれたらしい。
(Vチューバーになったらいいことしか起こらない。なんだか怖いくらいだ)
僕がイチゴのショートケーキを選ぶと、エリスはチーズケーキにし、お母さんがモンブランにした。
僕はケーキを食べながら、得意の妄想をした。
(お母さん。僕は絶対に、浮気はしません。それだけは神に誓って言えます。お酒もタバコもやらないし、ギャンブルもしません。仕事が終わればまっすぐ家に帰ります。飲み会の誘いはすべて断わります。出世できるかどうかは自信がありませんが、真面目に働くことはできます。見た目は平凡で、頼りになるタイプでもないし、100パーセント幸せにするとも言い切れないですけど、誠実に生きることは約束します。だからどうか、娘さんを、エリスさんを、どうか僕の、僕のお嫁……)
「……ユメオ?」
不意にエリスが、僕の顔を覗き込んできた。
「ケーキ、そんなに美味しかった? 感動してむせび泣くくらいに」
「あ、うん」
僕はティッシュをもらって、洟をかんだ。どうやら妄想のクライマックスで、感極まってしまったようだ。
「ユメオ君」
使用済みのティッシュをポケットにしまい、ゴミ箱に捨ててよとエリスに注意されたとき、リビングにエリスのお父さんが入ってきた。今の時代、ゲームクリエイターは、基本在宅ワークなのだそうだ。
「あれから転ゲーを改良したよ。苦痛を誘発するような感覚は、なるべく再現されないようにした」
「えっ、もう直したんですか?」
天才は、仕事が速い。これぞ神速だ。
「また試して、気づいたところがあったら教えてね。一緒に転ゲーをつくりあげていこう」
「はい!」
僕とエリスは、エリスの部屋へ行った。
エリスが机のほうを向いてパソコンを操作しているとき、その後ろ姿を見ながら、
(昨日、ゲームの中で抱き締められたな。セーブポイントからじゃなくて、またスタートから始めたら、あの場面になってもう一度僕を抱き締めてくれるかな?)
そんなことを考えていると、エリスが不意に振り返った。
ドキン、と心臓が搏った。
ちがう。
そう思った。
(やっぱり本物はちがう。どんなにリアルでも、ゲームの中のエリスはエリスじゃない。見た目も、声も、触った感触まで一緒でも、本物はなにかがちがうのだ。それがなにかを上手く説明することはできないけど、この決定的なちがいを認識していれば、ゲームと現実の記憶がごっちゃになることはないだろう)
「あのさ、ユメオ」
「なに?」
「梅村君、昨日の配信を観て、なにか感想を言ってた?」
ちょうど僕が言おうと思ったタイミングで、エリスのほうからその話題を振ってきた。
「それなんだけどさ。リョータのやつ、ハッキリとつまんなかったって言ってた。視聴回数も、あれじゃ惨敗だろうって」
「惨敗? それ、トップクラスの人と較べてでしょ? うちのクラスでも、ダンスの動画とかを撮ってあげてる子がいるけど、数字はだいたいあんなもんだよ」
やはり惨敗という言葉には、僕と似たような反応をした。
「僕も数字は気にしない、というか、26人も観てくれて、5人もユメエリちゃんねるに登録してくれたのは、むしろ嬉しいくらいだったよ」
「昨日の動画、今チェックしたら、視聴回数は105回になってたよ。それにチャンネル登録者数は、2人増えて7人になってた」
「え、マジで?」
僕は自分のスマホを出して、急いで確認してみた。
「ホントだ! えー、100回も観てもらえたの? そんで7人も登録? なんで?」
「私も不思議。ゲームファンの人って、こんなマイナーな動画までチェックするのかしらね」
「ひょっとしたら、ライバル会社のゲームクリエイターかも」
「あー、なるほど。ありそう」
「それでさ、エリス。相談なんだけど」
「なに?」
「今日は配信をやめて、今後の方針について話し合わない?」
「方針って?」
「うん、リョータの意見に振りまわされるわけじゃないけど、つまらないと言われるのは、やっぱり問題だと思うんだ。転ゲー自体は面白いんだから」
「どこがつまらないって言ってた?」
「なにをやるかの説明もなく始まって、途中で急に終わっちゃって、なにコレって思ったって」
「む……確かに」
「そもそも、視聴者は転ゲーなんて知らないし、その誰も知らないゲームを、誰も知らないただの高校生がプレイして、いったい誰が観んのとも言ってた」
「痛いとこ突くなー。転ゲーを実際にプレイしたことがあるのは、お父さんの会社の人たちだけだからね。認知度が低いのはどうしようもないよ」
「僕が誰も知らない高校生なのも、どうしようもないしね。だからこそ、関心を持ってもらえるように、工夫しないとダメだと思うんだ」
「例えば?」
「昨日の動画の表紙って、ただの転ゲーのスタート画面だよね」
「ああ、サムネね」
「で、タイトルが、『次世代型全感覚バーチャルリアリティゲームをやってみた』。まあ、これはこれで悪くないけど、ちょっとおとなしい感じがするかな」
「じゃあどうする?」
「ほかの人のを参考にしよう」
僕たちは、それぞれのスマホで、ゲーム実況の動画をチェックした。
「みんな、サムネにたくさん文字を入れてるね」
「うん。それで、逆にタイトルは意外と短い。パッと見て、すぐ読めるくらいの長さがいいのかも」
2人でアイデアを出し合った結果、タイトルは、
『【絶叫】迫真のバーチャゲームで鬼畜モードはヤバかった』
にした。そしてサムネのほうは、
『異世界に転生?』『キュン死?』『大量メテオ?』
という文字と、僕とエリスのアバターが、驚きと恐怖で目を大きくしている画像を組み合わせたものにした。
「うん。このほうが、『引き』があるよね」
「でもなんだか、ホラーゲームみたいね。全然ホラーじゃないのに」
「あ、待って。動画にコメントが入ったよ!」
僕はちょっと興奮した。配信中には名無しさんのチャットがあったが、コメントがこれが第1号だった。
僕とエリスは、一緒にその文を読んだ。
♣︎ザクロ石:面白いですね。続きが観たいです。
「やった! スクショ、スクショ!」
僕たちは踊りあがって喜び、2人して、そのコメント画面をスクリーンショットで撮った。