第5回配信 僕のマジメな恋愛観
翌朝、教室に入ると、エリスと目が合った。
(今日もよろしくね、ユメオ)
という想いが、無言で伝わってきた。
僕は嬉しかった。確実に、エリスとの距離が縮まっている。
もはや昨日までの僕たちではない。そう、今やただの幼馴染みではなく、ともに娯楽を配信するチームメイトだった。
だからと言って、すぐに付き合えるとは思っていない。
僕の恋愛観は少々固い。
恋愛とは、遊びでするものではないと、これまでずっと思ってきた。
女、あるいは男を見る目を養うために、いろんな異性と付き合うべきだ、という考え方は、完全にまちがっていると僕は信じている。
将来結婚する決意もないのに付き合うなんて、相手を傷つけ、裏切る行為でしかないと思うのだ。
僕には理想がある。
それは、初恋の人をずっと想いつづけ、その人と結婚すること。そして一生、その人だけを愛しつづけること。
イタい男だと思われるかもしれない。でも僕は、その理想の半分までは実行している。残りの半分も、できることなら叶ってほしいと、胸が張り裂けんばかりに願っているのだ。
だから僕は、
(自分はエリスの旦那さんに相応しい人間だろうか?)
と、いつも繰り返し自問自答している。
だって、世の中には星の数ほど男がいる。この教室内でも、僕より魅力があってモテる男子は何人もいる。その中から、たった1人の男として、エリスに選んでもらわなくてはいけない。このハードルの、ああ、なんと高いことよ!
油断するなよ、ユメオ。Vチューバーのコンビになれたのは、単なるスタートにすぎない。まずは同じことを協力して行ない、良いチームになれると実証すること。それができて初めて、結婚を前提に付き合うことを考えるべきなのだ。
「おい、ユメオ」
休み時間に梅村リョータが寄ってきて、声をひそめた。
「昨日、偶然観たぞ。あれ、親とかに内緒か?」
ドキッとした。もしかして、あれって、あれか?
「……観たの?」
「やっぱりそうか。ユメエリちゃんねるっての」
僕は驚いた。ほんの20分、誰にも予告せずに配信したものを、クラスメイトが発見した。偶然とは恐ろしいものだと、つくづく思わずにはいられなかった。
「リョータ、どうやって見つけたの?」
「だから、たまたまだよ。俺、動画ってゲーム実況しか観ないからさ。スマホ開いたらパッてあれが目について。〈次世代型全感覚バーチャルリアリティゲーム〉ってタイトルにあっただろ? 榎田のお父さんがそういうのを開発したって話は聞いてたから、もしかしてと思って観たら、ユメオがやってんじゃん」
「転ゲーって、有名だったんだ」
「有名ではないかもしれないな。実用化されるかどうか未定って、ネット記事にもあったから。一部のコアなゲームマニアが注目してるだけじゃない? もし販売されても、1台100万くらいになるらしいじゃん。そんなの、俺には絶対買えないからな」
「あれ、マジで面白いよ。半端なくリアルだから。金持ちなら、きっと100万でも買うと思う」
「そう? その割りに、動画はつまんなかったな」
すっと、心臓が冷たくなった。
「……昨日の配信、つまらなかった?」
「だって全然、準備してないだろ? なにをやるかの説明もなくいきなり始まって、途中で急に終わっちゃってさ。なにコレって、正直俺は思ったよ」
「…………」
「落ち込んだってしょーがねーぞ。俺はまだいいよ。転ゲーのことを多少は知ってたし、プレイヤーがお前ってのもわかったから。でもそもそも、視聴者は転ゲーなんて知らないんだぞ。その誰も知らないゲームを、誰も知らないただの高校生がプレイして、いったい誰が観んの? 昨日の視聴回数チェックした?」
「ライブ中は26人が視聴してたって、エリスから教えてもらった」
「26人って、どう思う?」
「あー、よく観てくれたなって思ったよ。まさかそのうちの1人が、リョータだったとはね」
「よく観てくれたじゃないよ。惨敗じゃん」
そう言われると、反論したくなった。
「だって別に、誰と競ってるわけでもないから。あのゲームのモニターになることが目的で、配信は、そのオマケみたいなもんだからさ」
「本当に? 言い訳じゃないの?」
「くどいぞ。ところでこのこと、誰かに言った?」
「いや、まず本当にユメオと榎田なのか確かめてからにしようと思って」
「誰にも言わないでくれる? まだ手探りで1回やっただけだから、恥ずかしいんだよ」
「これからもやるの?」
「一応ね。エリスがけっこう乗り気なんだ」
「仲良いな。もう付き合ってるの?」
「いや、そういうんじゃない」
「Vチューバーのコンビなんかしてたら、付き合ってるのと同じじゃん。お互い好きなんだろ?」
「さあ……」
僕は自分でも、顔が赤くなるのがわかった。
「告白すりゃいいじゃん。そんでもし断わられたら、コンビ解散しろよ。俺だったら、まず相手が好きかどうか確認するな。でなきゃコンビなんてやれねーよ」
「お笑い芸人の男女コンビだって、別に付き合ってるわけじゃないじゃん」
「プロの芸人と一緒にすんなよ。だったら、もっとクオリティの高いものつくれよ。カップルの遊びじゃないって言うんならさ」
僕が黙って答えないでいると、チャイムが鳴って休み時間が終わった。
放課後、僕はエリスに、リョータが昨日の配信を観たことを話した。
「びっくり! もしかして、チャットの名無しさんって梅村君だったのかな?」
「ちがうでしょ。ユメエリさんたち仲良いですねなんて、あいつがチャットするはずないよ」
「チャンネル登録者が5人いるんだよね。4人までは、パパとその同僚だってわかってるんだけど、あとの1人、梅村君じゃないかな?」
「ちがいそうだな。それこそ、名無しさんのほうが可能性高いよ。それか、エリスのお母さんってことない?」
「ママか! 訊いてみよっ」
エリス、嬉しそうだなと思った。自分がつくったチャンネルに、ほんのわずかな数でも視聴や登録があると、テンションが上がるらしい。
それは僕も同じだった。リョータに言わせれば「惨敗」ということになるが、まったく無名の素人の動画を26人の人が観てくれて、5人もの人がチャンネル登録してくれたということは、「よしっ」と拳を握るほどに大きな喜びだった。
(そうだ。この26と5という数字は、忘れないでおこう。これは僕らの記念だ。僕とエリスが力を合わせて獲得した数字。こういう感動は、生まれて初めて味わう喜びだぞ)
エリスの家に向かいながら、僕は、思い切ってVチューバーをやることにして良かったと感じていた。
と同時に。
これからもVチューバーとして活動するために、エリスに対して、あることを言わなければと思っていた。