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第4回配信 僕はVチューバーになります

「……?」


 熱くなかった。


 どうやら間一髪で、ゲームを終了できたらしい。


 頭に手を当てて、ベッドギアを外した。


 LEDのシーリングライトが見える。


 エリスの部屋。エリスのベッド。そこに仰向けになったまま、しばらく茫然としていた。


「どうだった?」


 エリスが顔を覗き込む。僕はすぐには言葉が見つからず、ただその顔をぼうっと見返していた。


「ウフフ」


 エリスが笑った。


「ユメオ、お化け屋敷から出てきたみたいな顔してるよ」


「うん」


 僕は同意の返事をし、


「まだ心臓がバクバクしてる。お化け屋敷のつもりで入ったら、チェーンソーを持った本物の殺人鬼に追いまわされた気分だ」


「ごめんね、ユメオ。勝手にウルトラハードにして」


「鬼畜はちょっと、ヤバいな」


「たぶん市販されるときは、ハードモードまでになると思う。それ以上はやっぱり危険?」


「どうかな。バンジージャンプとかスカイダイビングが好きな人は、鬼畜でもいいんじゃない? まあジェットコースターがダメな人は、上のモードではやらないほうがいいね」


「ゲームは面白かった?」


 僕はこの質問にはすぐに答えず、ベッドに身体を起こして言った。


「トイレ、借りてもいい?」


「うん。部屋を出てすぐ右」


 トイレに入ったのは用を足すためではなく、一人で坐って考えるためだった。


〈異世界転生ゲーム〉は面白いか。


 これはそう、面白い。むちゃくちゃ面白いと言ってもいい。


 むしろ面白すぎて、問題があるような気がした。


 例えば、放課後の教室でキュン死したとき。


 あの、エリスに抱き締められた感触は、リアルそのものだった。


 それはありありと、思い出すことができる。


 夢とはまったくちがう。ということは、あれはもはや現実にあったこととして、僕の頭の記憶庫にしまわれている。


 つまり、完璧にリアルだと、記憶の中でゲームと現実の区別がなくなるのだ。


 これは、非常に危険なことではないだろうか?


 僕は現実にはエリスに抱かれていない。しかし記憶には、エリスに抱かれた経験がある。こういうことを繰り返していったら、やがて僕の現実認識は、ヤバいことになってしまうのではないだろうか?


(今のうちに引き返そう。いくら面白くても、僕はゲームに脳を乗っ取られたくはない)


 トイレを出て、エリスの部屋に戻る。エリスは机に向かって、スタンドに立てたスマホを見ていた。


「そう言えば、ゲーム実況をしていた機材は?」


 エリスの机に、スマホとつないだノートパソコンはあったが、それ以外にはなにも機械類はなかった。


「必要ないよ」


 エリスがスマホの画面をこっちに向けて、


「今はいいアプリがあって、スマホでなんでもできるの。アバターをつくるのも、スマホをカメラとマイク代わりにすることもね」


「へえー。どんどん進んでいくんだな」


 と言いながらベッドに坐り、パソコンとコードでつないだヘッドギアを弄んだ。


「エリスはどう? ゲームを実況するのは面白かった?」


「すっごく!」


 彼女の返事に、迷いはなかった。


「パパがつくった転ゲーは、世界に一つしかないすごいゲームだと思ってる。それを紹介できるのは嬉しいし、ユメオがプレイしてるのを観るのは楽しい。それを配信して誰かに視聴してもらうのは、これはもう、めちゃ面白い!」


「そんなに?」


「うん。ハマっちゃった。毎日配信してもいいくらい」


「そうなんだ」


 毎日配信か。となると、僕は毎日エリスの家に来て、こうやって一緒に時間を過ごすことができる。


 やるか。


 さっきの決意はあっさりと覆された。背に腹は変えられない。僕にとっては、エリスとの距離を縮めるのが大目標で、そのためには少々の危険は引き受けなければならない。


 だって、エリスのいない人生なんて、もう考えられないから。


「あ、もちろん、ユメオが良かったらだけど。どう、ちょっと負担?」


「ううん。僕もやりたいよ。時間はどうしよう。今のプレイ時間って、どのくらいだった?」


「約20分」


「20分?」


 仰天した。あの、死んで転生して大蛇に喰われてメテオ攻撃を浴びたのが、たった20分間の出来事だったとは!


「じゃあ1回のプレイは、せいぜい1時間が限度かな。学校が終わってすぐ始めるとして、毎日夕方の4時から5時くらいまでの配信でどう?」


「わー、楽しみ。娯楽を発信するのって、こんなにやりがいがあるとは思わなかった」


「観る人が面白ければいいけどね」


「絶対面白くなるよ。でも、無理しないでね。あくまでゲームなんだから、愉しむつもりでさ」


「エリスが視聴者様のチャットに煽られて、鬼畜モードにしたりしなけりゃ大丈夫だよ」


「ゴメンナサイ」


 笑顔で謝られると、僕はなんでも許す気になった。


 そのとき、ノックの音がした。


 エリスがドアを開けると、エリスのお父さんが満面の笑みで入ってきた。


「ユメオ君」


 再び両手で、ガシッと手を握られた。


「転ゲーをプレイしてくれてありがとう。素晴らしい配信だった。私の同僚たちも観てくれて、オンラインお茶会でいろんな意見をくれた。特にユメオ君のプレイは好評で、とても面白かったとみんな大絶賛だったよ」


「本当ですか? ただ夢中で逃げただけですけど」


 面白かったと言われて、僕は背中がゾクっとした。


「それが良かったんだよ。やはり真剣な姿というのは、人の心を打つね」


「それは、あのゲームが最高だからですよ。あまりのクオリティにびっくりしました」


「いやあ。まだまだ改善していかないと。どう? ここは直したほうがいいというところはあった? 転ゲーを良くするために、ぜひ正直な意見を聞かせてもらいたいんだ」


「そうですね……」


 少しためらったけど、言うことにした。


「完璧なリアルというのは、ちょっと危険な気がしました。もちろん、あのリアルさが圧倒的に面白いんですけど、記憶の中で現実と区別がつかなくなるので、長くプレイしてると脳に影響があるんじゃないかと思いました」


「ありがとう。その点については様々な研究があって、私も考慮している。なので転ゲー内では、殺人や暴力や性的なことを行なったり、またされたりしないようにプログラムしてある」


「あの……大蛇に呑み込まれたときは、死ぬかと思うほど苦しかったです」


「ああ、すまない。触覚も再現されるから、閉塞状況で呼吸困難になってしまったかな。暴力的ではないつもりだったんだけど」


「できれば、苦痛を招く感覚は再現しないほうがいいんじゃないでしょうか? それがわかってたら、大蛇に呑み込まれるという貴重な体験を、もっと純粋に楽しめたかもしれません」


「そうだね。直せるようにしてみよう」


「生意気言ってすみません。でも、もしあのとき苦しくなかったら、蛇の内側を観察したり、粘膜の感触を確かめたりして、転ゲーの世界をもっとじっくりと味わえたと思うんです」


「うん、ありがとう。大変貴重な意見だ。これからも、気づいたことはジャンジャン教えてくれ」


 僕はその日、家に帰ってからも、エリスやエリスのお父さんとメールのやり取りをして過ごした。


 興奮して、その夜は眠れなかった。


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