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第32回配信 心からの謝罪(K室氏との比較)

 放課後、ようやくエリスと話した。


「昨日はゴメンね。変な冗談言って。デリカシーがなかった」


 冗談だったということにして、謝ることにした。


 そこには触れずに会話をする、という方法をとる人もいるだろう。


 しかし僕は、人間関係がギクシャクした場合、自分から謝るのが、どんなときでも最善の方法だと信じている。


 そうしないと、日本と韓国とか、M迫さんと吉本とか、K室さんと元婚約者の方のように、いつまで経っても問題が解決しない。


 自分の事情や考えばかりを優先して、頑なに謝ることをしないと、相手は態度を硬化させるばかりである。


 例えばK室さんが、どんな事情があったにせよ、


「400万円ものお金を援助してもらって、あのときどれだけ助かったか、言葉に言い尽くせないくらいです。今の自分があるのも、あなたのおかげです。そのご恩を少しずつでも返していきたいです。それがこんなに遅くなってしまったことを、深くお詫びします」


 と言っていたらどうだったか。もしそうせずに、


「あなたは1度、『返してもらうつもりはなかった』と言いました。その証拠はちゃーんと録ってあります。だからあれは借金じゃない。もしあれを借金と認めたら、まるでうちが借金を踏み倒そうとしたみたいじゃないですか。これは名誉の問題です」


 と言って、一言も謝らなかったとしたらどうだろう。解決は難しいのではないか?


 K室さんは、実に損をしていると思うのである。


 だから僕も、


「オシッコの音と匂いが好きだと言ったのは、あくまでもジョークである。あれが本気だったことにされたら、切実に名誉の問題だ。将来僕の妻になる人間まで、オシッコの音と匂いが好きな旦那の女房だと言われることになる」


 とは言わない。それよりは全面的に折れて、


「これまで仲良くしてくれて、僕の人生を明るくしてくれたこと、言葉に表せないくらい感謝しています。その恩人と2人きりでいるときに、際どいジョークを放ったことは、心を傷つける行為だったと深く反省しています。以後決して、あのような発言はいたしません。ですからどうかこれからも、Vチューバーのコンビとして、配信を続けさせてほしいと心より願っております」


 という態度で、エリスに接するつもりでいた。


 しかしエリスは、


「冗談じゃなかったんでしょ。そういうことを思ってなかったら、そもそもあんな冗談出ないじゃん。だから私、嫌だったんだよ」


 と、謝罪を受け入れなかった。


 あれが冗談であることを、否定された。


 しかも困ったことに、あれはあながち、冗談ではなかったのである。


 僕にもし、相手に知られずに音を聴く機会が訪れたら、絶対聴くだろう。


 匂いもしかり。もし漂ってきたら、決して息を止めたりせず、肺の奥まで吸い込もうとするだろう。


 だから僕は、こうなった以上、真実を認めるしかなかった。


 偽らない、ありのままの自分を受け入れてもらえなければ、エリスの元を去るのみだ。


(17年間生きてきて、今日ほどつらい日はない。でもここで、勇気を出して真実に向き合わなければ、僕は自分もエリスも欺くことになる。僕はやっぱり、誰に対しても正直に生きたい)


「エリス」


 渇いた口から出た声は、かすかに震えていた。


「きみが正しいよ。僕の心の中には、確かにそういう欲望があった」


「最低」


「そして、それを口にして、反応を見てみたかった。エリスが下ネタを聞いてどういう顔をするか、見たい気持ちになってしまったんだ」


「最低最悪」


「これが偽らざる今の自分だ。昔の僕とは、少し変わったんだ。ハッキリ言うけど、僕の性癖は、驚くべきスピードで開花している」


「変態。もうやめてよ、涙目でおかしなこと言うの」


「すべて正直に告白したいんだ。僕は性癖に引きずられそうになる自分が怖い。だけとこれだけは約束する。僕は絶対に、エリスに変なことはしない。心の中では、変なことを考えちゃうかもしれないけど、手は絶対に出さない。だってエリスは、僕にとってとても大切な存在だから」


「…………」


「クラスのやつに訊かれた。もうキスはしたのかって。全然そんなんじゃないって答えた。そしたらそいつは、エリスは期待して待ってるんじゃないかって言ってた。僕らのこと、そういう目で見てるやつらもいるっていうことだ。でも僕は、簡単にそんなことはしたくない。それだけは信じてほしい」


「わかったわ。わかったから、男のくせに、すぐ泣かないで」


 そう言われて、僕はエリスの机に落ちた涙を手でぬぐった。


「あのね、ユメオ」


 エリスの表情が、少し柔らかくなった。


「きっと、根が真面目なんだと思うけど、そういうことは、普通ハッキリ言わないものよ」


「でも僕、自分を偽りたくなくて」


「それはわかるけど、言われたほうはリアクションに困るよ。だってさ、男が女を意識して、女が男を意識するのは当たり前のことでしょ。性癖とか言うほど、大げさなもんじゃないよ」


「え? 僕のあれ、性癖じゃないの?」


「知らないけど、大人の男になった証拠じゃないの。それで犯罪を犯すんじゃなきゃ、別にいいんじゃない? 盗撮するとか、下着を盗むとか」


「ああ、それはしないなあ。うん、しないしない」


「……大丈夫?」


「大丈夫だよ。僕、田代さんみたいになりたくないもん」


「じゃあもう、この話題はやめよう。私も忘れるから」


「ホント? ありがとう!」


 エリスはやっぱり、最高な子だ。


「ねえ、エリス。1つだけ教えてもらっていい?」


「なに?」


「女が男を意識するのは当たり前って言ってたけど、エリスもそうなの?」


「当たり前でしょ!」


 エリスの声は、半分怒っているようでもあり、笑っているようでもあった。


「ねえ、全部言わなきゃわかんないの? 信じられないほど鈍いのね。パパもママも、ユメオのこと気に入ってるんだからね。さあ、早くうちに行こ!」


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― 新着の感想 ―
[良い点] どっちのK室さんでもヤバいことになっちゃいますね……
2021/04/26 20:38 退会済み
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