第22回配信 激突、二刀流!
「ユメオ、視聴者また減ったわ。34人」
「マジ?」
「仕方ないわね。ユメオ、試合をやるって言ったのに、落合さんちに泊まってるんだもん。あれじゃあ私だって、観るのをやめようと思ったわ」
「……怒ってる?」
「怒ってはないけど、なにあれ? 風呂場で男の子がおしっこするなんて、くだらない」
「転ゲーは難しいんだよ。自分でストーリーを作ってるわけじゃないから」
「AIが、ユメオの脳内の願望を読みとってストーリーにしてるのよ。だから外車をぶっとばしたり、落合さんの奥さんの手料理を食べたりしたんでしょ?」
「誓って言うけど、僕はこれまでに1度も、落合夫人の手料理を食べたいなんて思ったことはない」
「どうだか。山本アナウンサーのことは、ずいぶん気になるみたいじゃない」
「あれは、顔しゃもじさんに合わせただけだよ。モナさんなんて、全然好みじゃないさ」
すっかり雰囲気が悪くなってしまった。僕は壁に目をやり、エリスが手書きして貼った、ユメエリちゃんねるの心得5箇条の第1条を読んだ。
〈まずは自分たちが楽しんで、明るく元気に配信する〉
「あのさ、エリス」
「なに?」
「間寛平さんって知ってる?」
「どうしたの、急に。顔くらいなら知ってるけど。ナイトスクープの探偵さんでしょ?」
「昨日偶然、寛平さんのユーチューブを観たんだよ。約1年前に上げた動画だったけど、視聴回数は235回だった」
「だから?」
「あんなに有名な芸人さんの動画でも、1年間で235回しか観てもらえないこともある。そう考えたら、まったく素人の僕のゲーム実況が、ライブ配信中に34人にも観てもらえたのは、そう悲観することじゃないのかなって」
「他人と較べないって、最初に決めたでしょ」
「気にしないっていうのは、無理だと気づいたんだ。だから上じゃなくて、自分より低いのを探すことにしたよ。そのほうが、精神衛生上いい」
とは言ったものの。
翌日になっても、前回のアーカイブ動画に1件もコメントがないのを見て、やはり気持ちは沈んだ。
「落合さんちに泊まったのは、完全に失敗だったな。なんだか芸能ネタみたいになっちゃって、バーチャルリアリティゲームの面白さが全然表現できてない。今日こそは、迫力あるリアルな実況をしよう」
そう心に決めて、ゲームスタート!
* * * * *
「ちゃんと朝食食べて行きなさいよ」
目が覚めると、落合夫人の手料理がテーブルに並んでいた。
落合選手は、信子夫人にアーンして食べさせてもらっている。
(この展開はマズい。早く球場に行って野球をしないと、視聴者が今度こそ0人になってしまう)
僕は急いで朝食を食べた。すると人の気も知らない夫人が、新しい料理をテーブルに運んでくるのだった。
「あっ!」
そのテーブルに、例の天才息子が上がり、パンツを下ろしておしっこをしようとした。
「やめなさい、早くそれをしまいなさい!」
僕は本気で怒った。なぜなら落合選手も夫人も、息子の暴挙を笑って見ているだけだったから。
「球場に行きます!」
落合邸を飛び出して、アストンマーティンに乗った。キーは差したままである。早く試合を始めるため、球場に向かってとばすと、パトカーが大挙して僕を追ってきた。
「ああ、めんどくさい。開発者さん、すぐに野球のプレイの場面に移ることはできませんか?」
♣︎開発者:球場に行きたいと、口に出すだけで行けるよ。
「え、そうだったんですか? では球場へゴー!」
言った瞬間、アストンマーティンが前方の車に激突し、僕は意識を失った。
そして。
目が覚めると、マウンドだった。
〈おっと。4番ピッチャーユメオ選手、大の字になってマウンドの感触を確かめていましたが、今、目を開けました!〉
大観衆の歓声に混じって、エリスの実況の声が聴こえてきた。
僕は立ち上がって、ユニフォームにべったりついた砂を払った。
「プレイボール!」
球審の声が響く。バッターボックスでは、相手チームの1番打者、イチロー選手が構えていた。
「いきなりイチローさんか。まさに夢舞台だ。相手にとって不足なし。打てるもんなら打ってみろ!」
僕は大きく振りかぶって、渾身のストレートを投げ込んだ。
すると、球はイチロー選手の遙か手前でホップし、キャッチャーの頭を越えてバックネットに突き刺さった。
「あ、マズい。ビギナーモードだと、加減しないとスピードが出すぎちゃう」
スピードガンの表示は、360キロだった。
〈出ました、時速360キロ! これは鳥類最速のハヤブサが、急降下するときのスピードに匹敵します!〉
「ストレートはやめて、変化球にしよう」
ゆるいフォームから、試しにフォークボールを投げてみた。するとそれはイチロー選手の遙か手前で落ち、グラウンドにめり込んだ。
「ツーボール!」
「調節が難しいな。ど真ん中に投げるしかない」
軽いキャッチボールの感じで投げてみた。そしたらちょうどいい感じで、180キロくらいの直球になった。
イチロー選手が派手に空振りをする。僕は思わず、ウフフと笑った。
「みなさん、見ましたか? 貴重なイチロー選手の空振りですよ。転ゲーをやれば、こんなふうにイチローさんにも勝てます。実に痛快です!」
そのあと僕は、2球ほど、鼻くそを上手に飛ばすような要領で投げてみた。そのたびに、かのスーパースターイチロー選手がくるくるまわり、最初のアウトを痛快な三振で奪った。
「よしっ、さあ次は誰だ? ジョー・ディマジオでもベーブ・ルースでもいいぞ」
と、場内に、割れんばかりの歓声が起こった。その声援を受けてバッターボックスに向かったのは……
実況席のエリウサが、ボルテージを上げて絶叫する。
〈出ました! 今や人気ナンバーワン! リアル二刀流の大谷選手の登場です!〉




