第18回配信 めざせ三冠王
一晩寝たら、不思議なことに、低い数字が嬉しく思えてきた。
「視聴者6人、チャンネル登録者数5人!」
心の中で唱えると、妙に清々しい気分になった。
「これぞ底辺。これ以上低い数字は、見つけるほうが難しい。まさしく底辺中の底辺Vチューバーさまだ。ということは、ここからは上に上がるしかない。つまり僕たちには未来しかない。よーし、やるぞー。未来があるって、なんて楽しいんだ!」
放課後、エリスの家に直行する。エリスのお父さんが、数字は気にするなと言ってくれた。
「ゲーム配信なんて、クオリティが低くってゲームが下手くそでも、成功してる人がたくさんいる。ユメオくんにも絶対チャンスはあるよ」
「みなさん、僕よりトークが上手いですから」
「そんなことないよ。上手さより、親しみがいちばん。頑張って続けていれば、そのうち親しみを持ってもらえるさ」
「ありがとうございます! 今日もチャット、よろしくお願いします!」
「気軽にやろう。僕らも気軽にチャットするから」
エリスの部屋に行くと、おんなじことをエリスが言った。
「気軽にやろう。ウケるとかウケないとか、特に考えずに」
「とにかく、長く続けることだね。数撃てば、いつかは当たるかもしれないし」
「面白くしようと力まないで、ポンポンやっていこう。当たらなくっても気にせずにね。ところで今日は、どこに転生する?」
「豆腐の国以外なら、どこでも」
「転ゲーでは、どんな夢も叶うのよ。なりたい職業とかない?」
「あー、そうだね。プロ野球選手はどう?」
「いいわね。三冠王獲っちゃって」
ではいざプロ野球の世界へ、ゲームスタート!
* * * * *
僕はエリス家のリビングにいた。2回目にプレイしたときと、同じシチュエーションだった。
「ユメオくん、麻婆豆腐食べる?」
キッチンから、エリスのお母さんの声がした。どうもいろんな記憶がごっちゃになって、ゲームのスタート場面に再現されてしまっている。
「ではみなさん、僕は今から死にます。そしてプロ野球選手になるので、応援よろしく!」
エリスのお母さんに頼んで、豆腐の角で頭を殴ってもらった。転生!
* * * * *
目を覚ますと、僕はドーム球場にいた。
割れんばかりの歓声。
〈9回裏ツーアウト満塁。ここでホームランがでれば、3点差を逆転してサヨナラです。おっと、ネクストバッターズサークルで、ユメオ選手が目を覚ましました!〉
エリスの声が、球場に響き渡る。見ると、バックネット裏の放送席で、エリウサがぴょんぴょん跳ねていた。
僕は状況を理解して、武者震いした。
「みなさん。僕は今、夢の舞台に立っています。男だったら、誰もが憧れるシチュエーションです。よっしゃー、予告ホームランだ!」
僕はバットの先を、バックスクリーンに向けた。観客のボルテージは最高潮に達した。
♠︎ザクロ石:ユメオかっけー!
♣︎タマゴかけご飯:バックスクリーンを突き破れ!
♣︎開発者:メジャーのスカウトも見てるよ!
♠︎糖尿病:打てば大リーグと100億円で契約だ!
♣︎顔しゃもじ:目指せ夜のホームラン王!
「さあ、来い!」
僕はバットを構えた。すると相手チームのキャッチャーが、キャッチャーマスク越しにぼそぼそ呟いた。
「ユメオ、チャック開いてるで」
「えっ?」
慌てて股間を見た。そのとたん、矢のようなストレートが投げ込まれて、キャッチャーミットにバシーンと収まった。
「ストライーク!」
「わっ、汚ねー。ゲームのくせに、囁き戦術なんか使いやがって」
それにしても、すごい球だった。ボールがミットを叩いた衝撃で、焦げ臭い煙が立ち昇ったくらいである。
〈おっとー、スピードガンの表示は180キロ。1球目から人類最速が出ました。さすが鬼畜モード!〉
♠︎名無し:180キロじゃイチローさんでも無理ですねw
「あっ、名無しさん。やっぱり観てくれてたんですね! チャットに入ってきてくれてありがとうございます。よっしゃー、絶対打ってやる」
「ストライーク!」
バットを構えたら、もうボールがミットを叩いていた。すさまじい直球だ。僕はチラッと、味方のベンチを見た。
「うーん、ユメオ、これでどうでしょう?」
長嶋さんによく似た監督が、バンドのポーズをした。あれはバントのサインか? だとしたら敵にバレバレだが、もしあの監督が本物の長嶋さんなら、きっとバントでいいのだろう。天然だから。
「ストライーク、バッターアウト!」
「しまったあ!!」
監督を気にしているあいだに、三振してしまった。最悪の結果だ。これじゃあ観ている人もつまらないだろう。リセットして、最初からやり直すか……
と思ったとき、
「痛てて」
あまりの豪速球に、キャッチャーの手が痺れたらしく、ボールをポロリと落とした。
「あ、振り逃げできるぞ」
僕はバットを投げ捨てて、一塁に走った。
ちょうどバントのサインだったので、走者はみんな走っていた。三塁ランナーはホームインし、慌てたキャッチャーは、ボールを拾って一塁に投げた。
それは僕の頭に当たり、ポーンと大きく弾んで、一塁側のファールグラウンドを転々とした。
♠︎ザクロ石:出た! 黄金の珍プレー!
♣︎タマゴかけご飯:宇野選手の再来!
♣︎開発者:てことはピッチャーは星野?
♠︎糖尿病:てことはナレーションはみのもんた?
♣︎顔しゃもじ:目指せ夜のホームラン王!
〈ご覧ください、みなさん! 二塁ランナーに続いて一塁ランナーもホームインしました。これでユメオもホームインしたら、振り逃げ逆転満塁サヨナラランニングホームランお釣りなしです! ワタクシ実況のエリウサも、興奮してまいりました!〉
「エリスー、見てくれ僕の勇姿を!」
ベンチでは、長嶋監督がぐるぐる腕をまわしている。ホームベース上では、キャッチャーを鉄拳制裁でノックアウトしたピッチャー星野が、鬼の形相で待ち構えている。
「星野怖えー。でも絶対僕は勝つ!」
外野から、矢のような送球が放たれた。見ると、投げたのは新庄である。なんて豪華なオールスターなんだ。
僕は頭からホームベースにスライディングした。新庄のレーザービームとの勝負! 星野のグローブが僕の頭をこっぴどく叩く。果たして判定は?
「セーフ、セーフ!」
やったあ! 僕はヒーローだあ!
ベンチから長嶋監督以下、原ベッドコーチや、ヤッターマン中畑や、三冠王やら番長やらが飛び出して、僕をワッショイワッショイと胴上げした。
ああ、快感……




