第17回配信 敗北からの幸福
ゲームを終了させた僕は、慌ててヘッドギアを外した。
エリスのベッドでエビ反りになり、ズボンの上からお尻に手を当てる。
コンプライアンスが出ている感触は……ない。
鼻をヒクヒクさせた。匂いは特に、感じられなかった。
強いて言えば、エリスのシャンプーの匂いが仄かにしたくらいだった。
「ユメオ、ごめんね。もらしたと言ったのは嘘」
僕は浮かした尻をそっと降ろし、ベッドに坐る恰好になった。
エリスが嘘をついてゲームをやめさせた理由は、なんとなく察しがついた。
「謝らなくていいよ。僕がウケてなくて、助けようとしたんだろ?」
「痛々しくなっちゃって」
エリスが僕から視線を逸らし、パソコンの画面をじっと見た。
「最初は視聴者が60人いたんだけど、ユメオが炎と殴り合ってるときには、たったの6人に減っちゃって」
「6人?」
さすがにこの数字には、ショックを受けないわけにはいかなかった。
「お父さんたち以外には、1人しか観てなかったの? それもたぶん、前にチャットしてくれた名無しさんだよね」
「そこまではわからないけど」
「もう、どうしたらいいのかわからない。自分なりに必死に考えてやったのに、どんどん減っていくなんて」
頭痛がしそうになって、頭を抱えた。転ゲーでアクションをするのは、ものすごくキツい。体力も精神力も本当に消耗する。その結果が、まさかの視聴者6人とは……
「僕のキャラ変、まちがってたかな?」
「結論を出すのは早いわよ。だってまだ、3回しか配信してないんだもん。結果を出すには、長く続けるしかないんじゃない?」
「アクション路線は、正直キツい。長く続けられる気がまったくしない」
「じゃあやめればいいじゃん。楽しくやるのがいちばんだからさ、のんびりやろう」
「今日の配信は、どこが悪かったと思う?」
「うーん、転生した先が豆腐の国っていうのが、ちょっと変すぎたかな。もし豆腐の塔が舞台のアクションゲームがあっても、買って遊ぼうとは思わないでしょ?」
「あいつのせいだ!」
冷静さを失っていた僕は、思わずエリスのお父さんの同僚に毒づいた。
「顔しゃもじのやつが、豆腐の国ってチャットしたんだ。僕は死ぬ間際だったから、つい焦って豆腐の国って言っちまった。あいつ、マジでふざけてる」
「あいつじゃなくて、顔しゃもじさんでしょ。一生懸命盛り上げようとしてくれたのよ」
僕は大きくため息をついた。そして、エリスの顔を見た。
このとき僕の頭は、おかしくなっていた。
(エリスに嫌われたにちがいない)
そう思って、なにかを言わずにはいられなくなってしまった。
「僕」
自分でもなにを言い出すかわからないまま、口を開いた。
「真剣にやって、惨敗した。それは紛れもない事実だ。エリスにだけは、こんな姿を見られたくなかった」
「負けとかじゃないよ。面白い動画が、必ずしも視聴回数が多いわけじゃない。そういう不思議な世界だからさ」
「僕、エリスと一緒になにかやれるだけで、嬉しくってさ。昔っから、エリスと喋ると嬉しくて、楽しくて、幸せな気持ちになるんだよ。そう思ってる男子、僕だけじゃないよ、きっと」
エリスは答えなかった。だから僕は、間を埋めるためにひたすら喋りつづけた。
「だから、Vチューバーになったのも、軽い考えでしかなかった。エリスと一緒にいられれば良かったから。だけど、それで惨敗して引き下がるようだったら、エリスのパートナーでいる資格はないよ。もっとセンスがあって、根性のあるやつとVチューバーのコンビになったらいい。エリスには、負け犬なんか相応しくないんだよ」
エリスが引いてる感じがした。僕はたぶん、言わないほうがマシなことを言っている。しかしこのときばかりは、胸の内を吐き出さずにはいられなかった。
「エリスはきっと、僕のことを嫌いじゃないんだろう。だから部屋にも入れてくれて、ベッドも使わせてくれている。でもそれは、僕を男として見ていない証拠でもある。いつまでも、幼馴染みのユメオくんなんだ。僕もその関係を、変えたいとは思っていない。変に男とか女とか意識して、仲良しでなくなることが怖い。もし普通に喋れなくなったら、すごく寂しくなるから」
エリスが下を向いた。その表情は見えない。今僕は、相手の気持ちを考えずに、ただ自分の想いだけを語っている。エリスの気持ちを知りたいーーでもそれを知ることは、どんなゲームを攻略するよりも難しかった。
「勝手にいろいろ喋ってごめん。とにかく僕に、チャンスを欲しい。ユメエリちゃんねるをどん底の底辺から救いたい。そのために、粘り強く闘える男であることを、自分自身に証明したいんだ。負けたらすぐに諦めるようなやつが、エリスのパートナーでいちゃいけないって本気で思ってる。だから、うまく言えないけど……明日からも配信よろしく」
「うん」
顔を上げたエリスの表情は、眩しいくらい、明るく輝いて見えた。
「こちらこそよろしく。一緒に成功させようね」
帰り道、僕の足はふわふらと浮いた。エリスもたぶん、僕のことが好きだーーそう思えた今日の幸せを、一生心に刻んでおきたかった。




