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第11回配信 僕の責任

 ゲームが終わると、暗闇と静寂が訪れる。


 と同時に、顔と頭をヘッドギアですっぼりと覆われている感覚も甦り、しばし茫然としてしまう。


(ああ、現実に帰ってきた)


 まるで超大作の映画でも観たあとのような、一種の虚脱感に襲われるのだ。


(夢の世界は終わった。現実では、遊んでばかりもいられない。宿題をし、学校に行き、いろいろと人に気を遣って生きていかねばならない。転ゲーの中にいたら、好きなだけ遊べるし、夢も叶うし、殴られても痛くない。僕は断然、あっちの世界のほうが好きだな〉


 しかしゲームは終わった。というか、自分で終わらせたのだ。まさか、エリスやみんなの観ている前で、エリスにプロポーズさせるわけにはいかない。それが僕の夢だと知られるのは、死ぬほど恥ずかしいことだった。


 ゆっくりとヘッドギアを外す。机に坐っていたエリスーー本物のエリスと目が合い、しばらく沈黙が続いた。


 やがてエリスが、心配するように言った。


「どうしたの、おトイレ?」


「トイレ? いや、別に」


「気分でも悪い?」


「ううん。大丈夫」


「だったらどうして、急にゲームをやめたの? なんの説明もなく終了したから、また前回みたいに変な感じになっちゃったけど」


「……ゴメン。いきなりエリウサに抱きつかれて、気が動転したんだよ」


「もしかして、女子高生に抱きつかれるのが夢だった?」


 エリスに探るように見られて、僕は慌てて否定した。


「それはちがうよ。たぶん、不良を倒したかったんじゃないかな。僕、悪いやつが嫌いだから」


「ふーん」


 と言ったエリスの目は、少し怒っているようでもあり、また笑っているようでもあった。


(配信があんな終わり方になって、怒ってるのかな? それともひょっとして、僕の夢に気づいちゃったのかな? それで、私と付き合いたいんだったら、ゲームの中じゃなくて、現実でちゃんと告白してよ、女は待ってるのよ、なーんて思ってたらどうする? いやいや、そんなわけない。柏木ユメオよ、またまた妄想が突っ走ってるぞ)


 と僕が、エリスの気持ちを読めずにリアクションに困っていると、


「お疲れさま、今日も良かったよ」


 ドアがノックされて、エリスのお父さんが入ってきた。


 良かったと褒められても、自分では配信を観ていないので、ピンとこなかった。


「すみません。結局今回も、突然ゲームを終わらせて、変な配信になっちゃいました。転ゲーの面白さを伝えたいと思ってるのに、どうも上手くいかなくて」


「いや、あれはあれで、いいと思う。転ゲーが予定調和の世界じゃないことが、リアルに伝わってきたからね」


「ありがとうございます」


「倫理的な問題も指摘してくれて、勉強になったよ。さっそく改良にとりかかって、異性との身体的な接触はできないようにしよう」


 そう言われてみると、自分で提案しておきながら、なんだが残念な気がした。人間というのは、実に矛盾を抱えた生き物である。


「ほかにもどこか、直したほうがいいと思うところはある?」


「そうですね」


 僕は、少しためらった。というのも、今から言おうとしていることが、転ゲーの根幹に関わることだったからだ。


 しかし、どうしても伝えなければという思いが勝り、包み隠さず言うことにした。


「あのー、転ゲーは、AIがプレイヤーの潜在意識にある願望を読みとって、ストーリーを形成しますよね?」


「うん。もしかすると、それがこのゲームの最大の特徴かもしれない」


「正直言って、僕はあれが、とても恥ずかしいです」


「恥ずかしい?」


 エリスのお父さんが、意外そうな顔をした。やっぱり大人になると、思春期のころの気持ちを忘れてしまうのだろう。


「はい。心の奥底にある願望を見せられると、ひたすら恥ずかしい感じがするんです。とくに、その映像がライブ配信されてると思うと、穴があったら入りたい気分になりました。だから強制終了したんです」


「ああ、なるほど。他人に自分の願望を知られるのは、確かに恥ずかしいね」


「1人で遊ぶ分には、これでいいかもしれません。でも僕みたいなタイプは、それでもきっと、恥ずかしくなると思います。だから潜在意識にあるようなことは、なるべくそっとしておいて、表に出ないようにしたほうがいいと思います」


「プレイヤーの願望というか、夢を叶えるという設定を、根本的に変えたほうがいいと?」


「その部分を、AIに選ばせるんじゃなくて、プレイヤー自身が選ぶ方式にしたほうが、安心して遊べるんじゃないかと」


「例えば?」


「そうですね。冒険者になって竜を倒すとか、宇宙パトロールをするとか、野球のピッチャーになってメジャーリーグに挑戦するとか、いくつかストーリーを用意しておいて、プレイヤーが選択するという……難しいですかね?」


「いや、できるけど、そういうふうにすると、ほかのゲームと差別化できなくなるかなあ」


「だけど、五感すべてでバーチャル体験ができるのは、転ゲーだけですからね。それで充分すぎるくらい、差別化できてますよ」


「そうか。じゃあちょっと、試しに直してみるよ」


「すみません、ワガママ言って」


「いやいや、プレイヤーの意見が大事だから。ある程度ストーリーラインを用意したほうがプレイしやすければ、そういうふうに変えるよ」


「たぶんそのほうが、初心者にはいいと思います。でも用意されたストーリーに満足できない人のために、願望読みとり方式も残しておくといいかもしれませんね」


「うん、そうしてみよう。こりゃあ今夜は徹夜だな。でも絶対前より面白くするから、楽しみにしていてね」


「はい! それと、あともう1つだけ、提案があるんです」


「なんでも言って」


「転ゲーは、むちゃくちゃ面白いんです。あっちの世界にいると、ただなにかを触ったり、匂いを嗅いだり、食べて味わったりするだけで、すごく新鮮な驚きがあるんです。ストーリーなんかなくても、何時間でも遊べる気がしました」


「ありがとう。それは最高の褒め言葉だよ」


「ところがですね、ゲームを終了すると、現実に戻ってきたことにガッカリするんです。ああ、またつまらない現実を生きないとなあって。でもこれって、危険なことですよね?」


「まあ、ゲーム一般の抱える社会問題だよね」


「転ゲーは、リアル感が圧倒的なだけに、その中毒性も強いと思うんです。ちなみにさっきの配信で、僕のプレイ時間はどのくらいでした?」


「ちょうど30分くらいだったよ」


「え、30分? 僕にはあれが、超大作映画を観たくらいの時間に感じられました。となると、もし2時間もプレイしていたら、現実に戻ったときのガッカリ感は、もっと強かったかもしれません」


「あんまりハマると、そうだろうね」


「もちろんゲームは娯楽ですから、どこまでも楽しさを追求するのは正しいと思います。だけど僕は、どれだけ面白くても、中毒にはなりたくないです。廃人みたいになっちゃうのは、怖いですから」


「僕なんか、すでに中毒だからなあ」


「それが仕事ならいいですけどね。とにかく僕は、そういう怖さを感じました。それで、1時間くらい連続でプレイしたら、強制的にセーブして終了するとか、なんらかの機能があったほうがいいと思うんです。中毒防止策として」


「なるほど……これはちょっと、真剣に考えないといけないな」


「すみません。なんだか僕、無茶なことを言ってますよね?」


「いや、とんでもない。すごく大事なことだよ。開発者としては、精神に及ぼす悪影響のことにも、目を逸らさずにしっかりと向き合っていかないといけない。よし、やってみよう」


「ありがとうございます」


 僕は頭を下げた。この天才クリエイターの謙虚な姿勢には、文字どおり、頭の下がる思いだった。


「ねえ、ユメオ」


 エリスが話しかけてきた。その手には、スマホが握られている。


「これを見て」


 エリスが画面を僕の顔に近づけて、指である箇所を示した。それを見ると、


【ユメエリちゃんねる チャンネル登録者数 5人】


「…………」


「ただでさえ少なかったのに、2人も減っちゃった。たぶんその人たちの期待していたのと、今回の配信がちがったんだね」


 これは僕の責任だーーそう感じて、身体が指の先まで冷たくなった。


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