第1回配信 彼女のために異世界に飛びます
始まりは唐突だった。
「異世界に行ってみない?」
放課後の教室で、彼女は言った。
「どういうこと?」
僕は尋ねた。
「死んで転生するの。死に方は選べるわ」
「…………」
まさか、幼稚園のときからずっと想っていた相手から、死に方を選べと勧められるとは思わなかった。
「ちょっと待って。それ、ひどくない?」
彼女、榎田エリスは、クスクスと笑った。
「なんだ。また冗談か」
エリスは昔っから冗談が好きなのだ。そして僕は、毎度それに引っかかってしまう。
やれやれである。
「ちゃんと説明してよ。鈍い僕でもわかるように」
「はいはい」
彼女の話の要点はこうだった。
*エリスの父親は、ゲーム開発会社に勤める優秀なゲームクリエイターである。
*そのお父さんが、次世代型バーチャルリアリティゲームを開発した。
*それは、AI搭載のヘッドギアを被るだけで、五感すべてでバーチャル体験ができるようになるという、画期的な新商品だった。
*つまりその新商品(異世界転生ゲーム・略して転ゲー)をプレイすると、現実とまったく同じように見えて、聴こえて、触れて、嗅げて、味わえるという、前代未聞のバーチャル体験ができるのだ。
*ただし転ゲーは、現時点で発売するには高価になりすぎるため、まずは誰かに体験プレイをしてもらい、そのゲーム実況をライブ配信することにした。
*その話をお父さんから聞いたエリスは、ゲームや物語が大好きでロマンチストの柏木ユメオこそ、その体験者にふさわしいと熱烈に推薦した。
「本当に!」
僕はびっくりして、机に手をついて立ち上がった。
「そんなにすごいゲーム、ホントに僕にやらせてくれるの!」
「やってくれる?」
「やるやる! これを断わったら、きっと一生後悔するよ」
僕の興奮はマックスになっていた。
「バーチャルリアリティゲームでしょ? ということは、ついにVRMMOが実現したってこと?」
「そうじゃないみたい」
エリスは首を振って、
「なんせ体感がリアルだから、剣で斬り合ったり竜の火炎攻撃を受けたりしたら、心臓の弱い人は危ないでしょ? 刺激が強すぎると、精神がダメージを受けちゃうらしいわ」
「なるほど。よく考えたらそうだね」
「だから、ゲームの中で転生する異世界は、基本的にほのぼのしてるみたい。その中でいろんな人に会ったり、いろんなイベントを経験したりして、自分の夢を叶えていくように設定されてるんだって。ユメオは、どんな夢を叶えたい?」
「僕の夢?」
返事に詰まった。というのも、僕の夢といったら小さいときから1つしかなく、
(エリスちゃんをお嫁さんにしたい!)
なのだから。
僕は深いため息をついた。
(あー、こんなに仲良しなのに、どうしてあと1歩が踏み出せないんだろう。逆に仲が良すぎて、恋だの愛だのって言えなくなってるんだよな。下手に告白なんかして微妙な空気になったら、距離ができちゃうかもしれない。もしエリスと距離ができて、今までどおりおしゃべりできなくなったら、そんな人生、僕にはなんの意味もない!)
「どうしたの? ため息なんかついて」
「いやー、夢がありすぎて、1つに決められなくってねー」
「じゃあ、ゲームをやりながら考えたら?」
「エリスも一緒にやらない?」
「まだ転ゲーでは、多人数が同時にプレイすることはできないんだって。だから今回私は、実況役に徹するわ」
「あ、実況だけ?」
「そう。ユメオのプレイと視聴者様のチャットを観ながら、いろんなトークをしてみるわ。そんなに自信はないけどね」
「ふーん、みんなに観られるのか。ちょっと恥ずかしいな」
「観られるはユメオのアバターだから、気にしなくていいんじゃない? ユメオはゲームの異世界で、好きなように行動すればいいから。ねえ、ユメオ」
「なに?」
「私たち、これから男女コンビのVチューバーになるのよ。ワクワクしない? もしたくさん観てもらえたら、お小遣いにもなるしね。どう、やってみる?」
少し考えてから、僕は頷いた。
でもそれは、Vチューバーになりたかったからでも、お金が欲しかったからでもない。
(エリスとの距離が、これで縮まるかもしれない)
という期待を抱いたからだ。
「いいよ。このゲームをやるチャンスを失いたくないしね。恥ずかしいけど、エリスとVチューバーになるよ」
「やった! じゃあ早速うちに来て。もう準備はできてるから」
「えっ、もう?」
彼女の家に入るのは久しぶりだった。小6のお誕生日会に呼ばれて以来だから、丸5年ぶりか。
エリスのお父さんは、5年前と変わらずスマートでカッコ良かった。僕が居間に入っていくと、ソファからスッと立ち上がり、
「ユメオくん、私の開発した〈異世界転生ゲーム〉のモニターを引き受けてくれて、どうもありがとう」
両手でガシッと手を握られた。
(もし、娘さんをくださいと言っても、こんなふうに握手してくれるかな?)
と、あらぬ妄想をしていると、
「ユメオくんはただ、横になってるだけでいい。娘のベッドしかないけど、そこで構わないかね?」
「は? あ、はい。構いません」
僕のことを、幼馴染みのユメオくんとしか思っていないのだろう。高校生の娘のベッドに寝かせるなんて。
僕たち3人は、2階のエリスの部屋に入った。
「エリス、布団をかけてあげて」
「はい」
僕は、エリスが普段寝ているベッドに横になり、エリスの使っている布団をかけてもらった。
(エリスもやっぱり僕のこと、幼馴染みのユメオくんとしか見てないんだな。もう高2なのにさ)
彼女の匂いに包まれて、嬉しいようでもあり、複雑なようでもあった。
「はい、これ」
エリスが差し出したのは、頭がすっぼり入る形の、シルバーメタリックのヘッドギアだった。
「これを被ると、AIセンサーが潜在意識を読み取ったり、脳の五感を司る部位に働きかけたりするんだって。右耳のところのボタンを押したらゲームスタート。もしおトイレとかで中断したくなったら、足元を見て。地面に赤いボタンが見えるから、それを踏む動作でセーブしてゲーム終了できるわ」
「なんだか、宇宙服のヘルメットみたいだな」
と言いながら、恐る恐る、パソコンとコードで繋がったヘッドギアを被る。
「どう?」
「暗いね。前が見えない」
「ユメオ」
僕はドキッとした。
柔らかい手が、右手をつかんできたのだ。
「ユメオなら、きっと視聴者さんたちに応援してもらえると思う。いい人だから。私も応援するから頑張ってね」
えっ、それって、どういう意味? いい人って……
僕が混乱して、手を宙で動かしていると、
「スイッチはここよ」
エリスが右耳をポンと押し、僕は現実世界から飛んだ。