第一章「異能者殺しの少女③」
11年前の大火災、俺の人生を狂わせた元凶。
それを引き起こした容疑者が、この街にいる。
俺は聞き出さなきゃならない。
一体どんな思惑で、そんな馬鹿げたことを引き起こしたのか。
「それじゃ、二条くん。
これから先は私と貴方はいわば運命共同体。
命を預ける相棒よ。
自分の背中を任せる相方として、2点伝えておきたいことがあるの。」
「そうだな…確かに俺たちはパートナー…え?!」
突拍子もない発言に思わず変な声が出る。
萌間は涼しそうな顔をしてこちらの顔を覗いてくる。
「ばっ!お前っ!近いぞ?!」
言動はかなりアレだが、萌間織はそんじょそこらの芸能人に見劣りしない程の容姿をしている。
そんな彼女がこうも無防備というか、遠慮なく距離を詰めてくる事に動揺を隠せない。
「あのね、二条君。
私達これから殺し殺されるっていう戦場に赴くのよ?
そういう意味での相棒よ?
勘違いしないでよね?」
両腕を組み、はぁっと大きなため息をつく萌間。
「んな事はわかってるって!ただ萌間があんまりにも、その…」
「その?何?」
「君みたいな美人が相棒って、ちょっと照れ臭くってさ。
俺の人生今まで泣かず飛ばず。
女子と接点を持つ事自体そう多くなかったんだ、それが目的はどうあれ今後行動を共にするっていうので少し動揺しただけだ!」
ええい、ままよ。
どうにでもなれ!どうせ生きるか死ぬかの瀬戸際なんだ、思ったことくらい言ってもバチは当たらんだろ。
「…な、なんかそんなこと言われると調子狂うわね!
確かに私もこれまで一人っきりで戦ってきたから誰かとコンビを組むなんて初めてよ!
だからその、距離感?とかそういうのわからなかったのよ!文句ある?!」
…成る程。
この子の突拍子もない言動、そして異様な距離感の詰め方。
彼女の事は深く知らないが、これまでたった一人で色んなものと戦ってきたんだ。
年相応の女の子の反応を期待していた俺が馬鹿だったってわけだ。
「いいから!本題ね!」
「す、すまん。」
2人共、今まで経験してこなかった状況に戸惑い、気まずそうに視線を空中に投げる。
萌間はこほんっと咳払いを一つして、先程までの真剣な眼差しで俺を見つめ話し始めた。
「まず一つ。
貴方の能力を最大限引き出せるかどうかで今回の勝率は大きく変わる…いいえ、貴方の動き次第で生きるか死ぬか決まると言っても過言ではないわ。」
「おいおい、大袈裟だな。
言っておくが、確かに俺は子供の頃普通じゃありえない体験をしてる。
だが、戦いなんて物とは無縁の人間だぞ?」
俺の実家は昔武術道場をやっていたそうだ。
なんでも戦国時代から続く由緒正しい流派だったらしく、父さんと仲の良かった吉津人の親父さんもそれがきっかけだったとか。
…まぁ、あの事故で道場も焼けちゃって、俺がその武術を習う事はなかったんだけどな。
「貴方自身の戦闘力には期待してないわ。
貴方の持つ魔力を追える力、そして【死を視る魔眼】
が重要なのよ。」
「…俺にどうしろっていうんだ?死を視るって言ったってこれから近い未来死ぬ人間がわかるだけだぞ?
柊の寿命が視れたところでそれが戦局を左右するとは到底思えない。」
「それは貴方が貴方の力の本質をまだ知らないだけ。
ま、口で説明しても多分理解はできないでしょうね。
だからまずは、貴方の能力を100%引き出す為に、修行をしてもらいます。」
修行…?
少年漫画じゃあるまいし、そんな急激に強くなれるわけないだろう。
「修行って、これから山籠りでもするのか?
柊は数日中に仕掛けてくるんだろう?そんな事してる余裕ないだろう?」
「山籠りして貴方が強くなるならいくらでもしたらいいわ。
ただ、貴方が地道に強くなる時間を待ってあげられるほど状況は簡単じゃない。
そこで、貴方の魔力炉心を強制的に解放するという手段を取る事にする。」
「魔力炉心…?」
「知らなくて当然。
魔術師やそれに連なる者しか知らない言葉よ。
ここで問題、魔術という大それた神秘を行使するには、一体何をすればいいでしょうか?」
「…そんなのわかるわけないだろ?…例えば、紋章を描いて呪文を唱える、とか精霊に力を借りるとか?」
漫画やアニメでやってるのはだいたいそういう方法だ。
当てずっぽうだが、俺の想像力じゃそれが限界だ。
「あら、案外いい線いってるわね。
貴方魔術師の才能あるんじゃない?」
悪戯っぽく微笑む萌間。
「…茶化すなよ、で、その魔力炉心ってのはなんだ?」
「魔力炉心はね、簡単に言えば大気中に存在する自然の魔力、【マナ】を体内に取り込んでそれを自在に変換する為の装置みたいな物。
マナは目には見えないけれど、強大な可能性を秘めた自然の力。
そして生物の体内にある魔力【オド】をマナに干渉させる事で、まるで奇跡のような神秘を引き起こす…それが魔術よ。」
自然にある力を自分の力のように扱う為の変換装置。
わかりやすく言えばそういうものか。
「人間の扱える魔力には限度がある。
自分が生み出した魔力に、自然界の魔力を付け足す事でとんでもない規模の力を発生させる事だってできる。
それを可能にするのが魔力の変換機、魔力炉心。
理解できたかしら?魔術師見習いの二条君?」
「誰が見習いだ。
大体俺は魔術師になりたいなんてこれっぽっちも思ってないぞ?」
「貴方にその気がなくとも、柊極星と戦うなら否応なしにその力が必要になる、って事。
貴方は当然魔術師の家系でもないし、魔力炉心を覚醒していない一般人。
これから貴方は魔術師と戦える土俵に立つ為に、人間でいることを諦めなきゃいけない。」
随分壮大な話になってきたな。
確かに、萌間が見せた目にも止まらない速さで刀を出現させた事や、柊が引き起こした大火災も魔術によるものならば、俺は覚悟を決めなければならない。
いくら俺が異能の力を持っていたとしても、それを浴びせる為の範囲に入ることすら不可能な世界なのだろう。
「…分かった。
どうせ俺は天涯孤独の身だ。
俺が死んでも悲しむ奴は…まぁ、何人かいるが、ここまで聞かされてやっぱり辞める、なんて選択肢は俺の中にはない。
やってくれ、俺はどうすればいい?」
覚悟は決まっている。
柊の奴に一矢報いる事ができるなら。
復讐の刃の切先が、1cmでも届かせることができるのなら。
俺は、人間でいることを棄てる。
「良い眼ね。
じゃあ、まず服を脱ぎなさい、二条君。」
「はい?」
「はい?じゃないわよ、服は不要よ、早く脱ぎなさい。上半身だけで構わないから。」
またこいつは訳のわからないことを。
「貴方の魔力炉心を開く為には私の魔力炉心の一部を移植しなければならないの。
その施術の為に、服が邪魔なのよ。」
…からかわれてないか?俺。
服脱いで本当に脱ぐ?普通とか言われた日には何もかもがどうでも良くなりそうだぞ。
「やるの?やらないの?!どっち?」
あからさまに不機嫌そうに腕を組み、ムスッとした表情を見せる萌間。
どうやらこれは彼女流のジョークじゃないらしい。
「わっ、わかった!やるよ!やりますよ!」
慌てて上着を脱ぎ捨てる。
自分の部屋で初対面の女の子相手に上半身裸で向き合うって一体どういう状況だ。
「あらっ、結構良い体してるわね。」
からかうように、萌間はその細く白い指を俺の胸に当てる。
「おまっ!何を!?」
素っ頓狂な声が出る。
柔らかくてしなやかな美少女の細指は、俺の胸板をまるで嘲笑うかのように撫で回している。
「静かにしなさい。
こっちも初めてだから軽口でも言いながらじゃないと恥ずかしいのよっ!」
目を閉じ、バクバクと破裂しそうなほどの勢いで高鳴る心臓の音を気取られまいと、必死に平静を装う。
「落ち着いて。
私と貴方は運命共同体よ、こんな事でドギマギしてちゃこの先思いやられるわ。
…これから私の魔力炉心の一部を貴方に移植するわ、多分死ぬ程痛かったり辛い目にあうかもしれないけれど我慢して、男の子なんだから。」
「え?死ぬほど痛いの?」
萌間はそれっきり何も答えてはくれなかった。
よほど集中力の必要な行為なのだろう。
真冬だというのに、萌間の頬を汗が伝う。
「いい?二条君。
これから、貴方の中に私という存在が入り込むわ。
…きっと、いろいろな映像が流れるけれど、貴方は貴方だという事を決して忘れないで。
自分を強く持ちなさい、いいわね?」
「…あぁ、わかった。」
こくりと頷き、それだけを呟いた。
…
……
………
目を閉じると、萌間が触れている指先から彼女の温もりを感じる。
そして口では言い表せない、心地良い全てを委ねてしまいたいほどの何か、大きな力のような物が流れ込んでくる。
「…うわ?!」
次の瞬間、俺の視界は眩いばかりの光に包まれた。
目を開ける事すら難儀するようなその光はとても温かで、なんとも心地良い物だ。
全てを忘れて、この光に呑まれてしまいたい。
そして、この光の一部になれたら、きっとどれだけの苦悩から解放されることか。
そんな甘い考えが脳裏をよぎった。
貴方が貴方であることを決して忘れないで。
そんな言葉が同時に心の中で往来した。
「そうだ、あいつは俺が俺でいることを忘れるなと言った。」
危ないところだった。
あまりにも夢心地のような気持ちよさについ自分の全てを差し出しても良いとさえ、考えてしまっていた。
視界を支配していた光は徐々に弱まり、目を開ける事ができる頃には先ほどまでの居心地の良さとは一変したような、酷く寒々しい光景が目に入ってきた。
それはまるで、一切の生存を許さない極寒の地。
あらゆる動は、静止し生存は困難を極める永久凍土のような寒々しさだった。
「ここは…うっ?!」
全身を切り裂かれるような痛みが間髪入れずに俺を襲った。
「ぐっぐああぁっ?!」
まるで全身に張り巡らされた血管内に無数の棘が入り込んだように内部から全身を破壊するかのような鋭い痛みが思考を支配した。
思わず膝をつき、うずくまる。
次の瞬間、
あたり一帯は先程までの極寒の光景とは打って変わって真逆の、赤黒い火炎竜巻がそこらじゅうを駆け巡り、瓦礫の山と黒く焦げた人型のオブジェが立ち並ぶ地獄のような光景に早変わりしていた。
それと同時に先ほどまで全身を支配していた鋭い痛みは消え、どうにか立ち上がろうとした瞬間、今度は体内から焼き尽くされるような凄まじい激痛と熱を感じる。
「があぁぁぁっ?!」
血液が沸騰し、今にも全身の毛穴から煮え滾る血液を撒き散らしてしまいそうな苦痛に襲われる。
気絶さえも許さないほどの恐ろしい痛みが、交互に俺を襲った。
あぁ、死ねる事ができるのならどれほど楽なのだろうか。
あれほどの啖呵を切ったにも関わらず、精神も肉体も二度と使い物にならないほどボロボロになった。
「貴方を…見失わないで。」
全てを諦め楽になろうと思った瞬間に、彼女の言葉が頭をよぎる。
そうだ…俺は…こんなとこで無駄死にしている場合じゃない。
俺には…やらなければならない事がある。
消え入りそうなほどに、自分の存在濃度が擦り切れそうになった。
しかし、11年前の真実を聞き出すまで、俺は死ぬわけにはいかない…!!
肉焦がし骨を焼く煉獄も。
呼吸をする事すら許さない絶対零度も。
今の俺には、生ぬるい。
「…次は…なんだ…?」
全身がボロ切れのように傷付き、もはや気力だけで、信念だけで、復讐心だけで、俺は立っている。
全ては11年前の決着の為に。
そして、こんな俺に命を預けると言ってくれた可愛い女の子の為に。
柄にもなく、そんな事を思った。
…
……
………
「ーーー君!ーーー君!!」
誰かが俺を呼んでいる。
聞きなれない声だが、よく聞いたことのある声だ。
「二条君!大丈夫?!」
ゆっくりと目を開けると心底心配そうに両目の端に涙を少しだけ貯めた萌間の顔があった。
「…近いよ、萌間。」
か細く、擦り切れそうな声でそう言った。
「…貴方、頑張ったわね。
魔力炉心の移植、成功よ。」
俺の頭は柔らかく温かい太ももの上に寝かされていた。
心配そうに俺の顔を覗き込む顔は今まで見たことのない屈託のない笑顔だった。
ああ、俺こいつの笑顔、初めて見た。
「…あぁ、案外やるだろ?俺」
俺も精一杯の力を振り絞ってガッツポーズをしてみせる。
「…貴方には分の悪い賭けをさせてしまったわ。
ごめんなさい、方法はこれしかなかったのよ。」
「…いいって、俺生きてるし。
生きてるよな?俺」
もしかしたらこんな美少女に膝枕してもらってる時点でここは天国なのかもしれない。
頬をつねりたいが、腕を動かす気力すら一ミリも残っちゃいない。
両端に溜まった涙を拭い、彼女の小さな手が俺の頬を触れる。
「ええ、貴方生きてるわ。
…おかえり、私の相棒」