第一章「異能者殺しの少女②」
柊極星を殺す。
そんな突拍子もない事を言い出し、俺は空いた口が塞がらない。
「いやいや、ちょっと待ってくれ。
整理させてくれ、まずあのダメ教師が魔術師殺しの傭兵?馬鹿げてるぞ、それ。
冗談言うにももっとマシな…」
やれやれと刀を突きつけられてるにも関わらず、ため息がでてしまう。
あの、校内一のダメ人間が傭兵でこの学校に潜伏してるって?
「あら、私冗談言うようなタイプに見えるかしら?」
萌間はニッコリと張り付いたような笑顔で刀の切先を少しだけ俺に傾けた。
「…いくらなんでも、荒唐無稽すぎる。
仮に…仮にだ。
あんたの言っていることにはまるで説得力がない。
あの先生が殺し屋?ありえないだろ!?」
少なくともこの学校に入って2年間、あの教師の不審な姿を見た事が一度もない。
あの教師は一度だって…
「…待てよ。」
萌間は刀をそっと俺の頬から降ろし、まばたきをした一瞬の間にその場から消してみせた。
「そ、貴方そもそもあの先生っていつから居たか、説明できるかしら?
あの先生、本当に貴方が入学した時から存在した人間だった?」
ニコリと、より一層邪悪な笑みを浮かべその違和感を指摘してくる萌間。
柊極星。
あんなだらしないに人の形を与えたような人間が教師だなんて普通に考えてもおかしい事だ。
俺はあの教師が担任である事以外の事を知らない。
ただ、漠然と自分達の担任教師だと認識していただけだ。
あの教師から授業を受けたことは一度もない。
そもそも、あの男と教室以外で会ったことが思い出せる限りで記憶になかった。
「事実に気付いたみたいね。
あの男はこの校舎内…いえ、この学園に関わる学校関係者全てに対して大規模な認識阻害をやってのけて自分の存在を貴方達の意識に割り込ませた。」
「そんな事が…」
キーンコーンカーンコーン…
調子っ外れなチャイムが水を差すかのように鳴り響きこの奇妙な時間の終わりを告げる。
「まぁ、そう言う事。
違和感に気づけた貴方は、これからどうなるでしょうか?
少なくとも私と一緒に行動していた方が安全かもよ?
」
仮定の話だが。
柊極星が彼女の筋書き通りの人間だったとして、何らかの計画を企んでいる。
その為にこの学校を選び、何かしらの方法を取って紛れ込み機会を窺っているとしたら…
「…俺はどうすればいい?」
何かを守りたいとか、そんな正義心じゃない。
ただ、11年前のあの時みたいに、何も知らないまま巻き込まれて命を奪われるなんて馬鹿げた事死んでもごめんだ。
「物分かりがいい人、私好きよ。
今日の夜18時、貴方の家で。」
そう軽口を交え、俺は彼女に協力することになった。
一体何が起きている?この街で。
いや、一体これから何が起きる?
柊の言った通り、授業が終わったと共に帰宅を促す校内放送が流れた。
吉津人はいつものように一緒に帰ろうと誘ってきたが、事情が事情なだけに適当に撒き、逃げるように帰路に着く。
こんな事にあいつを巻き込むなんてしたくないし、
あいつの事だ、もしも昼間聞かされた話が事実だとしたら手伝う、なんてのたまうに決まっている。
自宅に到着するや否や、玄関の前に萌間織が扉にもたれかかり、空を見上げている。
遠目から俺の存在を認識したのか、
ゆっくりと体をこちらに向けおーい、と手を振っている。
「あら、遅かったじゃない。」
なんて、当たり前のように自宅を把握されていた俺の体温は寒波とその非現実味によって2度くらい下がった。
「さて、協力する気になってくれてまずはありがとう。
その選択は必ずあなたの未来を照らす事になるわ。」
「一体、刀突きつけてた人間がどう言う立場でモノを言っている?」
「あら、昔から言うじゃない。
他人に言うことを聞かせるには長々と事情を説明して懇願するよりも自分よりも強大な存在だって理解させた方が早いって。」
生憎、俺が住むこの街ではそんな物騒な論法は聞いたことがない。
「…まだ俺はお前に協力すると決めかねてる。
俺がぐうの音が出ないくらいにねじ伏せてくれることを期待してるよ。」
精一杯の虚勢と皮肉をふっかけてやる。
せいぜい俺を納得させてみろ。
「そんな事赤子の手首を捻るよりも簡単なことね。
いいわ、あなたが協力せざるを得ない状況だってことを教えてあげるわ。
どの道あなたは自分の日常を守る為に非日常側に身を投じるしかないのよ。
この街で特別な力を持っているのは、私、貴方、そして柊の三人だけよ。
私が死ねば、ハイ、そこまで。
貴方の日常はめでたく壊される羽目になるだけよ?
…11年前のあの日のようにね。」
地獄を一度体験しただけにあんな目に会うのは二度とごめんだ。
それにあの時はたまたま奇跡が起きて命を拾われただけだ。
「事前に何かが起こると分かっていても、誰にいっても信用なんてされないことは分かっているし、
自分に不幸が降りかかることが分かるだけの能力と、
人の死期を漠然と視れるだけの力じゃ…待てよ。」
「自分で自分の有用性に気付いたみたいね?優秀じゃない、貴方。」
良くできました、と手を叩く萌間。
「まさかお前…俺を囮に使う気か?」
「…半分は正解、でももう半分は不正解よ、二条くん。
貴方は炭鉱のカナリヤよ。
これから起こることを貴方は知る事ができる。
それは何もかもを押し流す激流を、貴方という小石を投じる事で戦況を覆せるほどの切り札になり得るのよ、貴方は。」
「…まずな、
俺を囮に使うのは100歩譲っていい、でも俺が切り札?
馬鹿を言え、人殺しの相手なんてした事がないぞ!」
「貴方の持ってるカードは二つ、一つは人の死を視ることの出来る力。
こっちはまだ死を視るだけだから、使い物にはならないわね。
ただ、もう一つの方、それが今回役に立つの。」
「まだ…?それは兎も角、もう一つの方って…俺が不幸になるのを事前にわかる力の事か?
それで俺が史上最悪に体調でも崩せば相手を倒せるって?」
「自分の不幸が事前に察知できる、とあなたは認識しているようだけど厳密に言うと、そうじゃない。
貴方の能力はね、魔力の残滓を見る能力なの。
魔力はね、本来誰にでも産まれた時から備わっている力の事。
それの使い方を知ってるか知らないかの差。
貴方は一回死にかけた事で、それを使う術は知らなくても追う事が出来るようになった、過剰なまでにね。
魔力は簡単に言えば生命力の奔流よ。
貴方が正しくそれを理解し、それを追うことが出来ればきっと柊極星を倒す鍵になると、私は信じているわ。」
「…それが俺に声をかけた理由…か。」
「そう言う事。
貴方の魔力を追える力は貴方が思っているよりもすごい事なのよ?
貴方がその気になれば、事前に魔力の流れを辿る事で魔力を用いた戦法は全て無効化出来る、ってわけ。」
「それはいくらなんでも過大評価しすぎなんじゃ…」
「そうかしら?そもそも魔術師のいないこの街で、
あいつが何かを企んでいたとしてわざわざ、学校なんかに潜入する必要があったのかしらね?
これだけ大人数の意識をすり替えられるほどの大魔術師がこそこそ裏で何かを仕掛けている理由は何?
あいつは何か大掛かりな術式を組んでいる。
今すぐ動けない何か…つまり少なくとも発動までに数日はかかる術式を組んでいる最中。
ならそれを貴方の力を使って台無しにしてやればいい。
そうなれば、私は全力であいつと戦えるし、いくら魔術師殺しの異名を持つ男でも、自分の神殿をめちゃくちゃにされればいくらか隙を生むわ。」
「…何者なんだ、あいつは…何が目的なんだ…?」
「柊極星。
元々は魔術協会と呼ばれる魔術師よる魔術師が作り上げた魔術師だけの楽園に所属していた魔術師だった男。」
「魔術協会…?」
「ま、知らなくても無理はないわね。
そもそもが魔術協会なんて通常の手段じゃどうやってもたどり着けないほど厳重に隠匿された組織だもの。
知らないのは当たり前。
ただ、私達のような、こちら側の世界に住む人間からしたらあまりにも有名な組織。
あいつらはね、魔術を徹底的に秘匿してその神秘を守り抜いてきた。
それこそ人類史が始まるもっと前からね。」
「2000年以上前からある組織だってのか…一体何が目的だ。」
「奴等の目的はね、自分達が神になる事。
自分達が悠久の時をかけて守り抜いてきた神秘を持って、魔術が当たり前にあった時代、つまり神代まで回帰することで、今ある世界の理すらも捻じ曲げて、自分たちにとって都合のいい世界に作り替えようとしている。
それが魔術協会の目的…だった。」
「…目的だった…?今は違うってことか?」
「仮にね、
もしも貴方が自分だけが神になる力を持っていたとして、それと同等の力を持っているライバルがいたらどうする?」
彼女の言いたいことは分かる。
仮に世界を支配できるほどの力を持っていたとして、
それと寸分違わない力を持っていた奴がいたとしたら、よっぽど平和主義者でもない限り、争いが起こる。
「…間違いなく争いが起こるだろうな。」
「そう、結局あいつらは当初の目的をとっくの昔に忘れて自分だけがその恩恵を受けられればいい、と自分勝手な結論に辿り着いた。
その結果起きたのは、より優れた魔術の探究。
そうやって競い合い、あいつらは自分たちの組織という壺の中で蠱毒をやりだしたのよ。」
蠱毒の壺。
きいたことがある。
発祥は古代中国の呪術で、壺に毒を持つ生物を一緒くたに閉じ込め、最後の一匹になるまで殺し合わせる。
生き残った生き物はより強い毒と呪いを帯び、呪殺の道具に使われたという。
「…それを人間でやったってのか?」
「そうね、と言っても誰かがやらせたわけじゃない。
あいつらは勝手にそれをやりだしたのよ。
自分の研究が最も優れている、と信じて疑わない狂った魔術師共が自分の研究成果を守るために狂乱してね。
結果、どれだけの無関係な犠牲者を生んだ事か。」
「…まさか11年前の火災って…」
「そう、あなたの御想像通り。
11年前のこの地で起きた未曾有の大火災、
一般には化学工場で起こった人為的災害…
その工場は核兵器でも作っていたのかしらね?」
生存者はたったの1人。それも6歳そこらの子供だった。
語り部にするにはあまりにも幼すぎた。
都会のハズレとは言え、企業城下町と謳われるほど人口の多い街の化学工場が、周囲一帯を吹き飛ばすような物騒な物、扱うわけがない。
「それにね、ありえないのよ。
アレだけの大事故があったってのに、この街に対する風向き。
たったの11年であんな忌まわしい事故は風化しない。
一体、誰が根回ししたのかしらね?」
…合点がいく。
わかっているだけでも100人近い人間が犠牲になった。
それなのに、ある日パタリとマスコミはこの事件の報道を辞めたらしい。
遺族が徹底抗戦してもおかしくないほど、人がたくさん死んだってのに、この街はたった11年でそれを言う人間は唯一生還した俺しかいない。
「…。」
思わず言葉を失う。
俺はあの事故が、ただの工場の事故だと聞かされた。
いくら生存者がただ1人とはいえ、それに対して外部に住んでいた遺族からの非難があるのが普通だ。
あの事故…いや、あの事件以来、それを主張する人間は殆どいない。
いや、報道されない時点で何らかの圧力がかかっている。
「…貴方には辛い事でしょうね、これは本心よ。
弔い合戦じゃないけどね、貴方にはその相手に復讐する権利がある。
11年前の大火災、あの地獄を作り出した張本人が…」
「柊極星…!」
「元々あの男はね、
魔術協会で泥沼の殺し合いをしていた魔術師どもを大勢殺して組織を追われた男。
調べによるとそんな男が11年前にこの街を隠れ蓑として選んだ…。
証拠と動機はそれだけで十分よ。」
「まさか、自分の親…いや全てを奪った男がこんな近くにいたなんてな。」
復讐なんて柄じゃない。
だが、
「一発ぶん殴るくらい許されるはずだ。」
11年前、全てを燃やし尽くしたあの大火災。
その元凶となった男が、こんな形で発覚するとは思いもしなかった。
あの事件のことを蒸し返そうなんて、俺は思わない。
そんな事をしても失った人達、時間は帰っては来ない。
ただもし、その男がまた同じことを繰り返そうとしているのなら。
「俺達が…いや、俺が止めるべきだ。」