第九話 想像力ってすげー!
世界樹を遠目に見た私は、糸を引かれた人形のように歩き出し、世界樹の前に立つ。
そのまま自然と抱きつく形で幹に触れ、表面から伝わる微弱な魔力の流れから、内部の損傷を探り出す。
傷口から入った邪気の多さに驚き、何よりも、私が枝を折った箇所等から入った異物が原因だと言うことにも驚いた。
なぜ、何も知らないはずの自分がこんなにもこの世界の断片的な記憶があるのかと。
そして……世界樹と精霊王さんは今もなお、苦しみを隠しているに過ぎないのだと、感じ取った。
「…ごめんなさい」
溢れ落ちた涙、そして償いの言葉は、何度言ったとしても今この時の痛みも、過去の苦しみも、消すことは出来ない。
…だからこそ。
「癒しのけっ」
《その通りだッ!!お前が誰だろうと、今回の事態は許されるべき事では無いッ!!》
「ッ!?触らないでっ…!」
《なッ!俺がお前に触りたい訳があるかッ!!》
「……ッ!!」
《おい!なんだ、その反抗的な目はッ!!》
「儀式の、邪魔っ…!!」
《なんだとッ?!》
「きゃっ!?」
《蘭ッ!!小童、貴様ッ!!》
思いっきり私の言葉に被せる声量で、ハネデューが私を世界樹から引き剥がす。
必死に抵抗しても力では敵わず、世界樹の浄化をしようと説明したら、投げ飛ばされる。
そこにティアラと見兼ねた精霊の兵士さん達までもが加わり、敵味方関係なく魔法が繰り出される乱闘が始まる。
普段の私なら、側には精霊王とその近衛兵、そして無礼な精霊さんへの当たりが厳しいおばば様が居るから、触らぬ神に祟りなしと放っておくけれど、よりにもよってあのバカどもが騒いでいるのは精霊王さんの半身の直ぐ側ーーって、今も!小石が弾丸みたいに世界樹のスレスレを通ったっ!!
と、いった具合に、精神がゴリゴリに削られていた為ーー
「ヤメロ、バカッー!!!」
ーーつい、叫んでいた。
「普通に考えて?誰が正しい云々よりも、病人の命の方が大切でしょ?!なのに、アンタ達は真逆のことしてをるバカばっかッ!!」
《……》
《《《《……》》》》
あっ…て、なっても仕方ない!
勢いそのままに報、連、相をできるように!
「今から世界樹の内部に入り込んだ邪気の浄化を行います。これは藍の女神の命令ではなく、精霊王様を憂う者の一人としての行動です。それでも邪魔をしたければ、好きなようにどうぞ」
歩み出す私に合わせ、人並みが真っ二つに分かれていく。
《蘭…!》
側には銀の妖精も連れ、私はクライマックス間際のRPGの主人公のようだと、ふと、思った。
《…ッ!ふッ、ふざけるなッ!!なにが浄化だ、俺は反対だぞッ!!お前達、取り押さえろッ!!》
《《《………》》》
精霊兵士達が壁のように並びはするが……表情を見る限り、本意では無さそうだ。
「そういうの良いから、退いて」
それよりも、気の所為か……いや、見間違いじゃない。
「世界樹内部の邪気の濃度が、時間経過で高くなってる」
《ーーッ!?》
ハネデューが信じられないと言った表情で固まる。
その瞳は私の背後に立つ精霊王さんを見て、どうやら肯定されたようで。
《…チクショウッ!!!》
地面を拳で叩き、ぼろぼろと涙を流し始める。
兵士達は精霊王さんの命で撤退させられた。
《俺が、最初に気付かなきゃ、意味がねえのに…ッ!!》
ハネデューの慟哭が、森に響き渡る。
すると、気配を消していたのか、いつの間にか直ぐ後ろに居たおばば様が、耳打ちをしてくる。
《ハネデューという名は、精霊王たる器になるまでの、精霊王子の仮初の名前で……この森、シフォンフォレストのかつての精霊王殿達も、通ってきた道なんです…》
「…そっか」
『女性に生まれたのならば、謙虚に、然し同時に優美で気品高くなければなりません』
…あー、なんでこんな時に思い出しちゃうかなぁ……
言ってることが支離滅裂なのに、親だからってだけで、なんでも信じ込んで、期待に応えたくなって、周りなんて見えなくなってた。
ハネデューくんの心の傷も深刻な気がして、今度は私がハネデューくんを持ち上げて起こし、正面から背中に手を回し、抱擁する。
さっきみたいに飛び付くんじゃなくて、優しく包み込むように。
なんだか肩に埋めた口でモゴモゴ言ってるけど、はっきり聞こえないし…どうせ碌なことじゃないからいい。
こういう時は誰かの体温が一番落ち着くって、実体験で知ってるから…
…それと追加で、片手をハネデューくんの後頭部に当てーー
「【浄化】」
ーー溜まっていた頭痛やストレスによる邪気を、浄化する。
《蘭!?》
《《ラン様!?》》
淡く光った銀の手の光がハネデューくんの頭に吸い込まれていく光景はさぞ、珍妙に映ったのだろう。
ティアラと精霊王さんとおばば様が、ほぼ同時に悲鳴に近い声で私を呼ぶ。
「はい、なんでしょうか?」
私には善意しかなかったのだけれども。
特に、息子愛してる系父上の精霊王さんの誤解を解くのには、かなりの時間を要した。
*****
一般や兵士の精霊は精霊王さんの計らいにより一旦解散となり、この場に居るのは。
《…では、先程の銀の光が封じられなかった唯一の力だと?》
苦渋を飲んだような顔で考え込む、精霊王さん。
《まぁまぁ。そのお陰で、アモンディエは助かるかもしれないのでしょう?》
のほほんと一人、花茶を飲みながら楽観的な意見を言う、おばば様。
《蘭が浄化した後は、お主が拒まずにわらわの【再生】を受け入れるだけじゃ》
なんだか私も含め、酷く上から目線で話す、ティアラ。
《…女なんかに、でも…ぐずっ…!》
さっきまでの勢いとは一転、キノコが生えてきそうなぐらいジメジメしている雰囲気なハネデューくん。
そして。
「…空気が澱んできてる」
魔力も精霊も邪気も多く濃い、シフォンフォレストと言う森林バイオームに落ちた私は、幸か不幸か、能力ではまだ女神未満だけど、五感や魔力操作ではとうとう、修行とか鍛錬とか、試練も無しに眷属以上っぽくなってきてしまった。
パッとしないというか、味気ないというか。
う〜ん…いかにも、私らしいね。
普通は、なんらかの挫折、困難、強敵との遭遇を経てでこそのレベルアップなのに……「魔王城まで徒歩五分!歩道済みでモンスターやトラップはありません!」みたいな。
それで、全身フル強化の星五装備と勇者の聖剣片手に魔王の居る玉座の間に入ったら「我こそが魔王であるッ!!」って、レベル1の弱酸吐いて体当たり攻撃の二パターン攻撃してくるスライムがぷるんぷるんしてたみたいな感じ。
まあこれは、極端に言い換えたスマホのRPGゲームの個人的な感想なんだけど。
それはそれで爽快感を感じる人もいるだろうけど、私は一に努力二に努力の熱血論世代だから、努力の成果が目に見える形になると嬉しいんだよね。
…それにしても。
さっきは、直接頭に触れて邪気をある程度浄化させたけど……遠距離浄化って、できるのかな?
ずうっと…気になってたんだよね。
あの、ゴールデンアーマーで精霊王さんの影武者で、今も唯一この場に残ることを許されている兵士さん。
心臓の辺りからモヤモヤが出続けて、空気に混じって溶けていってるレベルだから、この人も相当辛いはず。
「精霊王さん。ちょっとあの人を浄化したいので、一部でもいいので鎧を脱いで貰っても良いですか?試してみたいことがあるんです」
《うん?アスターの事か。理由をお聞きしても?》
《いえ、自分は…》
「とにかく!下手したらあなたの邪気を浄化しないと、あなた自身がばら撒くことになっちゃいますよ?」
《…アスター、王命だ。鎧を脱げ》
渋々と言った様子で、アスターと呼ばれたゴールデンアーマーさんは鎧を全て脱ぐ。
アスターさんは、白髪短髪の鼻の高い美丈夫で、本当に異世界は顔面偏差値が高いなぁ…と思った。
だけでは、もちろん終わらず。
手のひらに魔力の球体をイメージして作り、飴のように熱を持たせる感覚でちょっと長めの棒を作り、熱をゆっくりと、今度は冷やしていく。
《蘭…?》
完全に冷え固まる前に緩く自重で湾曲させて、急速冷凍で形を完全に固定した。
《…ラン様?》
《アモンディエ。口出しは野暮というものでしょう?》
《おばば様…》
《ハネデューもですよ?》
おばば様が精霊王さんとハネデューくんを嗜めている間も、私は集中力を途絶えさせないように、一番気を張って、最後の工程に移る。
指先から細過ぎず太過ぎない、伸縮性のある糸状の魔力をのろのろと、千切れないよう細心の注意を払いながら先程作った棒の長さまで伸ばし、棒と糸の溶接するように強固に接着して……出来上がりっ!
《蘭っ〜?なにをしとるのじゃ?》
「ん〜?古典的遠距離用浄化発射装置。簡潔にいうと、浄化の弓かな?」
私の返答に、ティアラとハネデューくんは呆れた顔になり、精霊王さんとおばば様は真顔で前を見据え大剣や杖をそれぞれ構え、アスターさんはーー
《…ヒバ様。ラン様のあの珍妙な術は?魔力を物質に変換だなんて、風の精霊にすら聞いたことすらないッ!!》
《えぇ…それも気になりますが、今はアスターを解放してあげましょう》
ーー遂に身体から溢れ出した邪気に呑まれて、姿が黒く染まった。
次回、ランの無双劇?